第4話 初めてのクエスト
のんびりクエストのお話です。
私とレンは、ガイタンの町から汽車に乗っていた。
煙を上げてゆっくりと走る汽車に揺られ、一面に広がる山を見ていると穏やかな気持ちになってくる。
「今日は汽車で終点まで行けるから、寝ていても大丈夫ですよ。」
レンが地図を見ながら言った。
「今日着くのは、どんなところなの?」
「ビトーという町です。私もよく知らないのですが、治安の良い綺麗な町で、石畳の旧市街が観光地になっているそうです。」
観光地!なんだか楽しみだ。
「気候も良いし、露店なんかもたくさん出てるような、活気のある町だそうですよ。」
レンも楽しそうに言った。なんかいいな、こういうの。
とは言っても、悩ましいのは先立つものがないことだ。
ガイタンでは無料で宿に泊めてもらえたが、汽車代もレンに負担してもらっている。
なんとかしてお金を稼がないといけない。
「どうやったらお金って稼げるかな。」
レンがきょとん、としている。
「だって、これから旅をするのに、汽車代も宿代もご飯代も掛かるしさ。消耗品とか、装備もいるし。」
「旅人だったら、様々な依頼をこなすことでお金を稼げますよ。」
「クエスト?」
私は首を傾げた。
「はい。大体の町では、旅人の案内所や酒場に行けば、今出ているクエストを聞けます。店主にパーティのレベルとかを伝えると、適したクエストを紹介してもらえたりします。」
「へー。結構親切なんだね。」
「そうしたお店の人達はいわゆる仲介業者ですから、信頼が大切なのだと思います。旅人達がたくさんクエストをクリアできれば、旅人だけでなく依頼元からも信頼されますし、そうなれば依頼元からの手数料収入も増えます。だからサービスを良くしているんですよ。」
「な、なるほど……。」
私はレンの知識に驚いた。下手な大人よりも落ち着きがあり、博識だ。
頼もしいけど、ちょっと大人すぎているのは心配だ。
「とりあえず、町に着いたら、私お金を稼ぐよ!」
「はい。焦らずに簡単なクエストからこなしていきましょう。」
私とレンはそんなことを話しながら、ワクワクしながら汽車に揺られた。
汽車に揺られること4時間、終点ビトーの町に着いた。
建物の屋根がオレンジに統一され、人々も小奇麗な格好をしている。ガイタンよりも洗練されている印象だ。
時間はまだ13時だ。
私とレンは早速旅人の案内所に向かった。
「うーん、レベル2のアタッカーとレベル1のヒーラーか。」
案内所のマスターは頭を悩ませていた。
私達のような貧弱なパーティはそうそう見たことない、とのことだ。
「せめてもう一人くらい仲間を探してはどうかね?」
とは言ってもなあ。当てもないし、ガイタンの酒場にいたような無粋な連中も嫌だし。
「まあ、最初は簡単な森林探索でも……。」
マスターがそう言いかけたとき、店のドアが開き、誰かが入ってきた。
「おう、マスター。いいのある?」
5人のパーティだ。屈強な男が3人とスタイルの良い女性が2人。慣れた感じで店の椅子に腰かける。
「やあ。君たちならこの辺だな。」
マスターが幾つか紙を渡すと、リーダーの男は、ササッと目を通していく。
「おう、このケルベロス討伐ってのはヤバいんじゃねえか?」
リーダーが仲間たちに紙を渡した。そこにはいかつい魔物の写真が貼りつけてあった。
「やべえなこいつ。」
「ヤバすぎっしょ。」
なんて中身のない会話だ……。
「適正レベルは15相当だから、君達にはちょうどいいと思ったんだがね。」
「いや、ケルベロスはヤバいだろ。適正は20くらい必要じゃねえか?」
レベル20か。私達には無縁だな。
「おい、リザードマンもいるじゃねえか。こいつもヤバすぎだろ。」
ん?リザードマン?
彼らが持った写真には、私が倒したのと似たようなリザードマンがいた。
「適正レベルは18だな。」
「いやいや、20はいるだろ。」
リザードマンでレベル18~20なの?確かに私も一回殺されたけど、一応退治したし、そんなに強かったのか。
「最近、神の村でリザードマンが退治されたそうだ。なんかでっかい大剣を持った女が一人でやったらしい。」
私のことか!
それに「神の村」って……あんな強引な村人達がいるのに?
「そうだ。やられたフリして、後ろからぶった切ったらしい。「だまし討ちのエリン」って言う……。」
浸透しかけてるよ!止めてくれ!
