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第10話 告白タイムと、別れ際の言葉

 告白タイムの残りが、二十四時間を切った。


 


 廃都市の北の建物に集まった十人は、それぞれの事情を抱えたまま一夜を過ごした。


 別のグループの五人は、聖夜たちとは少し距離を置いていた。助けてもらった負い目と、信用の判断が追いついていないのだろう。


 


 聖夜はLVRを確認した。


 


 【HP:74/100】【LVR:62】


 


 昨夜から6削れた。減衰ペースは一時間十四。計算通りだ。


 ユリアへの感謝を言葉にするたびに、少し上がる。でも上がる量より減る量が多い夜もある。


 


 桐島が建物の出入り口近くで両手を広げていた。周囲の気配を読んでいる。もう習慣になっていた。


 


 ◆


 


 問題が起きたのは、朝食の後だった。


 


 別グループのリーダー格の男が、聖夜に話しかけてきた。


 


「提案がある」


 


「聞く」


 


「この十人でもっと効率的に動きたい。あんたが中心になってくれれば、全員の生存率が上がる」


 


「俺がリーダーになれということか」


 


「そうだ。あんたの判断は的確だ。昨夜もそうだった」


 


 聖夜は少し考えた。


 


「断る」


 


「なぜだ」


 


「リーダーになれば、俺の判断が全員に影響する。俺の判断が間違えた時、全員が巻き込まれる。それより、各自が自分で判断できる方がいい」


 


「でも統率がなければ──」


 


「情報は共有する。方向性は話し合う。でも最終判断は各自がする。それでいい」


 


 男が不満そうな顔をした。でも反論はしなかった。


 


 その会話を、桐島が聞いていた。


 


 ◆


 


 昼過ぎに、桐島が聖夜に話しかけてきた。


 


「……少し、話していいですか」


 


「何を」


 


 桐島が少し迷う顔をした。いつもの冷静な感知の顔ではなく、個人として何かを言おうとしている顔だった。


 


「……あなたのやり方は、正しいと思います」


 


「でも?」


 


「……でも、ここで十人でいることが、本当に全員のためになるかどうか、わたくしには判断できません」


 


「どういう意味だ」


 


 桐島がゆっくりと言った。


 


「人数が増えると、モンスターに感知される可能性が上がります。足音が増える。匂いが増える。わたくしの感知でカバーできる範囲も、人数が増えれば難しくなる。五人と十人では、全然違います」


 


 聖夜は黙った。


 


 桐島の言うことは正しかった。


 論理として正しい。


 


「……昨夜助けた五人は、一人が足を引きずっていた。戦力として計算できない。守る対象が増えただけという見方もできる」


 


「そうだ」


 


「……わかってて助けたんですね」


 


「わかってた」


 


 桐島が目を伏せた。


 


「……わたくしには、それができません。わかってて、でも助けるということが。頭で考えてしまいます。損得を計算してしまいます」


 


「それは悪いことじゃない」


 


「でも、あなたと一緒にいると、わたくしの計算が狂います」


 


 聖夜は桐島を見た。


 


「……どういう意味だ」


 


「あなたの判断に引っ張られて、わたくしも感情で動きそうになります。それが怖いです。感情で動いて、死ぬのが怖いです」


 


「……お前は、感情で動くべきじゃないのか」


 


「わたくしのスキルは感知です。感知は冷静でないと機能しません。感情が入ると、精度が落ちます。あなたのそばにいると、感情が入ってきます」


 


 聖夜は少し黙った。


 


「……だから、別々に動きたいということか」


 


 桐島が頷いた。


 


「……わたくしは、別のグループと合流して動きます。あなたたちより計算的に動けるグループと」


 


「それが生き残る確率が高いと判断したのか」


 


「……はい」


 


 聖夜はしばらく、桐島を見ていた。


 


 (……止めるか)


 


 止めたかった。正直に言えば、止めたかった。


 桐島の感知がなければ、この二日間は全然違っていた。


 


 でも、桐島の言うことも正しい。


 自分のやり方が、全員に合うわけじゃない。


 


「……わかった」


 


 短く言った。


 


「別々に動こう。生き残れ」


 


 桐島が、何かを言いかけた。


 口が少し開いた。言葉が来る前に、閉じた。


 


 聖夜は待った。


 来なかった。


 


「……はい」


 


 それだけ言って、立ち上がった。


 


 歩き出す前に、一度だけ振り返った。


 聖夜を見た。ユリアを見た。美羽を見た。


 


 何か言いたそうな顔だった。


 それが何かは、言わなかった。


 


 別のグループの方に歩いていった。


 


 ◆


 


 桐島が去った後、美羽が聖夜の隣に座った。


 


「……よかったんですか」


 


「よかったかどうかはわからない。でも、止める権利がない」


 


「……桐島さんは、何か言いかけていましたよ」


 


「見てたか」


 


「……はい。口が開いて、閉じました。何かあったんだと思います」


 


 聖夜は桐島が歩いていった方向を見た。


 もうその姿はない。別のグループの中に混じっていた。


 


「……言いたいことがあるなら、帰ってから言ってくれればいい」


 


