第14話 暴露≪リヴィール≫
殺してやる。
私の意識はその一点だけに集中していた。
あのダークエルフを殺してやる。
レンを傷つけたあの野郎を。
「う……エリン姐さん。気を付けてください。あいつに近づくと……って姐さん!?」
吹っ飛ばされたボーンズがふらつきながら身を起こした。
私はゆっくりとアナンシの方に歩いていく。
「キラーバッドを持つ者。」
不敵なダークエルフの表情に僅かな緊張が走る。
「我らの一族を滅びに追いやった剣。お前は何故その剣を手にした?」
その問いに答えるつもりはない。こいつと話すつもりはない。
こいつのせいでレンが危険に晒された。
許せない。
アナンシも私の様子を警戒したようで、おそらくボーンズを吹き飛ばしたであろうバリアを発生させる機械を構えた。
私はキラーバッドを構える。
「忌々しい剣だ。」
「見えてるんだよ。」
「何?」
キラーバッドを地面に突き刺し、そのまま上に引っぱり上げる。
引き上げた剣の軌道に沿って部屋が真っ二つに切れた。
「うええぇぇぇ!?」
ボーンズが間抜けな声で叫んだ。
部屋一面を埋め尽くす機械が音を立てて壊れ始める。
「めっちゃくちゃな威力じゃないっすか!こ、壊れますよ!ここ!」
「本当に忌々しい剣。」
アナンシはバリアに守られた……と思えば、そのバリアが砕け散った。
手に持ったバリア発生装置はオーバーヒートしていた。
これでアナンシを守るものは何もない。
観念したのか、立ったまま私を見据えるアナンシに向けてキラーバッドを構える。
照準は首だ。
許さない。
その私とアナンシの間にサリーが飛び込んできた。
「サリー!?」
サリーは悲壮な顔で私を制する仕草をした。
死んでも血の誓約って奴に縛られてるのか。
「どいて。」
努めて穏やかに言ったつもりだった。
しかし、僅かにサリーが震えたのが見えた。
「どけ。」
「エリン姐さん!?」
周囲が爆発を起こし始めた。研究室が無残に朽ちていく。
「冷静になってください!」
ボーンズも懇願する。
私は冷静だ。
極めて頭が冷めていた。こいつを殺すだけのシンプルな答えだ。
「その剣によって斬られるのも運命かもしれぬ。」
アナンシも理解したようだ。
私は剣を水平に構えた。
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一太刀でこの部屋を切り裂いた。
おそらく外の樹まで切れているだろう。
これをエリンさんがやったことが信じられなかった。
何故?
前にキラーバッドの魔力を解放したから?それとも、エリンさんの新しい特殊能力?
いずれにしても、エリンさんは止まらない。
このままだと、ダークエルフを殺してしまうだろう。サリーさんごと……。
「エリンさん!待って!お願いです!」
一瞬私の方を見たが、すぐにダークエルフの方に向き直ってしまった。
このままでは取り返しがつかない。
サリーさんまで斬られ、エリンさんが遠くへ行ってしまう。
もう届かないどこかへ。
サリサさんを思い出した。
身を捧げてまでアルテマさんを助けようとした偉大な魔女のことを。
彼女から預けられた能力「暴露≪リヴィール≫」。
ジョブに関係なく、それまで修得した魔法や能力を解放できる力。
無力な私が何かできるとしたら、これを使うしかないけど……。
怖い。
身体が震える。
魔法を使うのが怖い。
でも……。
「エリン姐さん!どうか、待ってください!」
ボーンズさんの悲壮な声が聞こえた。
そしてエリンさんはサリーさんに最後通告をする。
「可哀想だね。楽にしてあげるよ。」
何故そこまで貴女が止まらなくなっているのか、分からない。
でも、今貴女を止めなければ……。
「さよなら。」
貴女に会えなくなってしまう。
「暴露≪リヴィール≫!」
能力を解放した瞬間、身体に魔力が宿り、封じたはずの感覚が鮮明になる。
すぐにエリンさんの方を向く。
「拘束≪バインドアウト≫!」
魔力の輪がエリンさんを覆い、動きを拘束した。
「レン!?」
魔力の輪は、そのままエリンさんの身体を私の方に引き寄せた。
飛んできたエリンさんの背中を抱きとめる。
「レン……!」
「レン姐さん!」
樹が崩壊を始めた。
「位相≪フェイズ≫!」
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気が付けば町の外にある丘にいた。
大きな音を立てて巨大な樹が崩れていく。
何が起きたか理解できなかった。
