第11話 不穏な日
また説明回になってしまいました。
何だ、今のは。
去っていく男の後ろ姿を見ながら、得体の知れない気持ち悪さが胸に残る。
「……町がこんな状態ですが、ボーンズさんは大丈夫なのですか?」
レンが不安そうに聞いた。ボーンズは十分に変な人だが、この町の住人達のような異常さはない気がする。
「ああ、俺には天使がついているからだろうね。」
「はあ?」
怪訝な顔をした私に、ボーンズは照れ臭そうに頭を掻いた。
「紹介しとこうか。サリー、どうだい?」
ボーンズが誰もいないはずの宙を見上げて言った。
その瞬間、彼の後ろに羽根の生えた女性が現れた。
宙に浮き、長い金髪に、白いワンピースを纏った真っ白な身体。目はエメラルドグリーンで、美しい輝きを放っている。
「俺の最愛の奥さん、サリーだ!以降、お見知りおきを!」
ボーンズがサリーの頬を撫でながら言った。しかし、サリーは不機嫌そうに顔を離した。
「あれ?どうしたんだい?…ああ、可愛い女性達とパーティを組もうとしているからジェラシーで…ぎゃああああ!」
軽口を叩いていたボーンズの身体に電撃が走った。
「サ、サリー…何で…」
ボロ雑巾になったボーンズを、サリーは腕組をしながら見下ろしている。
「え?今日は私達が結婚して初めて旅行に行った記念日だって?ああ!うっかりしていた!ごめんよ、サリー!」
ボーンズは人目はばからず、サリーに縋りついた。謝り続ける彼を見て、やっとサリーは腕組を解いた。
「ああ、ありがとう、サリー!愛してるよ!今日は朝まで語り合おうね!」
そう言うと、ボーンズは私達の方を見て照れ臭そうに言った。
「いや、お恥ずかしいところを。記念日に拘る系の女子でして。」
「正直キツイです。」
中年の男性が正座で謝り続ける姿ほど見たくないものはない。私は少し鳥肌が立っていた。
「守護天使……ですか。」
「サリーは5カ月前に病気で亡くなってしまいまして…あまりに悲しむ俺のために、守護天使として現れてくれたんです。」
ボーンズはそう言ってサリーのいる宙を見上げた。
しかし、サリーは一瞬怪訝な表情を浮かべた。
「本当に嬉しかったですよ。彼女のいない世界なんて考えられなくて、後を追おうと思ってましたから。」
ボーンズから一瞬笑顔が消えたが、すぐに元に戻った。
「サ、サリーさんのこと、とっても大切にされているんですね。」
レンが気遣いながら言った。
「ええ。実は俺達は幼馴染でして。俺は昔から出来損ないで皆からイジメられてたんスけど、サリーは俺を見捨てずにずっと傍にいてくれたんです。」
「へえー。凄いねサリーさん。」
「ははは。本当っスよね。サリーは美人で皆の人気者でしたから、俺なんて簡単に見捨てることが出来たはずなのに、本当にありがたいっスよね。」
ボーンズは照れ臭そうに笑った。
そう語る彼は、如何にも善良そうな人に見えた。
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「何だか変なことに巻き込まれちゃったね。」
ボーンズと別れた後、宿に入り、ベッドに転がりながら私は言った。
「エリンさん……。」
「どうしたの?レン。」
「明日……行くのやめませんか。」
レンは不安そうに言った。確かにあまりに唐突だし、行きずりの私達にはリスクを背負ってまで討伐する理由はない。
「あ、見捨てるわけじゃないんです。」
レンは慌てて手を振った。
「あまりにも得体が知れないんです。あんな異常な樹が生えて、町の人がおかしくなり……ボーンズさんも平常を装ってますが、敵の情報をほとんど知らない上に、人がいなくなったことをあまりにも軽く話しすぎていて……。」
