第6話 二人の魔女
ゴミ以下の能力と言われる主人公
ビトーの街に戻り、私とレンはすぐウンブラ・ノクスに襲われたことを案内所のマスターに報告した。
マスターは血相を変え、色んなところに連絡をしていた。
「何だか大ごとだね。」
案内所が騒々しくなったのを見て、私は言った。
「危険度の高い魔物なので、強いパーティに周辺の警備をお願いするのかもしれません。ガイタンでも街の中にビッグ・メイジが現れましたし、魔物が人間の生活圏を脅かしつつあるのかも。」
確かに。山奥の村でもリザードマンが当たり前のように来てたし。
「……って、私か!?」
これまで訪れた3つの街・村全てで魔物に出くわしている。
私の引きが悪いのか?
人々に対してちょっと申し訳ない気持ちすらある。
少し落ち着いた頃、私とレンは摘んできた薬草をマスターに渡した。
「いやー凄いね。早速依頼人の鑑定士を呼ぶね。」
マスターは早速薬草の鑑定士を呼んだ。
暫く経った後、マスターからお礼が渡された。
「今回のクエストの成功報酬だ!」
報酬は22000マールもあった。これで暫くは飢えずに済みそうだ。
「エリンさんのおかげですね。」
「もう時間も遅いし、早速宿に行こうよ!レン、もう今日は休もう。」
私とレンが喜んでいると、マスターがニコニコしながら声を掛けてきた。
「いやー。流石だね。強いだけでなく、物を見極める力があるなんて!」
いやいや、草花だけですが……。
「でも、ウンブラ・ノクスが現れるなんて怖いねえ……。」
マスターが憂鬱そうに呟いた。
「……もしかして「灯台の魔女」のせいじゃないか?」
案内所にいた他のパーティの人間達がマスターに話しかけてきた。
「灯台の魔女?」
私とレンは顔を見合わせた。
「街を出て少し行ったところに大きな灯台があるんだが、そこに魔女が封印されているんだ。」
割と近所にリスクがあるなあ。
「強大な魔力を持っててね。昔は、その力のせいでこの街の周辺でも異常が起きてたんだよ。でも、もう一人の魔女……「森の魔女」によって封印されたんだ。」
魔女。
その言葉を聞いた瞬間、私の頭にまた何かの映像が見えた。
脳裏に浮かんだ年老いた魔女。彼女は泣きながら手を合わせて何かを懇願している。
「エリンさん、もしかして……。」
「うん、ちょっとだけ。」
レンが察してくれたようで、私の方を見た。
「森の魔女は何故、灯台の魔女を封印したのかな?」
私はそのパーティの人達に尋ねた。
「さあ……森の魔女も、灯台の魔女の力に困っていたって噂だけどね。」
「森の魔女はいい人なの?」
「害はないけど、魔女だからな。人間の前には滅多に姿を見せないし、何とも言えない。」
ふうん、と私は相槌を打った。
「行ってみましょうか。」
レンが思わぬことを言った。
「エリンさんの記憶に関わっているなら、行ってみる価値はあるかと思います。」
「確かにそうだけど、怖くない?」
「魔女は本来、人から離れて静かに過ごす種族です。人間に直接加害する可能性は低いはず。封印されているのは何か理由がある気がするんです。」
レンの言葉には使命感を感じた。
「うん、じゃあ行ってみようか。」
私はあっさりと決めた。
ウンブラ・ノクスのことも気になるけど、自分の記憶の方が優先だ。
旅のパーティの人達が驚いていた。
「得体の知れない相手でも躊躇いなく向かっていく……流石はだまし討ちのエリン……。」
褒めるなら、その呼び名はやめてくれ!
