第33話 首都炎上
ベルトリアの首都クイーンズパークの中心を黒煙が覆った。
炎が噴き上がり、轟音が首都の中心部を揺さぶる。
その中心にあったのは――ヒュブリス大聖堂。
マデリーンの失踪後、神を超越し、その支配から解放した女王を称えるために建造された巨大な聖堂。
ベルトリアの発展と栄光を象徴する、その大聖堂に尖塔が折れ、壁面が砕けていく。
周辺では軍とテロリストの戦闘が始まり、国民の心の拠り所でもあった聖地は一瞬で戦場と化した。
「ヒュブリス大聖堂だったか。」
エリン達が去った後、ジュストはアデルに話しかけた。
「うむ。しかし損傷は限定的だ。おそらく本丸ではあるまい。」
「陽動だとしても許されないことよ。マデリーンに牙を向いたと同じことだからな。」
そう言いながらもジュストは表情一つ変えなかった。
「……レン氏のおかげでマリアの居場所は掴めた。後はアランの方だ。」
「問題ない。王宮の守護を頼むぞ、アデル。」
ジュストから頼まれたのは王宮の守護。
今、王宮内にいる元老院の構成員はジュスト唯一人だった。
そしてレイナードの姿は見えない。
今日起こる全てのことを、この男は盤上の駒として動かしている。
底知れぬ男だ、とアデルは感じた。
「だが、一つだけ不確定要素がある。」
アデルは呟いた。
「頼んだぞ……。」
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「ヒュブリス大聖堂の爆破により首都は厳戒態勢……いえ、元からそうだったって感じですわね。」
古びた建物の一室で、マリアは手に持った端末に向かって話しかけた。
『こちらの行動は読まれていたのか?』
端末の相手はアランだ。
「みたいですわね~。メルトの本部をレイナードが襲撃してきた時は上手く撒いたと思ったのですけど。」
『だが、作戦は予定どおりだ。軍を拡散させる手は打ってある。レイナード不在の今、元老院を仕留めるためには黒豹のアデルを倒す必要がある。』
「王宮の守りだけは崩さないでしょうね。どうしますの?」
『こいつで仕留めるさ。』
端末から金属音が響くと、マリアはニヤリと笑った。
「ご武運を祈りますわ。アラン。」
『ああ。この命に代えても。』
そこで端末は途切れた。
マリアは笑みを浮かべながら椅子に腰かけた。
部屋は電気もなく、簡易な机と椅子が一セットだけあるのみで、極めて殺風景だ。
問題ない。一瞬の隠れ家だ。
「何て素敵……。」
マリアはぞくぞくと身体を震わせた。
唇を舐めながらニヤリと笑った。
「これでやっと世界が変わるんだな。長かった。」
アランはきっとやり遂げるだろう。
だが、死ぬには惜しい人材だ。彼との付き合いは10年以上にもなる。
この世界で最も親しい人間の一人だ。
「ああ見えて悪くない奴だ。助けてやるか。」
マリアはふと立ち上がり、移動しようとした。
その時だった。
ドン、という大きな音と共に壁が崩れた。瓦礫が崩れ、砂埃が舞い上がる。
「あら、もう軍が来ましたの?よく気づいて……。」
鬱陶しそうに呟いたマリアだったが、そこに居た人間を見て思わず笑みを浮かべた。
崩れた壁の向こうから入ってきた光が、湿った部屋を照らした。
陽光が巨大な剣を照らしていた。
「まあ、鼻が利きますのね。だまし討ちのエリン……でしたっけ?」
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王宮の周辺には軍の主力が集中していた。
クイーンズパークの中心部から網を張るように軍が展開され、陽動部隊と思われる人員達は瞬く間に捕縛、あるいは戦死していった。
だが、軍も決して無傷だったわけではなかった。
セント・ウォールの構成員達が有する強力な魔工兵器は脅威となり、軍にも少なからず被害をもたらしていた。
その頃、会議室にいたジュストとアデルの元に一人の男が現れた。
恰幅のよい大きな体を揺らし、息を切らしている。
「インゲイツ、遅かったな。」
男の名はインゲイツ=ゴルドー。
元老院の一人にして、ジュストと並ぶマデリーン時代の側近の一人である。
「よく言う……。オイ!水持ってこい!」
顔を真っ赤に赤らめたインゲイツは、兵士を怒鳴りつけた。
「こちら側にも被害が出ているぞ!どういうことだぁ、これは!?」
「それはセント・ウォールに聞いてくれ。」
水差しから直接がぶがぶと飲むインゲイツとは対照的に、ジュストは座りながら優雅に紅茶を飲んだ。
「魔工兵器の対策が追いついていないからだ。だから実装を早くしろと散々言ったことだ。お前達が予算を阻むせいでこうなった。」
