第2話 癒しのレン
村人に盛大に送り出され、山奥の村を出た私は、山道を下り、ガイタンという町に向かった。
村人達から聞いた話では、旅の中継地のような町らしく、賑わいがあり、ここで仲間を見つけてパーティを組む旅人も多いとか。
半日以上歩いてやっと辿りついたときにはすっかり夜も更けていた。
「遠すぎるし、荷物多すぎる・・・。」
巨大な聖剣キラーバッドに加え、村人達から持たされた装備や食料などが重くのしかかる。
厚意だから無駄にはできないとはいえ、貧弱な私には辛すぎる。
「でも、ちょっと強くなった気がするな。」
私は立派な鎧と兜、盾に身を固めて安心したのか、そう言った。
フラフラしながら町に入ると、酒場の明かりがあちこちで煌々と輝き喧騒に満ちていた。
街の上の方にはあちこちにランタンが吊るされており、まるで屋外のパーティ会場のような雰囲気を醸し出していた。
「山奥の村とは別世界だなぁ。」
ぼんやりと呟きながら歩くと、嫌でも人々の視線が刺さる。
そりゃあこんなでかい剣を抱えた女なんてきたら引くよね。
「姉ちゃん、一人かい?そんな物騒な武器持ってどこ行こうってんだ?」
「危ねえぞ~。切らねえでくれ~。」
酔っぱらった男達が離れたところから声を掛けてきた。何が面白いのかげらげら笑っている。
「山奥の村から・・・取りあえず来たって感じです。」
「おうおう、家出か?」
男達が大声で笑った。
「とりあえず、ベルトリアってとこに行こうかと思ってますが……」
いや、何も考えていないのだが。その場所しか知らないというだけで。
その名前を聞いて、男達の笑い声が止まった。
「おい、正気か?そんな武器持ってベルトリアに何しに行くつもりだよ!?」
「ま、まさか攻め込むつもりで!」
「いや、間違いねえ!こんな命知らずがまだいたとは、世も捨てたもんじゃねえ……!」
何だか壮絶に勘違いされてそうだ。
「そうか、姉ちゃんはベルトリアを滅ぼすために頼れる仲間を探しに来たんだな。俺達に任せとけ。すぐに命知らずの強者を集めてやる!」
「いや、全然……」
口を挟む前に男達は町一番の大きな酒場に突っ込んでいった。
何だか嫌な予感しかしない。
ガシャガシャと重たい装備を引きずり、恐る恐る酒場を覗いてみた。
酒場には様々な格好をした人間達でひしめき合っていた。
剣、弓、槍、銃、杖……武器だけでも様々、強そうな人間ばかりだ。
「どうだい?一日5,000マールだ。弾むよ。」
「南リドールの島を探索したい。宝は等分だ。」
あちこちで様々な交渉がされている。どうやらここは仲間を探す人々が集う交流所のようだった。意中の仲間を得たパーティはそのまま大いに盃を交わしている。
さっきの男達が駆けよってきた。
「来たな、姉ちゃん!そういや名前は?」
「エ、エリンです。」
私が慌てて答えるなり、男達は頷いた。
「おう!命知らずども!このお人がベルトリアを打ち滅ぼすために聖なる山から下りてきた勇者エリン様よ!腕に自信のある猛者共はついて参れ!雑魚はひれ伏せ!」
ちょ!?やめてくれ!
「勇者だと?」
全身が黒の鎧で覆われた男が早速反応した。2m近い巨体だ。ハッキリ言って超怖い。
「おお、アデル!」
何だかザワついてる。有名人のようですね……。
「その身体で、巨大な剣を悠々と運ぶ怪力。面白い。勇者がどれほどのものか、いざ勝負。」
男は剣を構えた……って、ここで?
騒ぎ立てたおっさんの一人が耳打ちしてきた。
「この男は「黒豹のアデル」という異名で知られる剣士です。一人で軍隊を滅ぼしたという、鬼のように強い男ですがエリンさんなら秒殺です。やっちまいましょう。」
いや、絶対無理!
