第8話 魔女の選択
太陽は沈んでいる。
暗闇の中で光を孕む灯台へ、私とレンは駆けていく。
私は頭の中で反芻していた。「何故こんなに必死になっているんだ?」と。
あの魔女二人なんて、今日会ったばかりだ。
悪い人達でないのは分かるが、別に親しいわけじゃない。
あの二人がどうなろうと、私には関係ないはずだ。
にも関わらず、まるで心臓が突き動かされているように灯台へと走っている。
自分でも理由は分からない。
しかし、胸の中から湧き上がる思いがあった。
私が救わなければいけないのだと。
------------------------------------------------------------------------------------
灯台へとたどり着いた時、入り口の前に二人の影が見えた。
アルテマとサリサだ。
「お前達……。」
「封印は解けたの?」
驚く二人に、荒い呼吸のまま私は尋ねた。
「解いたんだよ。」
サリサが呟いた。
私とレンは驚きを隠せなかった。
「どうして?」
「封印も持って数日だった。だったらもう、最後は潔く迎えてほしくてね。」
そう語るサリサの言葉に、アルテマは複雑そうな顔を浮かべていた。
「そして、あなたの命を懸けてでもアルテマさんは封印するつもり?」
私の言葉に、サリサが一瞬表情を歪めた。
一方、アルテマは眉を顰めて目を閉じた。
「マデリーンの呪術ごとアルテマさんを封印するのは至難の業です。あなたがどれほど強力な魔女だとしても、通常の方法では考えられないはず。」
レンが続けた。
言葉を選んでいるなあ、と変に関心した。
「よく知っているね。ただ、誤解しないでほしいが私は死ぬつもりはないよ。」
サリサは薄らと笑顔を浮かべた。
「アルテマには悪いがね。流石に命までは捧げられない。だから、せめてアルテマの最期を見届けにきたんだ。一人で死ぬのは寂しいだろうからね。」
私は呼吸を整えた。
「それは嘘だよ!だって……サリサさんの身体から青白い光を放っているから!」
アルテマはそれで気づいたが、サリサは首を傾げた。
「どういうことだい、それは?」
「……エリンの能力だ。壊れそうなモノを感知することができる。封印が解けかけた私の身体からも、青白い光を放っているそうだ。」
アルテマがそう言うと、サリサはハッとした。
「サリサさんに初めて会った時、最初は光を感じなかった。でも、話を終えた後、その光が溢れてきた。その時にあなたは決めたんだ。自分が死んででもアルテマさんを救おうと。違う?」
私の追及にサリサは黙り込んだ。
「サリサ……。」
アルテマが悲しそうな目でサリサを見た。
サリサが慌ててアルテマを見返した。
「すまない……本当に。」
アルテマがサリサを優しく抱き寄せた。
「知ってしまった以上、私はそれを受け入れることはできない。」
「ぐっ……。」
サリサは歯を食いしばりながら涙を浮かべた。
「なんとかならないの?せめて命を捧げなくても……。」
「できるものか!」
私の言葉を遮ってサリサは叫んだ。
それを制するようにアルテマはサリサを腕で包み込んだ。
「サリサにはもう、その力は残っていない。」
「でも……。」
「良いんだ。」
アルテマは首を横に振った。
諦めにも似た笑顔だった。
「二人で生きられないのであれば、もういいんだ。」
---------------------------------------------------------------------------
「魔女」という存在が何故生まれたか、どのような存在を魔女と定義するのか。
言うならば、魔力を生命の原資する知的生命体と言うべきだろうか。
人間の女性と同じ身体的特徴を持つ。長命だが生殖能力はないため、種を繋ぐのではなく、魔力の流れの中で突然変異的に生まれるとされている。
今から500年以上前、世界が暗黒の精霊の動乱に喘いでいた時、魔女は大量に生まれた。
しかし、強力な魔力を持つ魔女は人間に忌み嫌われ、虐殺されたとされている。
この頃、私とサリサはこの地に生まれた。
どのように生まれたのか、何故二人だったのか、全く分からない。
ただ分かることは私達は生まれつき、特別な繋がりを感じられるということだった。
森の中で二人だった私達は、身を隠しながら、互いに手を取り合いながら生きてきた。
