第1話 不死身のエリン
「目を覚ましなさい。小さき者よ。」
頭の中で誰かの声が聞こえる。
子供の声だ。
「ちょっと!起きなさいよ!誰が子供みたいな声よ!」
頭の中で思っただけなのに聞こえてるじゃないか。
目を開けると、真っ白な空間に小さな女の子が立っていた。
身体は随分小さく、腰に手を当てて仁王立ちしている。
髪の毛は金色でフワフワとしており、白いワンピースを着ている。口を尖らせている姿は、拗ねた子供そのものだ。
そんな彼女に見下ろされている私は、寝転がっているようだった。
「私は転生の女神カヘル。あんたは死んで転生したの!」
死んだ?転生?唐突に何を言ってるんだ、このガキ・・・。
「あのね!あんたの失礼な考えは全て筒抜けなのよ!?」
転生の女神は頬っぺたを膨らませていった。
どうやら愚かで軽薄な私は、この素晴らしくて美しい女神様に救っていただいたらしい。
「ふん、少しは態度を弁えたようね!聞きたいことある?」
ちょっと機嫌が直ったらしい。
ところで、ここはどこですか?
「この世界は「ヴァジュナール」。魔法と科学が共存する世界。」
なんだかスケールの大きそうな世界だ。
あの、私は誰?何であなたと話しているんでしょうか?この空間はどこ?
「いちいち聞かないでよ。神は転生者に一々説明なんかしないのよ。」
自分が聞けって言ったのに……。
「繰り返すけど、あんたは「死んで」転生したの。普通なら赤ん坊からやり直しになるところを、特別に死んだ時に近い年齢で蘇らせたのよ。もちろん自分が何者なのかもわからないと思うけど!」
特別に?一体何故?
「私が言えるのはここまでよ。」
ほとんど何の情報もないですが……。
「エリン。それがあなたの名前よ。」
転生の女神は言った。
「せいぜい頑張りなさい!」
乱暴に、でも心配そうにそう言い放つと、小さな女神は光の中に消えていった。
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目を覚ますと、ベッドの上だった。
視界に入ってきたのは、太い梁が何本か通った木造の天井。
周囲に目を向けて見ると、木目の入った壁と床。飾り気のない机と椅子。レンガを敷き詰めた大きい暖炉があり、パチパチと火が揺らめいている。
温かみのある素朴な家だ。部屋は暖かく、気を抜けば睡魔に襲われる。
ここはどこだろう。
身体を起こすと、言いようのない気怠さを感じた。
なんというか、身体に慣れてないという感じだ。
もう一度横になろうかなと思ったその時、部屋のドアが開き、一人の青年が入ってきた。
「あ!起きたんですね!」
青年は私の方に駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか?」
青年は、私の顔を覗き込んだ。
「ああ、はい。」
多少身体はフラつくが、とりあえず大丈夫そうだった。
「あなた、遭難したんですか?裏の森で倒れてたんですよ。」
青年が心配した顔で聞いてくる。
「何も覚えてなくて。助けていただいて、ありがとうございます。」
私は本当に覚えていなかったのだ。
転生の女神から聞いた内容を含め、ひとしきり青年と話した。
「そうですか、転生したばかりだから記憶がないんですね。」
「当たり前のように受け入れてるけど、転生ってよくあることなの?」
「ちょいちょいいますよ。」
世の中は広い。まあ、特別なのは私だけではないということだ。
その後ひと眠りして体調が戻った私は、青年に案内され、村の中を少し歩く。
この村はどうやら山奥にあるらしく、村人は皆質素な暮らしをしているようだった。
転生の女神は「魔法と科学が共存した世界」と言っていたが、その要素を微塵も感じない、農業と林業が共存した村だった。
「良い村ですね。」
私がそう呟くと青年は少し照れながら私の方をチラチラと見ている。
何だ?と思ってじっと青年の方を見ると、彼は慌てて顔を逸らした。
窓に映った自分の姿を見てみる。
赤い髪と、相反する青の瞳。真っ白な肌、綺麗に筋のとおった鼻に薄い唇。
そして良い形の胸と少し大きめのお尻。
あどけなさもありながら、絶妙な色気も感じさせる造形。
違和感はあったが、恵まれた容姿だと思った。
ただ、服装は珍妙だった。
薄手の赤いシャツに謎の紋様が描かれた大き目のバックル。幾つかポケットのついた作業着のような薄緑のズボン。
どこでコーディネートしても、こんな格好にはならないはずだ。
牧歌的な雰囲気の村を歩いていると、突然、腰の曲がった爺さんが声を掛けてきた。
「フム。邪魔するよ。君が行き倒れていた美人さんだね。」
「村長!」
青年が身を竦めた。失礼な言い方だと思ったようだ。
