【三百四十八 宝林寺の秘密】
どうしてこのようなことになってしまったのだろう。
「答えよ。 王とは、国とは何だ?」
城下に道士がいると聞いて、国の行末を占ってもらうために城へ招いただけだったのに。
烏鶏国王は道士からの突然の問答に咄嗟に答えられず、口をぱくぱくとさせることしかできなかった。
青い衣を身にまとい、獅子の面をつけた道士は玉座に座る烏鶏国王の元へずかずかと進んだ。
しかしそれを咎め止めるはずの兵士たちは微動だにしない。
「……答えられぬのなら、ソコモトは王の器にあらず。 ソレガシが王となり国を導いてやろう」
烏鶏国王のそばに来た道士は、持っていた黒の扇を開き仰いだ。
涼しげな透かし模様の入った美しい扇から、芯材に使われている香木の香りが漂う。
だが良い香りだと思うまもなく、王は意識を失った。
「これよりソレガシが王となる。 先代を始末しておけ」
聞こえてきた声に意義を申し立てることもできず、あっという間に道士に王位を奪われた烏鶏国王は微睡の中に沈んで行った。
紅孩児を見送り、再び天竺への旅を始めた玄奘たちだったが、沙悟浄はあの一件──玄奘が鉄扇公主に斬られた事──以来無意識に距離を置いていた。
沙悟浄本人はいつも通り玄奘に接しているつもりだが、周りから見るとどことなくぎこちない。
「沙和尚、あの、疲れていませんか? 少し休憩など……」
距離を置く沙悟浄に玄奘が話しかけると、沙悟浄は視線をあちこちに泳がせて俯いて答えた。
「大丈夫です。 お師匠さまこそお疲れなのでは?」
「あっ、私も別に……大丈夫です」
そんな沙悟浄の態度につられてか、玄奘もどことなくよそよそしい感じで返してしまう。
今まではぴったりと暑苦しいくらいそばに寄って護衛をしていたのに、今は物理的な距離もある。
「……ねぇなにアレ。 あの二人のタニンギョーギな感じ」
そんな二人の様子に玉龍は苛立ちながらため息をついた。
「そうねぇ……」
猪八戒は苦笑してそんな玉龍に相槌を打つ。
「玉龍ちゃん、もどかしいけどこれは二人の問題だから、オレたちにはどうしようもできないよ」
「でもさあ……」
「後で悟浄ちゃんにはオレが話聞いておくよ。 この猪八戒お兄さんにまかせなさい!」
「なんとかしてよねほんと」
「おーい、寺を見つけたぞ!」
觔斗雲で空からねぐらを探していた孫悟空の声に、玄奘と沙悟浄はあからさまに安堵の表情を浮かべた。
騒がしい孫悟空がいないと、今の二人は会話が続かないのだ。
「悟空、ありがとうございます」
觔斗雲から降りた孫悟空に玄奘は駆け寄る。
沙悟浄はそんな玄奘をみて、少し寂しそうだが距離ができたことをホッとしたような複雑な表情で見送った。
「この先に山寺がありましたんでね、ボロっちいけど人は住んでるみたいでしたよ」
唐から天竺までの長い旅路の宿は道中にある寺が主な場所だ。
険しい山道などにもいつ建てられたかわからない古寺などがあり、それを頼らせてもらっている。
孫悟空の案内で到着した寺の門には[宝林寺]という札がかけられていた。
寺の塗装はほぼ落ちていて、門扉のところどころがささくれている、こぢんまりとした古寺だ。
「よく見つけてくれました悟空、ありがとうございます」
玄奘は孫悟空を労うと、こほんと咳払いをしてから木戸を軽く叩いた。
「すみません、どなたかいらっしゃいますか?」
声を張り上げ問いかけたものの、中から返事はない。
「人とか住んでないんじゃない?」
玉龍が言うと、孫悟空は首を傾げた。
「そんなはず無いぜ。 空から見たら何人かが井戸の周りで水汲みしていたからな……って言っても、服装的には坊さんではなかったかな」
「この辺りに住んでいる方たちが管理されているお寺かもしれませんね」
「あ、お坊さんだ〜」
その時、五人くらいの子どもたちが草むらから現れた。
それぞれ家の手伝いをしているのだろう、薪がわりの木の棒や、山菜を詰めたカゴを背負っている。
「お坊さんこんにちは」
「はい、こんにちは」
かわいらしい挨拶を微笑ましく思い、玄奘は視線を合わせるために身をかがめ、にっこりと挨拶を返す。
その中の一人がじっと玄奘をみてから口を開いた。
「ねえねえ、お坊さんたちはこのお寺のお化け退治に来たの?」
「お化け?!」
子どもから出てきた予想外の言葉に玉龍が叫んだ。




