第35話 意志と墓標
「見事だったよ。槍使いさん。」
震える手でエーテル銃を掴み、アランはボーンズの方を向く。
「はは……嬉しくないっスよ。それは余裕あるから言えるんでしょ。」
ボーンズは動けない。枯渇したマナ、腹部の裂傷、全身の痛み。
サリーはボーンズを包むように抱きかかえた。
「天使に愛されているとはね……羨ましいよ。」
「あの女は?長い帽子の……」
「マリアか?は、はは、利害関係の一致でしかないさ。」
アランは乾いた笑いを浮かべた。
「なあ、あんた、人を殺す世直しなんて正しいと思うかい?」
ボーンズは震える声で言った。アランは一瞬動きを止めた。
「正しくはないさ。でも、人を殺す奴らをどうやって止める?」
「まずは対話かな。」
気の抜けたようなボーンズの返しに、アランは思わず笑った。
「平和な奴だ。まあ、否定はしないさ。俺には無理だがね。」
「乱暴な奴だなあ。あんた……こんなことしなけりゃ、悪い奴じゃなさそうなのに。」
ボーンズが残念そうに言った。
「お前もな。何とも人が良さそうじゃないか。だが、ベルトリアの悪事を知った上で与しているのか?」
「俺はリンデールって町の出身さ。ベルトリアのことは大体知っているよ。」
「ならば何故?金か?」
「うーん……難しいな。欲しいものがあるけど、金じゃないんだ。でも、それを手にするには金がいる。」
ボーンズがそう答えると、何となく、二人は笑い合った。
殺し合っているのに、どこかお互いに憎み切れない気持ちが湧いていた。
「そうか。だが、俺はやらなくてはいけない。元老院を仕留めるんだ。この国を正すために。……この国の人間じゃないのであれば、邪魔をしないならこの引き金は引かない。」
「へっ。そういうのは見過ごせない主義でね。例えどんな人でもさ。」
ボーンズを見て、アランは残念そうに笑った。
「ああ……本当に残念だ。」
違った形で出会えていれば、友人になれたかもしれないのに。
「すまないな。さようなら。」
アランはボーンズに向けてエーテル銃を撃ち放った。
緑色に光る熱線がボーンズを包む。
逃げる術はなく、また、負傷で動くことも出来ない。
「はは……。ごめんな、サリー……。」
抱き合っているサリーが泣いているように見えた。
どれ程自分のことを思ってくれているか、生きて欲しいと思っているか、痛い程伝わってくる。サリーのそんな思いを無下にしてしまった。
「いつも短絡的だなあ、俺って……。」
サリーに抱かれながら、ボーンズは目を閉じた。
強烈な光が広い部屋中を一瞬で炎上させた。
会議用に設けられた巨大な机と多くの椅子は全て燃え上がり、壁と天井も崩れていく。
ボーンズも、そしてアラン自身をも飲み込みかねない勢いだった。
燃え上がる炎を見ながら、アランは思った。
「まだ、死ねんのだ……。」
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アラン=グラスナーは平凡な人間だった。
クイーンズパークで中流階級に生まれ、特に不自由なく育った。
スクールの卒業後は他の若者と同じように社会に出ることになり、彼の場合はそれが軍であった。
そこで彼が感じたのは危機感だった。
かつては圧倒的に強かったベルトリアだったが、平定の神キタイの死とマデリーン失踪の影響により国の成長は停滞していた。
その間に他国は著しい成長を続け、特に同じ大陸の2つの大国、魔法国家ハルバートと神聖国家フルベングはベルトリアを猛追していた。
現状を目の当たりにしたアランは、ハルバートで研究が進められていた魔工学に強い興味を抱いた。
この世界の中核的な2つの技術である魔法と科学技術の理想的な融合。
彼は一念発起して、軍を辞し、ハルバートに魔工学を学びに行った。全てはベルトリアのために。
「俺がベルトリアを最高の国にする。」
そんな愛国心の強い彼が、何故反政府組織のリーダーになったのか。
それはベルトリアを出ることによって見えた世界の歪み、そして母国の罪を知ったことだった。
マデリーンの時代に他国を侵略し併合していったこと、その過程で多くの人間が死に、国を失い、ベルトリアに迎合させられていたこと。
何より彼が衝撃を受けたのは「マテリアデリカ」という政策だった。ベルトリア国内では戦争で国を失った人間を救済する人道支援と言われていたが、実情は他国の優秀な人材を強制的にベルトリア国民にする同化政策のようなものだった。
そして、マデリーンが失踪した後、そうした人間達は一つの汚れた町に押し込められているという。
愛していた母国は、その手で世界を蹂躙していた。
アランは自分を見失った。家族も、友人も、自分が愛していた故郷も、彼にとって帰るべき場所とは思えなかった。
行き場をなくしたアランに宿ったのは、母国への怒りであった。
彼はメルトに行き、そこの人間達と共に反政府組織セント・ウォールを立ち上げた。
だが、そこから数年は組織も広がらず、苦しい時期が続いた。アラン自身も厳しい環境に腐り始めていた。
だが、つい最近、ハルバートで魔工兵器が正式に採用されたことから劇的に風向きが変わった。
