第10話 軽薄のボーンズ
魔女達と別れた後、私とレンはビトーの町を出た。
引き続き、列車に乗って大国ベルトリアを目指している。
「アルテマさんとサリサさん、大丈夫かなあ。」
森の館に戻った二人の魔女を思い、窓の外を眺めた。
人間とはうまく共存していけるだろう。
「ウンブラ・ノクスが現れた原因は分からないままでしたね。何事もないといいのですが……。」
レンは少し不安な様子だった。
「まあ、案内所のマスター達も警備を強化するって言ってたから、きっと大丈夫だよ。」
「そうですね。強そうなパーティの方々もいましたし。」
「ところでさ、今日はどこまで行くの?」
長い列車での旅も私には新鮮だ。
さっきから列車の窓からずっと続いている緑の丘も全く飽きない。
「リンデールという町まで行けそうです。到着は夕方くらいでしょうか。」
レンはマップを見ながら言った。
「どんな町かなあ。」
「マップの紹介だと人口が多くて豊かな町だそうです。」
「おお!じゃあ不安なしだね!」
私は呑気に喜び、レンと談笑しながら楽しい旅を過ごした。
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「ねえ、レン……。」
「はい……。」
町についた私とレンは、駅から見えるその光景に唖然とした。
確かに近代的な町だ。広くて、賑やかな様子だ。
……町の中央にある巨大な樹を除けば。
「豊かというのは自然が豊かってことなのかな?」
「ご、ごめんなさい……。」
眼前に広がるのは、巨大な樹だった。幹は直径数十メートル、高さは100m程に及び、まるで雲が広がるように葉が生い茂っている。
「これだけ主張が強いものがマップに載ってないわけがないんですが……。」
二人して暫く樹を見上げながら、駅で立ち尽くしていた。
「らっしゃーせー!!呪いの木の町名物ヤバいリーフパイでーす!食ってハイになってくださいねー!」
「病人、けが人、人生に絶望した人、もともとやる気ない人大歓迎!呪いの木の町で超元気になりましょう!3日住めばあなたもハイ人確定!!」
「定住率300%目指してます!!住みたくない人も無理矢理住ませます!!」
とりあえず街に入った私達は、町の活気……というか、人々の異様な明るさに圧倒された。
「呪いの木とか言っちゃってるよ。」
あちこちから叫びのような人々の声が響く。しかも、どれも異常に元気で、喋る本人は満面の笑顔だ。
「なんだか普通じゃなくて怖いですね……。」
あまりの騒々しさにレンは身を縮めた。
身体の大きな男が図々しく近寄ってくる。レンの身体がびくっと震えた。
「そこの綺麗な女の子達!!うちの店で働かない!!?時給10倍出すよ!!」
「働かない!!」
あまりの無粋さに怒った私が言い返すと、男は自分の額をぴしゃりと叩いた。
「働かない、いただきましたー!!」
それに呼応されるように周りから拍手と歓声が上がる。アホの集まりなのか!?
