第13話 殺意の剣
全身が焼けるように熱い。
頭が割れんばかりに痛い。
背中から貫通した剣から与えられる、言葉にならない激痛。
そんなものさえ置き去りにしてしまう程の怒りと絶望感。
「レン……!」
倒れ伏すレンの姿。
身体を捻じ曲げながら立ち上がったハウを見て、私は悔恨の念に駆られた。
何故止めを刺さなかった?
何故あいつにレンを近づけてしまった?
何故時間を与えてしまった?
お願いだから動いて。
レン。
「エリン姐さん!ハウ!貴様……!レン姐さんも!?」
ボーンズは私に駆け寄りながら、起き上がらないレンを見て動揺していた。
ハウは折れた骨を無理やり動かしたせいか、身体をガタガタと不自然に痙攣させた。そして、そのまま崩れ落ちてしまった。
「やはり人間の身体には限度があるな。永続的な狂化に十分に耐えきれない。」
「貴様ぁ!」
ボーンズはアナンシに槍を向ける。
「燃えろ!サリー、炎だ!」
だが、何事も起きなかった。
「サリー!?」
サリーは詠唱しなかった。悲しそうな目でボーンズを見るばかりだった。
「どうしたんだ、サリー!何故魔法を唱えてくれない!?」
「ふむ。」
必死の形相のボーンズを、アナンシは興味深そうに見ていた。
「どうして!?サリー!」
「守護天使とは主を守る者。死してその姿になる者は、その意志のみを絶対的に優先する。」
「うるせえ!」
アナンシは腕組みをして首を捻った。
「そうか、だからお前は私の支配下にないのか。」
「何っ!?」
意味が理解できないボーンズに向けて、アナンシが淡々と言った。
「お前、その守護天使に精神を操られているな。」
それは、ボーンズにとって非情な事実だった。
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サリーが死したのは、今から「2か月前」のことだった。
優れた魔法使いとして第一次討伐隊に参加した彼女は、アナンシの元に辿り着く前に死ぬこととなった。
仲間割れで。
アナンシの血の誓約により狂化状態に陥った彼らは、お互いを殺し合った。
サリーは、最後に生き残ったハウの剣によって貫かれた。
死の刹那、彼女は思い出す。
狂ってしまい死した仲間達を憐み、ただ一人生き残ったハウに罪を委ねることを申し訳なく思い、そして……愛するボーンズを置いて先に逝くことを悔いた。
どうか、どうか、神がいるのであれば。
あの人を守ってほしい。
このまま、町の人間達と共に狂っていくあの人を。
私の死を誰よりも嘆くであろうあの人を。
どうか。どうか。神のご加護があらんよう。
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そのまま力尽きたはずのサリーが目を覚ましたのは、ボーンズの傍だった。
ボーンズは、救助隊として私達を助けに来たのだ。
発見された私の亡骸の前で嗚咽に塗れるボーンズ。
声を掛けてあげたい。だが、声は出ない。
身体は真っ白に染まり、肉体の重さから解放されたように軽い。
サリーは、自分が人間ではなく、ボーンズを見守る存在となったことを理解した。
このままではボーンズは壊れてしまうだろう。
命を絶ってしまうかもしれない。
そうでなくとも、近い内にダークエルフとの血の誓約のせいで狂ってしまうだろう。
皮肉にもサリーは、死して守護天使になったことにより血の誓約から逃れることができた。同時に、ボーンズの魂に紐づけられたサリーは、彼の心にも深く入り込むことができた。
そして、サリーはボーンズの精神に干渉した。
彼の心を守るべく、精神に制御をかけた。
討伐隊に参加したのではなく、サリーは5カ月前に病気で死んだ。
樹の内部のことを知っているのは、2か月前に討伐隊として乗り込み、一人だけ帰還したから。……私を探しに来た救助隊などではなく。
という、偽りの記憶と共に。
サリーが精神を守っている間は、ボーンズは狂化状態にならない。