暗黒の精霊がバッドガイに討伐された後、人間同士で戦争が始まり、荒んだ時代だった。
そんな戦火とは距離を置き、森の中で慎ましやかに生きていた私達の前に、一人の少年がやってきた。
「俺は、ゲルノート・レマ・フルベング。」
少年は「神聖国家」フルベングの名を関する王族だった。緑色の髪、青い瞳。長身のアルテマやサリサより小さな体躯。若いというよりは幼い。
「俺にどうか魔法を教えてください!」
そう言ってゲルノートは跪き、頭を床に着けた。私達は顔を見合わせた。
「そこまでするとは、何か理由があるのか?」
私が尋ねると、ゲルノートはゆっくりと頭を上げた。
「俺は世界を救うために旅をしている。だが、あまりにも非力だ。このままでは仲間に迷惑を掛けてしまう。だから力が必要なんだ。」
「それで魔法を習得したいということか。」
ゲルノートは力強くうなずいた。
「戦争を終わらせたいんだ。そのためには、ハルバートを討たなければならない。」
「その名……お前は王族ではないのか?そんな者が何故自ら戦おうとする?」
そう問われたゲルノートは、真っすぐに私を見返した。
「俺の仲間には、英雄バッドガイがいる。」
私は驚いた。
バッドガイが人間同士の戦争に与するとは思っていたなかったからだ。
「この戦争を終わらせるために俺に協力してくれる。だが、ハルバートは、強力な魔法使いはおろか、使役した怪物すら軍に組み入れている。俺達は劣勢だ。このままでは怪物どもに世界は蹂躙される。」
「可変種か。」
「ああ。だが、それだけじゃない。奴らは竜を生み出そうとしている。」
「竜?」
私とサリサは顔を見合わせた。古代の伝承に伝えられているが、創作の存在だと思っていたからだ。
「荒唐無稽だな。」
「嘘じゃない。黒竜だ。遥か太古の時代に世界を一度滅ぼしたと言われる、竜だ。いいか。古代の伝説が本当かは分からない。だが、奴らはそれを魔法で「生み出そうとしている」んだ。」
ゲルノートの言葉に嘘は感じられなかった。
「しかし、私達の魔法を教えたところで竜を倒すことなど出来まい。」
「だからその前にハルバートを止めるしかない。これ以上、魔法研究が進むのを潰すんだ。」
サリサは警戒していたが、私は屈託のないゲルノートを気に入り、彼に魔法を教えた。
攻撃魔法、回復魔法、補助魔法……ゲルノートは天才で、砂に水が染み込むように魔法を覚えた。
彼に魔法を教えた時間は僅か数日だったが、その間に覚えた魔法は数十種類にも及んだ。
「ありがとう。アルテマさん。サリサさんも。」
別れの時、師匠である私と、魔法は教えなかったが食事はふるまったサリサに感謝を告げ、ゲルノートは去っていった。
取り立ててどうでもない、思い出の中のほんの一コマだ。
その後、戦争は終わった。
フルベングを始めとした同盟国群が、ハルバートやベルトリアを中心とした連合軍を打ち破った。
バッドガイは戦後すぐにこの世を去り、ハルバートは敗戦国としてフルベングの隷属国となった。
それから数百年の時が流れた。
ゲルノートはとうに死んだだろう。
私達は彼がその後どうなったかは知る由もなかった。
サリサとのティータイムの中で、時折思い出しては「変わった奴だった」と笑い合った。
私達の運命を変えたのは今から30年程前だった。
森の館で過ごしていた私達の元にベルトリアの軍がやってきた。
乗り込んできた兵達は、私達を取り囲んだ。
整列した兵の奥から現れたのは、ベルトリアの女王マデリーン。
顔を隠す鉄仮面と、それに反するような豪奢なドレス。背が高く、僅かに見える腕はとても細い。
対峙しただけで分かる、あまりに圧倒的な魔力。
その場で跪き、命乞いをしたくなる程の。
「魔女アルテマ。」
マデリーンの声は、威圧的な風貌に反して、驚くほど幼く聞こえた。
「あなたは遥か昔、フルベング12世に魔法を教えた。」
「フルベング……ゲルノートのことか?」
私の声は少し震えていた。
「そうだ。ゲルノート・レマ・フルベング12世。かつての戦争後、魔法国家ハルバートで虐殺を繰り返し、我らの国ベルトリアにも侵攻した「悪帝」だ。」
私は驚きを隠せなかった。
あの真っすぐなゲルノートがそんなことをするとは思えなかったからだ。
「フルベング12世はあなたから学んだ魔法を振るい、多くの生命を奪った。善悪の判断なく魔法を授けることを躊躇わない、あなたは危険な存在だ。」