「行こう!」
私はレンの手を握って足早に駆けだした。
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「ケルベロス討伐パーティー募集中でーす!レベルが足りなくてボコボコにされたい人大歓迎でーす!」
「役立たずのスキルでパーティーから追い出された人集まれー!!実はすごい奴だったという都合のいい奇跡を信じてまーす!!」
「悪役令嬢来てくださーい!ブーム後も性悪なあなたの面倒見まーす!!」
旅の案内所も異常な雰囲気だった。多くの人間が叫び、何だかおかしいことを言っている。
「……やっぱり異常だよ、この町。」
私はげんなりしながら言った。鼓膜がおかしくなりそうだ。
「考えたくないですが、あの木のせいで正気を失っているんでしょうか。」
「葉っぱからは異常さは感じなかったけど。」
植物の特性や可食性などを見分ける私の能力「草鑑≪ヘルバリウム≫」には、あの木は全く反応しなかった。案内所のマスターもやたら元気で、どんどんクエストを紹介してくる。だが適正レベルも、内容も全く統一性がない。
やはりおかしい。
そう確信しかけた時、案内所の中で知っている姿を見つけた。
「げっ……あの人……」
私は顔を顰めた。その人物は、全身を黒い鎧で身に包み、顔すら伺うことができない。
こちらに気づくと立ち上がり、近寄ってきた。
「おお!お主はだまし討ちのエリン!」
その呼び名、もう浸透してるのか……。
「どうも。「黒豹のアデル」さんでしたっけ。」
「うむ。ガイタンの町以来だな。」
酒場の中で問答無用に吹っ飛ばされたんですが。
「あの時は全くのゴミクズかと思いきや、その後の勇名を聞く限り、あのまま私の不意を突こうとしていたのだな!恐ろしい手練れよ!」
何だか勝手に解釈されたよ。
レンもかなり警戒しているようだったが、意外にもフレンドリーなアデルに手招きされ、私達は同じテーブルに腰かけた。
「ねえ、アデルさん、この町なんなの?うるさいったらないよ。」
「うむ……私も知人に呼ばれて今朝着いたばかりでな。かつてはこんな町ではなかったのだが、久しぶりに訪れたら、あまりの喧騒に驚いている。」
「知り合いがいるの?」
「そうだ。その人物から呼ばれてな。この町に異常が起きたから助けてほしいと。」
「その人はまだまともなんだね。」
「うむ……手紙は1週間ほど前に届いたので、今はどうなったか分からんがな。この町には何度も訪れているが町の中央にあんな巨木もなかった。その知人がここに来るから、今から話を聞こうと思っているのだ。」
「その人はいつ来るの?」
「今日の夕方に来ると手紙でもらったのだ。文章はおかしくなかった。」
そう言ってアデルは思いついたように手を打った。
「お主らも一緒に聞くとよい。もし魔法が関わっていたら私は逃げ出すからな。」
「そんな堂々と逃亡宣言する?」
ガイタンでもビッグ・メイジ相手にさっさと逃げ出してたな。
「なんでそんな強いのに魔法使い相手にはすぐ逃げちゃうのさ?」
「私は魔法が苦手なのだ。それが全てであり、それ以上はない。何と言われてもそれだけは絶対に徹底させてもらう。」
ここまではっきりしていると逆に清々しささえ覚える。
さして乗り気ではなかったが、この町の異常さは流石に気になっていた。
私達はアデルのテーブルに座り、災害級の騒音に耐えながら知り合いを待った。
暫くして店の玄関の扉が開き、一人の男が入ってきた。
「おお、来たな。」
アデルが呟く。
入ってきた男がこちらに気づき、歩いてきた。
背が高く、青い鎧を纏った中年の男だ。顔は整っているが、無精ひげと弛んだ体つきが何とも残念な感じだった。
「うーっす。アデルの兄さん、お久しっす。」
「うむ。久しぶりだな、ボーンズ。」
めちゃくちゃ緩い……なんだこの人。
ボーンズと呼ばれたその男は、私とレンを見て目を見開いた。
「って、兄さん、いつの間にこんな可愛い仲間が2人も!?全く、隅におけないな~。」
「知り合いだがパーティではない。」
アデルはぴしゃりと言った。
「ども。俺はボーンズって言います。よろっす。」
「エリンと言います。よろしくです。」
「あ、私はレンと言います。」
レンの表情が硬い。なんとなく警戒しているようだ。
「エリンって、もしかしてあの、だまし討ちのエリンさん?」
「……そうらしいです。」
「いやー、光栄だなあ!期待のニューカマーに会うことが出来るなんて!ようこそ呪われた町リンデールへ!」
呪われた町って言っちゃったよ!