元から変な人かと思ったが、言われてみれば、討伐隊や妻が死んだことすら淡々と話す様子は確かに普通ではない。
「もう少し情報を集めてみませんか?せめてダークエルフがどんな存在か、樹の内部はどうなっているのか、少しでも知りたいです。」
不安な時のレンは少し早口になる。それが何だか可愛い。不謹慎にも私はそんなことを思っていた。
「よし。そうしよう。」
レンは少し安心した顔を浮かべた。私には難しいことは何も分からないし、結局のところレンの言うことが正しい気がするのだ。
「でも、時間が経つと私達もおかしくなるかもしれないよ。」
「うっ……そうですね……。だから、明日の午前にできるだけ情報を集めて、午後には決行しましょう。」
そう言いながらも、レンはまだ不安そうだった。
「ねえ。ところで私ってさ、まだレベル3くらいなんだよね?」
唐突に言った私に、レンの目も丸くなった。
「それにしては、敵強すぎじゃない?リザードマンとか、ビッグ・メイジとか、ウンブラ・ノクスとかさ。アルテマさんの呪いなんてもっと難易度高かったんでしょ?」
「そうですね。普通はレベル相応のクエストをこなしていくものですが。」
「だよねえ。でも、それをレベル3でクリアしちゃう私って実は凄いんじゃないかって思ってるんだよ。」
変に自信に満ちた私を見て、レンは少し驚いた後、ほほ笑んだ。
「それなのにさ、世間には「だまし討ちのエリン」って二つ名が浸透しつつあるんだよ。納得いかないよね!?私、結構ボロボロになって頑張ってるじゃん!」
おどけて言う私に、レンも思わず笑った。
「いいじゃないですか。「不死身のエリン」なんて言われるより……ずっといいですよ。」
そう言ってレンは、目を下に向けそうになった。「不死身のエリン」は、あまり好きじゃないのかな。
「きっと今回も上手くいったらさ、また名前が売れていくんだよ。「だまし討ちのエリン」として。」
「あはは。そんなことないですよ。」
レンは口に手を当てて笑っていた。
「そのうちさ、二人で有名になるんだよ、だまし討ちシスターズみたいな。」
「ええー、私もですか?」
「風評被害も共有しようよ!ね?」
私はふざけてレンに頼み込むポーズをした。
「でも、いいですね。二人で。」
「ほんとに~?私はやだな。レンのことをそんな風に言う奴がいたら怒ると思う。」
自分で言っといて、とレンが突っ込みを入れる。二人でしばらくふざけて笑い合っていると、さっきまでの深刻な雰囲気はすっかり和らいでいた。
一しきり笑った後、レンが私の方を見つめた。
「エリンさん、ありがとうございます。」
「ん?どしたの?」
ベッドから身を起こして、私は尋ねた。
「エリンさんが笑わせてくれるから、凄く安心するんです。」
「なにー?私がふざけた奴だと言いたいのか?」
怒ったフリをする私に、レンも声を出して笑った。レンの笑顔が可愛くて、思わず胸が高鳴る。
私達はまだ出会って10日くらいかもしれない。
でも、ずっと前から知っているような信頼が生まれていた。
「きっと今回も大丈夫だよ。」
「エリンさんといると、本当にそんな気がします。」
私達はそう言って微笑み合った。
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リンデールの朝はうるさい。
人々が騒ぎすぎてて、正直気が滅入ってくる。
翌日の朝、私とレンは昨日の店でボーンズと合流すると、少しでも情報収集をしたいことを伝えた。
「なるほど~!流石レン姐さん、準備を怠らないですね!」
「だから、ね、姐さんはやめていただけませんか……。」
「ダークエルフのことを聞きたいんだけど、何か分かる?」
騒音のような町に嫌気がさしながら、私は言った。
