第12話 ダークエルフ『アナンシ』
ボーンズの嫁自慢話を9割聞き流しながら歩き、樹のふもとに到着した。
「近くまで来るとあらためて不気味だなあ。」
「こんな立派な樹、何千年経っても生まれないっスよ。」
私とボーンズが唖然としている中、レンが何かに気づいた。
「何だろう?魔力じゃない。人……?」
樹のふもとの裏側から、ぞろぞろと人が出てきた。
町の人間達だった。
―みな、笑っている。
「ようこそ。」
「ようこそ。」
「ようこそ。ようこそ。ようこそ。」
「ようこそ。ようこそ、ようこそそ、しょこうえおごあああああ」
人々は皆目を細め、口端を大きく吊り上げて笑っている。
一様に唱える言葉は「ようこそ。」
異様な光景だった。
「アナンシ様の元へ、ようこそ。汚い奴隷達。」
町の人間達は道を空けるように、両脇へ動く。
その先には樹の内部に続く穴が見えた。
「アナンシっていうのがダークエルフのことか。全く、悪趣味だなあ。」
私は呟き、少し震えているレンの手を握る。
「どうやらお招きのようだから、行くしかないね。」
「エリンさん……。」
レンが強く手を握り返してくる。こういう時、繊細なレンと鈍感な私の相性の良さを感じる。
「行こう。」
警戒しながら町の人達の間を進む。
一様に同じ笑顔の人間が連なる道を通るのは、全くのホラーだ。
小さく震えるレンの肩をそっと抱き寄せた。
樹に空いた巨大な穴に入ると、中は驚くくらいに明るかった。
あちこちが脈打つように輝き、視界は全く問題ない。
進む道は不気味なほどに広く、一本道だ。
魔物が来る気配も、不意打ちをされそうな様子もない。
「静かで冷たい。なのに明るいのが不気味だな。」
「前に入った時もこんな感じだった気がするっスね。」
ボーンズがふと立ち止まった。
「いや、ちょっと違う気がする……。」
私とレンも釣られて止まった。
「うーん、何だろう。確かに一本道だった気がするけど……何かが違うような。」
ボーンズは首を傾げた。
「……進みましょう。」
レンに促され、ボーンズも歩き出した。
やがて突き当りの大きな扉に辿り着いた。
「あれ?」
ボーンズはまたも首を傾げた。
「どうしたの?」
「俺の記憶では、扉は樹に入る時にあった気がするんですが……。」
そう言えば、昨日もそんな話をしていた。
「さっきから少しずつ違うんです。俺の記憶と……。」
私はレンに耳打ちした。
「状態異常の影響?」
「かもしれませんが……」
レンもよく分からないようだった。
「とにかく、この先にダークエルフがいるのかな。」
「……ええ……おそらく。」
ボーンズは自信なさげに答えた。
何か不確かなものがずっと身体に纏わりついている。
最初からそうだ。この町に着いた、その時から。
この先に行けば、その答えが見つかるのだろうか。
私達は、決心してドアを開けた。
---------------------------------------
「な、何だこれ?」
広い部屋だった。
樹の中とは思えないような、鉄のような金属で打ち付けられている。
目の前には巨大な……機械。
「これじゃまるで……。」
周囲にあるのは全て何かの機械。そして、右手奥に扉がある。
「……研究所のようです。」
「まさか、この樹自体が巨大な機械?」
「突然現れたというのも、空や地下を移動してくる機動式の兵器であれば納得できます。」
そんなものあるのか。この世界、思ったより科学も進んでいるんだな。
「この機械が人々を狂わせてるのかな。」
「そう考えるのが妥当ですね。」
「じゃあ、ダークエルフっていうのは……。」
「種族から魔法使いと思い込んでいましたが……科学者かもしれません。」
レンは周囲を用心深く見渡した。
私は機械の中にはめ込まれた、青白く光る石を見つけた。
あれを壊せばいいのかもしれない。
「こ、こんな部屋じゃなかった。前に俺が来た時は……。もっと樹の……。」
ボーンズは愕然としていた。
「ダークエルフはどこにいるんだ!」
ボーンズが焦ってそう言った瞬間、部屋の奥の扉が開いた。
そこに立っていたのは、銀色の鎧を纏った瘦せこけた青年だった。
「ハウ!」
ボーンズが声を上げた。
「最初の討伐隊の生き残りです!」
そう言うなり、男は両手に剣を構えた。
