第41話 愛と、過去と、マデリーンと同じ言葉
※お時間がありましたら、第27話を先に読んでいただけると幸いです。
運命は残酷だ。
運命は人を望まぬ道へと導くこともある。
「レン……。」
震えるレンの身体を強く抱きしめた。
まるで縋りつくように私にしがみついている。
「パウロ=ディミタリスって……知っている人?」
レンは顔を上げて頷いた。
「私がハルバートにいた時にお世話になっていた先生です。」
「唯一の理解者って……?」
私の胸には、自分が知らないレンの過去の繋がりへの嫉妬、あえて犯人をレンに伝えたジュストへの怒り、手紙を開けさせた自分への後悔など、様々な感情が去来した。
レンの「唯一の理解者」。
パウロって奴が何物かよりも、その一言にたまらない気持ちになった。
「……上手くいかなかった時に、よく助けてもらった人ですが、書き方が大袈裟だなって。」
……それだけ?
「本当に?」
「え?」
「それだけなら、何でそんなに動揺するの?」
情けない。
嫌な気持ちを誤魔化すようにレンを強く抱きしめる。
「ごめん。ごめんね……嫌なこと言ってる。忘れて。」
レンがハッと気づいたように私の頭を撫でた。
「ごめんなさい!言葉が足りなかったですね……。」
私の不安を感じ取ってくれたのか、レンが落ち着くようにぎゅっと抱きしめてくれた。
背の高い私の頭に手を伸ばし、あやすように撫でてくれる。少しだけ気持ちが落ち着いた。
「私、魔法が下手だったんです。それに……色々上手くいかない時に、いつも相談に乗ってくれた先生なんです。」
「うん……。」
「唯一の理解者って大袈裟だけど……でも、確かに魔術士官学校の時は他に相談できる大人がいなかったから、凄く感謝していて、恩師と言える人だなって思っています。」
「そうなんだね。」
でも、とレンは付け加えた。
「……パウロ先生は、亡くなっているんです。」
え?
思わず私は顔を上げた。
「ゾゾという国の守護に当たった際、魔物と戦って亡くなってしまったんです。私も同じ戦場にいたし……葬儀に参列しましたから……間違いないです。」
「じゃあ、この情報って……?」
「分かりません。ジュストさんが何故こんなことを言ってくるのか……。でも、すぐに分かる嘘は言わないと思うし、もし本当だとしたら、何で生きているのかって。」
レンは俯いて目を伏せた。
全てにおいて謎しかないが、一番簡単な道はジュストから説明を聞くしかないということだ。
その時、インターホンが鳴った。
私達は目を合わせる。
警戒しながらモニタを見ると、ボーンズとサリーの姿が見えた。
ほっとして、部屋に二人を招き入れようと玄関を開けた。
「な……?」
開けた瞬間、そこに立っていたのは、真っ黒なローブを纏った男だった。
その肩には意識をなくしたボーンズが抱えられている。
「ボーンズ!」
私は一歩下がり、キラーバッドを手に取る。
「お待ちください。この方はお返しします。」
男は慇懃な口調で言うと、ボーンズを玄関に下ろした。
「立ちはだかってきたので、少し黙っていただきました。」
「誰……あんた?」
私はキラーバッドを構えながらも震えていた。
目の前にいる男は、極めて穏やかな話し方なのに、何か腹の底から冷えてくるような不気味な恐ろしさを感じた。
「……パウロ先生……?」
後ろからレンの震えた声が聞こえた。
振り返ると、恐怖で青ざめたレンがいた。
私は下がり、剣を構えながらレンの腰を抱き寄せた。
「レン君。久しぶりですね。」
パウロはフードを脱いだ。
銀色の髪を短く切り揃えており、丸い黒縁のメガネ、そして穏やかな笑み。
知的な話し方も含め、落ち着いた人物だということが分かる。
だが、その声を聞く度に、私は身体が震えるような恐ろしさを感じた。