実際のところ、私達の情報源はボーンズしかない。
「まあ、ちょっとだけ分かります。」
しかし、ボーンズは嫌そうな様子だ。
サリーさんも顔を出して、頷くような様子を見せている。
「俺は第2次討伐隊に入ってましたから。」
「え?じゃあ、昨日言った生還した1人ってボーンズなの?」
「いやあ、それは第1次討伐隊っスね。俺はその次なんスよ。」
「実際にダークエルフと対峙したんですか?」
今度はレンが聞く。
「まあ……はい。でもね、覚えてないんスよ。」
「覚えてない?」
私達は首を傾げた。
「はあ、確かにダークエルフの元に辿り着いたはずなんです。でも、気が付いたら樹の外にいたんス。」
「どういうこと?」
「いや~、わかんないんスよ。でも、一緒に行った奴らは戻ってこなかった。最初の討伐隊の10人のうち9人と同じでね。多分、やられたんだと思いますけど。」
最初の討伐隊と言い、ボーンズの時といい、「1人だけ」帰還しているということか。
「ダークエルフのことも覚えてないんですか?」
「うーん。そうっスね。姿も見たはずなんですけどね。」
「樹の内部のことは?」
「えーと、迷路みたいではなかったですね。思ったより明るくて、魔物もいなかったし、ダークエルフのところにすぐに行けた気がします。」
行くのに時間は掛からない、か。でも、誰も討伐できていない。そして町はどんどん狂っていった。
「ボーンズさんは何故自分だけが帰ってこれたと思いますか?」
「え?う~ん……そうっすね。もしかしてだけどサリーが守ってくれたのかな、と。」
レンは口に手を当てて、何か考えている。
「ボーンズさんが乗り込んだのはいつですか?」
「2カ月前ですね。」
そう答えた時、サリーさんが一瞬姿を消した。
「じゃあ、最後に……答えにくければ結構です。サリーさんが亡くなったのはいつでしたか?」
レンの問いに、ボーンズは首を傾げた。
「昨日言ったとおり、5カ月前ですよ。」
「病気で亡くなったと。」
「ええ。」
少し眉を顰めたボーンズを見て、私は思わずレンを見た。一度聞いた話だし、彼にとってあまりいい質問ではない。レンがそんなことをあえて聞いたことが分からなかった。
その瞬間、サリーが悲しそうな顔をしていたことに気付いた。
「失礼な事を聞いて、申し訳ありませんでした。」
レンはペコっと頭を下げた。
ボーンズは、気にしないように笑顔になった。
「いやいや、いいんスよ!それで何か分かりました?」
「まだあんまり……。」
レンは躊躇いがちに言った。その表情は浮かない。
「最初の討伐隊で帰還した方は、どこにいるんでしょうか。」
最後の質問と言いつつ、また聞いてしまったと思ったのか、レンは頭を下げた。
「うーん。それが行方不明なんスよね。ちょっとおかしかったみたいで。」
「じゃあ話を聞くのも難しいですね……。」
ボーンズとの会話を終え、私達は店を出てた。樹の様子を見に行こうというボーンズの後ろに二人で付いていく。
レンはこっそり私に耳打ちした。
「アルテマさんからもらった「鑑識≪アプライズ≫」でボーンズさんを見ていただけないでしょうか。」
あ、そうだった。灯台の魔女アルテマにもらった能力「鑑識≪アプライズ≫」は、対象のステータスや能力を見ることができるのだ。
私はボーンズの方を見て小声で言った。
「鑑識≪アプライズ≫」
目の前にボーンズのステータスが浮かび上がる。
ディマリオ=ボーンズ
・職業:魔槍士
・レベル:18
・物理:480
・防御:560
・体力:207
・魔力:1070
・速度:200
・能力:魔槍術 - 槍に魔法の属性を纏わせることができる
憑依 - 守護天使の力を使うことができる
・状態異常:精神制御、意識混濁
……状態異常!?