「マジかよ。どんなゴツい女なんだ?」
「それがかなりの美人で、スタイルも良いらしくてね・・・」
おお、なんだか照れる。
「ただ、とんでもねえデカい剣を持ってて、リザードマンを冷徹な笑みで容赦なくぶった切って肉塊にまで貶めたって噂よ……。」
「マジかよ?」
「ああ、さらにガイタンでも、だまし討ちでビッグ・メイジを秒で一刀両断にしたらしい。エリンの手に掛かれば魔物など歩く現金、リザードマンなんぞただのワニ革だったってことよ。」
……数日前のことがこんなスペクタクルに脚色されて広がるもんなの?
「やべえニューカマーだな。できれば関わりたくねえ。」
「まあ、そんなゴツい大剣持った女なら嫌でも目に入るよ。」
「違いない、ははは。」
そこで、私達を放置していることに気付いたマスターが戻ってきた。
「いやあ、すまないね。それじゃ、これがクエストのリストね。あ、また来てくれた時のために登録しとくから名前教えて。」
「だまし討ちのエリンです。」
「ゲェーッ!あなたが!確かにドでかい大剣持ってる美人!」
美人は知らんけど、この剣で気付くだろ……。
「大変失礼いたしました。」
なんかマスターの口調変わった。そして、あらためて紹介されたクエストを見た。
「なんかクエストの難度が上がってるんですが。」
「レベル2とはいえ、だまし討ちのエリンさんに低難度のクエストを紹介するのは失礼に当たると思いまして。」
「だから、私全然強くないし、この子もレベル1だからもっと簡単なクエストがいいです!」
「ヒィー!では、お遣い並の簡単なクエストを紹介します!お金が足りなければ、私めの自腹で!」
どうしてそうなるの!?
「うっ……あのフレンドリーなマスターが死兆星を見たように怯えてやがる……。」
「クゥ、奴にかかっては人なんぞただの貯金箱ということか……!」
外野からも声が上がり始めた。これはマズい。
「いやあ、すまんね。早とちりしてしまって。あなたの雰囲気が噂と違い過ぎたから全然気づかなかったよ、ははは。」
誤解を解いた後、マスターはすっかり元に戻っていた。
まったく……。
「エリンさん。」
クエストの紙を捲っていたレンが私を呼んだ。
「色々ありますが、私達向きのがあります。」
そう言って渡されたクエストは「薬草の原料になる草を取ってくる」というもの。
「薬草の見分けが難しく、また良質なものが多く必要ということで、たくさん取れれば報酬も上がります。採取場所は魔物が少ないところですし、最初はこれがいいと思います。」
「見分けか~。でも分かるかなあ。」
「大丈夫です。この草は生食できるものですから。」
「あ、そうか。」
ハッとした私を見て、レンが笑った。
やってきたのは町はずれの草地。あたり一面に草花が生い茂っている。
「これだけ広大で手入れもされてなければ、特定の品種だけ採取するのは難しいよね。」
「エリンさん、見えますか?」
「もっちろん!」
私は草花を眺める。すると、自分の視界に、まるで色分けされているようにその品種が浮かんできた。
「よし、見えた!こっちの方が良質なものが多いよ!いっぱい摘んでいこう!」
私の特殊能力「草鑑」は「草を見分ける能力」だ。
単純に食の可否だけでなく、宿で観葉植物の味を見極めたように、その草の味や質、調理方法までも把握できるのだ。
見分けた薬草を次々に籠に放り込んでいく。
あっという間に、持ってきた2つの大きな籠がいっぱいになった。
「これで幾らくらいになるかな?」
「100gで100マールってありました。でも、これだけあったら20,000マールくらいになりそうですね。普通の宿だったら2人で一泊食事つきで100マールくらいですから、当面の生活費にはなりそうです。」
おお!すごい!意外と儲かるんだな、薬草採取!