「どうした!?身構えい!」
オドオドしている私を黒豹のアデルが一喝した。物凄く嫌々キラーバッドを構える。
「ようし……では、こちらから行くぞ!」
そう言うや否や、黒豹のアデルが視界から消えた。
次の瞬間……
「チェイィィエァ!」
謎の掛け声とともに、私の身体はぶっ飛ばされた。
アデルの剣がキラーバッドに当たった瞬間、私は既に目を回していた。
「……弱すぎる……」
私は意識を失いながら、酒場の人間達の酔いが急激に冷めていくのを感じた。
村でもらった装備は、聖剣キラーバッドを除き、アデルの一撃でバラバラに壊れてしまった。
目を覚ますと、酒場の前に置かれた休憩用のベンチに転がっていた。
あれから少し時間が経ったようだが、相変わらず酒場は人でごった返している。
私は何かに突っ伏していることに気づいた。
柔らかく、温かい感触。
「大丈夫ですか?」
上の方から柔らかい声が聞こえた。
顔を上げると、灰色のローブに身を包んだ少女が横に座っていた。
「あ、ありがとう。いてて。」
「無理しちゃだめですよ。」
優しい、おっとりとした声だ。何だかほっとする。
「あーあ。あんなゴツイ奴に勝てるわけないのよ。もう。」
「災難でしたね。ご無事でよかった。」
少女がふわりと笑い、こちらに目を向けた。
ローブに隠れていた顔が露わになる。
さらさらの黒髪に大きな瞳、透き通るような肌。柔らかそうな頬に、薄いピンクの唇。
めちゃくちゃ美少女だ。思わずドキリとする。
「あ、あ、介抱くれてありがとう!」
何故か慌ててしまった私を見て、彼女はクスクスと笑った。
とても可愛らしく、思わず見とれてしまう。
「あ、あの、私はエリン……」
「はい。先ほど聞こえました。」
あの野次馬どものせいで!あいつら、何事もなかったように酒飲んでるし!
「私はレンと申します。職業はヒーラーです。」
「ヒーラー?」
「傷や病を魔法で癒す者です。」
「怪我や病気を治せるの?凄い!」
叫んだ私を見て、レンの方が驚いているようだった。
「あはは、駆け出しなので、全然大したことできないんですよ。」
「そうなの?」
「具体的には、レベル1です。」
レベル?何だそりゃ?
「職業には習熟度があり、鍛錬を積むと身体に宿る「マナ」というエネルギーが増加します。例えば、ヒーラーだったら魔法の効果が上がったり、新しい魔法を使えるようになります。レベル1は習熟度が最も低い状態です。」
マナ、と聞いて胸がドクンと鼓動を打った。何だか聞いたことのある気がする言葉だ。前世の私もこの世界の人間だったのだろうか。
「大丈夫ですか?どこか痛みますか?」
心配そうにレンが顔を覗き込む。
「いや大丈夫。私、体は無駄に強いんだよ。」
そう言って力こぶを作って見せるが、あまりにも貧弱な腕に自分でもがっかりした。
その様子を見てレンはくすっと笑った。
「そう言えば、レンはどうしてこんな所にいるの?」
まだあどけない可憐な少女には、血気盛んな酒場はあまりにも不釣り合いだ。
レンは少しだけ困った顔をした。
「私は旅をしています。でも仲間はいないし、酒場には入りづらいし、困っていました。皆さん強そうだし、どのパーティーにも入れなさそうだなって。」
「え?そうなの?」
こんなに可愛い娘なんて、誰からでも声が掛かりそうだ。むしろ変な連中に絡まれないか心配なくらいなのに。
「レベル1のヒーラーじゃ全く使えないですし、もう少し修行してから出直そうと思ってます。」
少し表情を曇らせたレンを見て複雑な気持ちになった。
「あのさ……」
私が呼びかけると、レンがこちらを向いた。
もし誘ったら一緒に来てくれるかな。
記憶もなく、世界のことなんて何も分からない私が、一人でこれから何をしていいのかなんてさっぱりわからない。
誰かが一緒にいてくれたら、気持ちが楽になるだろう。
レンは良さそうな娘だし、滅茶苦茶可愛い。一緒に旅出来たら楽しいだろうな。
