第9話 真実と秘密
「……結局、私はアルテマに掛けられた呪術を破ることができなかった。」
サリサは自虐的に言った。
「恥も捨てて、自分以外の魔女や魔法使いにも頼った。人間達にもな。だが、誰もマデリーンの呪術を解くことはできなかった。」
「マデリーンの呪術に抗い、灯台全てを包むような強力な封印……天才的な魔力を持った者でさえ困難なはず。」
レンが呟いた。
「サリサさん、あなたは、どれだけのものを犠牲に……」
レンは身体を震わせていた。
「私がアルテマに捧げるものなど、私自身しかなかったということ。」
サリサはそう言って、アルテマに寄り添った。
私は身を預け合う二人を見つめた。
この世に二人だけ。
そうして何百年も生きてきた。
支え合い、信じあい、生涯を共にする。
そんな二人が、儚く、そして美しく見えた。
だからこそ悔しい。無力であることが。
二人を救いたい。
あの映像がフラッシュバックする。
泣いている魔女。地に付す男。
「私が救わなくてはならない。」
私はそう強く願った。
一瞬、アルテマの身体に光が見えた。
「赤い光」だった。
よく見ると、アルテマの背中のほんの僅かな場所が光っている。
「ねえ、レン。アルテマさんの背中、ほんの少しだけ赤く光っている場所があるんだ。」
私の言葉を聞き、レンもアルテマの方に目を向ける。
「……一体、どのあたりが?」
「背中の真ん中より少し下。」
私とレンは、アルテマに服をはだけてもらい、背中を見た。
光は、呪術の刻まれた紋様の一部から出ていた。
私が指で示すと、レンはその個所を凝視した。
「紋様同士が交差しています。魔力が循環するつなぎ目のような箇所です。この箇所が赤く光っている……。「破綻感覚」で、この呪術が壊れそうな箇所が分かるということ?」
レンの言葉に魔女二人も驚いていた。
「この箇所に魔力を集中させ、強力な解呪の魔法を唱えれば、呪術を破ることができるかもしれません。」
レンは目を見開いた。
「しかし、壊れそうとは言え、マデリーンの呪術を破るほどの魔力をどうすれば……」
「できるとすれば、この剣です。」
レンは、キラーバッドを指して言った。
「この剣に内包された魔力を引き出せれば……ただの解呪魔法でも効果を高めることができます。」
「どうやったら魔力を開放できるんだ!?」
サリサは私達に食いついた。
「剣の表面には魔力を感じません。おそらく魔力は剣の中に封印されているはず。この剣に魔力を注ぎ込み、中から封印を破ります。」
「魔力、か……。」
「サリサさん、解呪の魔法は使えますか?」
レンはそう言って、サリサを見た。
「ああ。だが、お前もエリンも魔力は如何ほどもあるまい。私が残された魔力を注ぎ込もう。」
サリサは言った。しかし、アルテマは不安な様子を隠さない。
命を捧げて封印をしようとした彼女だ。呪術そのものを打ち破れるとなれば、そのためにどれだけの犠牲も払うだろう。
レンもそれが分かっている。
「……決して無理はしないでくださいね。」
残念だが、私にはまったく魔力がない。アルテマ認定のゴミ以下だ。
私はキラーバッドを構えた。
「エリンさん……。」
レンが不安そうに私を見た。
「魔力がなくても、この剣を使えるのは私だけなんだ。きっと何かを起こせるはずだよ。」
私は腕に力を込める。魔力を解放するように願いを込める。
とはいえ、何も起こらない。
そこにサリサが両手を添えた。
「お前はどうして私達を助けようとしてくれるんだ?」
サリサが不思議そうに尋ねた。
「理由なんて分からないよ……。」
そうだ。
「理由なんてないよ!」
私は叫んだ。
二人を助けたい理由なんて、私には分からない。ただ、とにかく胸が痛む。
「二人を助けられなかったら一生後悔する。それだけは確かなんだよ!」
私はそう叫んだ。
サリサがキラーバッドに魔力を込める。巨大な剣が僅かに黄金の輝きを帯びていく。
しかし、その力は微弱なものだ。サリサにはもう魔力が残っていないのだ。
「ダメだ。やめてくれ。サリサ。」
アルテマが懇願する。
「アルテマ……ッ!」
サリサが崩れ落ちそうになる。
無理なのか?