「普通はこんな簡単にいかないんです。よく似てるけど全然違うものだったり、毒草が混じってたりしたら足元見て買い叩かれますし、本当にエリンさんの能力のおかげですよ。」
レンは、額の汗を拭ってニコリと笑った。あらためて、めちゃめちゃ可愛いな、この娘。
「でも、暑いですね……。」
「そうだね。もう夕方のはずなんだけど、めっちゃ陽が照ってる。」
軽装の私はとにかく、ローブに身を包んだレンは暑そうだ。
戻る前に少し休ませようかな。
そんなことを思っていたとき、そのとき、草むらから、ガサリと音がした。
「何だ?」
私は聖剣キラーバッドを持って身構えた。
「微弱だけど、魔物の気配です。しかも複数。」
レンが言う。
リザードマンやビッグ・メイジの姿を思い出し、腕に力が入る。
「来る……。」
飛び出してきたのは、サッカーボールくらいの小さな丸い生き物だった。
「ん?これは……魔物?」
「エンという種族です。これはイエローなので一番弱いですね。」
なんだか丸っこくて目もキラキラだし、ちょっと可愛いんだけど、倒していいやつなんだろうか。
そう思っていると……レンが杖でエンを叩いた。
エンは潰れてからポン、と消えた。
「わあ!」
「え、え?どうしたんですか?エリンさん。」
レンが驚いた顔をする。
「いや、なんか可愛げのある魔物だから。」
「ああ。でも、駆除しないと草花を食い荒らしちゃいますし、上位種のブルーやレッドに進化すると、人にも危害を加えますから。それに、低レベルの旅人には、まずは最適の相手ですよ。」
そうなんだ。そうと分かれば、私もレベル上げのためにこいつらを倒そう。
小さいエンを相手に巨大なキラーバッドを振り回す。
しかし、なかなか当たらない。
的が小さいからか!?それとも私が壊滅的に下手くそなのか!?
ゼーゼー言ってると、レンが駆け寄ってきた。
「エンは動きは俊敏ですが、耐久は非常に脆いです。少し当てるだけでもいいので、大振りしなくていいんですよ。」
そんなこと言ってもなあ……。
「まずは大剣を扱う構えをしましょう。振りかぶるんじゃなくて、前に向けて。」
レンに手を添えてもらい、剣をやや水平気味に構える。
「大剣は当たるだけでもダメージが大きいですから、弱い相手ならここから振るだけでも十分ですよ。」
私はそこからエンに向けて軽く剣を振った。
切っ先がエンを捉え、ポン、と弾けた。
「ほんとだ!」
「ね。大丈夫ですよ。」
レンは優しく微笑んだ。これではどっちが大人か分からないな。
あたりにいたエンを大体駆除し終えた。
「こんなもんかな?」
私はふう、と息を吐いて汗を拭った。
「はい。そろそろ帰りましょうか。」
レンは薬草の入った籠を抱えて言った。
「これでレベル上がるかな~。能力付与されるかな~。」
「レベルが上がると身体にマナが宿る感覚があります。ただ、あくまで感覚なので、街にある教会でレベル鑑定もしてもらうと正確だと思います。」
呑気に言う私にレンが教えてくれた。
「凄いね!レンは何でも知ってる!」
「いえ……本で読んだだけで、実際に伺ったわけじゃないんです。」
とはいえ、大体のことに答えてくれる。
記憶のない私としては、これほど頼りになる存在もいない。
帰ろうとした時、レンの動きが止まった。
「エリンさん。」
振りむいたレンの表情が不安そうだった。
「何かが近くに来ています。」
レンの真剣な様子に私も背を伸ばす。
「魔物?」
「おそらく……」
レンは目を閉じて感覚を澄ませていた。
「50mほど後方……強い魔力を感じます。人間の気配じゃない。」
私は息を飲んだ。
強い魔力、というのはどの程度なのか。ビッグ・メイジ級の相手なのか。
「こっちに来ます!」
レンが目を見開いた。
逃げようとしたが、時すでに遅し。
草花がガサガサと揺れ始めた。「何か」は猛烈な速度でこちらに向かってきたのだ。
私はキラーバッドを構えた。
「エリンさん!後ろに飛んで!」
レンが叫んだのを聞き、反射的に後ろにジャンプした。
刹那、地面から黒い何かが現れた。
影が実態を持ったかのように現れたそれは、ワニのように口を開き、バクンと噛む。
後方に飛んでいなければ、今頃身体を砕かれていただろう。
「うわああああ!?」
私は大声で叫んだ。
影がまるで液体のように地面から吹き出した。
それが固まり、一つの形になる。
人間のようなシルエットだ。
大きな帽子を被った髪の長い女性。
顔の輪郭が異常に長く、目がなく黒い穴が空いているだけ。
口は大きく裂け、手足は異常なまでに細い。
「何なのこいつ!?」
私は大声でレンに聞いた。
「ウンブラ・ノクスという強力な魔物です……。」
レンもかなり動揺した様子だった。
「何でこんなところに……。」
「なんかヤバそうな敵だよね。」
薄っすらと地面が揺れている感覚すら覚えた。
「適正レベルは30くらい……物理攻撃はほぼ効きません。」
レンが呟いた。
物理攻撃しかないレベル2のアタッカーと、簡単な治癒魔法しかできないレベル1のヒーラー。
あれ?これって詰んでる?




