第7話 森の魔女
森の魔女がいるのは、木々が鬱蒼と茂り、一年中曇り空に包まれた暗い森の中……のはずなのだが、実際は巨大な木々の間から光が差し、神秘的な感じすら漂う。ちょっとしたパワースポットだ。
そんな森の奥に、レンガでできた魔女の家があった。ビトーの旧市街と同じ、オレンジ屋根の立派な家だ。
恐る恐るドアをノックすると、少し間を置いてドアが勝手に開いた。
「そのまま中に入ってきな。」
家の奥の方から、しゃがれた声が聞こえた。言われるがままに薄暗い部屋の中に入っていく。私を先頭にレンが後ろから続く。
「どこにいるのー?」
「土足で上がるな。」
私が声を上げるなり、いきなり目の前に皺くちゃの老婆が現れ、私は叫びそうになった。
「旅人か。何用だ?」
「その前にエリンさんを起こすのを手伝っていただけないでしょうか。」
私はその場に固まってしまっていた。でもね、目の前に突然ババアが来たら怖いと思うのよね。
「気が小さい子だね。大きなガタイして。」
目の前には小さく皺くちゃのお婆さん。
「……剣が大きいだけで、私は別にでかくないのよ。」
不機嫌そうな私を見て、森の魔女はニヤニヤと笑った。レンはそんな間を切り替えるように一息吐いた。
「失礼します。お名前を伺ってもよろしいでしょうか。」
「ほお、久しぶりだな。きちんと魔女の名前を聞く子は。」
森の魔女は気を良くした。
アルテマとのやり取りから、魔女が二つ名で呼ばれるのを好まないことをレンは覚えていたのだろう。よくできた子だ。
「私の名はサリサだ。間違っても森の魔女などと呼ぶな。」
案外可愛い名前だ。名は体を表すと言うが・・・違うな。
「サリサさん。私はレンと言います。こちらはエリンさんです。単刀直入に要件を言います。アルテマさんの封印が解けかかっています。」
サリサの表情が変わった。
「……そうか。」
「昨日、街の外にウンブラ・ノクスという魔物が現れました。封印との関連性は不明ですが、封印から漏れ出した魔力が影響した可能性も僅かですが考えられます。」
「そうかもしれないね。」
レンは可能性は低いと言っていたアルテマとウンブラ・ノクスとの関係についてもあえて言及した。 その方が緊急性が伝わるからだろう。
サリサは頷いた。
そこでレンは言葉を伏せた。
少しだけ沈黙が訪れた。
「もう一度封印を施すしかない。」
サリサが先に口を開いた。
「封印で魔力が流れ出すのを防ぐしか、アルテマに生きる術はない。」
「何年くらい持つの?」
「さあね。」
紅茶を飲みながらサリサが言った。
「あの封印の中であれば、アルテマの魔力を閉じ込めておくことはできる。私達魔女にとって、魔力の枯渇は死に直結する。だから封印するしかなかったのさ。」
「……町の人々は、貴女が危険なアルテマさんを封印したと言っていましたが……。」
とてもそうは思えない、とレンは小声で言った。
「私とアルテマが対の存在だからだろう。アルテマは私より遥かに強力な魔力を有し、魔法にも長けている。だが、困ったことに強力すぎるが故に、無意識の内に魔力が大気に流れ、町に影響を与えてしまうことがあった。これまでも、その際に止めるのが私の役割だった。」
「魔力が強い人を、劣る人が止めることができるの?」
「エ、エリンさん……。」
私の聞き方があまりにもストレートすぎて、レンが冷や冷やしていた。
「ふふふ。魔法というのはよく出来ているのさ。どれだけ強力な魔力でも封じる策はある。まだ分からないだろうが、いつか気が付く日がくる。」
「呪術を解くことはできないの?」
そう私が効くと、サリサは眉を顰めながら首を横に振った。
「あんな化け物レベルの呪術を解くなんて到底無理だね。」
ふう、と息を吐いて続ける。
「呪術ってのは、せいぜい体の一か所くらいに刻むのが限界なんだ。それでも膨大な魔力を要する。……アルテマの体には、全身にびっしりと紋様が刻まれている。あんな滅茶苦茶な呪いなんてあり得ない。マデリーンってのはつくづくバケモンだよ。」
サリサの手は僅かに震えていた。
あのアルテマの身体中に刻まれた呪術を思い出し、ぞっと震えた。
「アルテマ自身を封印することで、なんとかしてきたが……限界のようだね。心配する必要はないよ。また封印を張れば魔力の流れは治まる。人間も暫くは安泰のはずだ。」
サリサの表情は憂いを帯びていた。
見た目も雰囲気も全く異なるはずなのに、何故かアルテマさんを髣髴とさせた。
「ところで、あんたのその剣、キラーバッドじゃないか?」
サリサは私の剣を見て言った。
「よくご存じで。」
「かのバッドガイの剣だからね。しかし、よくこの剣を使えるもんだ。」
「そうですよねえ……私なんかが。」
「そうじゃない。その剣はあらゆるものを切り裂く魔剣だよ。膨大な魔力を内包しているが故、強力無比だが、使うには精神を蝕まれるほどの負荷がかかるかずだ。」
私とレンは顔を見合わせた。
「でも、あんたを見る限り、全くそんな感じはしない。」
これってそんな危険な武器なの?