一つだけ分かったのは、背中にしがみつく温もりだけだった。
「レン……。」
「うぅ、エリンさん。」
レンは涙を流しながら震えていた。
「お願いです。エリンさん、元に戻って。」
私が泣かせた。
レンを泣かせた……。
「うわああ!レン、ごめんよ!泣かないで!」
私は身体を反転させ、レンを抱きしめた。
「私のバカ!死んでお詫びする!」
死ねないけど!と自分で突っ込む。
「良かった。エリンさんです。いつものエリンさん……。」
レンは顔を上げてほほ笑んだ。
可愛らしい笑顔に浮かぶ涙の跡が心苦しい。
「ごめんね。ごめんね、レン……。怖かったよね。」
私はレンをぎゅっと抱きしめた。
「な、何があったんスか……?」
ボーンズが口をあんぐりと開けて空を見上げた。
サリーも同じように周囲を見渡している。
「転移術か。」
同じく立ち尽くしたアナンシが言った。
「お、お前!」
ボーンズが槍を構えた。
アナンシは諦めた様子だった。
「殺すがいい。」
「私はしないよ。レンが悲しむ。やる権利があるのはボーンズだけだよ。」
私は鋭い視線を送りながらも、剣を振るうのは留まった。
ボーンズは無言で槍を構えた。
「お前のせいでサリーが死んだ。」
「言い訳はせん。」
私は腕の中のレンを見つめる。その瞬間を見せないように強く抱き寄せた。
「潮時か。」
「諦めるんだな?」
「ベルトリアから貰い受けた設備も壊れた。どうも出来まい。そして、また時間をかけて同じことをする気にもなれない。」
無力なダークエルフは地に座り込んだ。
「悪いことはしないことだね。」
「お前たちは勘違いしている。ベルトリアは悪ではない。」
はあ?
「人を狂わせる機械を与えた時点で悪だろうが!」
ボーンズが叫んだ。しかし、アナンシは鋭い視線を返した。
「私はあるべき姿に戻そうとしただけだ。ずっと紡いできた関係に。お前達が黙って受け入れていれば犠牲者は出なかった。ベルトリアは世界を統べる野心はあっても血を流さない道を模索している。」
「そういう割にだいぶ評判悪いようだけど。」
「魔物のせいだろう。」
「あなたもその一人じゃないの?」
「魔物が現れたのは30年程前だ。我々は古来から存在してきた。まったく異質のものだ。」
それもそうだ。確か、30年程前にマデリーンが姿を消してから魔物が現れた。それも、ベルトリア以外の領域に。
「魔物はベルトリアが生み出して、世界を侵略しているともっぱらの評判だよ。」
「私が知る限りベルトリアは最も統率されており、各国と協力して魔物を駆除している国だ。そして、私らの血族に敬意を示し、力なき私に科学という力を与えてくれた。彼の国が悪とは思えん。」
「だってさ、レンはどう思う?」
レンを抱きしめたまま、優しく聞いた。
「分かりません……。でも、ベルトリアに行く意味が増えたと思います。」
そうだね。
私の記憶も関係しているのかもしれない。
マデリーン、謎の男の声、魔女……。
「うん。そうだね。」
そう言うと、アナンシに最後に目を向けた。
「後はあなたとボーンズさんの問題。私達は戻るよ。さようなら。」
私はレンの肩を抱きながら、丘から町の方へ歩みを進めた。
残されたボーンズは槍を握りしめた。
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レンの涙がようやく止まった。
「ありがとうね。レン。」
レンは首を横に振った。
「ごめんなさい。エリンさん……。私、ヒーラーになる前はメイジだったんです。」
「うん。」
流石に私でも分かった。
暴露≪リヴィール≫によって魔力を解放した瞬間、一気に魔法を使いこなすのだから。
レンは震える手を見た。
「でも、ずっと魔法が下手で。」
「嘘ぉ、あんな凄いのに!?」
「ううん、本当なんです。下手だったから戦場で何度も死にかけたんです。魔法に自信がなくて、役に立てない自分が嫌で……ヒーラーに転職して逃げ出してきたんです。」
レンは魔法国家ハルバートの出身だと言っていた。
戦場
こんなに優しくて愛らしいレンには全くそぐわない場所だ。
そのような場に立たされることが信じられなかった。
どういう国なんだろう。
「だから、魔法を使うのが怖い。ど、どうせ上手くできないと思い込んでしまって……。」
レンの目からまた涙がこぼれた。
「ばか。」
ぎゅっとレンを抱きしめた。
「止めてくれたじゃない。私、レンがいなかったら取り返しつかなかった。レンを傷つけたあいつを許すことができなくて、頭がおかしくなりそうだった。」
