第42話 過去を断ち切るために
パウロ(もどき)を撃退した翌日、私達はアデルを通じて、半ば強引にジュストにアポを取った。
執務室の椅子にふんぞり返った彼は、如何にも傲慢であるように振舞っていた。
「あの手紙はどういうつもり?」
出来るだけ冷静に話したつもりだったが、どうしても言葉に棘が出る。目の前にいる為政者は、そんな私の神経を逆撫でするように、薄ら笑いを浮かべていた。
「早く知らせた方が良いと思ってね。」
「何を……!」
前に踏み出そうとする私をレンが引き留める。
大切な人の顔が視界に入らなければ、掴み掛かっていたかもしれない。
……手前にいるアデルにぶっ飛ばされそうだけど。
「ハルバート政府から、あなたを帰国させるよう要請が来ている。」
ジュストの衝撃的な一言が、私とレンの思考を一瞬止めた。
「な、何で……?」
レンが言葉を紡ぎ出す。
「名目上は、あなたはまだ軍に籍があり、国家安全保障の任務を命ずるとのことだ。このままだと規律違反で強制帰国を命ずるとまで書いてある。」
「う、嘘です。もう退官しています。手続きも終えたし、正式な辞令ももらいました。」
レンが泣きそうな顔で訴える。
「私達にどちらが事実か判断する術はない。だが、あなたは先日、我が国への永住権を付与されている。ハルバート政府の要請に応じなくとも、我が国に留まることは可能だ。」
レンは私の方を見た。
不安が少しでも和らぐよう、優しく手を握った。
「偶然にも先日起こったマリア=デ=ラウエレス誘拐事件の犯人……パウロ=ディミタリスという男について調べた結果、あなたと師弟関係にあったことが判明した。帰国するか否か、判断するにも現在の状況について情報が必要だろう。故にパウロ=ディミタリスの件を伝えたのだ。」
「ほー。偉い人は、あんな文面でいきなり送られても動揺すると思わないもんなんスね。」
ボーンズの皮肉にも全く動じずに紅茶を口に運ぶ壮年の男は、静かに語り始めた。
もっともらしく言っているが、全く信用ならない。
「パウロ=ディミタリスは、ハルバートの魔術士官学校で補助魔法を教えていた。古典魔法の研究者でもあり、学生からの評判も悪くなかったそうだ。」
ただ事実を述べるだけで、何の感情も籠っていない。意図して抑揚のない声で話しているようだ。
「だが、パウロは1年前に死んでいた。ゾゾという地方の魔物討伐戦でね。これはハルバート政府の公式記録にも残っているし、何より多くの仲間達がその死に立ち会っている。享年34歳。間違いなく事実だ。」
その死に立ち会った一人がレンだったことは言うに及ばない。だが、そこからの話は私達では知り得ないものだった。
「だが、マリアの事件の犯人として姿を現している。さらに、おかしなことに、パウロは現在、魔術士官学校の講師として再任しているのだ。」
「嘘……!?」
レンが思わず声を上げた。
「本当だ。これはハルバート政府にも魔術士官学校にも確認が取れている。現在、魔術士官学校で講師を務めているパウロは「間違いなくパウロ本人である」と。」
「どういうこと?死んだのは間違いないんでしょ?」
「うむ。」
私が追及すると、ジュストはティーカップを机に置き、腕組みをした。
「公式な報告では、「死後、蘇生した」とのことだ。」
「な……?」
「不死身の君が驚くことかね?」
茶化すように言う男に対して怒りを抱く間もなく、彼は続ける。
「蘇生の詳しい経緯は明かされていない。だが、間違いないのは、この蘇生は政府や魔術士官学校といった巨大な組織が関与し、初めて死者蘇生に成功した例と聞いている。」
「そんな方法があるとしたら……何故パウロ先生のような……一介の教員を蘇生させたんでしょうか。」
ジュストは、レンの方を向いた。
「正確には分からないが、彼の経歴から最も推測しうる理由は……彼が秘密裏に禁術の研究を行っていたということだ。」
「禁術……。そんな……。」
レンが息を吞んだ。
「禁術って何スか!?」
「ハルバートとフルベングに封印されていると言われている、世界を崩壊させるほどの危険な魔法だ。」
「そんな危険な魔法がこの世にあるなんて……。」
ボーンズがサリーと目を合わせた。
「私が恐れているのは、ハルバートが禁術を復活させようとしているのではないかということだ。実際、過去に政府直轄で研究プロジェクトチームが組織されて、国際的に問題になったことは分かっている。」
「もしかしてパウロ先生もその一人だったのでしょうか……。」
「それは不明だ。だが、彼の研究に資金を出していたのは政府の関連セクターだったようだ。政府と関りはあったのだろうな。」
知り得なかった恩師の陰の姿に、レンはショックを隠せないようだった。
「何でハルバートは、レンを帰国させたいの?」
聞いた私の方は向かず、ジュストはレンに視線を合わせた。
「軍師として復帰させたいのではないか。」
軍師?
