多才な能力
魔界では魔族同士の存在を隠すことは出来ない。お互いが魔力で繋がっているゼル達は、知りたくもない相手の情報が零れることなく流れていく。
それが理由という訳でもないが、ゼルは魔界よりも地上にいることを好んでいた。週に一度は戻るように言われていなければ、こちらに家を持ちたいくらいだ。
取っていた宿を出て街を歩く。ゼルは人が作った物が好きだ。だからこうして街を意味なく歩くことも彼にとっては立派な趣味であった。
代々聖女と呼ばれる少女が護る街を行く。その力を持っているのは彼女だけではないのに、そう呼ばれているのはこの街で一人だけ。つくづく思うが、可笑しな体制だ。ここ数百年ほどこの国には来ていなかったのでいつから出来たのかは知らない。騎士一族のこともあるので、そのうち城に調べに行こうと思う。
「あれ?」
ゼルは、いるはずのない気配を感じた気がして首を捻った。
だが、その人物にしては淡すぎる気配だ。それに自分と違って魔族至上主義なのでこんな所にいるとは思えない。
気のせいかとゼルが結論づけた頃、丁度向かっていた店が見えてきた。二階のベランダからプランターが吊られている。
プランターにはまだ何の花も咲いていない。次の年には絶対綺麗な花を咲かせると彼女は張り切っていた。花を咲かせてどうするのかと問うたら見て楽しむだけで終わりらしい。そもそも楽しいのかも疑問を感じてしまう。
「て、そんなことを言ったらクリスさんに失礼ですね。」
ゼルは、知らない花なのだと笑ったクリスを思い浮かべた。楽しそうな彼女を見ていると、自分も何だかその花を早く見てみたい気もした。
どんな花を育てるつもりなのか。今日はそれも聞いてみよう。
そう思ったのに、彼女の店がある路地に入る直前、ゼルは回れ右をした。
エルは概ねすばらしい店員と言えた。自分が伝えた情報を、あますことなく客に丁寧に伝えている。無表情で愛想がまったく無いが、美女はいるだけで平々凡々とした店が華やかになる。
クリスはカウンター越しに男客と相対しているエルを眺めた。
「これも買ってはどうだ?」
「この武器も貴方にはあっていると思う。」
「おお、格好いいじゃないか。」
どこまでも棒読みなのだが、言うタイミングが絶妙だ。言われた若い男、いやむしろ普段そういうことを言われないだろうおっさん冒険者までテレテレしながら勧められた物を手に取る。
どうなるものかと戦々恐々としていたが、どうやらクリスは良い拾い者したようである。クリスは持ち上がる口の端を必死に押しとどめながら、客から商品を受け取った。
「ありがとうございます。」
浅く礼をしたクリスなど目もくれず、若い冒険者は買った商品を持ったままエルに近づいていく。昼も近づきエルは客の居ない店内で手持ちぶたそうにしている。某歩く商業妨害と違いエルは女性なので力仕事は頼まなかった。クリスももちろん女性だが、まあ慣れているかいないかの違いである。
「君、臨時就職なの?」
「バイト?」
「ここで働いてるんだろ?」
「いや、恩をかえしているだけだ。」
別にバイトと答えてもかまわないのに。クリスがひきつった笑みを浮かべる。
男は訝しそうな顔をしたが気にせずにナンパを続けた。
「そうなんだ。名前を聞いて良いかい?」
「エルだ」
「エルちゃんって言うんだ。」
エルが素直に聞かれたまま答えているため、ナンパはスムーズに進んでいる。もしエルが良いところの出であればこんな時の対処法だって分からないだろう。だがまだ口は出せない。肩に手を回し馴れ馴れしい態度をとってはいるものの、強引に連れて行くつもりもなければエルがいやがっているわけでもない。
「ねえ、いつ頃までやってるの?」
「恩を返すまで。」
それは突っ込んだほうが良いんだろうか。少し離れた所にいるクリスは無言を貫きつつ冷や汗をかく。
「……今日は何時頃まで仕事してるんだい?」
結構な根性を持っているようで男は引き下がらない。答えに窮したのか、エルはクリスをちらりと見た。
小さくため息をもらしてから、クリスはゆっくり言った。
「…夜までになりますので、ナンパなら他で。」
「夜まで? いくら何でも働かせすぎじゃないかな。」
案の定男はくってかかってきた。ため息を飲み込んでから男から目を離し、エルと目を合わせた。
「エル、昼休憩ならこれから取るけど、どうするの?」
「どうするとは?」
「この方、貴女と何処か行きたいみたいだけど、従うの?」
「クリス殿はその時何を?」
「私はごはんでも食べてるわ。」
「そうか…」
エルはあごに手をかけて、男をを上目遣いで見た。その途端男の身体が強ばって顔も緊張した面持ちになる。美貌とは凶器だ。ただ少し上を向いただけでそれを驚異とする人間を自由に利用できるのだから。
「金がないんだが、昼飯を奢ってくれないか?」
「も、もちろん!」
クリスは半目で出て行く二人を見送った。エルに対する認識は改めた方が良いかもしれない。あれは天然をかましながら一番男を手玉に取るタイプだ。無自覚が一番恐ろしいという良い例だ。
看板を下げる為数時間ぶりの外に出ると、乾いた冷たい風が足を撫でていった。そろそろ年も終わる。そして冬が終わり、春が来れば、最高店が決まる。
今年はどうなるのだろう。軽いはずの看板が、何故が重たく感じた。ゆっくり持ち上げてふと視線を感じ、そちらに顔を向けると、一気にクリスの顔が引きつった。
信じられない、信じがたい物を見てしまった。
「何してんの。あんたは。」
「…かくれんぼです!」
隠れるように建物と建物の間に嵌っている変なモノはやはり笑みを浮かべてそう言った。