そもそも、私は何をしたいのか、どこに行くのか、何も考えてないのだ。
山奥の村の連中から勝手にベルトリア王国とやらを滅ぼせと言われたけど、そんなことしたくないし。
そんな人間に付いてきてもレンが可哀想だ。
私の言葉を待つように、レンが小首を傾げた。
「やーあのさ……。レンはどこか行きたいところあるの?」
「そうですね。まずはベルトリアに行きたいですね。」
ベルトリア!また出てきたこの国。
「ベルトリアは豊かな国ですが、貧しい人達はお医者にも掛かれないほど貧しいと聞いています。そうした弱い方々を救ってあげたいんです。」
なんと真っ直ぐで良い娘だ。あまりに素晴らしいので、罠か、猫かぶりをしているのかと思ってしまう。私、嫌なやつだな。
「エリンさんはどこに向かってるんですか?」
レンが微笑みながら聞いてくる。
「私か……私は……何だろう。」
そもそも、何をしていいのか分からない。地名だってベルトリアしか知らない。
そう言いかけた時、外が騒ぎになっていることに気が付いた。
「叫び声・・・?」
レンが呟いて、声の方向に向かっていった。私も慌てて後を追う。
酒場から少し離れた広場に出ると、人だかりが出来ていた。
中心には異様に背の高い老人と、屈強な男数人が向かい合っていた。
「この化物ッ!」
男達が武器を手に老人に攻撃を加える。
剣、銃、攻撃魔法……。
身のこなしから、男達はそれなりに熟練のパーティであることが窺える。
しかし、それらの攻撃も老人には全く通じない。
バリアのようなものが老人の全身を取り囲んでいた。
「愚かな。小さき者が食われまいと必死に抗う姿こそ見苦しい。」
老人は不気味な姿だ。背は3mを超えているのに、身体は細長く、真っ黒なローブを纏い、真っ白な髪を垂らし、黒目がなく、真っ白でギョロついた目をしている。
見ていて恐怖心が煽られるようだった。
老人が二本の指をこすり、パチンと音を鳴らすと、男達のいる場所で爆発が起きた。
「うわぁ!」
男達は一瞬でやられ、その場に倒れ込んでしまった。
「めちゃくちゃ強い……何あれ?人間じゃないよね?」
「あれはビッグ・メイジという人型の魔物です。強力な魔法を使う厄介な魔物。こんな街中に現れるなんて。」
慌てる私にレンが答えた。
魔物。山奥の村に現れたのは明らかな怪物だった。人間とは全く違う生き物。
しかし、今度の魔物は異形とはいえ、人間に近い。あんな奴がいるのか。
魔物を取り囲んでいた人々は逃げ回り、魔物は我が物顔で町を闊歩する。
「くそう!あんな奴、滅茶苦茶強い旅人が来たらぶっ殺してくれるのに!」
あ、さっき私を煽ったお兄様方。しかし、なんて他人任せなセリフだ。
「おう、クソザ……さっきの姉ちゃんか。」
言ったなこやつ。
「さっきの強い人・・・黒豹のアデルは?」
「あいつは魔法相手だと分が悪いとか言って、すぐに逃げたぞ。」
あんな強いのに、なんて奴だ!
「もうこの町は終わりだ!」
これだけの数のパーティがいて、魔物一匹に手も足も出ないなんて。
その時、魔物の放った魔法により、建物が崩れそうになった。
下には逃げ遅れた小さい子供がいる。とっさに身体が動いた。
「危ない!」
私は慌てて走り、子供の上に覆いかぶさった。
建物が崩れてくる。
「エリンさん!」
レンの声が聞こえた。
「危なかったぁ……。」
私は聖剣キラーバッドを屋根替わりにして、子供を庇った。巨大なキラーバッドに子供一人くらいはすっぽり隠れる。
ただし、私の身体半分くらいはボロボロだが。
「あ、あ、お姉ちゃん……。」
血まみれになった私を見て、子供が泣き出している。
「エリンさん!すぐに回復を!」
「大丈夫。」
駆けよるレンを制し、私は魔物に向き合った。
既に身体は回復しつつあった。
「このぉぉ!」
キラーバッドを振り回し、魔物に突進した。
しかし、例によって全然当たらない。
この流れ……普通、倒せるところだよね!?
