第38話 貴女に触れたい
セント・ウォールのテロから数日後、ボーンズは、首都クイーンズパークの郊外にある刑務所を訪れていた。
厳重な警備の中、ガラス戸を挟んだ向こう側には両腕が拘束された男が座っている。
「やあ、気分はどうだい?」
ボーンズは軽い調子で聞く。
その男―セント・ウォールの首魁であるアラン=グラスナーは苦笑いを浮かべた。
「命を奪い合った相手に言う言葉とは思えないな。」
「まあ、そうっスね。」
へらっと笑うボーンズを周囲を取り巻く刑務官が睨んだ。
「腕が拘束されているから全く快適じゃない。独房だから他の囚人と関わることは少ないが、今日は刑務官に軽く足蹴にされたよ。」
「まあ、刑務所に快適さを求めてもねえ。」
「全くその通りだな。」
そう言って二人して笑い合った。
「まあ、今日来たのはさ、あんたに聞きたかったんだ。何でこんなことしたのかってね。」
アランは周囲を見渡した。数人の刑務官に囲まれ、下手なことを言えば今にも取り押さえられそうな雰囲気がある。
「ちょいちょい、こっちは元老院ジュスト=フォンテューヌの許可を得てるんだぜ?」
ボーンズがそう言うと、刑務官達はアランから一歩距離を置いた。
「不思議な奴だな、あんたは。」
アランはそう言うと、椅子にもたれながら話し始めた。
「ベルトリアにいる時は正しいと思っていたことが、外に出たら反対だった。俺達が誇りに思っていた政策は、汚らしい同化政策だった。」
「マテリアデリカのことっスね。」
「ああ。その結果生まれたメルトはこの世の地獄だ。あの町を解放しなければ俺はベルトリアに誇りを持てない。そう思ったからだ。」
「気持ちは多少分かる。俺もリンデールの出身で、ベルトリアには思うことがあるからね。」
刑務官が睨むのも気にせずボーンズはそう答えた。
「だからと言って、ここまでするかい?今回のテロで50人以上死んだそうだ。町も軍も多大な被害を受けた。」
「そうだな。俺もやりたくはなかった。本音だよ。だが、顛末はこのとおりだ。なあ、あんた名前は?」
「ボーンズ。こっちは妻のサリーだ。」
サリーはアランに厳しい視線をぶつけていた。
「はは。天使はあんたの妻か。それなりの過去があるんだな。」
「まあね。でも、俺は実は少しあんたのことを疑っててね。」
「何?」
前のめりになったアランに対し、ボーンズも身体を曲げて話す。
「あんだけの魔工兵器をどうやって手に入れたんだい?」
アランはにやりと笑った。
「トップシークレットだ。」
ボーンズも笑い返す。
「あのマリアって女が魔工技師だってのは分かった。だが、アストラル砲に大量のアームド・スーツ。ハルバートの中核技術をそんなに手に入れるなんて普通じゃ考えられない。それにマリアって奴の持ってたサイレントブラスターは、どこにも実装されてない代物だそうじゃないか。」
「何が言いたいんだ?」
アランは笑った。もはや公然の事実を隠しても仕方がない、と言った表情だった。
「あんたらのバックには魔術国家ハルバートがいる。」
ボーンズの責めるような視線にアランは笑って答える。
「面白い妄想だ。」
「誰だってそう思うさ。少なくとも元老院はとっくに目をつけてる。」
「知らないね。俺はマリアから受け取っただけだ。」
「ベルトリアとハルバートが戦争になったらどうする?」
アランの表情から笑みが消えた。
「ハルバートが魔工兵器なんてものを実装化し始めた理由は知ってる。」
「ベルトリアやフルベングに勝つためか。」
「そんな愚かなことじゃない。」
刑務官達の目が一層厳しく光った。しかし、アランとボーンズは構わず続けた。
「彼らは竜に備えている。」
「はあ~?」
ボーンズは思わず間の抜けた声を上げた。
「ハルバートは太古に竜に滅ぼされかけた。その竜は魔法で封じられているが、いつ封印が解かれるか分からない。だから彼らは兵器を強化している、ということだ。」
「酔狂すぎて笑えますわ。」
「まあ信じる信じないは自由だ。俺も半信半疑だがね。だが、彼らは本気だ。」
「真実であれ嘘であれ、あんたらに魔工兵器を流した理由にはならないね。」
アランは溜め息を吐いた。
「すぐにベルトリアも実装するさ。それにベルトリアとハルバートは戦争になんてならない。表立っては対フルベングで一致しているからな。むしろ今回のことを切欠にハルバートは詫びにベルトリアに技術を流すかもしれない。」
「希望的観測っスね。あんたらのせいで戦争になったら愛した祖国が滅びるかもしれない。」
「変わらないようなら滅びればいい。」
二人は暫くガラス越しに睨み合った。
先に顔を伏せたのはボーンズだった。
「はあ……そうなったら止めるしかないか。」
あっけらかんと言うボーンズに、アランは目を瞬かせた。
そして声を上げて笑った。
