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壊れた世界の還し方〜不死身のエリンと、癒しのレン〜  作者: 佐藤 要


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第40話 運命は安らぎを与えない


「……本当にこの家?」


 私達が与えられた家は、3階建ての大きな家だった。

 閑静な高級住宅街の中にあり、駅やクイーンズパークの中央通りにも近く、利便性は最高だ。築年数は少し経っているが、周囲に引けを取らない立派な家だった。


「でっか!」

「玄関が2つあります?」

「二世帯住宅ってやつっスね。片方はエリン姐さんとレン姐さん、もう片方が俺とサリーの家でどうっスか?」


 早速家の中に入ると、清掃が行き届いており、家具も置かれていた。使用感があることから前の家主が置いていったものかもしれない。


「あ、ベッドもある!」


 布団は敷いていないが、マットレスは清潔で寝そべっても問題なさそうだ。


「家具も素敵ですね。一枚板のテーブルなんて初めてです。」

「お風呂も広いよ!」

「寝室にリビングにキッチンに……空き部屋が2つもあります。」


 レンは家の中を見回して感動していた。


「見て。ティーカップセットがあるよ。」


 立派な食器棚の中には多くの食器が入っていた。

 アンティークのような物もあり、本当に家主がそのまま置いていったかのような感じだ。

 お茶なども準備されていた。至れりつくせりだなあ。


「水も電気も通ってるし、やかんもあります。コーヒーか紅茶でも淹れますか?」

「私、カフェオレで!」

「ミルクは流石にないですよ。」


 レンが笑いながら答える。

 少し大きめのテーブルに座り、二人でお茶を飲む。窓からは庭が見えた。


「庭も広いね。」

「お花を植えたいですね。」

「いいね~。毎朝水あげて、ガーデニングして、ゆっくり朝ご飯……最高だね。」

「素敵ですねえ……。」


 レンがしみじみと言った。


「なんか、このままベルトリアに永住してもいい気分だね。」

「そうですね……。」


 そう言って笑ったレンの顔は、少し儚く見えた。


「憧れてたんです。こんな素敵な家に住むこと。」


 レンが外を眺めながら言った。

 遠くを見つめているような気がした

 それは貴女の過去の事?

 ハルバートに住んでいた頃のこと?


「ねえ。」


 レンの視線が私の方に向き直る。

 過去のことを聞きたかったが、流石に躊躇った。


「たまに私よりレンの方がお姉さんみたいな時あるよね。」

「ええ?そうですか?」


 レンは驚いたように笑った。


「エリンさんは転生して間もないからそんな風に見えるかもしれませんが……。」

「ううん。博識だし、何でもできるしさ。」

「大したことできないですよ。」


 わたわたと手を振ってレンが否定する。


「ううん。凄いよレンは……。」


 何となく歯切れの悪い私を見て、レンは何となく察したようだった。


「ハルバートのこと、気になりますか?」


 少し寂しそうな顔だ。何となく、話しづらいな。


「怪しい要素が多すぎてさ。魔工兵器、マリア、刑務所に来た男……それにジュストも。」

「……そうですね。」


 レンの口調が重くなった。


「ハルバートとベルトリアが、裏で繋がってて何か良くないことをしようとしてるのかなって。」


 黙ったままレンは頷いた。


「このままで大丈夫なのかなって、そう思ったんだ。」


 僅かな間、沈黙があった。

 レンと二人で過ごす時間で、こんな瞬間はなかった。


「エリンさんは……」


 レンが口を開いた。


「ハルバートに行きたいですか?」


 寂しそうな声。

 優しくて柔らかいのに、重たい気持ちが乗っていて、返答が躊躇われる。

 

「いや、行きたくないよ。」


 できるだけ軽く言ってみる。

 ある意味本心だった。

 レンが驚いている。


「家をもらって、このまま暫くゆっくりしたい。お金もあるし。新しい生活を楽しみたいし。でも、その一方で、放っておいていいのかって気もしてる。」


 今更嘘も吐きたくないし、私は、レンには誠実にいたい。


「でも、レンにとって苦痛になる道を選びたくはない。だからハルバートには行きたくない。そういうこと。」


 私の言葉に、レンは少しだけ笑った。


「……ありがとうございます。」

「まずは、ベルトリアで色々調べてみようかなって。新しい生活を楽しみたいし。ゆっくりやりたいよね。」


 私の提案にレンは嬉しそうに頷いた。



 その時、玄関のインターホンが鳴った。

 

「ん?誰だろう。……あっ。」


 モニタを覗き込んで、私は思わず声を上げた。


「どなたですか?」

「……レンのファンだよ。」


 私は苦々しい顔を浮かべた。レンは首を傾げていた。



----------------------------------



「この度は、ご転居おめでとうございます。」


 長い金髪を揺らし、端正な顔立ちの男は、テーブルに腰かけて紅茶を飲んだ。

 

「ライエルさん、わざわざありがとうございます。」


 レンが頭を下げた。


「ども。」


 私は軽く会釈をした。

 レンに告白したこの男は、どうにも許せないものがある。

 振られたとはいえ、こうして家までやってくるのだから、まだ好意を持っているのは明らかだ。


「お二人とボーンズさんのご活躍は父から聞きました。素晴らしい功績だったと。」

「こちらこそ、立派な家や報酬をいただいて、感謝しています。」


 レンは笑顔で言った。ライエルも笑い返す。

 ねえ、レン、そんな顔したら勘違いするでしょ?