ハルバートで学んだ魔工学の知識と、そこで出会ったマリアという女を通じて手に入れた魔工兵器の供給ルート。
これにより、セント・ウォールは一気に求心力を増し、急激に構成員が膨れ上がった。
「アラン。貴方ならできますわ。悪辣なベルトリアに鉄槌を下すことがね。」
セント・ウォールに合流したマリアは思わせぶりな声で言う。
「勘違いするなよ、マリア。俺はベルトリアを憎んではいない。」
マリアは不思議そうに首を傾げたが、それは紛れもなく本心だった。
母国に対して激しい怒りはある。だが、それはアランにとって愛情の裏返しであった。
難民をメルトに押し込む政策を行っている元老院の誤りを正し、迫害されている人々を救う。
それを成し得ることで、胸を張って母国ベルトリアのことを愛していると言えるとアランは思っていた。
「俺がベルトリアを正す。そして最高の国に戻すんだ。」
その思いはずっと変わらなかったのだ。
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「はあっ……はあっ……。このまま、死ぬわけにはいかん。」
燃え上がる王宮の中、アラン自身も逃げなくてはいけなかった。
這いつくばり、扉の方に向かう。
炎の広がりは想像以上に早く、このままだと燃えるか窒息するか、どちらかだ。
「くっ……。身体が動かん……。」
あの槍使いは何者だったのだろうか。
燃え上がる炎の方をちらりと見る。
名前くらい聞いておけばよかった。良さそうな奴だったのに。もはや顔すらも分からないが。
魔工兵器をもってしても、限界まで追い込まれた。
相当な手練れだったはずだ。
しかし、もはや物言わぬ姿となった。この炎の中で生きているはずはない。
そう思った時だった。
「何だ……?」
燃え上がる炎の中から黒い輝きが見えた。
重い金属を叩きつけるような音を立てながら、ゆっくりとアランの方に向かってくる。
そして、その姿を眼前に捉えた時、アランは絶望した。
「……黒豹のアデル……!」
炎をかき分けて姿を現したのは、全身を黒い鎧で包んだ巨躯の男。
「ア、アデルの兄さん……?」
その後ろに、ボーンズの姿が見えた。
エーテル銃が放たれた瞬間、アデルはボーンズの前に立ちはだかった。
炎はアデルの前で巻き上がり、後ろに進むことはなかった。
「強くなったな、友よ。見事であった!」
「兄さん……お願いです、あいつを……。」
「ああ。分かっている。」
アデルはボーンズを称える言葉を送った後、アランの方を振り向いた。
「くっ!」
アランはもう一度エーテル銃を放った。
もはや自分の命さえ構わなかった。
爆炎がアデルを襲う。
だが、その炎はアデルの前で跳ね返るだけだった。
反射して舞い上がった炎の熱で、アラン自身が焼けてしまいそうだった。
「やれやれ……。だから魔法は苦手なのだ。私にはフェアではないからな。」
アデルはそう呟くと、剣を両手で握り、振りかぶった。
「王宮を少し壊すのは気が引けるが、致し方ない。」
そのまま剣を振り下ろした。
アデルの前に巨大な衝撃波のようなものが発生し炎は消し飛び、王宮の壁が吹き飛んでいった。
アランの身体も空高く舞い上がり、地面に落ちた。
その身体をアデルは右手一本で掴み上げた。だらんと四肢をぶら下げ、意識を失っていた。
「ははっ……凄すぎっしょ……流石アデルの兄さんだ。」
ボーンズは全身の力を抜いて横たわった。
「動けるか?ボーンズ。」
アデルは手を差し伸べた。
「暫くはキツイっス。」
「そうか。だが、このまま居るわけにはいくまい。」
言うなり、アデルは肩にボーンズを担ぎ上げた。
「サンキューっス。」
「うむ。見事だった。首魁を生きたまま捉えることが出来たのはお主のお陰だ。」
「あー……兄さん、こいつ、死刑ですよね?」
ボーンズはアランを指さした。
「こんな事態を起こした首魁だからな。100回くらい殺される可能性もある。」
「あー。まあそうっスよね。」
「どうした?」
「いや……殺す前に、一回話させてもらえないっスかね?」
アデルは不思議そうに唸った。
「ジュストに話をしといてやろう。」
「サンキューっス。」
ボーンズはハッと閃いた。
「あと、俺が命張って戦ったからこいつを捕まえられたことを、あのジュストって奴にアピールしてくれませんかね。お願いします。」
「……?まあ、構わんが。お主に功名心があったとはな。」
アデルの不思議そうな声にボーンズは笑った。
「へへへ。ちょっと欲しいもんがあるんスよね。」
そう言って、サリーと笑い合った。
「あの二人が帰ってこれる場所をね。」
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―同時刻―
空が見える。
太陽が照り付け、暑さを感じる。
瓦礫と化した建物の上に、マリアは悠然と立っていた。
私はその瓦礫の上で無様に転がされていた。
血と泥に塗れて。
「……レン……。」
横で倒れている少女の頬に触れる。
「エリンさん……。」
レンが目を閉じたまま、うわ言のように言った。
目の端から一粒涙が零れた。
瓦礫の山は、私とレンの墓標のようだった。