それでも、ボーンズがダークエルフ討伐を諦めず、黒豹のアデルを呼んだのは想定外だった。
さらに、精神干渉の弊害で、ボーンズの記憶にも齟齬が生じ始めていた。
長くいては良くない。
この町など捨てて、共に生きてくれたら良かったのだ。
だが、ボーンズは決して町を離れようとしなかった。
彼の心に触れ、サリーとの思い出に拘り続けていることを知っていた。
サリーには、その思いまで消すことは出来なかった。
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「サ、サリーが俺に……?」
驚愕の表情をサリーに向けるボーンズ。サリーはただ悲しそうに俯くのみだった。
「血の誓約は古の呪術だが、血の薄まりとともにその効果は乏しくなっている。私はそれを機械的に増幅させることに成功した。だが、お前の精神は既に干渉されているため、影響を受けないようだ。」
「そ、そんな……。」
「私を攻撃させないのは……そうだな。おそらく……。」
「サリーはそこまで俺を……俺を思ってくれたのか!」
サリーがはっと顔を上げた。
ボーンズの顔は勇気に満ちていた。
「サリーはどこまでも俺を守ってくれていた!」
あっという間に間合いを詰めたボーンズは、アナンシに槍を突き出す。
「お前なんぞに分かるわけねえ!」
ガキン!
鈍い音が響いた。
しかし、槍は、アナンシに届く前に止まってしまった。
見えない壁が彼らの間に立ちふさがっていた。
「私に手を出すと死ぬと分かっていたからかもな。」
そして、その壁が弾け、ボーンズの身体は吹き飛ばされた。
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「う……。」
私は身を起こした。
倒れたとはいえ狂化状態の敵に迂闊に近寄ってはいけなかった。
ましてや治癒魔法まで掛けてしまうなど、油断もいいところだ。
急に起き上がったハウに突き飛ばされ、倒れこんでしまった。
死んでいてもおかしくなかった。全く甘ったれた自分にうんざりする。
「エリンさんは……!?」
背中に剣を突き立てられ、地面に倒れたエリンさんが見えた。
急いで駆け寄ろうとすると、身体を軋ませたハウが、こっちを見た。
身体はねじ曲がり、腕も完全に折れて上がらない。それでも、剣を取り出そうとする。
バキバキと骨が砕ける音がした。惨めに地面に転がるが、まだ動きを止めない。
……もう、何もできない。なのに動かされている。きっと死ぬまで。
ハウを無視し、ふらつきながらエリンさんに駆け寄る。
「お願い。起きて……!」
身体に刺さった剣を引き抜く。溢れたエリンさんの血で手が赤く染まるのも気にならなかった。すぐに肉体は復元されていく。
気休めにしかならないと分かりながらも治癒魔法を唱える。
そんなことしか出来ない、やろうとしない自分に嫌気がさす。
何をしているんだ。
大切な人が傷つけられているというのに。
そんな言葉が頭を反芻する。
それでも勇気が持てない自分が情けなくて仕方ない。
「……レン?」
ゆっくりと顔を上げたエリンさんが、私を認識する。
「エリンさん!……良かった!」
「こっちのセリフだよ。」
僅かに微笑むと、エリンさんは起き上がった。
「大丈夫?ケガはないの?」
右手で私の頬を心配そうに撫でてくれる。
その所作だけで泣きそうになった。
この期に及んで、惨めな自分を許してもらっているようで。
しかし、エリンさんは私に向けられた安堵の笑みが消え、アナンシ達の方を向く。その表情は……。
「許さない。あいつ。」
「エリンさん……」
「レンを傷つけた。あいつ、殺してやる。」
キラーバッドを掴み、ゆっくりと歩を進めるエリンさんは、明らかに普通ではなかった。
嫌な予感がした。
エリンさんが、違う人間になってしまうような。
「ま、待って。エリンさん……。」
私の弱い声では、エリンさんに届かなかった。
「エリンさん……!」