「あいつのところに行くな!これ以上刺激するな!」
ハウと呼ばれた男の目は正気ではなかった。
「ハウ!?お前、どうしたんだよ?」
「お、お前達も狂ってしまう!あいつは……ああ、あ!」
叫んでしゃがみ込んだハウは、痙攣を繰り返した。
「が、うううう、ウウウ!!」
身体を起こしたハウは、両手の剣を私達に向けた。
目が血走り、明らかに正気を失っている。
「鑑識≪アプライズ≫!」
異様な雰囲気に、私は即座に叫んだ。
ディスカス=ハウ
・職業:双剣士
・レベル:15
・物理:315
・防御:426
・体力:158
・魔力:58
・速度:470
・能力:なし
・状態異常:狂化状態
「ステータスは、速度以外ボーンズより全て下。状態異常は……狂化状態!」
「本当に悪趣味です……!」
レンが嫌そうに言った。
「どんな状態!?」
「意識を失うまで、ずっと戦い続けます。」
「死ぬまで!?」
「意識さえ飛ばせば……!」
「やるしかないのか!」
私はキラーバッドを構える。
ボーンズは右手を前に差し出した。
「エリン姐さん、俺がやりますよ。」
ボーンズの右手が光り、そこには一本の槍が現れた。
「ええ?何それ!?」
「亜空間から槍を取り出したんスよ。持ち運ぶのは大変ですから。」
便利だな!魔法だろうか。こんな巨大な剣を持ち歩かなくてよければ滅茶苦茶助かる。
「さあ、やりますか!……サリー!雷で行こうぜ!」
ボーンズが言うと、サリーが姿を現し、魔法を詠唱した。
空から雷が落ち、ボーンズの槍に纏いついた。
「これがサリーと二人で磨いてきた魔法槍術スよ。操られてるのは可哀想っすけど……手加減はできねえっスよ!」
ボーンズが槍を一閃すると、閃光のような光がハウの身体を貫いた。
「がっ……!」
痙攣を起こしたように震えると、ハウはそのまま地に付した。
「すご!」
アホみたいな人だと思ってたのに、急に強キャラ感出してくるじゃん。
「そのまま焼き殺すことも出来たんスけど、そこまでは流石に……。でも、かなり強烈な電撃を与えましたから、暫く動けないはずっス。」
「まだです!」
レンが叫んだ。
「え?」
ハウが急に起き上がり、痙攣しながら剣を投げてきた。
「こんなの……!」
「だめ!エリンさん、弾いて!」
対応しようとしたボーンズを差し置き、レンは私に指示をした。
咄嗟にキラーバッドを伸ばした。
ゴオン。
「がっ……!」
巨大な音を上げて、キラーバッドに強烈な衝撃が走った。
ただの片手剣の投擲にしては威力が高すぎる。
「手が……。」
両手が痺れて剣が持てない。
「これを槍で弾こうとしていたら……。」
ボーンズは息を呑んだ。
キラーバッドだったから良かったものの、下手な武器で弾こうものなら、武器ごと身体を吹っ飛ばされていたかもしれない。
「狂化状態のせいか……!」
本当に厄介だ。見た目の数値の何倍にも威力が跳ね上がっている。
「くそっ……。もう一本凌げるか。」
ボーンズが言うや否や、ハウは懐からまた剣を出した。
「マジシャンかな?」
「余裕ありすぎでしょ、エリン姐さん!」
余裕ではなく強がりって奴だよ。
「エリンさん!」
レンが飛びついてきた。
飛んだ私達の横を、とんでもない勢いの刀が飛んでいく。
「あ、ありがとう、レン。」
「油断しちゃダメです!」
「ごめんね。」
レンが涙目で訴えてくる。しがみつく手は震えている。
私はどうも不死身ってことに慢心し過ぎている気がする。
「……俺は無視っスかね……。」
ボーンズも必死で避けていたようだった。
そうしている内に、ハウはまた剣を取り出す。
「あいつも亜空間から取り出してるの!?」
「そんな簡単に真似されちゃあ、キツイもんがありますよ!」
ボーンズは槍を構えた。
「サリー!氷だ!」
サリーがの詠唱に呼応し、槍の周りを氷が渦巻き、先端が凍った。
ハウがまたしても投擲を仕掛けてきた。
「凍らせろ!」
ボーンズが槍を伸ばすと、氷の渦が片手剣を包み込んだ。
瞬時に剣が凍り、地面に落ちる。
ハウは間髪入れずに剣を取り出す。
「ぐっ……もう2回も使ってるのに!」
魔法槍術は消耗が激しいようだった。そりゃ、あれだけ強ければなあ。
「相手の目を眩ませることはできる?」