私は、村長にも転生のことを話した。すると村長はふむ、と頷いた。
「あなた、名前は覚えてますか?」
村長が私に尋ねてきた。
「エリン。」
転生の女神から聞いた、私の名前だ。
「エリン・・・。名前はしっかりと覚えているね。」
村長が穏やかな笑顔で言う。
「夢の中で転生の女神から言われた名前です。」
「ふうむ。あなたは不思議だ。きちんとした言葉を話せるが、前世の記憶はない。転生者は前世の記憶を持っていることが多いが、そうでない場合は言葉も危うい。あなたの場合は転生したというより、まるで記憶だけを消されたような……」
村長はブツブツ言っているが、夢から覚めたような私には、まだ理解できない話だった。
「それよりも、何でこんな場所で倒れていたんですかねぇ。」
私は他人事のように言った。実際記憶がないので、昨日までの自分のことなど他人のようだ。
「もしや、あれでしょうか。」
「うむ、ワシもそう思ったところだ。」
青年と村長は頷き合った。二人で何やら話し合っており、完全に蚊帳の外だ。
暫くすると、二人はそのまま私と一緒に歩き出した。
「ちょっと見せたいものがあるんです。」
青年はそう言って、村の真ん中あたりに向かっていった。
二人に案内されていった先は誰かの墓だった。
大きな石碑の横にはわざとらしく大剣が刺さっている。
「これは500年前に世界を救ったとされる勇者バッドガイの墓です。そして、この剣こそが、この村に伝わる伝説の聖剣キラーバッドです。」
物騒な勇者と剣の名前だな!
「バッドガイが急逝してから、この剣は墓に刺さったまま誰も引き抜けないのです。」
「急逝って、最後は敵にやられたとか?」
「いや、急性アルコール中毒です。救世主が急性で急逝ってね!ははは。」
……剣の話はとにかく、勇者の最期がアル中って、なんだろうか、この世界は。
「バッドガイが死んでちょうど500年。あなたはこの剣を探していたのでは?」
「いや、違います。こんな大きな剣持てないし。」
「そんなこと言わずに、ささ、一度お試しください!」
なんだか必死な2人に押され、無理やり剣を掴まされた。
しかし、柄を握った瞬間、私の身体と剣が光った。
「ま、まさかこれは!」
そのままゆっくりと力を加えると、巨大な剣は嘘のように軽々と持ち上がった。
「おお!やはり、あなたこそ伝説の勇者!もしや勇者バッドガイの生まれ変わり!?」
村長は歓喜の声を上げた。気が付けば村人達が集まっている。
私にも理解できなかった。
自分の身体よりも巨大な剣が、右手一本で易々と振り回せる。
私は特に力が優れているわけではないし、剣は屈強な男性数人掛かりでも持ち上げられないほど重いにも関わらず、だ。
まさか本当に勇者の生まれ変わりなんだろうか。
でも、アル中で死んだ勇者の生まれ変わりっていうのもちょっとなあ……。
しかし、村人達のこの騒ぎようはなんだ?
「お願いします!勇者様!この村にやってくる魔物を退治してください!」
魔物!?
「聞いてませんが……」
そう言いかけた時、ドン、と地面が揺れた。
そして村奥の森からのそりと大きな影が動いた。
身の丈3m以上はある巨大なトカゲ男、リザードマンだ。
手には無骨な斧を持ち、鱗で覆われたいかにも頑丈そうな身体をしている。
「ぐっ……。また来おったか。」
村長が悔しそうに言う。
「また?」
「うむ、多いときは2日に1回は来る。」
こんな怪物がその頻度で来るってどんな修羅の国だよ!
「食べ物を出せ。」
低い唸り声を上げながらリザードマンは言った。
リザードマンの食べ物って何だ?昆虫?
「いやいや、人間ですよ。」
やだなーもー、みたいなノリで言われた!
「オラ化物!年貢の納め時だ!勇者エリン様の手に掛かればお前なんて歩くワニ革よ!捌かれる前に水浴びでもして身を清めとけや!」
「どんな煽り方だよ!」
ハイになった村人達は調子に乗りまくっていた。
怒った様子のリザードマンは私を睨みつけた。
「ひい!」
やらなければ殺られる!直観的にそう感じた私は、キラーバッドを構えて力任せにぶん回した。
「うおぉ!すげえ迫力!」
村人のテンションにリザードマンも面食らったようで、私から距離をおいた。
よし、やってみるしかない。
私「だあぁぁ!」
村人「「うおおぉ!」」
私「でええぇぇいい!」
村人「「おおぉ……」」
わたし「どりゃああ!」
むらびと「……」
所詮はただの素人。幾ら剣を振り回せど一向に当たらない。リザードマンは巨体の割に動きも俊敏で、身体能力は比較にならない。
あまりの惨めさに、村人達も冷めた目をしている。
そうしている内に、私は疲労で座り込んでしまった。
「そろそろ終わりか?」
へたり込んだ私を見て、リザードマンがゆっくり近づいてくる。
やばい。誰か助けてくれ!