「おい禿野郎。バカも休み休み言えよ。ハルバートと戦争でもするならとにかく、セント・ウォールが魔工兵器を持っているなんて情報はつい先日掴んだ話だ。それとも何か、お前さんは知っていたって言うのか?」
「ハルバートは1年前に試験的に導入していたんだぞ?そして今や正式に採用しているそうだ。呑気なものだな。」
ジュストは笑いながら言った。インゲイツはさらに顔を真っ赤に怒らせた。
レンからさっき聞いた話なのによく出てくるものだ、とアデルは呆れていた。
その時、大きな音と共に再び地面が揺れた。
先ほどの比ではなく、断続的に起きている。
「何があった!?」
インゲイツがスタッフを呼びつける。
軍の高官が駆け足で報告に来た。
「首都の数か所で爆破が起きています。大きな建造物を狙った同時テロかと。」
「何を!早く鎮圧しろ!」
「既に各地に兵を送り、制圧に掛かっています。」
「魔工兵器って奴に注意しろ!そこのバカは知っていたのに情報を入れなかったからな!」
高官はやや驚いた顔でジュストを見たが、少し手を上げただけで全てを察しようで、ジュストに頭を下げて出ていった。
「何だ今のは!?」
「さあな。老いてなお意気は衰えないのは賞賛するが、知力や品性を失うことは困ったものだ。」
ジュストはそう言うとおもむろに立ち上がった。
「行くぞ。」
「どこへだ!?オイ!」
ニヤリと笑いながらジュストは振り返った。
「安全な場所だ。」
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クイーンズパークの各地で火柱が上がり、人々は混乱に陥っている。
だが、それも時間の問題だとアランは理解していた。
―戦力差は圧倒的。各地で戦っている者達は皆逃げきれぬだろう―
それでも、王宮を襲撃するに十分な時間と戦力は残った。
「行くぞ。」
「アラン。これで本当に終わりだな。」
「ああ。俺達が全員死んでも、最後の一人が確実に元老院を仕留める。」
「よし。」
アラン達、残された最後の部隊は、全身に纏ったアームド・スーツによって、空中に浮きあがった。
「王宮を落とすぞ!」
そのまま王宮に向かって、魔工兵器を撃ち放つ。
第一陣は強力な防壁によって防がれ、異変を察したベルトリア軍の兵士達から猛烈な攻撃が飛んできた。
「撃て!」
アランの指示とともに、部隊員数名で抱えた大きな銃を構え、そして撃った。
刹那、砲身から緑色の光が絶え間なく放たれる。
ベルトリア軍の兵士達に多大な損害を与えるのみでなく、王宮の防壁さえ貫こうとしていた。
「な、何だぁ、これは!?」
執務室に入ったインゲイツは、モニタに映し出された地獄のような光景に震えあがった。
「アストラル砲だ。ガトリング砲と同じ要領だが、威力は桁違いだな。」
ジュストは冷静に言い放った。
「お前……、何を冷静に、王宮から、逃げないと……。」
ガタガタと怯えだしたインゲイツを見て、ジュストは笑った。
「そう怯えるな。今に片付く。なあ、アデル。」
言われたアデルは答えなかったが、部屋の入口に立っていた。
王宮を守る防壁が打ち破られた時、アラン達の部隊はほとんどが撃ち落されていた。
しかし、王宮を守るベルトリア軍もまた壊滅的な被害を被っていた。
その隙を縫って、アランは単独で王宮へと飛び込んだ。
「やったぞ……!同志たちの死、無駄にはせん。」
エーテル銃を撃ち、アームド・スーツで王宮内の奥、元老院のいる執務室を目指す。
もちろん全員はいないだろう。だが、数名でもいい。1人でも2人でも。
「奴らを倒す」という道を他の民族にも示すのだ。
風のように早く、岩のように強いアランを、王宮内にいる衰えた兵達に止める術はなかった。
何もできない高官達の前に姿を現したアランは躊躇いなくエーテル銃を構えた。
「終わりだ……!」
誰かが呟いた。
「ああ、終わらしてやるさ!」
アランは叫ぶ。
エーテル銃の引き金を引こうとした。
バキン!
その時、強烈な音が響き、アランは体勢を崩して地面に転がった。
一体なんだ!?
身体中を衝撃が駆け抜けた。
まるで雷でも走ったような……。
アームド・スーツを着ていなければ、今頃は……。
アランは起き上がり、衝撃が来た方向に目を向いた。
「アデル。賊が王宮に入った。君は行かないのか?」
ジュストが紅茶を飲みながら言った。
「まだよい。」
「随分と余裕だな。」
アデルの表情は見えなかったが、笑っているように見えた。
「友人がいるのでな。」
「お前さん、やりすぎっスよ。」
アランの目に映ったのは、槍の先に電撃を蓄えた男だった。
その後ろに天使を携えながら。
百合小説のはずなのに、またおっさんが活躍しそうな気配になってしまいました……




