第43話 運命の意味
ジュストとの話し合いを終え、私達は自宅に戻った。
簡単に夕食を終え、入浴を済ませてから早い時間にベッドに入った。
……なのだが、なかなか寝付けない。疲れているはずなのになあ。
「ねえ、レン。」
隣のベッドにいるレンに声を掛けた。
「はい。」
「眠れる?」
「ちょっと落ち着かないです。」
レンもまた目が冴えているようだった。
彼女にとっては辛い一日になってしまった。折角新しい家に来たのに。
「ごめんね。レン。」
思わず口をついた言葉に、レンが私を見つめる。
「エリンさんが謝ることなんて……。」
「ハルバートに行こうなんて言ってしまったから。」
「遅かれ早かれ、行くことになっていた気がします。帰国命令が出されたり、パウロ先生が現れたり、色々と不可解なことがありますし。」
「でも……」
「私のことを思ってそう言ってくれたって、分かっていますから。」
レンは柔らかく微笑んだ。
それだけで心が軽くなるようだった。
「優しいね、レンは。本当にすごいよ。」
「ええ?エリンさんがそれを言いますか?」
くすくすと笑いながらレンは言った。
「そうかなあ。」
「困っている人を放っておかないし、普段から大らかで何でも受け入れてくれますし。」
「レンの前だからじゃないかな。」
不思議そうにレンが目を瞬かせた。
「レンにかっこよくて優しいって思われたいだけかも。」
「ふふ。それだけで、こんなに戦えないですよ。」
「でも、そう思われたいのは本当。だって、レンにこっちを見てほしいから。」
自分でも大胆なことを言っている自覚はある。
「あ、あの……。」
暗くてよく見えないが、レンが慌てているのが分かる。
恥ずかしいと思っていても少しずつ歯止めが効かなくなってきている。
「いつも、見てます。」
恥ずかしそうな声が返ってくる。
「ありがと……。」
外から僅かに差し込む月光が、レンのシルエットを一瞬映し出した。
「あ……。」
思わず息を呑んだ。
頬を染めて、綺麗な目で私の方を見ていたから。
お互いに目が離せなくなっていた。
「……ねえ、レン。」
自分の心臓の音が高く鳴っているのが聞こえる。
「今日、一緒に寝ない?」
おかしなことを言っているのは自分でも理解している。
レンの身体がびくっと震えるのが分かった。
「あ、えっと、それは……。」
「眠れないの。レンと一緒にいたい。」
少し甘えるような口調で言ってみる。私の方がお姉さんなのに。
「そっちのベッドに入っていい?」
最近、レンと自然に抱き合うことが増えた。
ぎゅっとした時の安心感と幸福感。それに、抱き合うとお互いの身体がぴったりと収まる感覚。
そこがお互いにとって一番安らげる場所だと感じられる。
レンは緊張で固まっていた。
それでも、私と視線が交錯すると、ゆっくりと頷いた。
それを確認すると、身体を起こし、レンのベッドの横に立った。
レンは自分の身体を壁のほうに寄せて、スペースを作ってくれた。
「あ……」
ゆっくりとベッドにもぐりこむ。
お互いの体温が伝わり、思わず声が漏れた。
優しくて、温かい。
「あ、エ、エリンさん……あの……。」
レンは耳まで赤くなっている。
恥ずかしくて私の方を見ることが出来ないのかもしれない。
「こっち向いて……。」
耳元で囁いてみる。からかっているわけじゃない。
レンの甘い匂いを感じると、私もどこかおかしくなる。
もっと触れたくて、見つめ合いたかった。
レンがゆっくりと身体を回し、私の方を向いた。
可愛らしい顔が真っ赤になっている。
「……可愛い。」
正面を向いているのに、あえてレンの耳元で言う。
レンは目を瞑って、ぞくっと身体を震わした。
「今日のエリンさん、ちょっと意地悪……」
「ごめんね。でも、言いたいの。」
それも耳元で言う。
唇が耳に触れるくらいの距離で。
「レン、可愛い。」
レンが身体を震わせ、照れ隠しに私の胸元に顔を埋める。
ちょっと大きい私の身体に、小さなレンはちょうど収まる。
いつも隙間なく抱き合っているのに、ベッドの中にいると全く違うものに感じられた。