翌日、私とレンは町はずれの灯台に到着した。
古びていて大きな建物だが、思ったよりずっと普通だ。
「こんなところに魔女が封印されているなんて思わないよなあ。」
入り口の扉には鍵もかかっておらず、簡単に中に入ることができた。
高さはかなりあるが、中の構造は極めてシンプルで、ひたすら長い螺旋階段で上がっていくだけだった。
「剣は置いていきますか?」
「いや、大丈夫。行こう!」
私は強い決意をもって一段目に足を置いた。
私は後悔した。
「大丈夫ですか?エリンさん。」
「魔物がいるかと思ったけど、全くそんな気配ないなんて……。」
全く敵はいなかった。剣は置いてきてよかったのだ。盗もうにも持てる重さじゃないし。
ぜえぜえ息を切らしながら、私は少し休んだ。
「ところでさ、昨日のウンブラ・ノクスって魔女が裏で操っている可能性ってある?」
休憩中、私の問いにレンはうーん、と首を傾げた。
「単純に強い魔力の持ち主という意味では可能性はありますが……魔女は本来争いを望まない種族ですから。」
レンは魔女が犯人とは思っていないようだった。
「マデリーンの可能性は?」
「個人的な見解ですが、マデリーンだったらあのレベルでも済まないと思います。」
二人ともふう、と息を吐いた。
今は考えても分からない。
ただ歩を進めるのみだ。
螺旋階段を上り切ると、無骨な鉄の扉が見えた。
「ここが灯台の魔女の住処か。鬼が出るか蛇が出るか。ま、入ってみよう。」
私は取っ手に手を掛け、あっさりと扉を開けた。
部屋の中は驚くほど広かった。
床には全面灰色のカーペットが敷いてあり、壁面には木材の上からダークウッドの壁紙を巻いている。また、備え付けられた棚には食器や食料、瓶詰された薬草などが綺麗に並べられており、まるで宿屋の一室を住まいにしているようだった。
「魔法も使わずによくここまで来たな。」
部屋の奥から女性の声がした。
「あなたが灯台の魔女?」
「そのような名前でまだ呼ばれていたとはな。」
そう言って灯台の魔女はゆっくりと姿を現した。
背中が大きく開いた黒のドレス、長身で豊満な胸、くびれた腰、長い黒髪、長いまつ毛に、厚い唇。
外見の年齢は20代くらいだろうか。妖艶な姿で、「美貌の魔女」という言葉がお似合いだった。
その姿を見た瞬間、私は不思議な感覚を覚えた。
彼女の身体がうっすらと青白く光っているように見えたからだ。
「灯台の魔女などと言われるのは好まん。私の名はアルテマだ。」
「えっと、封印されているんだよね?」
封印って眠りについてたり、動けなくなっていたりするもんじゃないの?
「確かにそうだ。」
アルテマはそう言いながら紅茶を飲んだ。
随分と優雅な封印だな。
「私はこの建物から出ることができない。それだけだ。」
その割には物が充実しているし、アルテマも大して気にしていないようだ。誰かが差し入れでもしているんだろうか。
「何で封印されたの?」
私がずけずけと聞くので、アルテマは笑った。
「ふふ。まあ、いいか。」
そう言うと、アルテマは立ち上がり、後ろを向いた。
突然服を脱ぎ去り、一糸纏わぬ姿になった。
「あ……。」
レンが絶句した。
両肩から足の太もものあたりまで、禍々しい紋様が刻まれている。
「呪術だ。」
アルテマの言葉に私は首を傾げた。
「呪術を受けた者は、身体から魔力を放出し続け、使い果たした後は存在が消える。」
なんだそれ!?滅茶苦茶怖いじゃん!
「非常に高度でリスクも高い術法です。使用者の精神を蝕むほどの……そもそも使用できる者がいないと聞いています。」
レンが驚いた様子で言った。
「呪いを掛けたのはベルトリアの女王マデリーンだ。」
マデリーン。またその名前だ。
「マデリーンは30年近く前に姿を消したと聞いていますが。」
レンは不思議そうに聞いた。
「私がマデリーンに会ったのは30年前。その時、呪術を掛けられた。」
マデリーンが姿を消した時期とも重なる。
「呪術を受けた理由は?」
私の素朴な疑問にアルテマは笑った。
「私が人間に害を為す悪い魔女だったからさ。」
私達は身構えた。
「安心しろ。呪術の上に封印までされているのだ。何もできん。」
そう言うと、アルテマはまた服を着た。
じゃあ、マデリーンは町の人間達を守るために魔女に呪術を施したのか?
