第3話 災厄のマデリーン
いちゃつきながらの、ほのぼの世界観説明回です。
私とレンは、大勢の旅人達から逃げ回った挙句、ようやく宿屋にたどり着いた。
山奥から大荷物を持って歩いてきたからフラフラだし、汗と血まみれだ。
身体中の汚れが落ちていくようで、とても気持ち良い。
部屋では、先に風呂を済ませたレンが待っていた。
風呂上がりのレンは、感動するくらいに綺麗だ。
さらっさらの黒髪と、大きな瞳、パジャマの上からでも分かる華奢な身体。
しかも、頬も紅潮していて、美味しそうな果実のようだ。
いや、変態か私。
頭を振って、レンの向かいのベッドに腰かける。
「いやー、何かほっとしたよ。もうぐったり。」
「本当ですね。凄い逃げ回りました。」
レンは楽しそうに笑った。
「それより、ほんとにいいの?私なんかと旅することになって。」
私はまだ、自分のような正体不明の人間と、こんな可愛らしい娘が旅することに罪悪感を感じていた。
「いえ、むしろ、私みたいな駆け出しを拾ってくれて感謝しています。」
レンが慌てて手を振った。
「いや、いや、私のような昨日生まれたばかりのような人間に……」
「エリンさんが、いいです。」
私の言葉を遮って、レンは少し恥ずかしそうに言った。
おおう、胸キュン過ぎて死にそう。
「さっきの酒場で初めてエリンさんと話した時、何でしょう……。凄く、うーんと、あの」
レンが顔を真っ赤にして、わたわたしている。
「う、運命的な、ものを感じたんです。この人の力になりたいって。勝手なこと言って……ごめんなさい……。」
ああ、可愛すぎる。私は今死んでもいい。死ねないけど、死んだ気がする。
「あ、ありがとう~!あのね、レンにたくさん教えてほしいことがあるんだ。」
「は、はい。知ってることなら何でも。」
「とりあえず、少しリラックスしよう。」
私はベッドにどーんと横になった。レンも少し落ち着いてベッドの壁にもたれた。
「まず、これからレンの行きたいベルトリアに向かおうと思うんだけど。」
「いいんでしょうか?」
「うん。私何も分からないし、レンの行きたいところに行こうよ。」
「あ、ありがとうございます。」
レンがぺこっと頭を下げた。
「ここがどこで、ベルトリアまでどれくらい時間が掛かるの?」
レンはカバンから世界地図を取り出した。
「この世界が「ヴァジュナール」と言う世界だということはご存じでしょうか。」
「うん、知ってる。」
あの子供みたいな女神に聞いたからね。
「ヴァジュナールは大きく4つの大陸、100以上の国家から成ります。その中でベルトリアは最も大きい国土を有する国の一つです。」
世界地図の真ん中、最も大きい大陸の中央にベルトリアはあった。
「私達が今いるのは、大陸東端の「レンゾ」という国です。ベルトリアまでは、汽車を乗り継げば大体2週間くらいで着きます。」
「結構掛かるんだね。」
「ベルトリア自体もとても広大ですね。」
「レンが行きたいのはどこなの?」
「私は、「メルト」という町に行ってみたいです。戦争で焼け出された国の人々が集まって作られた難民キャンプのような場所だと聞いています。ヒーラーの協会が人を派遣していて、治療活動に当たっていると聞いたので。」
素晴らしい子だなあ、本当に。
ふと思った。
「そう言えばさ、ベルトリアに行くって言うだけで皆倒せ、倒せって言うよね。」
「確かに、そんな雰囲気でしたね。」
「私が最初にいた山奥の村では、ベルトリアは恐ろしい魔法で魔物どもを使役し、圧倒的な兵器を揃え、世を混乱に陥れているって聞いたんだけど、本当なの?」
レンは首を傾げた。
「私は大人の方々より世の情勢に詳しくないですが……」
いや、山奥の村人や酒場の兄ちゃん達よりもよっぽど賢いよ!
「ベルトリアが魔法と兵器によって強力な軍事力を有しているのは確かです。魔物を使役している、というのは不確かのように思います。」
「魔物ってそもそも何者なんだろう?」
「魔物の正体は分からないのですが、ベルトリアが何故そんな風に言われるのか、経緯は少しわかります。長くなってもいいでしょうか。」
レンは律儀に断りを入れてきた。もちろん私は頷く。
「元々、ヴァジュナールには争い事はなかったのです。魔物もいませんでした。」
「え?そうなの?」
「はい。それは平定の神キタイがいたからだそうです。」
平定の神。
私を転生させた女神カヘルもいるから、この世界は多数の神がいるのだろうか。
「平定の神キタイは、等しく物を与え、何かを求めて争うことのないよう、世界を見守ってきた存在でした。キタイがいた時は、貧富の差もなく、飢える者も、犯罪をする者もおらず、平和な世の中であったそうです。」
「キタイは、今いないの?」
「いないです。人間に殺されました。」
殺された?神が?人間に?