「殺すのか?私を。」
震えを抑えるのに精いっぱいだった。
「それは今から決める。」
マデリーンは淡々と言った。
「ま、待て!」
間に入ったサリサの声も震えていた。
「私もアルテマと共に魔法を教えていた。ならば私も同じだ。」
「いや、あなたは『直接』教えていない。」
マデリーンはサリサを一瞥し、まるで見てきたかのように断言した。
「な、何を……。」
「分かるのだ。私の前で嘘は無駄だと思った方がいい。」
マデリーンの言葉には有無を言わさない力があった。そして、実際それは本当のように思えた。
「確かに私はゲルノートに魔法を教えた。」
アルテマは口を開いた。
「だが、それを理由に殺されるのであれば、あまりに不躾だ。私自身は何をしたわけでもない。もしゲルノートが本当に魔法を悪用したのであれば……裁かれるべきは彼自身ではないのか?魔法そのものが悪ではないことは貴方も分かっているだろう。使う人間の問題なのだ。」
私の言うことをマデリーンは黙って聞いていた。
「そもそも、魔法などありふれたものだ。いや、今や人間の方が魔法を体系化させ、より練度を深めていると言っていいだろう。この時代に私が古びた魔法を使えることなど、何の危険性があるというのだ。」
「分かった。あなたの言うことは一理ある。」
マデリーンは意外にもあっさりと飲み込んだ。
「ただし、あなたが人間の管理から外れた存在であることは変わりない。その力に制限を掛けさせてもらう。」
マデリーンは何かを唱えた。
ほんの短い詠唱だったが、空間を強烈な光が包む。
瞬間、私の身体が何かに締め付けられるような感覚に襲われた。
「ぐううっ!」
私は激痛に倒れこんだ。
「アルテマ!」
サリサが慌てて私を抱き起す。そして、その身体を見て青ざめた。
「こ、これは……。」
私は目を開いた。
身体の半分に刻まれた黒い紋様。
いかなる天才でも刻めるはずのない強力な呪い。それを僅かな詠唱だけで……。
「これであなたは暫く魔法を使うことはできないはずだ。」
マデリーンが淡々と言った。
「ま、魔法だと……こんな呪術を……。」
サリサが茫然としながら言った。
「行くぞ。」
マデリーン達はそのまま帰っていった。もはや私達に目もくれず。
マデリーンの姿が消えた後、私達は途方に暮れた。
私の身体からは魔力が消えていく。止めないことにはすぐに死ぬだろう。
笑ってしまった。
マデリーンは本当に私を殺すつもりなどなかったのだ。
彼女にとっては取るに足らない簡単な魔法。魔女ともあろう者ならば、この程度の呪術で死ぬはずもなかろうと。
それを、私達にはどうすることもできない。
魔女としての尊厳が一瞬で奪われた感覚だった。
身体中に刻まれた呪いの紋様。日を追うごとに消えていく魔力。
私の生命が尽きるのは時間の問題だった。
そんな時、サリサが私を誘った。
「久しぶりに灯台に行かないか?」
古びて捨てられていた灯台は、二人にとってお気に入りの場所だった。
私達は灯台の上に作った部屋から、外を眺めた。
「最後には悪くない場所だ。」
「すまない。アルテマ……。」
言うなり、サリサは魔法の詠唱を始めた。
サリサの身体には、考えられないほどの強大な魔力が集まっていた。
やがて、視界が真っ白に包まれるほどの輝きを放った。
何ということだろうか。
目の前にあったのは……力だけでなく生命をも削ってしまい、老婆になったサリサの姿。
「こ、この建物にお前を封印した。魔力の一滴も漏れないようにな。これで暫くは大丈夫だ。」
震える身体で起き上がりながら、サリサは言った。
「なんとバカなことを……!ああ、お前の顔が、身体が、髪が……。」
「この封印が施されている間に呪術を解く方法を見つける。それまでは窮屈だろうが、どうか我慢してくれ。月が見える夜には、必ず会いに来るから。」
サリサはその面影を僅かに残した、皺くちゃの顔を歪めて言った。
「そんなこと……お前を犠牲にしてまで私が生きたいと思っているとでも!?」
私は声を荒げた。
しかし、もう遅かった。
どうやっても、あの美しいサリサは帰ってこないのだ。
私のせいで。
「アルテマ。どうか責めないでくれ。お前の美しい身体に呪術が刻まれるのを止められなかった、愚かな私を。」
サリサは私に謝罪した。
全ては取り返しがつかないことだった。
私達は、ただ二人で穏やかに暮らせればよかったのに。




