第37話 血の後の二人
心臓の音が大きく聞こえる。
全身が血を吸って真っ赤に染まった服。
身体が急に重く感じて、キラーバッドを地面に突き刺した。
呼吸を整え、顔を上げる。
思い切り聖剣を叩きつけられたマリアは、全身の骨を砕かれ、失神していた。
勝ったんだ。
レンは……?
レンは無事なの……?
「エリンさん……っ!」
私が呼ぶ前にレンが飛びついてきた。
「わあっ!レン、血で汚れちゃうよ!」
「そんなの……!」
血まみれの私にレンが抱き着いてきた。
私の血でレンはべたべたになった。それでも、私に全身で抱き着くのを止めない。
「レン?」
レンは私の胸に顔をうずめ、上げようとしなかった。
「……ああ、みっともないところ見せちゃったね。」
全身を破壊されて血だるまになった姿。
すぐに再生されたとは言え、真横で見たレンはショックだっただろう。
レンは首を横に振って、ゆっくりと顔を上げた。
私の血が頬や鼻にべったりとついている。可愛いレンの顔が私の血で汚されているのを見ると、申し訳ない気持ちになった。
「もう痛くないですか……?」
レンが泣きそうな顔で言った。
「うん。全然。疲れただけだよ。」
ほっと息を吐いたレンの目から、一粒涙が落ちた。
「エリンさんが傷つくところを見るの、辛くて耐えられないんです。……でも、エリンさんが自分のために戦うのを支えたい。すごく矛盾しているんです。」
「私が強くて楽勝なら問題ない話だよ。」
「一緒に強くなるって、お互いに守るって言いました。」
「うん。今日もそうだったよ。二人で作戦を考えて、持てる力全部出したんだから。」
私はにこっと笑った。レンの涙を指で掬う。
「ねえ、レン。私達、最強のコンビになるよ。」
「エリンさん……。」
「だって、私達、何だかんだでだまし討ちコンビだからね!今日も相手をパニックにさせて勝ったからさ。」
レンがくすっと笑った。
私は、レンの頬をそっと両手で包んだ。
「私は大丈夫だよ。どれだけ傷ついても、何回死んでも、絶対最後には勝つから。痛い思いなんてとっくに覚悟できてる。私は、私自身とレンのためだったら、どんな戦いだって逃げない。」
少し不安そうな目をしながら、レンはこくりと頷いた。
「だから、そんな顔しないで。」
レンは目を閉じて私の手に頬を寄せた。
「ううん。エリンさん……。」
私の血まみれの手を、レンの小さい両手が包み込む。
「レン……。」
私の血がレンの唇を赤く染めている。
幼さを残すピンク色が赤く染まることに、何故か目を離せなかった。
「変な、気持ちです……。」
レンがうっとりとした顔をする。
私も何か変な感じがした。
私の血をレンが、レンの唇に付いている。拭き取らなきゃ……舐め取って……
「ご……が……。」
マリアが唸った。
そこで私とレンはハッと正気に返った。
「ヤバい……死んじゃうよ、あの人。」
「そ、そうです。ごめんなさい。私……。」
レンは頬を挟んで恥ずかしさを隠すように首を振った。
そして二人でマリアの方に向き直る。
「……王宮に連れていこう。」
「はい……。」
とても気恥ずかしさを感じながら、私達はマリアを引きずって王宮へと戻った。
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「エリン姐さん!レン姐さん!」
王宮に戻った私達は、兵士にマリアを引き渡した後、医務室にいるボーンズの元へ向かった。
私達に気づくと、ベッドに横たわったまま、ボーンズが手を上げた。
「無事だったんだね、ボーンズ。」
「楽の勝っスよ。でも、最後は兄さんに助けられたっスけど。」
「最後だけだ。ボーンズの勝ちだった。」
椅子に腰かけた黒豹のアデルが腕組みしたまま言った。
「いやあ、二人とも無事で何よりっスよ。マリアって奴は?」
「捕まえたよ。で、ベルトリアに引き渡して、私達は着替えた。」
流石に血まみれの服は耐えられない。
私もレンも職員用のスーツをもらった。
「レンがびっくりするほど似合ってるんだよ。」
「エ、エリンさんの方が……かっこいいです。」
レンが顔を真っ赤にして、小声で呟いた。
「……相変わらずっスね。」
ボーンズはサリーと笑い合った。
何にせよ。
「みんな、無事でよかったよ。」
私達は強くなっている。
「それにしても……。」
ボーンズは少し笑っていた。
「いやあ、二人とも滅茶苦茶目立ってましたね!」
「やめろー!」
「うわあ、恥ずかしいです!」
そう、私とレンはクイーンズパークの通りを血まみれで歩いていた。
しかもテロの協力者をボロボロにして魔法で縛り上げて引きずっていたのだから、人々の注目の的だったのだ。
「俺の部屋からも見えましたよ!まるでパレードでし……ぼうぁぁぁ!」
ボーンズの身体に電撃が走った。
「サリーさん、ありがとう……。」
年下の女の子達に対してからかいが過ぎたからか、サリーさんからの天罰が下った。
「そう言えば、マリアは誰が連れていった?」
私達のやり取りを呆れながら見ていたアデルが言った。
「え?普通の兵士に引き渡したけど……。ボロボロだし、動けないから。」
「そうか。」
アデルは何か考えているようだった。
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平凡な両親、普通の友達、面白くもない学校。
俺は、工業系の高校に通う普通の男子学生だった。
成績は中程度。恵まれた容姿でもなければ、取り立てて特別な才能があるわけでもない。
