【三百五十四 玄奘一行、国立学者の丁寧と出会う】
烏鶏国王をつれての旅路は順調で、目的地の烏鶏国には宝林寺を出て三日ほどかけてたどり着くことができた。
まさか一国の王が旅の僧の荷物持ちをしているとは思わないのか、烏鶏国王は玄奘のお供の1人として烏鶏国内へもスムーズに入ることができた。
烏鶏国は唐よりもはるかに小さな国で、城を中心としてその周りに街があるというような造りだった。
一行が城壁の一部に作られた検問所をぬけると、烏鶏国王は小さな声でつぶやいた。
「これは一体どうしたことだ……!」
そして烏鶏国王は三年間留守にしていた国内の状況をみて言葉を失った。
街のあちこちでは学問の都市として栄えているという村人の話の通り、学者風の者たちが書簡を抱えて行き来している。
街中は八百屋や装飾品店などよりも多くの学問所があり、それぞれに詩や書を教えますなど書いてあると看板が掲げられている。
道も綺麗に舗装されており、人や物の往来も整然としている。
「わあ、すごいね! 小さいけど綺麗な街だね!」
玉龍は感心して街を見回した。
「今まで行ったどの街より綺麗だよ!」
はしゃぐ玉龍とは対照的に、烏鶏国王はひどく落ち込んでいた。
「あの道士にこれほどの統治力があるなんて……もうこのまま道士が国を治めたほうがいいのかもしれない……」
ブツブツとそう言って大きなため息をついている。
玄奘たちはどう言葉をかけて良いものかわからず、顔を見合わせた。
そのとき。
「こんにちは、お坊さま」
玄奘に一人の男が声をかけてきた。
着ているものは落ち着いた色の着物で街を行き交う学者たちと同じものだ。
その彼も書簡を三つ抱えている。
「こんにちは」
学者か文官だろうかと、玄奘が戸惑いながらも返事をすると、男はニコリと笑った。
「突然申し訳ありません。 私は国の学問所で学士をしております、丁寧と申します。 不躾なお願いで恐縮なのですが、ぜひ、わが学問所でお話をお聞かせいただきたく、お声をかけさせていただきました」
深く頭を下げ、礼を尽くしての申し出に玄奘は戸惑った。
「ありがたいお申出ですが私は修行中の身、未だ学ぶことの多い私が人に物を教えるようなことはとても……」
「いえいえご謙遜を。 立派なお弟子さんたちをお連れではありませんか。 ぜひとも旅の話を学生たちにお聞かせいただきたい」
「えっと、その……」
断ろうとした玄奘の手を握り、丁寧はずいと迫る。
「お待ちください。 我が師を困らせないでいただきたい」
そこへ沙悟浄が玄奘と丁寧の間に割って入った。
大柄な沙悟浄が前に出ると、玄奘の姿は丁寧から見えなくなる。
玄奘はホッと安堵の息を吐いた。
「そうそうオレたちは先を急ぐ旅をしているの。 学問所に行く暇はございません」
猪八戒も沙悟浄の隣に立ち、壁の役目を買って出る。
「あの人しつこいね、逃げよう」
玉龍が小さな声でそう言って玄奘の手を引く。
「わかりました、行きましょう。 烏鶏国王も」
玄奘は未だ落ち込んで座り込んだままの烏鶏国王の服を引っ張り、こっそりと駆け出した。
「玉龍、こっちだ!」
術で姿を消した孫悟空が、觔斗雲に乗って上空から三人を誘導する。
とりあえず学問所が立ち並ぶところから抜けようとしたのだが、土地勘のない玄奘たちには勝ち目はなかった。
自分の国のはずの烏鶏国王も、三年も経てば街も変わると全く頼りにならなかった。
あと少しのところで大きな通りに出るという時、突然、学者風の男たちが通路から飛び出してきて玄奘たちを囲んでしまった。
「持っている知識を独り占めして終わるのは勿体無いですよ」
沙悟浄と猪八戒をどうやってまいたのか、丁寧が男たちの前に進み出た。
「ほんの少しで良いのです。 ぜひ我が学問所へ。 お菓子もありますよ」
「お菓子?!」
「これ玉龍!」
玄奘は丁寧の言葉に目を輝かせた玉龍を嗜めた。
玄奘たちに地の利はなく、これ以上逃げ回るのも得策ではないだろう。
「わかりました。 一緒に参りましょう」
「お師匠様……」
「ただし、連れの者たちには手を出さないよう約束してください」
「ええ、もちろんですとも。 我々は学者です。 手を出すなど、とてもとても」
こうして沙悟浄、猪八戒と合流し、玄奘たちは丁寧の所属する国立学問所へ行くことになった。
「おシショーサマ……」
お菓子に目が眩んだ玉龍が我に返り、不安げに玄奘の手を握る。
「大丈夫ですよ玉龍。 それに国立の学問所というなら、現烏鶏国王のこともわかるかもしれませんからね」
むしろ幸運なことだと、玄奘はにっこりと微笑んだ。