「では、何故森の魔女はあなたを封印したのですか?」
レンが尋ねた。
「私の身体から魔力が流れ出るせいで、この近辺に悪影響が出始めた。そのために封印されたのだ。」
「この空間にいる間は魔力が外部に流れ出ることはないんですか?」
「そうだ。」
なるほど。森の魔女も人々を助けたわけか。
「ウンブラ・ノクスとの関連はあるのかな。」
私はレンに言った。
「何かあったのか?」
私とレンは事情を説明した。
「そうか。もしかしたら私の封印が解けかかっているのかもしれんな。そこで漏れた魔力によってウンブラ・ノクスが現れた可能性はある。」
「そうなったら、アルテマさん、消えちゃうんじゃないの?」
「だろうな。」
私の心がざわついた。
目の前の魔女は悪い存在には見えない。自分では悪い魔女のように見えるが、穏やかに語る様子は害のあるようには見えなかった。
「かと言って、実害が出そうな状況なら何とかせねばなるまい……どうか頼む。森の魔女にこのことを伝えてくれ。」
アルテマは言った。
「何故森の魔女に?あなたを封印したんですよ?」
レンは訝しんで聞いた。
「ふふふ。私をもう一度封印してもらうためさ。私とて消えたくないからな。」
「なるほど……森の魔女と貴女が悪い関係ではないことは理解できました。」
「不本意ではあるさ。なんせ自由がないのだから。」
その割には随分充実した環境のようだけど。
「なんで、こんな灯台に封印されているの?」
私の問いに、アルテマは懐かしそうに笑った。
「私はここが好きでね。」
私とレンは顔を見合わせた。
イメージしていた魔女とはかなり異なるからだ。
「魔力が大量に流れているわけではなさそうですから、ウンブラ・ノクスとの関連性は低そうですね。」
「うーん。じゃあ何が原因なんだろう。」
「どうやら目的が違ったようだな。帰るのか?」
小さな声で話し合っている私達を見て、アルテマは笑った。
「特に止める理由もない。原因を探るのであれば他を当たるがいい。」
「でも……。」
諦めた様子のアルテマを見て、レンは困っていた。
「いや、森の魔女には伝えるよ。」
私は躊躇いなく言った。
「良いのか?お前達には関係ない話のはずだ。」
「アルテマさんは悪い魔女に見えないからさ。森の魔女に言いに行くくらい、なんてことないよ。」
「ありがとう。感謝するよ。」
そう言って笑ったアルテマの顔は憂いを帯びていた。
「魔力を放出し続けるか……だから青白く光ってるんだね。」
帰り際、私は何気なく言った。
「何?」
アルテマは顔を顰めた。レンも不思議そうに私を見た。
「エリンさんには、アルテマさんが光って見えるんですか?」
「うん。体の周りがうっすら青白く光ってる。」
あれ?もしかして、レンには見えていない?
「エリンさん、もしかしてレベルが上がって特殊能力を得たのでは?」
レンが言った。
「そうかも!でも、何の能力なんだろう?魔力の流れが感知できるとか?」
アルテマは不思議そうに私を見た。
そして、私に向けて何かを唱えた。
「案ずるな。鑑定。対象の能力を把握できる「能力」だ。魔法ではない。」
○エリン
・職業:アタッカー
・レベル:3
・物理:6005
・防御:5
・体力:5
・魔力:0
・速度:5
・特殊能力:不死
― 死ぬことがない。肉体がどれだけ破壊されても回復する
草鑑
― 草の種類・性質・味などを見分けることができる
破綻感覚←NEW!
― 脆い箇所や壊れそうなものを見抜くことができる
「……な、何だこれは……?」
アルテマが焦っているのが分かる。
「何が見えたの?」
私やレンには分からない。
「物理の異常な高さはその剣のせいか。他のステータスはゴミ以下だが。」
ゴミ以下!?
「それよりも、これらの能力……。どれも普通では取得し得ないものばかりだ。しかも、レベルが上がるごとに増え続けている……?」
アルテマは私を凝視した。
「お前は何者なんだ……?」
すいません。私が知りたいです。
「私の身体が青白く見えたのは、お前が新たに得た破綻感覚という能力のようだ。」
「な、何それ?」
「物体などが壊れることを感知できる能力、とある。」
「戦闘とかで使える能力じゃないの?」
「いや……脆い箇所や破損しそうな物が分かるということだ。感知した場合は発光して見えるんだろうな。」
また戦闘向きのスキルではないのか。
私はがっかりした。
いや、相手の脆そうな場所を突くことができれば、戦闘でも活かせるのでは?
ん?ということは……
「私が消える日が近いということかもな……。」
なおさら、急がないと!
「不思議な存在だ、お前たちは。」
アルテマが言った。
「エリン、お前は普通の人間とは明らかに違う……。」
「ですよね。最近自覚してきました。」
「それに……。」
アルテマは意味深な視線をレンに送る。
レンを見ると、彼女は顔を強張らせた。
「誰にも事情がある。お前たちが何かしてくれることを期待している。」
アルテマはそう言って、私達に手を振った。