これ以上、キラーバッドが輝くことがない。
サリサが手を離しそうになった。
その時、レンがキラーバッドを掴んだ。
「うぅぅ……!」
「レン!?」
私は驚いて叫んだ。
レンは身体を震わせ、息を荒くしている。
白い肌が紅潮している。
「レン、無理しちゃだめ!」
「う、ぐぅぅぅ!」
レンが魔力を込めると、巨大な剣が黄金から緑色に輝き、剣先から魔力があふれ出す。
「解放された!」
サリサが驚きの声を上げた。
「レン……!」
「エ、エリンさん、剣をアルテマさんに向けて……。サリサさん、解呪の魔法を……。」
なおも心配をする私とサリサに、レンが苦しそうに訴えた。
レンの言葉で気を持ち直した私は、輝く剣先をアルテマの背中に向けた。
「生きてくれ、アルテマ!」
サリサが祈りを込めながら詠唱する。
解呪の魔法だ。
本来、サリサの魔力では到底及ばない。
「エリンさん!」
キラーバッドを掴みながらレンが叫んだ。
溢れる魔力がサリサの魔法を増幅させた。
私は、アルテマの背中の僅かな光に剣先を向ける。
「壊せえぇぇぇ!」
私が叫ぶと同時に、剣先から巨大な光が放たれた。
やがて光が収まり、私達はその場に蹲っていた。
「レン!?」
レンは膝をついて蹲っている。
私は慌てて駆け寄って背中をさすりながら、蹲るレンの顔を覗き込んだ。
震えながら涙を流していた。
「レン!?大丈夫?」
明らかに様子がおかしい。たまらなく不安になる。
「……た、助けて……。」
レンが呟いた。
「助けて……!?」
まるで私の存在に気づいていないかのように、レンは自分の身体を丸めた。
「どうしたの!?レン!」
必死で声を掛け続ける私に、レンははっと視線を向けた。
「う、エリンさん……。」
そのまま力なく私に身体を預ける。
「だ、大丈夫です……。」
顔が真っ青で、息が荒い。
どう見ても大丈夫そうではない姿を見て、私は不安になった。
「エリンさん、アルテマさんは……?」
レンに促され、アルテマの方を向く。
「アルテマさん!」
私の呼びかけに、アルテマはゆっくりと振り返り、背中を露わにした。
「……消えた。」
忌まわしい紋様は一切の跡を残さず消えた。
アルテマは驚きの声を上げた。そして、すぐに私の横で倒れている人の方に目を向ける。
「サリサ!?」
アルテマの呼びかけでサリサは目を覚ました。
「サリサ……お前……。」
なんと、老婆だったサリサの姿が元に戻っていた。
エリンとレンは初めて見たが、本当にアルテマと瓜二つの姿だった。
「これは、一体……?」
サリサ自身も戸惑っているようだった。
「キラーバッドから溢れた魔力を私の身体にも注いだのか。」
サリサはレンの方を見た。
「そんなことができるとは……」
「サリサ……っ」
アルテマはサリサを強く抱きしめた。
「ああ、アルテマ……。」
サリサもまた力一杯抱き返す。
「ははは……こんな、上手くいくものなのかな……?」
私は信じられなくて目をぱちぱちと瞬かせた。
アルテマとサリサはそれを見て笑った。
「いや。」
そしてもう一度、二人で固く抱き合った。
「奇跡だよ。」
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レンが少し落ち着いてきた頃、アルテマとサリサが私達に前に来た。
「お前達に、星の数ほど感謝する。」
アルテマは頭を下げた。
「もし、サリサが命を懸けて私を封印したとしても、サリサのいない世界で私だけが生きることなど……。きっと私は絶望の中、後を追うだけだっただろう。」
「また二人で生きられるなんて……こんなに嬉しいことはない。」
サリサも続けた。
二人のその言葉が偽りのない本心と分かり、私とレンは顔を合わせて笑った。
「お前達ならば、きっと多くの人を救えるはずだ。」
そう言って、アルテマは私の手にそっと手を重ねた。
その手に、光が宿っていく。
「お前に私の能力「鑑定」を委ねる。もし敵と戦うことがあれば使うがいい。敵を知ることは、自分も仲間も救うことになる。」
私は手のひらを見つめた。
新たに力が宿る感覚があった。
アルテマは私の耳に顔を寄せ、小声で呟いた。
「この能力、レンには絶対に使うな。」
「え?」
私は驚いて一瞬止まった。
「人には知られたくないこともある。お前達の関係を壊したくないのなら。」