「成程な。」
刑務官が時計を持って近づいてくる。面会の時間を終える合図だった。
「執行はいつだい?」
「さあな。でも早いだろう。」
「そうか。」
ボーンズは立ち上がった。
「また来るよ。」
そう言って振り返った。アランが再び牢に戻っていく音を背中で聞きながら。
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テロの後、暫くの間クイーンズパークの中央通りは閑散としていたが、少しずつ賑わいを取り戻しつつあった。
ちらほらと露店が見えたり、通常営業している店が増えてきた。
私とレンは、まだ人の少ないカフェの一角でお茶を飲んでいた。
「至福だ~。ここ数日忙しかったからなあ。」
コーヒーを飲みながら私は椅子にもたれかかった。
「テロの後も、聞き取りとか復旧や回復のボランティアで大変でしたね。」
レンは行儀よく座りながら紅茶を飲んだ。
「外はまだ人少ないねぇ。徐々に増えて来ている感じはするけど。」
「クイーンズパークに来てから人の多さに慣れてきたからでしょうか。」
「数カ月前は山の中だったのにな。」
そう言いながら二人で笑った。
穏やかな時間だ。
嘘だ。
全然穏やかじゃない。
あの日以来、私は何かおかしい。
こうしている時でもずっと胸がドキドキしている。
気が付けばレンの唇ばかり見ている。
ピンク色で、レンの真っ白な肌とのコントラストが美しい。
触ってみたい。
それだけじゃない。
もっと……どうしたいんだろう。
「エリンさん、大丈夫ですか?」
レンが心配そうに見てきた。
「いや、大丈夫なんだけどね。」
今だけじゃない。ここ数日の私の奇行ぶりをレンは心配している。
というのも、道行く人間達の顔を覗き込み、顔を凝視する行動を繰り返しているからだ。それも老若何女問わず。
綺麗な人やかっこいい人達も沢山いた。清純で可愛い女の子や、溌溂とした男の子、爽やかな青年やセクシーな女性、上品なマダムやイケオジなど、俗に言う魅力的な人達もこの町には溢れている。
だが、どれも全く心動かない。
心臓の一鳴りもしないのだ。ああ、質がいいな、とかツヤがあるなとか。まるで野菜の展覧会のごとき感想しか出ない。
それがレンに会った瞬間、身体中が沸き上がるように体温が上がる。レンがにっこりと笑うと心から幸せだし、元気がないと是が非でも笑顔にしたいと思う。
ほら、今だって紅茶を飲んで、唇が僅かに濡れている。
何でそんなに綺麗な色をしているんだろう。本当に。
ああ、どうしても触ってみたい。出来ることなら、指じゃなくて……
「いや、大丈夫じゃない。」
私はやっぱりおかしい。きっと変態の領域だ。
このままじゃレンを傷つけてしまうかもしれない。
「大丈夫じゃない……?」
レンがますます心配そうな顔をしている。
ああ、違う。そうじゃない。
「いやあ、私、最近変な行動多いと自覚しているんだよ。」
「もしかして何か記憶が……?」
これは本当に申し訳ない!真面目に考えてくれているのに!
「そういうのじゃないの。もっと何だ。俗っぽいと言うか、割とダメな人間になりつつあると言うか。」
レンが首を傾げた。
いちいち可愛い。どうしてそんな仕草で私を見るの?
「いや、あのね……。」
もう耐えられそうになかった。
そもそも私は隠し事とか苦手な人間なのだ。
「マリアと戦った後さ、私さ、変な感じになったんだよ。」
「あ……。」
レンの顔が急に真っ赤になった。
そう言えば、あの時はレンも何だかおかしな雰囲気だった。
「それより前からさ、レンにベタベタ触っちゃってて、ダメだと思ってるんだけど……ボーンズにも注意されたりさ。いや、本当に反省しているんだよ。でもさ……。」
ちらりとレンを見ると、顔を真っ赤にして俯いていた。心なしか震えている。
「我慢できないんだよ。もっとレンに触れたい。」
言ってしまった。
自分の心臓の音が凄い。全身から汗が噴き出してくる。
「エ、エリンさん。」
レンの手が右往左往している。首筋まで真っ赤になっているのが分かった。
「わ、私も変なんです。」
レンは私の顔を見ずに俯いたまま言った。
「エリンさんが傷ついてるのに抱き着いてしまって、ずっと温かくて、血がいっぱい出て、もう、本当に心配なのに、でもエリンさんに真剣に見つめられたら……。」
そうだ。あの時、レンにちょっと浮ついた事を言った気がする。
あれが、レンには……。
「もう、何だか変な気持ちになってしまって……。」
全身が震えるくらい恥ずかしいのだろう。レンは何かに懺悔するように話している。
「それってさ……どんな気持ち?」
私はレンの頭をゆっくりと撫でる。
びくっと震えた。
「素敵だなとか、可愛いとか、色々ごちゃごちゃで……分からないんです。」
可愛い?