「どうして先生が……生きているんですか……?」
その問いには答えず、パウロは笑うのみだった。
レンの怖がる様子を見て、パウロは口を開いた。
「あの手紙を見ましたか?」
「……お前!ジュストとグルなのか!」
「誤解のないように。私はベルトリアとは関係ありません。ただ、あの男が「こうするであろう」ということを知っているだけです。」
少なくとも、ジュストのことは知っている。
「あの手紙が本当だとしたら、何故マリアを攫った?そしてジュストは何でそれをレンに知らせてきた?」
私の問いにパウロは答えずに笑うだけだった。
「レン君、魔法は勉強しましたか?」
私のことなど見向きもせず、レンに穏やかに話しかける。
レンは意を決してパウロの前に立った。
「先生は、聞いたことには答えてくれました。……どんな、嫌なことでも。」
「私は良いことをしているのです。」
「何があったのですか……?」
「さあ、帰りましょう。」
言葉は通じるのに会話が成り立たない。何か恐ろしいものが前に立っているような気持ちになった。
「あなたの故郷はハルバートです。そして私の故郷でもある。帰りましょう。」
パウロはそう言って、レンに向かって手を差し伸べる。
「嫌です!絶対に帰らない!」
レンの強い口調。
私も初めて聞くような嫌悪感の籠った声。
「いい加減にして。お前、何考えてるの?」
私はレンを引き寄せ、パウロの眼前にキラーバッドを突き付けた。
「魔力が弱いですねぇ。どうしたんですか?レン君?」
まるで私のことを無視してパウロは首を傾げた。
「怠けていたんですか?以前よりずっと弱くなっている。だからハルバートを出るべきではなかったのに。」
「さっきから……話にならないよ。」
レンを連れてその場から逃げようにも、倒れているボーンズを放っておくわけにはいかない。
パウロは続けた。
「レン君。このままではハルバートは滅びます。なのに、あなたは何をしているのですか?特任軍師だというのに。」
「……もう違います!私、魔術士官学校は辞めたんです!」
「そんなに弱くなって……お父様もお母様も嘆いているでしょうね。」
もう完全に言葉が通じない。
「そうか!」
突然パウロが手を叩いた。
「関係なかったですね。あなたの家は奴隷でしたから。」
瞬間、レンの表情が凍り付いた。
「ふざけるな!」
私はキラーバッドの側面でパウロを殴りつけた。
しかし、見えない防壁が剣を防いだ。
「なっ……。」
パウロは全く動じない。私のことなど視界にないように続ける。
「だから虐められていましたね。」
「や、やめて!」
レンが泣きそうな顔でパウロに訴える。
「魔法が下手で、みんなの足を引っ張っては、踏みつけられたり、物を壊されたりしていましたね。可哀想に。いつも君は身なりが汚かった。貧しい家に生まれたのだから仕方ない。今は随分清潔になりましたね。」
「止めろよ、この野郎!」
私は怒りに任せて剣を振るった。しかし、パウロの防壁は、私の剣を全く通さない。
これほどまでに嫌悪感を感じたことはなかった。
……それと同時に、恐怖を感じたこともなかった。
「でも良かったじゃないですか。無能な者達は皆死んだのですから。」
ニコニコと笑顔を浮かべたまま、パウロは続けた。
人間と向き合っている気がしない。
「何者」なんだ、こいつは。
レンは耳を塞いで、頭を横に振った。
「あなたはパウロ先生じゃない!先生の外見で、先生の記憶があっても、絶対に先生じゃない!」
レンが強い言葉でパウロを否定する。
明らかにパウロはおかしい。人格が変わったとかではない。
少なくともレンに恩師と言われるような人間とは、同じ人間ではなかった。
パウロは笑った。
「お腹の傷は治りましたか?」
……傷?