私にはアルテマの真意が分かりかねた。
レンは何かを隠しているのだろうか。
確かにキラーバッドの魔力を解放させたのはレンだった。
「お前を失望させるようなことではないから安心しろ。いつかレン自身から話してくれる日を待つがいい。」
私は少し不安になった。しかし、それがレンのためであるのなら、アルテマの言うことを聞くべきだろう。
サリサがゆっくりとレンの肩に手を置いた。
「助けてくれて、本当にありがとう。あの時、お前が魔力を注いでくれなければ、私がこの姿に戻ることはなかった。」
サリサはレンの手を取って何かを唱えた。
光がサリサの手を伝い、レンの身体に移っていく。
「これは……?」
「「発露」。ジョブに関わらず、これまで修得した魔法を開放する能力だ。」
レンは顔を強張らせた。
「わ、私には……」
「理由は聞かない。だが、戦いで無力感を覚えるようなら手段は持つべきだ。」
サリサは真っすぐにレンを見据え、そして微笑んだ。
「大丈夫。あなたは強くなる。」
サリサはレンをそっと抱き寄せた。
「ありがとう。優しい人達。」
そう言ってアルテマとサリサは寄り添っていた。
森へと去っていく二人に、私とレンは大きく手を振った。
アルテマとサリサも時折振り返りながら、私達に手を振った。
二人の姿が少しずつ小さくなり、そして見えなくなった。
「良かった。本当に良かった……。」
私は万感の思いを込めて言った。
「はい。本当に。」
レンも微笑んだ。
「レン、大丈夫?」
まだ顔色が良くないレンを見て、私は心配になった。
「は、はい。ちょっと魔力が強すぎましたね……。」
レンは胸を押さえて少し息苦しそうにしていた。
キラーバッドの魔力を引き出したのは間違いなくレンだった。
レベル2のヒーラーができるわけない。
実は、強大な魔力を持っているのではないか。
なのに、それを隠すか、あるいは封印してまで低レベルのヒーラーになっているのか。
鑑識≪アプライズ≫で確かめたい。一瞬そんな気持ちが芽生えそうになるのを否定した。
アルテマが言っていた。絶対にレンに使うなと。
それに、レンの知られたくない秘密を暴くような真似は酷く破廉恥な行為に思えた。
何より、私はレンのことを信じている。
きっと何か理由があって秘密にしているのだろう。
「レン。」
私はレンの隣に座り、正座した。
「おいで。」
レンの頭を私の太ももに乗せるように促した。
恥ずかしいのか、レンは顔を真っ赤にして首を横に振った。
それでも、私はそっと抱き寄せ、彼女に膝枕をした。
「わあぁ……。エ、エリンさん!」
レンがわたわたとしている。
耳まで真っ赤にしている彼女を、とても可愛らしく思う。
「ありがとね。レン。」
「あ……。」
レンは不安そうな顔をした。きっと無我夢中だったのだろう。今になって私が気づいたことを理解したのだ。
「エリンさん……あの……」
「ううん。今は何も言わないで。大丈夫だよ。」
無理に話をさせたくない。そんな泣きそうな顔をさせたくない。いつか、レンが何も躊躇いなく話せるようになった時でいい。
「レンが無事でよかった。」
私はレンの髪を撫でながら言った。
「エリンさん……ごめんなさい。」
「何で謝るの?レンがいなかったら誰も救えなかったよ。」
そう言ってレンの頬を指で撫でる。
滑らかで柔らかい感触に、思わず指を滑らせた。
「繰り返すけど、私にとって重要なのは、レンが無事だったことだよ。」
貴女のことを知りたいと思う自分と、これ以上聞いてはいけないと思う自分がいる。
柔らかい風が吹いた。
レンは力を使ったせいか、眼を閉じていた。
「ねえ、レン。」
私は雑念を振り払い、星空を見て呟いた。
「はい。エリンさん。」
レンがゆっくりと目を開く。
「あの二人さ。素敵だね。」
「はい。」
「ずっと二人だけで生きてきたんだよ。何百年も、森の中でさ。お互いを信じあって、自分よりも大切だと思わないとやっていけないはず。そんなに純粋な想いを持ち合っているって凄いことじゃない?」
「そうですね。とても素敵です。」
レンが微笑んだ。
しばし、柔らかな風に吹かれていると、目を開けているのも辛そうで、レンは眠ってしまった。
その穏やかな寝顔を見て、私は満たされた気持ちになる。
私とレンも、あの二人のようになれるだろうか。
美しい星空を眺めながら、そんなことを考えた。




