第3.5話 神々の戯れ その1
ちょっとした閑話です。
神だって働き方改革は必要だ!
毎月第2、第4月曜日の朝10時。
転生の女神カヘルは、この時間が最も憂鬱だった。
「定刻になりましたので、本日のヴァジュナール運営会議を始めます。」
老齢の男性の姿をした神の一人が、淡々とした声で開会を告げる。
ヴァジュナールの重要神が集まる月に二度の運営会議。
せめて月一開催にならないものか。
「えー、それではワイズマン議長、お願いいたします。」
金色の円卓の中央に座した、壮年の男性に話を振る。
中肉中背、四角い顔、ギョロついた目、黒縁メガネ。灰色のスーツに身を包んでいる。
全くそれらしくないが、この男こそがこの世の最高神、全能の神ワイズマンだ。
「はい!皆さん、おはようございます!」
無駄に元気な声でワイズマンが挨拶をした。
「早速始めましょうか。えー、事項1.「平定の神キタイの蘇生について」継続案件ですね。説明者はマハリ神、よろしく。」
名指しされたのは、中世的な容姿をした運命の神マハリ。
目の周りに古代文字のような紋様が刻まれており、髪を腰まで伸ばしている。
「はい。先月からお伝えしているとおり、キタイの肉体は既に蘇生しております。」
「そうやったわな。」
ワイズマンは大きく頷いた。
「結論ですが、キタイは目覚めません。」
「目覚めない!?どういうことや?」
ワイズマンが机に身を乗り出した。最高神なのに訛りに訛っている。
「キタイの無意識をプロジェクトチームに解析させて……」
「すぐに調べなあかん!」
「はい、取り組んでいます。そして出た結論として、キタイは殺された時、精神を奪われた状態である、と推察されます。」
「おそらくですが、キタイの精神は何らかの形で奪われ、隠されているはずです。それを見つけださなければなりません。審議いただきたいのは、これをどうするかです。」
「人間が隠しているか……お!ちょうどええわ!」
ワイズマンが嬉しそうに声を上げた。
「カヘル!お前んとこの奴に探させたらええやないか!」
「えー!?何で?」
カヘルは不満そうに声を上げた。
「干渉したらダメって言ったの、ワイズマン神ですよ?」
「探すように仕向けたらええやないか!直接干渉はあかんに決まっとる!そんなん、当然や。」
滅茶苦茶だ!でも、今に始まったわけではなく、幾星霜の彼方からこの調子らしいので、もう今更驚くこともない。
「ええか?キタイがおらんと困るんは皆一緒や。各領域の神々からも、人間の行動をコントロールするのが困難やと文句がいっぱい出とる。キタイが争い、奪い合いを平定しとったからや。」
「そんなの、ワイズマン神が何とかすりゃいいじゃないですか!」
カヘルは文句を言う。
「ワシなら何とでもできる。ただ、そんなんしたらな?意味がなくなるわ!何でもワシが問題解決して終わりじゃあかんのや。人間のことは人間自身で乗り切るべきや!」
全能神はふくれっ面のカヘルにも、全く遠慮しなかった。
「分かりましたー。」
カヘルは止む無く答えた。
とはいえ、こんな思いつき、すぐに変わる可能性があるので、暫く様子を見て、もう一度命令があったら考えよう。カヘルはうん、と頷いた。
「……ありがとうございました。以上、事項1です。」
諦めた表情でマハリは座った。
「えー、では次の事項です。事項2.「フルベングの救済について」これは、ジュノー神よろしく。」
「はーい。」
手を挙げたのはおっとりとした聖愛の神ジュノー。
美しく、豊満な肉体に、くるくるの金髪で真っ白な肌。清らかさと愛を司る神にふさわしい。
「先日発生した異常な魔力の滞留のせいで、フルベングでは徐々に心身にダメージを受ける人間が増えています。我々としては、これを何とかするために魔法国家ハルバートに動いてもらいたいところですが、今のところ何もありません。」
「同じ人間が困っとるのに、どういうことや!」
ワイズマンは呆れたように言った。
「仰るとおりです~。取り返しのつかないことになる前に特例的にハルバートの宰相に働きかけるべきかと思いますが、如何でしょうか?」
「せんでええ。」
ワイズマンはきっぱり言った。
「こんなん、人間が何とかできる範疇や。犠牲が出るか出ないかで神が動くもんやない。」
「う~ん。でもフルベングが滅びたら、人間と神々の繋がりも薄れてしまいますよ?」
「あのな、そんなことは人間が選ぶことや!神は基本的に、干渉せんで見守るのが原則やろ?最近な、皆がそこを勘違いしとる!」
ワイズマンは力を込めて言った。
「キタイがいなくなってからやな!これまでキタイが治めてきたことを、皆でやろうとしとるように思う。でもな、勘違いしたらあかんで!キタイを殺したのは人間や!「平定」を設置したのはいつや?あいつが死んでからやな!何やった?」
いつ、あいつ、何やった?じゃわかんないよ、とカヘルは呆れた。
「500年前です。バッドガイが死んでから。」
「そうそう!バッドガイ!あれまでは人間が自分で何とかしとった!その後、皆が平定を置くべきやと主張したからキタイを置いた!結果がこれや!たった470年!人間は平定を望まんかった!だからその選択の行く末を見届けるのが神の役割や!」
「でも、我々はキタイを復活させようとしてますが……」
「そら当たり前や!神の一人がずっと死んだままでええわけない!ただな、蘇ってもキタイは昔どおりにできん。だから、別の役割を担ってもらう予定や。」
「じゃあ、平定は?」
「廃止や。で、妥当なのは異動やわな!」
「げー!神事異動!」
カヘルは数百万年ぶりに担当が変わるかもしれないことにげんなりした。
「とにかく、結論としてフルベングは誰も動かんでええ。暫く様子見とけ。」
「は~い。」
ジュノーは少し納得いかない様子だったが、ここは素直に引き下がった。
「えー、では次の事項です。なんや、審議はもう終わりか。それじゃ報告事項1.「転生者の進捗について」カヘル神やな。」
ワイズマンに促され、カヘルは席から立ちあがった。
「前月の転生者報告です。人数は5人。うち3人が女性、2人が男性でした。」
「ええやないか。重要なのは平等かつ公平や。」
「それから、前回会議にて承認を得た転生者ですが、昨日、予定どおり神山の村にて目覚めました。」
部屋の雰囲気が少し変わった。ピリッとした空気が流れる。
「村にて可変種を1体撃退。その後、下山し、行きついた村で可変種をもう1体倒しています。仲間を見つけ、今のところ順調に推移しています。」
「おい、こいつ不死になっとるやないか。どういうことや?」
ワイズマンが資料をめくりながら言った。
「それはきちんと書いて決裁いただきましたよ!」
「そんな重要事項を説明せずに書類だけ回すのは決裁と言わんのや!次からは絶対言え!」
カヘルはむー、と唸った。
説明がいるんだったら書類なんて止めてくれたらいいのに。神だって働き方改革が必要なのだ!