「何しに来たの?」

「エリンさん?」


 ぶすっとした私の態度に、レンが驚いて振り向いた。


「ベルトリアの永住権を得たと伺ったので、新居のお祝いに来ました。」

「そりゃどうも。」

「エリンさん……どうしたんですか。」


 レンが小声で心配そうに言う。

 貴女のことがあるから、なんだけど。


「ライエルさんは、お父さんと一緒に働いているのですか?」

「ええ。秘書のようなものです。と言っても、父は多忙ですから、何人も秘書がいますし、私にはあまり多くを話してくれませんが。」


 ライエルは少し複雑そうな顔をしていた。


「そのお陰で少し余裕があるので、ヒーラーとしての活動は続けています。」

「そうなんですか!それは良かった。」


 レンがぱあっと笑顔になった。

 ああ、もうイライラする!


「ジュストさんに言っておいてよ。約束はちゃんと守れって。」

「それは何かあったのですか?」

「テロの協力者を捕まえたらマデリーンの手記を見せると言ってたのに、結局見せれないって言ってたんだよ。」

「そうでしたか……それは父が失礼を。」

「ライエルさんが謝ることじゃないですよ。」


 レンが、私とライエルを交互に見ながら、慌てて言った。


「そのせいでしょうか。私がお二人のところに行くと言ったら、父が手紙を渡してきました。」


 ライエルはカバンから手紙を取り出した。


「手紙?」


 私とレンは眉を顰めた。

 そして手紙の宛名を見て驚いた。


「……私宛ですか?」

「ええ。何故かレンさんに、ですね。」


 謝罪やマデリーンの手記に関することではないのも。

 何だか嫌な感じだ。


「開けてみても良いのでしょうか。」

「私が帰った後にしてほしい、と父は言っていました。」


 ますます怪しい。何を考えているんだ?


 私はハッと思った。

 まさか……。レンにライエルの下に来いとか言うんじゃないだろうな。

 権力を使ったり、人質を取ったりして断れない状況を作って。

 あいつならやりかねない。

 許さん……。


「今すぐ捨てよう!その手紙!」

「エ、エリンさん!?」

「おかしなことが書いてあったら……許さん……。」

「エリンさん、落ち着いてください!」


 レンが困った顔をしていた。

 うう、私にはそんな顔をするの?


「エリンさん。心配しなくても大丈夫ですよ。貴女には勝てないと思っているので。」


 ライエルは達観したように微笑んだ。

 こいつ……?何言ってんだ?


「さて、私は帰らせていただきます。」

「申し訳ありません。落ち着かなくて。」

「いえ、今日は時間も限られているし、唐突に来てしまい、申し訳ありませんでした。またあらためてお伺いします。」


 そう言って、ライエルは頭を下げて帰って行った。


「エリンさん、どうしたんですか?」


 レンが困惑したように言った。


「……あいつ、レンのこと好きじゃん。」


 レンに背中を向けて、私は言った。

 ああ、胸がモヤモヤする。


「……え?」


 レンの驚いた声が聞こえた。


「どうして……」

「そんなの見てれば分かるよ。」


 嘘だ。

 本当はあの時、覗き見ていた。

 何がレンには誠実にだ。自分のことを振り返って嫌になる。


「だからイライラするんだよ。」

「エリンさん……」


 嫌な気分にさせちゃって。

 こんなこと言いたくないのに。


「……ごめん。」


 そう言った時、後ろからレンが抱き着いてきた。


「ううん。嬉しいです。」


 レンが頭を私の背中に寄せた。


「エリンさんが、私のことで、ちょっと心配になってくれて。」

「ちょっとどこじゃないよ。」


 身体を回して、レンと正面から向き合った。

 真っ赤な顔をしたレンは、とても愛らしかった。

 堪らなくなり、そのままぎゅっと抱きしめた。


「レンが他の人に笑顔を向けるのも、私ほんとは嫌だもん。」

「エリンさん……可愛い……。」


 レンが抱き返してくる。

 可愛くてたまらない、といった感じで。

 なんか、私の方が子ども扱いされてない?


「大人げなくてごめん。でも、レンのことだけだから。こんなになるの。」


 レンのことを考えると、本当に他のことを考えられなくなる。

 良くないな、と思うんだけど。

 顔を赤く染めたレンは、目に涙を浮かべていた。


「……私なんかに、そう言ってくれるなんて、エリンさんみたいな、素敵な人が……。」


 レンは言葉を紡ぐのにやっと、といった感じだ。

 何故こんなに魅力的な子が、こんなことを言ってしまうのだろう。

 私には不思議でならなかった。


 聞きたいけど、何故か聞けなかった。言葉に出来ない分、強く抱きしめた。

 


 暫く抱きしめ合った後、ふと机の上に置かれた手紙のことを思い出した。


「開けてみる……?」


 そっと身体を離し、手紙を見る。


「一応、見てみましょう。」


 レンが丁寧に封を切り、中から手紙を取り出した。

 便箋一枚。しかも半ページにも満たない、極めて短い文章だった。

 大したことない内容なのか。


 しかし、レンが文書に目を通した瞬間、すぐにそうでないと分かった。


「え……?」


 レンの表情が一瞬で青ざめたからだ。

 手紙を受け取り、私も見てみる。


『マリアを攫った犯人の正体が特定された。パウロ=ディミタリス。元魔術士官学校の講師。』


 最後の一文を見て、その意味が分かった。


「ジュスト!あの野郎!」


 私は怒りの声を上げた。

 手紙を見たことを後悔した。やはり捨てておけばよかった、と。


 震えるレンの身体を抱き寄せた。

 熱を失っているように冷えた手で、私にしがみついた。




『君の唯一の理解者だ。』


お読みいただき、ありがとうございます。

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