「ねえ、レン……。なんかおかしいんだけど。」
「もしかして、精神制御などの状態異常になってないでしょうか。」
レンは予測していたかのように答えた。私は驚いて頷いた。
「そのとおりだよ!」
私が大声を上げたので、ボーンズが気づいてこちらを向いた。
「ど、どうしたんスか!?」
「あ、いや、何でもない。レンが可愛いって言っただけ。」
私はとっさに胡麻化した。
その言葉でレンは顔を真っ赤にした。
「確かに、レン姐さんは可愛いっスもんね!でも、サリーの若い頃も負けてないっスよ!」
こっちの話を全く無視してボーンズの嫁自慢が始まった。
「エ、エリンさん……。」
レンが顔を真っ赤にしながら私の服の裾を引っ張った。
「ごめんね、レン。」
「い、いえ。……状態異常はどんなものでしたか?」
「精神制御、意識混濁……操られてるってこと?」
「違います。」
レンが首を横に振った。
「もっと嫌な状態ですね。」
レンは小声で言ったが、険しい声だった。
「精神制御……ボーンズさんの精神に誰かが干渉している状態です。常時、完全に操られている状態ではなく、部分的にその誰かが干渉する……ボーンズさんの言動に「意図的に虚実を交えることができる」状態です。しかも意識混濁ということは、その間ボーンズさんの記憶はないことになります。」
つまり、ボーンズの言動には、干渉している何者かのものが混じっている可能性があるってことか。
「ボーンズが話していること全てが本当じゃない可能性があるってこと?」
「先ほど話して分かりましたが、怪しいのは、「サリーさんが5カ月前に亡くなった」、「2か月前にダークエルフのところに行った」という2点です。」
んん?その二つって、ボーンズにとって相当重要な話じゃないの?
「何でその2点が怪しいと気づいたの?」
「ボーンズさんは質問に対して答えを返す時にタメが入るんです。「うーん」とか「まあ」みたいな。どんな簡単な質問でも。でも、この2点だけは淀みなく事実だけを返してきました。精神制御を受けていると仮定した時、この2点だけは誰かに制御されて答えているんじゃないかって思ったんです。」
すごい!私全然気づかなかった。あ、でも思い返せばサリーさんの様子も変だったな。レンの洞察力に驚くとともに、ちょっと怖くなる。私もなんか変なクセとか見抜かれてないかな。
「あ、これは私がボーンズさんを最初から疑って見てたからですよ?エリンさんはそんな風に見てないですから……。」
レンは私の視線に気づいたからか、慌てて手を振った。……逆に私の心情を見抜いたみたいで、それはそれでちょっと怖いんだけど。
「でも、何でその2点なのかな?ダークエルフにとってまずい情報なの?」
「……分かりません。」
レンは浮かない表情をしている。
「サリーさんの亡くなった時期などは、普通であればダークエルフには関係ないことだと思います。どちらも時期の話なので、何かそれ自体が都合の悪いことなのか……。」
「うーん……分かんないけどさ、そもそも、なんでそんな中途半端な状態なの?」
「ええ?」
私の言葉にレンは困った表情で私の顔を見た。
「だって、どうせ精神に干渉するなら全部操った方がいいじゃん。」
「それは……確かに。完全に制御するのが難しいから、と考えていましたが。」
レンもうーんと言いながら考えていた。
「何にせよ、ボーンズがまともな状態じゃないことは分かったよ。」
ボーンズが私達の方を向いた。
「姐さん達、俺の話、聞いてました?」
「あ、ごめん。何も。」
私は正直に答えた。
「もー。困るなあ。じゃあもう一回言いますよ!俺がサリーの25歳の誕生日にプレゼントを忘れた時のことですけど……。」
どうやら、サリーの自慢話を延々とした後、自分とサリーの思い出話にシフトしていったらしい。
「ねえ、強い衝撃を与えたら状態異常って解除されるのかな?」
「だ、ダメですよ。叩いたら……」
そして、30分の話の跡、樹の中に乗り込む時間になった。
空はやや灰色の曇りだった。