「帰れたら、ですね」


 


「帰れる」


 


「……根拠は?」


 


「お前がいるから」


 


 美羽が少し間を置いた。


 


「……それはユリアさんに言う台詞では?」


 


「お前にも言える」


 


「……わたくしは、まだあなたと契約していませんが」


 


「契約と信頼は別だ」


 


 美羽が眼鏡を押し上げた。アメジストの瞳が、少し揺れた。


 


「……ありがとうございます」


 


「帰ってから言え」


 


「……またですか」


 


「縁起が悪い」


 


 ◆


 


 告白タイムの残りが六時間になった。


 


 聖夜はユリアに向き合った。


 廃都市の建物の中、他の人間から少し離れた場所だった。


 


「……また言う」


 


「また、ですか」


 


「何度でも言う。計算じゃないから」


 


 ユリアが少し間を置いた。


 


「……聞きます」


 


「お前と出会って、俺は初めて誰かのために戦いたいと思った。兄貴が死んで、家を出て、ここに送り込まれて、全部が終わりかと思っていた。でも、お前が最初の夜に手を握った時、何かが変わった」


 


 ユリアは黙っていた。


 


「……俺を守ろうとするのをやめるな。お前の守り方が、俺には必要だ」


 


 ユリアが、少し目を伏せた。


 


「……あなたに言いたいことが、あります」


 


「聞く」


 


「私の記憶が、少しずつ戻っています。魔王の娘で、氷の女王の役割があることも、わかってきています」


 


「ああ」


 


「その記憶の中に、怖いものがあります」


 


「何が」


 


「……私には、あなた以外に役割があります。世界の均衡に関わる役割が。それが明確になった時、私があなたの隣にいることを、誰かが許さないかもしれません」


 


 聖夜は少し黙った。


 


「……許さないやつがいたら、どうする」


 


「……わかりません。でも」


 


 ユリアが聖夜を見た。


 


「今この瞬間、私はあなたを選んでいます。それは変わりません」


 


「……それで十分だ」


 


 【LVR:62 → 74】


 


 数字が動いた。


 美羽が少し離れた場所から、それを見ていた。


 


 ◆


 


 告白タイムの締め切りまで一時間になった頃、美羽が聖夜に言った。


 


「……わたくし、告白したい相手がいます」


 


「誰に」


 


「……あなたにです」


 


 聖夜は少し間を置いた。


 


「俺に?」


 


「告白というのが正確かどうかわかりません。でも、システムの定義では感情の表明が必要なので」


 


「……それは計算じゃないのか」


 


「半分は計算です。でも半分は……本物だと思っています」


 


「どっちが本物だ」


 


 美羽が少し黙った。


 


「……廃墟の陰で一人でいた時、あなたが声をかけてくれた。その瞬間、何かが動きました。それが何かは、まだわかりません。でも、動いたのは事実です」


 


「……わかった」


 


「受け取ってもらえますか」


 


「受け取る」


 


 【LVR:美羽サイド +18】


 


 美羽の頭上に、薄い光が走った。


 計算が半分だったから、倍率は低い。でも、本物が半分あったから、ゼロではなかった。


 


 美羽が眼鏡の奥で、少し目を細めた。


 


「……わたくし、リアルで好意を表明したことが、一度もありませんでした」


 


「そうか」


 


「……恥ずかしいものですね」


 


「慣れてないからだろ」


 


「……あなたは慣れているんですか」


 


「俺も初めてだ」


 


 美羽が、少し表情を動かした。笑った、と言っていいかどうかわからない程度の変化だったが、確かに動いた。


 


「……同じ、ですね」


 


「同じだな」


 


 ◆


 


 告白タイムが終了した。


 


 システムの声が告げた。


 


『告白タイム終了。全プレイヤー達成を確認。LVR減衰ペナルティは発生しません』


 


 廃都市のあちこちから、安堵の息が漏れた。


 達成できたことへの安堵と、これで一つ乗り越えたという感覚。


 


 聖夜はLVRを確認した。


 


 【LVR:74】


 


 告白タイムを乗り切った。でも、廃都市の攻略はまだ続く。


 第二層のボスがどこにいるか、何が条件かも、まだわからない。


 


 その夜、廃都市の別の方向で大きな音がした。


 モンスターが建物を崩す音だ。プレイヤーが巻き込まれた音かもしれない。


 


 聖夜は動かなかった。


 ユリアも動かなかった。


 


 (……三日前の俺なら、走り出していた)


 


 それがいいことなのか悪いことなのか、まだわからない。


 でも、今の俺には守るべき人間が目の前にいる。そちらを優先する。


 


 遠くで、桐島のいるグループの方向から話し声が聞こえた。


 元気そうだった。


 


 (……あいつは生き残れる)


 


 そう思った。根拠はない。でも、そう思いたかった。


 


 ――どこか遠い場所で、何かが静かに見ていた。


 


 ◆◆◆


 


 【第二層 2日目 夕刻〜夜】


 【HP:74/100】【LVR:74】


 【告白タイム:完了】【桐島:別グループへ】




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