そう言った時、レンが私の方を見た。
涙を流し、苦痛に歪んだ表情だった。
「いやだぁ!」
レンは家の中に逃げようとした。
「レン!」
「ハルバートに来ませんか。困りましたね。でも、そうはいきません。私はハルバートを救うために来たのだから。」
そして、パウロは魔法を唱えた。
ボーンズの身体が浮き上がった。
「ボーンズ!?」
サリーがボーンズの身を守るように包んでいる。
「人質など取りたくないのですが仕方ない。あなたがハルバートに来るというなら返しましょう。レン君。」
「う、嫌だ……嫌だよぉ……。もう嫌だ……。」
レンはその場にしゃがみ込み、泣いてしまった。
私はレンの前に立ち、パウロを睨みつけた。
「許さない。よくもレンを…。」
パウロの目に私は入っていない。
「さあ、レン君。」
「回帰≪リグレッション≫」
私が言った瞬間、ボーンズは元の場所に戻った。
「おや……?」
ボーンズの身体が元に戻ったことが不思議だったのか、パウロはようやく私のことを認識したようだった。
「あなたは?」
「消えて。」
ある考えから、私は回帰≪リグレッション≫を唱えた。
すると、パウロの身体は崩れ、土に還った。
「待っていますよ。レン君。それまでは何度でも来ましょう。」
そう言い残し、パウロの形をした物は消えた。
違和感の正体が分かった。
パウロはやはり死んでいるのだ。
ここにいたのは、パウロの姿をした何か。
誰かがパウロの姿と記憶を使い、レンを追い込みにきた。
おそらく、この「パウロもどき」は一人ではない。マリアを攫ったパウロがいたように、幾らでも替えがいる。
一体誰が、何のために。
「レン!」
私は蹲っているレンの元に駆け寄り、背中をさすった。
「エ、エリンさん……。」
レンは泣きながら、私の腕に縋りついた。
「あ、あんな話、聞かないで。」
「大丈夫。レン。落ち着いて。」
「わ、私、もうおかしくないですから。大丈夫ですから……。」
レンの言葉の意味が分からなかった。だが、酷く怯えた様子のレンがいたたまれなくて、私はレンを抱きしめた。
私は拳を握った。
許せない。絶対に。これまでにない程、怒りを覚えた。
よくもレンを。
私の大切なレンを苦しめた奴らを。
「人間じゃない。」
頭をよぎる言葉があった。
最初の村で、リザードマンを倒した時に聞こえた声。
「人間じゃないよ、あなたは。」
全部、ぶっ潰してやる。
「レン、ハルバートに行こう。」
私の言葉に、レンが顔を上げる。
溢れる涙で頬を濡らしていた。
「い、嫌です!」
「このまま居ても、こいつは絶対に何度もやってくる。何でかは分からないけど、目的はレンをハルバートに連れていくこと。何があるか分からないけど、黒幕を潰すしかない。」
「で、でも、私、ハルバートには……行きたくない!」
「レン……。」
胸が痛い。
本当は私もレンが苦しむことはしたくない。
でも……。
私はレンの身体を引き寄せた。
「私がいるから。」
「う……エリンさん……。」
「今のレンには私がいる。約束したよね。絶対に守ってみせるって。」
「う、うう……怖いんです。」
身体を震わせるレンの頬を私は両手で優しく包んだ。
「私、ハルバートに戻ったら、ま、また頭がおかしくなってしまうかも……って」
また……?
「レンは大丈夫だよ……。」
「わ、私、もう汚くないし、服も、頭もきちんとしています。ま、魔法だって頑張って、それに、戦場にだって出てない。な、何にもおかしいことしてない。」
レンは自分に言い聞かせるように訴える。
「レン……!」
「惨めな思いをしてたの、あ、あなたにだけは知られたくなかったのに……先生の……ば、ばかぁ……。」
レンはボロボロと涙を零した。
その身体を強く抱きしめた。
そして、レンの柔らかい頬に唇を寄せた。
少ししょっぱい、涙の味がした。
「エリンさん……?」
レンが驚いて私を見る。
「もし、ハルバートやベルトリアが悪いことを企んでいて……レンを苦しめるんだったら、絶対に許さない。私の大切な人を苦しめるような世界なら……」
私は怒りに震えた。
貴女をこんなに苦しめるものは何?こんなにも大切な貴女を。
許さない。
絶対に。こんな世界……。
「私が壊してやる。」
自分の口から溢れたその言葉は、自分の言葉ではなかった。
―それはまるで―
お読みいただき、ありがとうございます。
何だか不穏な感じになってしまいました。緩い時間が戻ってくることを願って。
二人のやり取りや、気になった場面があれば、ぜひ作品を楽しむ際の参考にさせてください。
引き続き、二人の旅をよろしくお願いします!