「パウロ=ディミタリスを調べる過程で、あなたがパウロの教え子で、かつハルバートの特命軍師という極めて重要な立場だったことが分かった。」
「特命軍師……ってどれくらい凄いんスか?」
そう言った瞬間、ボーンズは悪意なく聞いたことを後悔するように手を振った。私は俯くレンの頭を抱きかかえた。
「軍師というのは、ハルバートの重要戦略を決定する高位の職位だ。特任というには期限付きの臨時のものだが、若干14歳でその地位に就くのは極めて異例。飛びぬけて優秀だったというのがよく分かる。」
「……そうじゃないんです。」
レンがぼそりと呟いた。
「ハルバートの内部事情に詳しいんだね。」
私の挑発的な言葉に、ジュストは片方の眉を吊り上げた。
「ハルバートは技術革新が進む一方、戦術のアップデートは出来ていない。だから彼らは魔物討伐に苦慮している。だからあなたを連れ戻したいのではないか?あなたが在籍していた時は負け知らずだったらしいからね。」
もしかしてレンは物凄い人なのかもしれない。
私は驚きと感心を覚えていた。だが、レンの表情は浮かない。
「私が凄かったんじゃないです……。そんなこと分かっているはずなのに。」
レンは俯いたまま、私の手を握った。
「あの時は、他に誰もいなかったから……。」
その声は、今にも消えてしまいそうだった。
「まあ構わない。あなたが我が国に留まることは可能だ。だが、ハルバート政府の要請を無視すれば、両国の関係に影響が出る可能性がある。それは理解してもらおう。」
国家として関係を維持するためには、ハルバートの要請に応じるということだ。
言葉はどうあれ、レンの事情など尊重するつもりはないということ。
レンのことを調べていたのも、パウロもどきがジュストの手紙のことを知っていたことも、全てはハルバートと繋がっていることの証左だ。
私は怒りを呑み込み、レンとアイコンタクトを取った。
レンも恐る恐る頷いた。
「ハルバートには行くよ。」
ジュストが少し驚いた表情を浮かべた。
「レンと話し合って決めたんだ。」
レンの手を強く握った。
ベルトリアのためなんかじゃない。まして、ハルバートなんてどうでもいい。
レンを苦しめる過去を断ち切るため。
そのために痛みを伴うことは覚悟している。
「そうであれば話は早い。アデル。」
想定していたようにアデルは頷いた。
「彼女達の力になってくれ。」
「うむ。露払いの役は引き受けよう。」
え……?
「兄さん、まさか一緒に来るんスか?」
「左様だ。何かあった時、ハルバートの関係者は表立って行動できまい。私はハルバートとの関係など
気にせぬからな。」
……ガイタンでぶっ飛ばされて数カ月。
まさか、この人とパーティを組むことになるとは思わなかった。
いや、強さは申し分ない、というか強すぎるくらいなんだけど……どうしてもガイタンの記憶がよぎる。
「なんか、やだ。」
そんな私の思いに気づかず、アデルは既に私達の横に並んでいた。
「うむ。違和感がない。流石はだまし討ちのエリン氏。勇壮さは噂に違わぬ。」
小さくて可愛いレン、そこそこ大きい私、中年体形のボーンズ、そして2m超えの全身重鎧の剣士。違和感しかないパーティだ。
「必要なものは準備しよう。武運を祈る。」
レンが私の手を強く握った。
私は、最も大切な人にとって、辛い道を選んでしまった。
ハルバートではどんなことが待ち受けているのか分からない。
これでよかったのか。
もしかしたら、レンが傷つき、私は一生後悔するのかもしれない。
それでも、私は進まなくてはいけなかった。
レンの過去を知り、彼女を縛るものから断ち切らなくてはならない。
その時にこそ……
私は強くレンの手を握り返した。
読んでいただき、ありがとうございます!
今回は、会話が主体の回ですが、この世界のおかしさを薄ら感じる回だったと思います。
気になった場面があれば、ぜひ作品を楽しむ際の参考にさせてください。
引き続き、二人の旅をよろしくお願いします!