「弱き者よ……逝くがよい。」
魔物が指を弾くと、私の足元で大きな爆発が起きた。
「エリンさん!」
レンの叫び声が聞こえた。
私の身体は焼け焦げ、下半身が吹き飛ばされた。
そして、魔物の下に「うまく」転がった。
無残な私の姿を見て、周囲は悲鳴に包まれる。
「よくも……」
レンが拳を握ったのが分かった。
「足掻くか、弱き者達よ。」
魔物は相変わらず大物ぶっている。
「何が弱き者だ……」
レンが魔物の方に近づいてくる。今にも踏み込みそうだ。
その直前、私の身体が元に戻った。
「弱いのはお前だぁぁぁ!」
私は飛び起き、キラーバッドを魔物に突き刺した。
さすが聖剣!魔物のバリアもあっさり貫いた。
「ぐはぁぁ!」
虚を突かれた魔物は貧弱な悲鳴を上げた。
……悲しいが、前回と全く同じパターンだ。
2回も同じ方法を使えば、もう「だまし討ちのエリン」爆誕と言っても過言ではないだろう。
「エ、エリンさん?」
レンが驚いている。そりゃあそうだ。焼け焦げてバラバラになった奴が一瞬で復活しているのだから。
「バ、バカな……貴様、死んだはずでは。」
「死ぬとはこういうことだー!」
私はキラーバッドを薙ぎ払った。魔物の身体は真っ二つになった。
「だぼはぜ!」
さっきまでの大物ぶりはどこへやら、情けない断末魔と共に、魔物は地に付した。その時、私の身体はすっかり元に戻っていた。
「さっきまでボロボロだったのに一瞬で……?」
「回復魔法使われてたか?」
「いや、そもそもバラバラになった身体を一瞬で元に戻す魔法なんて聞いたことないぞ。」
「人間か……?」
周囲の人間達がざわつき始めた。魔物を退治したことよりも、私の異常な体を恐れ、不気味に思っているようだった。
レンの方を向く。
私の方を見て悲しい目をしている。
どうしてそんな目をするの?
いや、気持ち悪いか。そりゃそうだよね。
「レン、ごめん。一緒に旅したかったけど、御覧のとおり、私はヒーラーいらずの身体なんだよ。」
「エリンさん……」
「私と来てしまったら、せっかくの貴女のヒーラーとしての力が活かせないよ。それに私、記憶がないんだよ。自分が何者で、何をしたいのかも分からない。」
レンはますます悲しそうな顔をしている。
「だから……」
去ろうとする私の手をレンはきゅっと握りしめた。
「エリンさんが、今とても寂しそうに見えます。」
私は思わずレンの方を向く。小さな手がとても温かい。
「寂しそう……?」
「はい。」
「自分では分からないけど、そんな顔してたのかな。」
レンは真っすぐに私の方を見つめた。
透き通った目は、きらきらと輝くように水気を帯びていた。
「私は未熟です。まだ簡単な回復魔法も使いこなせません。でも……頑張って、あなたの力になりますから……傍に置いてください。」
私は眼を見開いた。
何ていじらしい。目もウルウルしていて、滅茶苦茶可愛い。正直、抱きしめてしまいたい。
そして、なんて言葉だろう。私の胸はきゅうっと締め付けられたような感覚に襲われた。それはあまりに幸せな感覚だった。
「本当にいいの?」
「はい。」
レンはニコッと笑った。
「私も、最初に話した時から、一緒に旅ができたら、と思っていました。」
お互いの手を握りしめる。とても温かい。
こんなに温かいものを、私は知らない。
でも、何だろう。
心の奥底で覚えているような、とても満たされる気持ちになった。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
私が助けた子供が、駆け寄って抱き着いてきた。
「本当になんてお礼を言ってよいか……」
おそらくお母さんだ。涙を流して私の手を取っている。
なんだか救われた気持ちになる。
皆に気味悪がられても、構わないと思えるよ。
「うおお!流石、勇者エリン!」
幸せな瞬間を打ち消すかのように、例のお兄様方が騒ぎ出した。
「やられたフリで油断させておいて一刀両断!戦術も流石です!」
フリじゃなくて本当に死んでるんだけど!
「おら、どうだ烏合の衆!今なら勇者エリンの従者大募集じゃあ!伝説に名を刻みたい命知らずは名乗り出ろや!」
勝手なことを吹聴するなよ!
そう言うや否や、こっちに向かって大勢の冒険者が向かってきた。
「嫌だ!逃げよう!レン!」
私は、レンの手を取って走り出した。
「あはは、はい!」
レンは走って大変そうだが、何だか楽しそうだ。
何だかとても楽しく、幸せな気持ちだ。
こんな感情、覚えがない。前世の私も知らなかったのだろうか。
転生の女神カヘルは、下界を覗いていた。
走って逃げるエリンを見て、安心したように息を吐いた。
「ふん。まあまあじゃない。でも……」
エリンの笑顔を見て、カヘルは複雑な気持ちになった。
「まだ分からないわ。」