縋るような気持ちで村人の方を見る。
「危ない!エリン様!」
村人達がそう言いかけた時、既にリザードマンは私の後ろに立っていた。
「へ……?」
ぐしゃっ。
鈍い音と共に頭に激痛が走った。声を上げるまもなく視界がブラックアウトし、音も聞こえなくなった。身体が痙攣し、すぐに止まる。一撃で頭部が砕かれたのが分かった。
この後食われるのか。
せっかく蘇ったのに、こんなにあっさり死ぬなんて。
「な、なんということ・・・!」
村人達は静まり返った。
その場にへたり込み、泣き崩れる者もいた。
しかし、残酷なリザードマンは収まらないようだ。
「気が変わった。次に死ぬのは誰だ?」
村人達が悲鳴を上げた。
リザードマンは私の死体を踏みつけ、村人の方へと歩を進めた。
あーあ……私は犬死か。
せっかく転生したのに。
ん?何かヘンだぞ。
さっきから声もめちゃくちゃ聞こえてるし、目も普通に見えてる。
何だったらさっきリザードマンに踏まれたとき、小さく「いてっ」って言ったからね。
どうやら私は生きているようだった。
砕かれた頭はいつの間にか元通りになっていた。
どうなってるの?
その答えを探す前に、今の状況が目に飛び込んできた。
私の手には聖剣キラーバッドが握られたままで、目の前には無防備なリザードマンの背中。
これは……
「さあ、次に死ぬのは誰だ?」
「お前だあああああぁぁ!!!」
と、言うなり、後ろから思いっきりキラーバッドを突き刺した。
「ぐはぁ!」
左胸を貫かれ、リザードマンは崩れ落ちた。
「ば、バカな!貴様死んだはず……」
「いや、私もマジで分からない!でもとりあえず、死んでください!」
言うや否や、キラーバッドを力任せに振り回した。
さすが聖剣というだけあって、屈強なリザードマンの肉体でも容赦なく袈裟切りだ。
「おのれ……だぼぅたっ!」
情けない断末魔を上げ、リザードマンはあっさりと地に付した。
「やった、やったぞ!」
倒れたリザードマンを見て私の手は震えていた。こんな私の力でも弱き者達を守れたのだ。
「流石は勇者エリン!やってくれると思ってました!」
沸き上がる村人ども。
まず調子に乗ったことを詫びんかい貴様ら!たまたま私が蘇ったから良かったものを。
そう言いかけて私は気付いた。
砕かれた頭はすっかり元通りになっていた。頭を触ってみてもカサブタ一つない。
不死身?どうなってるんだ私の身体は。
「え……?もう傷が治ってる……?」
村人達がざわつき始めた。
そりゃそうだ。頭を砕かれて死んだのにすぐに蘇るのなんて人間じゃない。
「人間じゃない。」
頭をよぎる言葉。
「人間じゃないよ、あなたは。」
誰かにぶつけられた言葉。
一瞬、意識が飛んでいたが、気が付けば村人達は皆怪訝な顔をしていた。
その視線に気まずさを感じ、私は視線を逸らした。
頭を砕かれて死なないはずがない。
そんなことは流石に分かる。
私の身体は。
私は。
何者なんだ?
「その驚異的な生命力と強さ、まさにあなたこそが伝説の勇者……」
え?
「この村には言い伝えがあるのです。世が荒れる時、全ての悪を滅ぼしてこの世を平定する勇者が現れると。」
雑な言い伝えだな!
「勇者様!あなたが来るのをお待ちしておりました!どうか世界を救ってください!」
村人達は跪いて私にお願いした。
「このような魔物達が跋扈しているのも全てはベルトリア王国のせいです。奴らは恐ろしい魔法で魔物どもを使役し、圧倒的な兵器を揃え、世を混乱に陥れているのです。」
「急に世界観が……ちょっとついていけないです。」
「勇者エリン、どうかお願いします!ベルトリア王国を倒し、この世に平和をもたらしてください!」
「伝説の勇者、不死身のエリン!」
いや、急に勇者などと持ち上げられても困る。
「だまし討ちのエリン!」
変な二つ名を付けるな!
「そうと決まれば、早速この村の秘宝をお渡しします!ささ、これをどうぞ。」
村長は自分の懐から光る星のような石を取り出し、私に手渡してきた。
「よっしゃあ!伝説の幕開けじゃあ!」
調子の良すぎる村人達は、驚異的な行動力で長旅に必要な服、食料、荷物を持ってきた。
「ええ……?」
私は何も分からないし、勇者になるなんて考えられない。
でも、断れる雰囲気ではなかった。
こうして、ただの雑魚の私は成り行きで勇者に祭り上げられ、悪の枢軸?である王国ベルトリアを目指すこととなった。