「ボーンズよ。早速だが、この町に私を呼んだ理由を話してもらおうか。」
アデルが腕を組みながら言った。
「ああ、兄さん。まあ、この町を見て分かると思うけど、あの巨大な樹が現れてからというものの町の様子がおかしいんスよ。」
「やはりそうだったか。あれは何時から現れたのだ?」
「うーん、2か月ほど前っスね。本当にいきなり地面から生えてきて。最初は不気味なだけで特になにもなかったんスけど、暫くして住人達の様子がおかしくなり始めたんですよ。異様にハイテンションで謎の言葉を口走る奴や、家に籠ったきり出てこない奴が増え始めたり。」
やはりあの樹が原因なのかな。
「樹を調査した結果、魔力でコーティングされていることが分かったんスよね。」
「それで、私に何をしてほしいのだ?」
アデルは相変わらずのトーンで尋ねた。
「あの~、ま、あの樹を操るダークエルフを軽くぶちのめしてほしいんスよ!」
「何?ダークエルフ?」
アデルの声のトーンが変わった。
「ねえ、レン。ダークエルフって?」
「人々に災いをもたらす精霊の総称です。滅多に人前に姿を現さないと言われていますが……。」
レンが首を傾げた。
「何故、ダークエルフの仕業だと分かったのですか?」
「樹の裏に扉があって、その中を進んでいったパーティからの情報さ。」
そんなあっさり分かるんだね。
「10人行って帰ってきたのは1人なんだけどね。」
前言撤回。怖すぎるよ。
「そこで兄さんを呼んだってワ・ケ。相手がバケモノでも兄さんなら楽勝でしょ!」
……あまりの適当ぶりに頭が痛くなりそうだ。何だこの人。
「魔法を使うのか?」
アデルが腕組みをしたまま尋ねた。
「使わない!使わない!ま、もし使っても瞬殺っしょ、兄さんなら!」
ボーンズが適当に答えたが、アデルは見抜いていた。
「レンとやら。一般的にダークエルフは魔法を使う者なのだな。」
「……はい。」
嘘を吐けないレンは、困りながら答えた。
「いや、使えるとしても、ペーぺーの楽勝レベルっスよ!」
しかし、アデルはボーンズではなく、レンに向かって話した。
「このような巨木を生み出し、人々を狂わせる力を持ったダークエルフは?」
「かなり強力な魔力の持ち主だと思います。」
「ちょっと~!お嬢ちゃん~!」
ボーンズが天を仰いだ。
アデルは立ち上がった。魔法と聞いた瞬間、本当に一切の躊躇いがない。
「話は決まったな。」
「ちょ!兄さん!マジで助けてください!あの怪物を倒せるのは兄さんくらいなんです!」
ボーンズは地面にひれ伏す勢いで頭を下げた。
「さらばだ。」
アデルはあっさり断った。知人の必死な願いをここまで無下にできる人も珍しい。
「そう言えば、エリン氏はビッグ・メイジを一刀両断したのだったな。後は頼んだ。」
「え!ちょっと!?」
驚く私を横目にアデルはあっさりと去っていった。
その場に残されたのは困惑する私とレン、そして泣きそうな顔をしながらこっちを見つめるボーンズだけだった。
「どうする?レン……。」
「正直、かなり不安なのですが。」
ボーンズが縋るような目でこちらを見ている。
レンと顔を見合わせた。
そして、はあと溜息を吐く。
「なんか私達って間が悪いよねえ。この町の様子見てたら断りづらいじゃん。」
「そうですねえ……。」
真っ青だったボーンズの顔に一気に赤みがさした。
「ありがとうございます!感謝します!エリン姐さん!レン姐さん!」
「ね、姐さんは止めていただけないでしょうか。」
かなり年上の中年からの姐さん呼びは辛いものがある。
「このままおかしくなり続けたら、恐ろしいですし。」
「この調子だったら、いつベルトリアに着けるのかなあ。」
私とレンは困ったように笑い合った。
確かに面倒そうではあったが、アルテマとサリサを救った経験が、私達にある種の自信を与えていた。
「きっと何とかなるよ。」
私は楽天的にそう言った。
その瞬間だった。
「何とかなる?」
背後から声がした。
「え?」
私は驚いて振り返った。
そこには、さっきまで騒いでいたパーティの一人が立っていた。
笑っている。
けれど―
「なんとかなるって言った?」
男は嬉しそうに言った。
「レン。」
私はレンの手を握った。
「ふふふ。ありがとう。」
男の口元が大きく歪む。
「ようこそ。生き地獄へ。」
冷や汗が私の背筋を伝った。