「神を殺すなんて、そんな大それた奴がいるの……?」
「はい……」
「それ以前に、キタイがいたら争いなんて起きないって。」
「その人間は、神よりも強かったと言われています。」
神よりも強い人間?俄かに信じられない。
「キタイを殺したのは、かつてのベルトリア女王マデリーンです。」
マデリーン。
その名前を聞いた瞬間、私の頭の中に誰かの声が響いた。
若い男の声。
聞いたことのない声。
不快な、怒りのこみあげるような声。
「エリンさん!?」
私の様子がおかしいのを見て、レンが手を握ってくれた。
「大丈夫。ごめんね。」
「何か思い出したんですか?」
「いや……でも、マデリーンって聞いたとき、何かがフラッシュバックしたような……」
レンには、記憶がないと伝えたが、自分が転生したばかりであることは伝えていなかった。
あらためて、そのことをレンに話した。
「そうでしたか……。もしかしたら前世にマデリーンと関わりがあったのかも。転生した今も、前世の記憶が何となく残っているかもしれませんね。」
「うーん、分からない。とりあえず、続けてね。」
レンはこくりと頷いた。
「マデリーンは強大な魔力を持っており、ベルトリアの周辺国を次々に併合していったそうです。それを治めようとしたキタイと対立し、最終的にはキタイを殺してしまったと言われています。」
「そうなんだ……」
「キタイを失った世界は、争いや差別、貧富の差も生まれました。」
争いを止める者がいなくなってしまったのか。
「それで、人々はベルトリアを憎むのね。」
「ただ、それだけではありません。30年程前、キタイを殺した直後にマデリーンが姿を消したんです。」
「ええ!?どういうこと?」
「真実は分かりませんし、様々な説が流れました。暗殺された、キタイを殺した罰として神々に殺された、不治の病にかかったなど。でも、どれも噂に過ぎません。」
マデリーンが死んだのか、それとも生きているのか、それすらも誰も知らないのか。
「マデリーンがいなくなったことにより、ベルトリア王家の直系は誰もいなくなったため、現在は元老院という議会によって国家が運営されています。そのあたりから、世界の各地に魔物が現れ始めたのです。」
「ええ?魔物が現れたのって、割と最近なの?」
「はい。しかも、魔物達はこれだけ広大なベルトリアの領土内には現れたことがないそうです。だから時期と併せて、魔物はマデリーンという最強の存在を失ったベルトリアが作り出した新たな兵器ではないか、という説に繋がったようです。」
「魔物って……何だろうか。」
「私には、魔物の正体はまだ分からないです。すいません。」
「ああ、そんな謝らないでよ。色々ありがとね。」
私が感謝を告げると、レンは微笑んだ。
「よし、何はともあれ、私もベルトリアに縁のある人間だったかもしれないんだ!だったら、レンと行先は同じだね!」
「あ、ありがとうございます。」
「それに、一緒に行けば私もレンみたいに人を救いたいって気持ちになるかもしれないし。」
「エリンさんはもう人を救ってますよ。凄いです。」
柔らかく笑うレンを見て、こっちも自然と嬉しくなる。
「そうだ。レンのことも教えてほしいな。」
「わ、私ですか?」
レンが急にわたわたし始めた。
「うん!どこから来たのかとか、今何歳とか、好きなものとか。」
「あの……つまらないですよ、私のことなんか。」
あれだけ聡明に語ってたのに、自分のことを語るのは得意ではないようだ。
何だか可愛らしくて微笑ましくなった。
「あの、あらためて、レンと言います。年齢は15歳で、性別は女です。」
15歳!私は何歳か分からないけど、絶対年下だ!守ってあげなければ!
「好きなものは、本を読むこと、それからピアノを弾くことです。」
「ピアノ!凄い!」
「い、いえ、ほんとに下手の横好きなんです。」
レンは慌てて手を振った。
「そう言えば、レンはどこから来たの?レンゾ?」
私が聞くと、レンの表情が一瞬、少しだけ固くなった。
「私は、魔術国家ハルバートという国の出身です。」
「魔術国家!それって魔法がめちゃくちゃ凄い国ってこと?」
「一応、そうですね。私は全然だめでしたが。」
レンが苦笑いをしながら言った。あまり言いたくないのかな。
「じゃあさ、ハルバートってどこにあるの?」
「……ここからなら、方角はベルトリアと同じですね。もっと南の方ですが。」
ん?ベルトリアに行きたいなら、こっちに来なくても直接行けたんじゃない?