レンが驚いて私を見つめた。
「魔法を使えるの、本当に凄いよ。でも、レンはきっとヒーラーの方が向いていると思う。優しくて、すごくあったかい人。だからきっと正しい選択だったんだよ。」
それは偽りのない私の気持ちだった。
「エリンさん……。」
レンがぎゅっと抱き返してくる。
柔らかくてあったかい。
胸がすごくドキドキした。
「ん、何か、やばいなあ。」
私の呟きに反応したレンが顔を上げた。
真っ赤に染まり、潤んだ目をしたレンは滅茶苦茶可愛かった。
思わずレンの顔を胸に抱き寄せ、視線を空に上げた。
このままだとおかしくなりそう。
「私ってさ、あー何者なんだろう。」
誤魔化しも入っているけど、私はふと思ったことを口にした。
「自分がちょっと怖いんだよ。あんな力どこから生まれたのか分からないし。私って、何となく魔物を倒したり、何か助けたりしてきたけど、自分が何者かそもそも分からないんだよね。ベルトリアとか魔物とか、何か色々あると思うけど、まずはそこなのかな。」
「自分が何者とか、そんなに大切なんでしょうか。」
「転生の女神が言ってたんだよ。「諦めるな」って。」
レンは黙った。
「私に何かさせるために転生させたと思うんだよ。それって、実は結構大事な役割のような気がするんだ。」
「そうでしたか……。」
「最初は全然分からなかったけど、今は何となく、自分の使命を知りたいと思うんだ。」
そのために、まずはベルトリアに行くことだと思った。
私のここまでの行程で、ベルトリアが関係しているものがあまりに多いからだ。
導かれているのか、とさえ思う。
「だから、レン。一緒にいて。」
「エリンさん……。」
「ベルトリアに行った後も、ずっと一緒にいてほしいんだ。」
私の胸の中でレンが頷いた。抱きしめる手に力がこもった。
「ずっと、ずっと一緒にいたいです。」
ああ。
言いしれようのない感情が私の胸に去来した。
嬉しい。幸せ。そんな簡単なものではない。
自分の使命とは別で、人生を考えた時に最も重要な気持ちだと思った。
このままずっと感じていたい。
「どこっスかー!姐さん達!」
ボーンズの不躾な声が響き、私とレンは咄嗟に身体を離した。
「あ、いたいた!置いてかないでくださいよー!」
ハウを背中に抱えたボーンズがこっちに向けて駆けてくる。サリーも姿を見せた。
「殺してきたの?」
「……見逃しました。」
私は驚いた。
「いいの?サリーさんの仇だよ?」
「なんかね。哀れになったんスよ。あいつにとって人間は仕えるのが当たり前だったんでしょ。でも、反逆されて仲間も皆殺されて一人ぼっちになっちまった。これでダークエルフが根絶やしになると思うと、なんか哀れだなって。止めたらサリーが喜んで。血の誓約がなくなった今、サリーが喜ぶってことは、彼女もそうしてほしくなかったんだなって。」
サリーが頷いた。心なしか嬉しそうだ。ボーンズがダークエルフ最後の1人を殺さなかったことに安堵しているようだった。
「そっか。優しいんだね。サリーさん。」
「サリーだけ!?」
そりゃそうだろう。自分を間接的に殺した相手を許すなんて出来ることじゃない。
もしレンが危険な目にあったら、私は躊躇いなく相手を殺しに行くと思う。
「だから、一発ぶん殴って町から追い払いました。あいつも心が折れたみたいだから、どっかで野垂れ死ぬかもしれない。……まあ、そうなるのかなって。」
自分の知らないところで惨めに死んでほしい。
ボーンズは何となくそんなことを望んでいるようだった。
「ま、そんなわけで。ありがとうございました!いやあ、こいつ重くって。町に戻ったら医者に預けてくるんで待っててください。」
ハウを抱えたまま、ボーンズは言った。
「もうこの町にいるつもりもないんだけど。」
「いやいや、姐さん達、俺もこの先力を貸しますよ!」
「ええ?」
私は嫌そうに言った。しかし、彼には響いてないようだ。
「ご恩は返さないと!姐さん達は悪の枢軸ベルトリアに乗り込むんスよね?元より覚悟はできています!」
「お気持ちだけ受け取るよ。」
「分かりますよ。巻き込みたくない気持ちは!でも、ちょっとでも力があった方がいいと思いますから!」
確かにそれなりに強いボーンズが仲間になれば心強い。
でも……。
「さあ、伝説の幕開けと行きましょうや!」
正直、ウザいんだよなあ……。
レンをちらりと見ると、困ったように笑っていた。
幸せな気持ちだったのになあ、と私は余韻に浸っていた。