「エリンさん……っ!」
恥ずかしさからか、ずっと顔を上げられないレンの頬を撫でる。
滑らかで柔らかい感覚。
私の掌にレンが頬を寄せてくれる。愛情を感じられるこの行動が、たまらなく好きだった。
「私達、出会って半年くらい経つね。」
ふと思った事を言った。
「そうですね……。毎日ほんとに色んなことがあるから、あっという間ですね。」
「うん。大変なこともたくさんあったけど、すごく楽しい。」
「本当に……。私もです。」
レンがぎゅっとしがみついてきた。
「全部、エリンさんのお陰です。」
「また可愛いこと言う。」
掌にレンの唇が少し触れた。柔らかな感触に、またおかしくなる。
「ううん。本当なんです。私、エリンさんに会うまで……生きるのが楽しいなんて思わなかった。」
レンを撫でていた手の動きを止めた。
「レン……」
「生まれてからずっと汚い環境で育って、虐められて、死にかけて……いいことなんてなかった。」
レンは辛い過去を振り払うように、言葉を続けた
「ハルバートから逃げても、どこにも行き場なんてなかった。自分を好きになれないし、誰にも馴染めなかった。もう私が生きる場所なんてないのかなって思っていました。」
レンは思いを吐き出すように、さらに続ける。
「でも、ガイタンでエリンさんに会った瞬間、全てが変わったんです。話すだけで楽しくて、
笑ってくれると胸が幸せでいっぱいになって。……毎日過去のことを思い出して消えたくなっていたのに、エリンさんといると、そんなこと忘れていられるんです。そこから、他の人や、世界の見え方も全然違いました。」
アナンシと戦った時も、フェンリル・テネブラに襲われた時も、レンは自分を投げ出して私を守ってくれた。
あの時のレンは、何を思っていたのだろう。
今なら、少しだけ分かる気がした。
「私も一緒だよ。私なんて、転生してから毎日レンと一緒にいるんだから。レンがいない日なんてあり得ないもの。」
「私、本当にエリンさんに救われているんです。だから、今回ハルバートに行くのは辛いけど……エリンさんと一緒なら過去を乗り越えることが出来るんじゃないかって。そう思えるんです。」
レンは強い。
何度も酷い目に合い、生きようとする気持ちすら挫かれていたのに、こうして生きていてくれた。
「出会った日の夜さ、レンは私に会ったこと、運命みたいって言ってくれたよね。」
「はい。……勝手にそんなこと言って、迷惑だったかもしれないですが……。」
半年前のことを懐かしむように、お互いに微笑み合う。
「その言葉の意味を、その時は全く分かってなかったよ。もっと早く気づいてあげたかった。ごめんね。」
「エリンさんは、最初から私の気持ちに気づいてくれていました。こんなに幸せにしてもらって、本当に何て言ったらいいのか……。」
顔を上げたレンは、潤んだ目で私を見つめた。
一粒こぼれそうになった涙に、唇を寄せる。
もう一度、耳元に唇を寄せた。
「本当に可愛い。レン。大好き。」
こんなにも想い合っているのに、最後の一歩を踏み出せない。
レンを縛りつけてきた過去が、私たちの間にも影を落としている。
私が知らない過去。
悲惨な環境、虐め、戦場。
そして、パウロの偽物が言っていた……お腹の傷。
それらと向き合い、断ち切るために、私達はハルバートに行く。
そこにどんな思惑があろうとも。
大切な人を救いたい。
私とレンは強く抱き合ったまま、眠りについた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
エリンとレン、二人の関係も少しずつ変わってきました。
けれど、レンにはまだエリンに話せていない過去があります。
次回からは、いよいよハルバートへ。
二人はレンの過去と向き合い、乗り越えることができるのでしょうか。
引き続き、二人の旅を見守っていただけると嬉しいです!
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