「あんた、何者なんだ?」
「記憶がないから分かんないよ。」
ボケーっと答える私に、サリサは鋭い視線を送っていた。
「まあ、とにかくアルテマのことは私に任せておきな。」
そう言ながらサリサは紅茶を飲み干した。
その時・・・
「あ。」
私は小さく呟いた。
「何だい?」
サリサが不思議そうな視線を送ってきた。
「いや、何でもないよ。」
私は首を横に振った。
サリサもレンも、特に気にした様子はなかった。
しかし、私は嫌な予感がした。
サリサの身体がうっすら青白く光り始めたからだ。
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私とレンは帰路に着いた。
「今日の魔女達のことなんですが……。」
レンがゆっくりと話し始めた。
「うん?」
「おそらく、二人とも嘘をついていると思います。」
「え?」
レンの思わぬ言葉に私は素っ頓狂な声を上げた。
「な、なんで?」
「あ、いや。嘘というか、本心を隠しているような気がするんです。」
「それはどういうこと?」
私が尋ねると、レンは少し考えこむ素振りを見せた。
「サリサさんには、あの封印を張れるような強い魔力は感じませんでした。」
「でも!あの封印はサリサさんが作ったんでしょ?」
「そのはずなんですが……。でも、強力な封印ができるとは思えないんです。それどころか、ほとんど魔力を感じなかった。魔女とは……思えないくらいに。」
レンは悩んでいた。
「それってどういうことなの?」
私は混乱していた。
レンも自分で言いながら困っていたようだった。
「私にもわかりません。どうやって封印を張るつもりなのか……。」
何より気になったのは、あの時、サリサの身体に……
「青白い光が……急に見えたんだ。」
私がそう言うと、レンの目が見開いた。
「それは、エリンさんの破綻感覚で……。」
「うん。急に……。」
レンは息を呑んだ。
「……もしかして、何か、とても危ない方法でアルテマさんを救おうとしているのでは。」
そう言えば、光が現れたのは、話の終わりの時だった。
「それも、命を落とすリスクがあるほどの……。」
「マデリーンの呪術を解除するの?」
「……サリサさんがどれほどの魔女であったとしても、あんな呪術を解呪するのは至難だと思います。考えられるとすれば、封印を張り直すしかないですが、サリサさんの魔力では……とても。」
魔力が強くても封じる策はある、とサリサは言った。
とは言え、自分の力を遥かに超えるものをどうやって封じるというのか。
嫌な予感しかしなかった。
何故こんなに不安になるのか。
元より大して知らない魔女の話なのに、どうしてこんな気持ちになるのか。
あの時、ビトーで見たイメージだ。
泣いている魔女。何かに縋るような。
その姿が私の頭に焼き付いているのだ。
きっと何かがあった。
私の知らない記憶で、魔女に対する後ろめたいことが。
「レン。」
凛とした声だった。
「あの2人を助けたい。」
「エリンさん……。」
理由はまだ分からないけど、私が助けなくてはいけない。確信のようなものがあった。
「エリンさんだったら、そう言うと思いました。」
レンは柔らかくほほ笑んだ。
「ごめん。巻き込んじゃって。何も理由なんてないんだ。」
「エリンさんのそういうところ、大好きです。」
透き通るような眼差しに、救われた気持ちになる。
「どうやったら助けられるんだろう。」
「封印ですら一時的なものでしかありません。根本的に助けるのであれば、呪術を打ち破るしかないです。」
レンもまた、決意を持って答えた。
「でも、私達の力だけで何かできるのかな。」
「限りなく可能性は低いですが、一つだけ方法があります。」
レンは私の持っている巨大な剣を見た。
「聖剣に内包する魔力を解放して、増幅した解呪の魔法をぶつけます。」
「解呪の魔法!すごいね!そんなことできるなんて。」
「解呪自体は、さほど難しい魔法ではないんです。問題は聖剣の魔力を解放する方です。」
私とレンは、あらためてキラーバッドを見た。
「魔力を込めた武器は、通常、内部に防壁のようなもので魔力を閉じ込めています。解放するには、武器に魔力を注ぎこみ、防壁に穴をあけて押し出すようなイメージが一般的です。」
まるでやったことがあるかのように、レンは言った。
「ただ、伝説の聖剣ですから、内部の魔力も容量も桁違いだと思います。相当量の魔力が必要になるはず。」
「そんなの、できる人いるのかな?」
私の問いに、レンは躊躇いがちに答えた。
「できるならサリサさんが……。もしできなければ……。」
レンは不安そうに私を見た。
「私がやります。」
そう言ったレンの手は震えていた。