まあ、でも、レンにも色々事情があるのかもしれないから、気にしないでおこう。
「よし!ありがとう!次は私のことだね!」
レンが元気になるよう、私は立ち上がった。
「私はエリン!記憶ない!弱い!不死身!以上!」
私が元気よく言うと、レンに笑顔が戻った。
「この剣は、聖剣キラーバッドっていうらしいんだ。山奥の村でもらったんだよ。勇者バッドガイっていう、アルコール中毒で死んだ人の遺物らしいんだ。」
「勇者バッドガイって、かつて世界を救ったと言われる本物の勇者ですよ……」
レンは可愛らしい目を白黒させている。
「らしいね。全然分かんないけど。」
えっへん、と胸を張りながら言ってみる。
「とてつもなく凄いことだと思うんですが、エリンさんは、あまり気にされないんですね。」
「え?何が?」
レンはぽかんと口を開けた後、くすくすと笑った。
「いえ……ふふふ。」
可愛らしい笑顔にこっちも嬉しくなる。
この娘と一緒だったら、楽しい旅が出来そうな気がする。
ただ、私は不死身だけど弱っちくて、レンもレベル1で、パーティの戦力としては覚束ない。
「とりあえず、強くならないといけないね。」
「はい。私も頑張ります。」
『強くなりたいの?』
突然、部屋に声が響いた。聞いた覚えのある声だ。
「転生の女神?」
『そのとおりよ。』
転生の女神カヘルは光の中から姿を現した。
レンがびっくりしている。
「一つだけいいことを教えてあげる。山奥の村で光る石をもらったでしょ。」
「ああ、そう言えば。」
荷物の中から光る石を取り出した。
「これはマナの原石よ。これをしっかりと握ってみなさい。」
カヘルの言うとおり、しっかりと握ってみる。すると石がさらに輝きだし、私の身体を包み込んだ。
「はい、これでレベルが上がったわ。」
やがて光が消えたとき、カヘルがさらりと言った。
「え?本当に!?強くなったのかな。」
「あんたは職業「アタッカー」よ。魔法は一切使えないけど、レベルが上がると特殊能力が使えるようになるわ。」
「特殊能力!凄い!どんなのが使えるの?」
「レベル2で覚えたのは草を見分ける能力「草鑑」よ。」
は?
「何それ!?強さ関係ないじゃん!」
「はあ?大切な能力よ?薬草の中には身体を強化するものもあるし、何よりいざという時飢えずにすむじゃない!」
「いや、そうだけど、もっと凄い能力ないの?強力な必殺技とか。」
「何よ!人が親切に教えてやったのに!」
カヘルはふん、と後ろを向いた。
「普通のアタッカーはレベルが上がると攻撃力や耐久力が向上するわ。でもあんたはそんなの一切上がらない。」
「え?そうなの?」
私、ずっと弱いままかよ!
「その代わり、特殊能力が使えるのよ。」
「おお、ほんとだ!見ただけで分かる!この観葉植物、外の硬い皮を剥がせば食えるよ!えぐみがあって滅茶苦茶まずいみたいだけど!」
「味まで分かるなんて、凄いでしょ!」
「でも、強くはならないよね。」
カヘルは顔を真っ赤にした。
「うるさいわね!私、あなたの前に現れるのはこれで最後だから!」
「え!?そうなの?」
「せいぜい身体でも鍛えることね!じゃあね!」
そう言ってカヘルはまた光の中に消えていった。
「諦めるんじゃないわよ!」
最後にそう言い残して。
突然のことに2人して呆気に取られていた。
「いや、もうちょい良い能力がほしいよね~。」
「アタッカーに特殊能力が付与されるなんて、聞いたことありません。それに神があんな簡単に姿を現すなんて……」
能天気な私と比して、レンはとても驚いた顔をしている。
「とりあえず、もう寝ようか。疲れたし、明日からゆっくり行こうよ。」
私は布団に入り込んだ。
「あ、はい。そうですね。」
レンもはっとして布団に入った。
「ねえ、レン。ありがとうね。」
ふと呟いた。
レンがこちらを向く。
「私、少し心細かったんだよ。でも、今日はとても幸せ。」
「私もです。エリンさん。」
「これからよろしくね。」
「はい、私の方こそ。」
そう言って微笑んだ。
きっと二人なら大丈夫。
私達は眠りについた。
部屋の電気を消して暫く経った。
レンは眠ったみたいで、すやすやと可愛らしい寝息が聞こえる。
私は眠れなかった。
身体はクタクタのはずなのに、頭が妙に冴えてしまっている。
あの時、聞こえた声が、頭から離れなかった。
ゆっくりと目を閉じた。
今日は眠ろう。
明日から旅に出る。
何かが分かるかもしれない。
そう思いながら、やがて眠りに落ちていった。
「死ね。」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
これから、二人の旅が始まります。
好きなキャラクターや印象に残った場面があれば、ぜひ教えてください。
今後の執筆の励みになります!