「他にも、特殊能力の付与?容姿も配慮?……おい、基準はどうなったんや!これまでのお前らしくないやないか。」
「すいません。今回は重要だったので……」
「定められた基準を勝手に逸脱したらあかんぞ!これはどっか基準の中で読み取れる箇所はあるんか?」
「はい。取扱いの第5条第5項で「その他、運営会議が必要と認める場合はこの限りではない」とありますので、これで。」
「……まあええわ。引っかからないならな。」
「監視の神に確認済みです。」
ああ、分かった。と言ってワイズマンは資料に目を通した。
「すいません。一つよろしいですか?」
手を挙げたのは、海の神だった。
見た目は半裸の少年だが、かなりの古株だ。
「彼女の転生した経緯を見れば、能力付与などはあり得ないのではないでしょうか。何故特例的に認めるのか、カヘル神に聞きたいです。」
「私は、彼女が転生するにあたり幾つかネガティブな条件を付与しました。魔法が使えないこと、マナが増えても身体能力が上がらないこと、幾つか大切な物を手に入れられないこと。通常の転生者と比して、これらのハンデを補うための能力付与としています。」
カヘルはそう答えた。しかし、海の神は納得していない。
「それでも、不死はやりすぎでは?」
「先月の会議で説明したとおり、目的達成が不可と判断されたらワイズマン神の判断でいつでも殺せるようになっています。」
一同の視線がワイズマンに集まる。
ワイズマンは全く気にせずに資料をパラパラと読んでいた。
「勝手に付与しといてワシの判断で殺せるも何もないやろ。まあ、これは様子見やな。皆も気にしとるんで、引き続き進捗は報告するように。以上。」
ワイズマンは強引に終わらせた。だが、他の神からカヘルへの視線は厳しい。
毎回この報告をしなくちゃいけないことが憂鬱になった。
その後、幾つかの事項を経て会議が終わった。
妙に疲れたカヘルは部屋を出て、足早に自分の居住地に戻ろうとした。
重要神と言いつつ、他の末端の神々達との間に入る管理職みたいなものだ。
会議のことを他の神々に共有するのが面倒だ。
「カヘル~」
甘い声が聞こえた。ジュノーだ。
「どうしたの?」
「ねえ、転生者、エリンって言うんでしょ?私、会いに行ってもいい?」
「どっから聞いたのよ。名前は秘匿情報のはずよ。」
「ふふ。」
ジュノーが悪戯っぽく笑った。カヘルはイライラしていた。
「ワイズマン神からは干渉しないように言われてるでしょ。」
「あんなの、来週には変わるでしょ?」
確かに、ワイズマンの言うことはコンビニ限定のお菓子のようにすぐに変わる。
だが……。
「余計なことはしないで。」
カヘルはジュノーを睨みつけた。ジュノーも思わず身構える。
「分かってる?あんたは責任感じてるのかもしれないけど、この件では余計なのよ。」
「そう……。」
ジュノーは悲しそうに俯き、肩を落とした。少し言い方がきつかったかと思ったが、そうでも言わないと、彼女は分かってくれない。
「私も知ってるわよ。あんたがまた別で動いてること。再来週の会議ではきちんと審議に出しなさいよね。じゃなきゃ、ワイズマン神に言うから。」
「分かってるわよ。」
カヘルにとって、ジュノーが何かするのは邪魔でしかないのだ。しかも彼女の場合、良かれと思ってやっているのだからタチが悪い。
そうでなくても、彼女はキタイの死の遠因を作った一人なのだから。
カヘルは地上を見据えた。
エリンは、レンとともにガイタンの町から旅立とうとしていた。
彼女はまだ、自分の運命を知らない。
カヘルは冷静に二人を見つめた。
正直、情などは何も湧かない。むしろ面倒とさえ感じていた。
「ふん。」
カヘルは二人から顔を背け、その場を後にした。