世界は、不思議なことは起きず、俺自身も平凡なまま生きて、死んでいく。
そう思うと、酷くつまらないものに思えた。
まあ、そんなものだ。
俺はそう考えていた。
だが、そんなありふれた人生さえ、実は簡単ではなかった。
ぼんやりと歩いていた俺は、飛び込んできたトラックに轢かれて死んでしまったのだ。
人生の終わりは本当に呆気ない。
その時、俺は誰かの声を聞いた。
全てをはっきりとは思い出せない。
だが、その声はこう言った。
「貴方は条件を満たした。こちらの世界で転生させてあげる。」
身体が変化していくのを感じた。小さく……。
「せいぜい自由に生きなさいよね。」
生意気な声は、俺に言い放った。
「でも、忘れないで。貴女の神は私だから。」
俺は目を覚ますと赤ん坊になっていた。
魔術国家ハルバートという国に生まれ、何不自由ない家だった。
この世界はまだ多くの謎に満ち、魔法が存在し幻想的かつ、現代的な科学も併存していた。
「マリア。貴女の名前よ。」
女だ。TS転生って奴か。でもそれも悪くない。成長していくに連れ、美人に育っていく自分に酔いしれていた。
「君には特別な才能がある。魔術学校に行かないか?」
そんな誘いを両親は断る。
「この子にはもっと向いていることがあるよ。」
そう、俺は生まれながらに特別な能力があった。
魔力の貸し借りができること。魔力がマナという人間の生命力のようなものと結びついているこの世界において、この力は強力だった。
ほとんどのメイジをこれで無力化できるし、得られた魔力を武器に込めることもできた。
さらに手から衝撃波を生むこともできた。
魔力を借りて瞬間移動→衝撃波を叩きこむ。
これであらゆる敵を倒すことができた。
チート能力だ。
俺はこの素晴らしい世界で主人公になったんだ。
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マリアが目を覚ましたのは、だだっ広い空間だった。
建物の中のようだが、真っ白でただ広いだけの場所だ。
身体は横たわり、手足は後ろで強く結ばれ、身動きが取れない。
だまし討ちのエリンにやられた傷はほとんど治っていた。
「よう。」
後ろから声が聞こえる。
転がりながら、ゆっくりと顔を向ける。
ボサボサの髪でトレンチコートを着た男が椅子に座っていた。
「お初に。暴風のレイナード。」
「よくご存じで。マリア・デ・ラウエレス。」
二人は向き合っていた。
「ここはどこ?」
「王宮じゃない、王宮のどこか。」
レイナードは曖昧な答え方をした。
「アランは?セント・ウォールの皆は?」
「全滅。アランって奴は生きているけど死刑は免れないな。」
「……そう……。」
マリアは残念そうに項垂れた。
「だまし討ちのエリンがボロボロになったお前を連れてきた。」
その名前を聞くと血が沸騰しそうになった。
怒り、そして恐怖。
殺しても死なない。死ななくても全身を砕かれたら気が狂うか、戦意をなくすか、いずれにしても戦うなんて出来ないはずだ。
だが、あの女はすぐに飛び掛かってきた。恐れなんて1ミリもない。人間、あんなに恐ろしくなれるのかと思ったほどだった。
「ふふふ……全身血で真っ赤の二人が、気まずそうにお前をひきずって町を歩くのは、何とも楽しい見世物だったよ。」
レイナードはくっくっと笑った。
言いしれようのない屈辱がマリアのプライドを傷つけた。
「バカにしたくて生かしてますの?」
「そうだよ。」
レイナードは笑いながら言った。マリアのことではなく、エリンとレンの歩く姿をまた思い出して笑っているようだった。
「悪いことしてんだから、笑いもんにされても文句言えないと思わないか?」
レイナードは椅子から立ち上がった。
「あんた、転生者だろ?」
マリアは体温が上がった。
「たまにいるんだよ。見た目と中身がアンバランスな奴がさ。それはジェンダー的なもんじゃなくて、前世の人格がそのまま残ってるんだろうなって奴がさ。」
「よく分かってるじゃないか。」
マリアは前世の「俺」の口調になった。
「たまーにいるって言っただろ。ま、それはいい。じゃあ端的に言うよ。死にたくなければ俺達の言うことを聞け。拒否権はない。」
「何をすればいいんだよ。女相手に非人道的なことはやめろよ。」
「したくないな。」
レイナードはマリアに近づき、背中に触れた。
一瞬チクリとした痛みが走ったがすぐに収まった。
「よし。これでいい。」
マリアは離脱のタイミングを狙っていた。
魔力はもうない。だまし討ちのエリンによって借りていた魔力が全て戻されてしまった。
これでは瞬間移動もできない。
逃げるにはレイナードの魔力を借りるしかないが……
「俺は魔力なんかないよ。」
心を読んだかのようにレイナードは言った。
私は軽く舌打ちをした。
「無粋だな。」
「わりいな。」
レイナードはゆっくりと椅子に戻った。
「どうするつもりだ?」
「俺としては死刑だけど、ちょっと止められててね。」
公安の統括にいる元老院のジュスト=フォンテューヌの指示か。
「何かしたら助けてくれるとでも?」
「だから言ってるだろ。お前は俺達の言うことを聞くんだよ。」
レイナードは退屈そうに再び椅子に座った。
「ま、もうちょい待ちな。ジュストが来れば分かる。あ、あとお前、主人公じゃなくて残念だったな。これも転生者の奴がたまに言うことだ。」
そう言ってレイナードはタバコを吸い始めた。
しんとした空間が不安を煽った。