「え?レン、私のこと可愛いと思ってたの?」
「うわぁぁぁ……はい。とっても可愛いって、思ってます。ごめんなさい。」
レンは恥ずかしそうに俯いたまま両手を頬で挟んだ。
私はなんだか急に愉快な気持ちになった。
「あははははは!」
そして大きな声で笑った。
店内のまばらな客がこっちを向いた。
「エリンさん……?」
「いや、ごめんね。私、レンにはかっこいいと思ってもらいたくてさ。」
「も、もちろん格好いいです!戦っている時も凛としてて、何か決めた時もハッキリと言えて、すごく格好いいです!」
レンは見たことないくらい慌てていた。
手は落ち着きがなく震え、顔はリンゴのように赤い。
「でも、普段のエリンさんは、ずっと楽しそうで、大きな声で笑って、笑顔がとっても可愛くて……。ずっと前から、エリンさんに頭を撫でてもらうと凄く落ち着いて、ぎゅっとしてもらうと、凄く幸せで……。」
何だか凄い。レンの言葉が、気持ちが、止まらなくなっている。
嬉しい。
嬉しくておかしくなりそう。
「ねえ、レン。顔を上げて。」
レンはようやく少し顔を上げた。
涙目で潤んでおり、真っ白な肌は赤く染まっていた。
「……唇に触りたい。ごめんね。変なこと言って。」
言うや否や、頭からゆっくりと右手の指を下に滑らせる。
さらっさらの髪の毛をとおり、柔らかな頬を伝う。そして……。
「いい……?」
顔が熱い。
きっと私もレンと同じように真っ赤なんだろう。
レンがぎゅっと目を閉じながら、ちょっと頷いた。
許してくれた。
本当に嬉しい。
ピンク色の唇にゆっくりと人差し指が触れた。
「あ……!」
「うわぁ……凄い。」
ふにっとして、まるでマシュマロのように柔らかく、温かくて、紅茶で少し濡れて滑らかで……。
「ふわ……ぁ……。」
レンが目を閉じたまま、身体を震わせた。
その仕草が色っぽくて、私は脳が焼かれたように何も考えられなくなる。
今すぐ抱きしめてしまいたい。その唇にもっともっと触れたい。
左手を伸ばし、レンの頬に触れる。
吸い付くような感覚。
指しか触れていないのに、身体中でレンに触れているような気持ちになる。少し触ったら気が済むなんてことは絶対にない。もっと貪欲に触れたくなってしまう。
レンが私の左手に頬を寄せた。
信頼の証でもあり、私に示してくれる愛情だと感じている。
「ねえ、レン……。」
私がようやく指を離すと、レンはうっすらと目を開けた。
私が触っていた唇を自分の指で茫然となぞった。
「お店……出よっか?」
周囲の目はあったが、気にならないくらい夢中になっていた。
会計を終え、外に出た瞬間、私は思い切りレンを抱きしめた。
「……ぁ……!」
レンが声にならない声を上げた。
まばらだが、歩く人々が私達を凝視している。
でも、構っていられなかった。もう触れずにはいられなかった。
どうしてこんなに柔らかいの?こんなにいい匂いなの?私の身体にすっぽりと収まって、隙間なく触れ合うように出来ているの?
「レン……。」
ぎゅうっと抱きしめた。
恐る恐る、レンの腕が私の背中に回る。
「エリンさん……!」
そして、意を決したように私にしがみついてくれた。
しばらくそのまま抱き合っていた。
あまりに幸せで、誰の目も気にならない。
数十分抱き合って、ようやく身体を離した。
まだお互いに名残惜しさを感じる。
「レン。ありがとう。」
きゅっと手を繋いだ。
「私こそ、エリンさんにどれだけ感謝しなくちゃいけないか……。」
繋いだ手で、どちらともなく指を絡めた。
私達の間には、同じ思いがある。
誰よりも深くて、お互いに向き合っている感情が。
間違いなく確信できる。
でも、きっと怖い。
それは私よりもレンの方が思っていること。
ずっと怖がっている。
その原因は間違いなくレンの過去にある。
知りたい。
貴女を苦しめるものは何?
そんなの、私が全てぶっ壊してやるから。
レンの過去に向き合うこと。
そして、私の罪を知ること。
もうすぐ、その時が訪れようとしていることを、私達は知る由もなかった。
どれほど残酷な事が待ち受けているか、知る由もなかった。
私達は強く手を絡めながら帰路に着いた。
ただひたすら幸福だけを感じながら。




