二人のメイド
「おはようございますお嬢様」
「朝食をお持ちしました」
熱が下がってからも私はベッドの上で安静を言い渡されていた。一応この家の唯一の子供だし、両親の仲は険悪なので次の子供が生まれる可能性はほぼない。なので一応死なれたら困るようだ。
「お嬢様、お体の具合はいかがですか? 熱が下がったとはいえ、数日前までは生死の境を彷徨っていたのですよ。決して無理はなさらないよう……」
「わかった。モードリンがそう言うなら」
過保護なモードリンと、あまり喋らないイリゼは私に付いてくれているメイドだ。全員が私に好意的な使用人というわけではないので、二人の存在はとてもありがたい。まぁ、イリゼは必要なとき以外はずっと黙っているのでよくわからないけれど、嫌味を言われるよりずっとマシなのでそれも構わない。
「ありがとう、二人とも」
朝食をテーブルに並べてくれた二人に礼を言い食事を始めた。使用人にはできるだけお礼を言ったり、挨拶をするようにしている。ゲームでのユニベルは裁判にかけられる場面もあった気がするので、そのとき“ユニベルはいい子だったのでそんなことするはずがない”と証言してくれるかもしれない。もちろん罪など犯さず静かにいい子に生きてゆくつもりだが、冤罪をかけられてしまう可能性もある。なんてったって私は公式に愛されたネタ枠令嬢、ユニベル・アスティード。神様もいたずらをしたくなってしまうかもしれない。
「……ごちそうさま」
「もうよろしいのですか? たくさん食べなければ元気になれませんよ」
「大丈夫、もう元気だから」
前世を思い出したことによって色々と将来が不安なのであまり食欲がない。それに朝食は一人分にしては多すぎるほど用意されていたので、そもそも食べきることは不可能だ。
「食べきれないので明日からはもっと朝食を減らしてください」
「……分かりましたわ、お伝えしておきます。イリゼ、片付けを手伝って」
「承知しました」
モードリンとイリゼが手早く片付けを済ませて部屋を出て行った後、私は再びベッドに横になりながら記憶の整理を始めた。覚えていることは少ないが、役立つ情報もあるかもしれない。
ゲームの舞台であるシエロラウノ王国には王族を支える三つの公爵家がある。
まず、騎士を束ね武力を支えるエルディライト家は三つの公爵家で今一番勢いがあり、王にも信頼を置かれている。
その次に権力を握るのは神殿から神の声を聞き、治癒力を持つという聖女や神官を有するウルムーン家、その次に国王の補佐や貿易を管理しているアスティード家と序列がある。
そしてこの三つの公爵家に一人ずつストーリーの鍵を握る令嬢がいる。まさに一家に一人ライバル令嬢という状況だ。勘弁してほしい。ちなみにユニベルの生まれたアスティード家は他二つよりも格下である。これはお祖父様が色々やらかしたせいだという話を聞いているが、詳しいことはよく分からない。とりあえず他の貴族よりは身分が上だが、三つある公爵家の中では一番の下っ端という微妙な立ち位置ということだ。
問題はそんな家に生まれたユニベルがなぜ第一王子の婚約者になれたのかということだ。寂しくなって犯罪に走るほど冷たくされていたとのことなので、どうせ無理やりその座に収まったのだろうけど。
とりあえず私はゲームのユニベルとは違う。ゲームでのユニベルは幼い頃よりわがまま放題だったと描写されていたが、今の私にそこまでのわがままを言った記憶はない。ゲームではあれ買ってこれ買って、あのメイドをクビにしてと喚いていたが、私のわがままはせいぜいお茶会に行きたくないなどといった可愛いものだ。
自信家で派手なゲームでのユニベルとは対照的に、私は地味に生きている。前世を思い出す前から少し原作は変わっているのかもしれない。私が欲を出さず、攻略対象たちにできるだけ近寄らなければ宇宙の塵になるのは避けられるのではないか。考えているうちにわずかな希望が見えてきた。
結局それ以上有益な情報は思い出せず、ベッドの上で唸っていると急に誰かが部屋の扉をノックした。食事や掃除の時間以外は誰も尋ねてこないので身構えつつも、どうぞと言ってみるとドアを開けたのはイリゼだった。
「旦那様がお呼びです」
「お父様が?」
私の父は家族に興味がない。母とは愛のない結婚だったと聞くし、その母との子供である私のことも当然愛していない。思えば、ユニベルが第一王子につれなくされて寂しさを拗らせたのは家庭環境も影響していたのかもしれないと、なんとなく思った。
「執務室まで来るようにとのことです」
それだけ言うとイリゼはサッと私の後ろについた。イリゼは最近屋敷にやってきたメイドで私とあまり歳が離れていないようだが、とてもしっかりしている。幼さが残りながらも顔は恐ろしいほど整っているので、将来はもっと美人になるに違いない。モードリンもとても綺麗なので、二人とも早くにお嫁に行ってここを辞めてしまうかもしれないのが少し寂しい。