「え?まあ、可能っスけど。でも、ここでやっても遠すぎますよ。」
「こっちから見えるんなら問題ないよ。」
ハウが再び投擲をしようとした。
「サリー!霧だ!」
サリーが詠唱すると、槍から霧が噴き出し、ハウを包み込んだ。
私はハウに向かって剣を構えた。
「いいよ!その能力!サリーさん!」
「俺は!?」
霧が晴れた瞬間、私に気づいたハウは、片手剣を投げようとする。
「ほんの少し、遅いよ!」
私はキラーバッドを立てたまま、横に薙いだ。
切れなくても、分厚い剣で叩かれてはたまらない。ハウは吹き飛び、そのまま意識を失った。
「すっげ……。死んでないっすよね……?」
レンが近寄り、治癒魔法をかける。
「何か所か骨は折れていると思いますが、命は大丈夫です。」
私はほっとした。
「この人は何でまたここに来たんだろう?」
「狂化状態にされて待ち伏せしてたんスかね。」
その時、奥の扉が開いた。
中から現れたのは、白衣を纏った青年だった。
髪は腰まで伸び、耳が長く、褐色の肌をしている。
「ダークエルフ!!」
ボーンズが叫んだ。
「『アナンシ』だ。種族で個を呼ぶな。お前は『人間』と呼ばれたいのか?」
アナンシと名乗ったダークエルフは面倒そうに言った。
「うるさい!お前は何者だ!俺の仲間達を返して、町を元通りにしろ!」
激高するボーンズを横目に、アナンシは気怠そうに溜息を吐いた。
「元通り、と言うのであれば、私はあるべき姿に町を戻している。お前の望みは一つ叶えたことになる。」
「ふざけ……!」
今にも飛び掛かりそうなボーンズの前に、サリーさんが現れ、制した。
「守護天使か。どうやら身分をわきまえているようだ。」
「何だと!サリー!何故止めるんだ!」
サリーは首を横に振った。何かを訴えたいのが伝わった。
「この町は500年前まで、我々ダークエルフが支配し、人間は我々の奴隷だったのだ。我々と人間の中で交わされた血の誓約に基づくもの。それがこの地の民には刻まれている。」
「血の誓約……?」
「そうだ。この町の民は我らダークエルフに従うことを、その血に刻み込んだのだ。」
アナンシは淡々と答えた。
「呪術に近いものですか。」
「そうだ。確かに我らと人間はそうして時を繋いできた。だが、あの男、バッドガイが我らの主と一族を滅ぼしてしまった。お前達も知っているだろう?」
私はキラーバッドを見た。
「我らは人間と完全なる主従関係を築いていたのだ。正しく、優れた種が導き、劣る種が奉仕する。お前達が動物にしていることと大差ない……。だが、あの男が全てを壊した。」
「そんなの当たり前じゃん。」
私は言った。そりゃあ、こんな事言われてもなあ。
「優れた種とか言ってる癖に、バッドガイにやられるからだよ。」
レンとボーンズは驚いた顔で私を見ている。もう少し言葉を選んで!という気持ちが伝わってきた。
「確かにそうだ。バッドガイに敗れた我らは、さらに平定の神キタイにより意思を奪われた。そして、その悪夢から覚めた時、我らはさらに弱くなっていた。」
アナンシは研究所の設備を眺めた。
「私は科学者。今は何の力もない哀れな者だ。だが、私に望みを与えてくれるものがいた。それがこの研究所だ。」
「ここは、誰かに与えられた場所だと?」
レンが言うと、アナンシは笑った。
「ベルトリア。」
レンが目を開いた。
「人間とは不思議なものだ。私の望みは彼らの望みでもあるらしい。」
「ダークエルフが人間を支配することがベルトリアの望みだと!?」
「この土地に限り。彼らは最終的に世界を治めればよい。我らはこの土地だけを治めればよい。両者が同盟関係になれば支障はない。」
ベルトリアの考えは分からないが、どうやら世界征服を企む集団であることは分かった。
「ベラベラ喋ってくれてありがとう。でも、迷惑だよ。この町の人達を元に戻す気がないなら、この研究所を壊すまでだよ。」
私はそう言って冷静に剣を構えた。
「無駄に話したわけではない。」
その瞬間、後ろから、私の胸を剣が貫いた。
「ぐがっ……!」
「エリン姐さん!!」
倒れながら後ろを振り向くと、倒したはずのハウが起き上がっていた。
横には倒れているレンの姿が見えた。
「レン……ッ!」
アナンシが笑った。
「ようこそ。生き地獄へ。キラーバッドの持ち主。」




