日常的な会話
ふんわりとスープの香りが漂う。
ゼルは目の前に置かれた淡い黄色のスープを興味深そうに眺めた。
「これは初めてだったかしら。」
「そうですね。美味しそうな匂いがします。」
ゼルに料理を振る舞うのはこれが初めてではない。初めの方は失礼にもこわごわと食べていたゼルだが、今ではこうして普通に手を付けている。
「それで、どうしてあんな場所にいたのよ。」
クリスはじとっとした目で元不審者を睨んだ。男の服はもう汚くない。かといって別に着替えたという訳ではなく土埃を払いまくっただけなので、あまり綺麗とは言い難い。
ゼルは言いづらそうに眉を下げた笑みを見せた。
「ちょっと……えーっと、会いたくない人間を見かけまして。」
「…あら、貴方にもそんな人がいるのね。」
「ハハ…。この街にはいないはずの人間でしたから、少々驚きました。まぁ、もう会うことはないでしょう。」
(どういう人なのよ…)
声になりかけた言の葉を胸の内にとどめておいた。また笑って、何も言わなくなってしまうから。
ゼルは自分のことを語らない。会ってから結構な時が経つが、彼の職業、年齢、知り合い、いつも何処からやってきているのか、クリスが知っていることは何も無い。
知る必要は無く、意味もないと思う。思うが、気になるという感情は時が経つにつれ増えていく。
「どうかしましたか?」
黙ってしまったクリスにゼルが首をかしげた。
「類は友を呼ぶとは、よく言ったものよね。」
「……じゃあクリスさんも同類ということに…」
「ならないわ。百歩譲ったところで私は貴方と同類にはなれないわ。」
クリスがはっきりきっぱりと断言すると何故か妙な沈黙が落ちた。訝し気にクリスがゼルの顔を見れば、なんてことはない、いつも通りの笑みを浮かべている。彼はそのまま笑顔で口を開いた。
「そうですか。残念ですねえ。」
「グレイさんでも仲間にしたら。」
口と顔があってない、いつものニッコリ笑顔をしらけた目で睨むと、ゼルは笑みを引きつらせて眉に皺を寄せた。それは嫌らしい。
グレイは最近クリスの店に来ていない。今までの頻度からそろそろ来ても良い頃のはずだが、グレイは冒険者。常に一定の行動をとれる職では無い。
だがそろそろやってきて欲しいと思っている。来月初め、つまり年始に実家に一度帰るつもりなのだ。そのまま数日滞在する予定なのでその間店は休みということになる。こんなに間が開くとは思っていなかったので、そのことをまだ彼に伝えていなかった。
とりあえず目の前にいる男には今伝えておこうと、クリスは食べていた手を止めた。
「来月に四日間くらい店閉めるからね。」
「ええっ!?」
こちらも突然と言えば突然だが、いきなり大声をだしたゼルにクリスはびくりと肩を揺らした。普段ならすぐにクリスを気遣っただろうゼルは動揺しきった様子で訊く。
「ど、どうしてですか!?」
「年始に故郷でお祭りがあるのよ。今年は結局一回も実家に帰ってないし、顔くらい見せようかと思って」
それに、その祭りは初代聖女を奉る大切な行事だ。彼の人の加護を受けている者として無視するわけにはいかない。父親が作る剣も見たいし自分が作る剣も見て貰いたい。母親の作る料理も楽しみだし、近所に住む幼馴染の少年にも会いたい。帰りたい理由が店にいたい理由に勝った。
「そうなんですか…。分かりました。大人しく待ってますから、早く帰ってきてくださいね!」
「実際向こうにいるのは二日間だから、四日目の夜には店にはいると思うけどね」
「僕が居ない間に、浮気なんてしないでくださいよ…!」
涙目になりながら両手でハンカチでも握りしめる仕草をしている変態を、とりあえず殴っておいた。




