第32話 奇襲
レンが退院した翌日、私達は王宮に向かうトラムに乗っていた。
昼食時で賑やかなはずだが、どうも雰囲気がおかしい。
「何だか警備が厳重になっていますね。」
違和感を呟いたのはレンだ。
確かにそう思う。
町のあちこちに武装した警備隊がいるし、トラム内にも兵士らしき人間が数名いる。
ただならない雰囲気だ。
「もしかして、テロ組織に対する警戒かな。」
「メルトであれだけ警備が厳しかったのに、もう抜け出してきたんでしょうか……。」
「あのマリアって奴、相当やべー女だったっスから、やりかねんっスよ。」
王宮に到着すると、警備は更に強化されていた。
得体の知れない3人組が入れる隙間は全くない。
「だまし討ちのエリンと言うんだけど、元老院のジュストさんに会いたいんだ。」
「アポはあるのでしょうか?」
「あるよ。今日と約束したわけじゃないんだけど。」
「は?帰れ。」
あっという間に門前払いだよ。やっぱり「だまし討ちのエリン」なんて誰も知らないじゃないか。
これ以上粘っても捕まりそうな雰囲気だし、どうしたものか。
「それにしても、凄い建物だね。」
私は王宮を見上げて言った。
大理石の城壁に囲まれ、巨大な敷地内には小さな商店街も見える。もはや宮殿とかの規模ではなく、町と一体になった要塞だ。
「でも、入れないんじゃ仕方ない。一旦帰ろっか。お昼だし、美味しい物食べていこうよ。」
「はい。行きましょう!」
「ねえ、レンは何が食べたい?」
「私はオムライスがいいです!半熟の美味しそうなお店があったので。」
「俺、鍋系がいいっス~。」
急に楽しくなってきた私達の前に、もはや見慣れたシルエットの黒い鎧が現れた。
「む、だまし討ちのエリン氏達ではないか。」
「本当に間が悪いんだよなあ。」
いや、知り合いに会えたから、これでジュストにアポが取れそうだから良いんだけど……みんな完全に外食の口になっていたのに。
「……どうも。黒豹のアデル氏。」
「急にどうしたのだ。そんな落ち込んで……?」
「アデルの兄さんは何しに来たんっスか?」
「うむ。ジュストに急に呼ばれてな。この警備の状態を見るに、何かがあったことは分かる。」
確かに警備の強度は昨日までとは比較にならない。とは言え、今朝のニュースにも何も載っていなかったし、何故そこまで警戒するのか詳細は分からなかった。
外食を逃してがっかりする私達に気づかず、アデルはジュストの元へと案内してくれた。
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「わざわざすまないね。」
大きな会議室の一角で、ジュストは椅子に腰かけたまま私達を出迎えた。
「この間の答えを返しにきたんだけど……」
私は言いかけたが、ジュストは右手を前に出して制した。
「この件、あらためてお願いしたい。」
私達は呆気に取られた。いや、断るつもりで来たんだけど……。
「セント・ウォールが近日中に動き出すと言う情報があった。警備は強化したが、個で戦える戦力が必要だ。」
「ちょっと、断ろうと思ってきたんだけど……。」
「事態が変わった。あなた方の力が必要だ。」
ジュストの声には有無を言わさぬ圧があった。前に会った時とはかなり印象が異なる。
「ベルトリアには強大な軍事力があると思いますが、私達の力が必要なのでしょうか。」
レンが言うとジュストは片方の眉を動かした。そして少し笑顔を浮かべた。
「貴女がレンさんか。ライエルは貴女のことを大変評価していたよ。素晴らしいヒーラーになると。」
口調は穏やかだったが、声の圧力は変わらないままだった。レンは苦笑いを浮かべていた。
「あ、ありがとうございます。こちらこそ、ライエルさんには大変お世話になりました。お元気にされていますでしょうか。」
冷徹な雰囲気を少しでも和らげたいのか、レンが話を振った。
「今は私の下で働いているよ。」
「ヒーラーとして、皆さんにとても信頼されていました。」
「そうか。政治家としては少し理想が過ぎるがね。」
ジュストはそう言って、この話を打ち切るように片手を挙げた。
「確かにベルトリアには十分な戦力がある。しかし、組織の首魁はメルトの警備網を搔い潜りクイーンズパークに入ってきた。捕捉が極めて困難だ。」
「首魁……あの、マリアって人?」
私の問いに、ジュストは首を横に振った。
そしてテーブルの上に置かれた紙を手に取り、私達に見せた。
載っていたのは精悍な顔つきをした青年だった。それも、ベルトリアの軍服を着ている。
「これがセント・ウォールの首魁、アラン=グラスナーだ。これは、10数年前にベルトリア軍人だった頃の写真だ。」
「軍人……このアランって奴は難民ではないってこと?」
「そうだ。」
ジュストは事も無げに言った。
反応に困る私達を見てアデルが続けた。
「アランは軍を突然辞した後にハルバートに長く渡っていた。」
その名前を聞き、レンが一瞬身体を震わせた。
私はレンの手を優しく握った。
「ハルバートで奴は魔工学を学んでいたようだ。そして数年前、アランはメルトに潜伏し、セント・ウォールを立ち上げた。小規模な活動だったが、ここ数カ月の間、突然勢力を増した。その立役者がマリア・デ・ラウエレスだ。」
「魔工学……エーテル銃って武器もそうだよね?」
「うむ。ただ、アラン自身にそこまでの兵器を作る力はなかった。現に奴がメルトに移った当初はそのような脅威はなかった。それらの武器はマリアによって提供されたものだろう。」
ハルバートで魔工学を学んでいる時にマリアと出会い、メルトで活動を続けながら魔工兵器が完成するのを待ってマリアから仕入れた……そう考えてもおかしくないか。
「……1年程前です。ハルバートで魔工兵器が試験的に投入されたのは。」
レンが呟いた。声が少し震えている。
「何度かの魔物の討伐で用いられていました。その後、正式に導入されたはず。そこで完成したと考えたら……。」
「成程。メルトでセント・ウォールが勢力を増し始めた時期と重なるな。ハルバートが開発に成功したものをマリアが横流ししたということか。」
ようやく繋がり始めた。
「詳しいな、レン氏。まるで見てきたかのようだ。」
「少し前までハルバートにいたので……。」
アデルは単純に驚いただけだが、レンは困ったように笑った。
「少し逸れたが、君達に頼みたいのは首魁アランとマリアの捕獲だ。」
「いや、めちゃくちゃ重要任務じゃん!」
思わず突っ込んでしまった。巨大な戦力を持った軍がいるのに、何故関係ない私達にそんな重要な役割を頼むのか全く意味が分からなかった。
「正直に言うと、あのマリアという奴は得体がしれない。個で対応できるのはレイナードくらいだが、奴はメルトに潜入して別任務を行っている。フェンリル・テネブラを倒した君達にしか頼めない、というのが事実だ。」
見え透いた嘘だ。
ジュストの言葉は信用できなかったが、マリアの底が知れないというのは同意見だった。
「引き受けてもらいたい。見返りは十分に与える。」
言い方が癪に触った。まるで自分が王でもあるかのような。
「君たちにとって2つのメリットだ。」
ジュストは椅子に深く腰掛けたまま言った。
「一つは金銭。これは当然だ。そして、二つ目はマデリーンが残した手記を君達に見せよう。」
「マデリーンの手記!?」
「そうだ。幼い頃から彼女が定期的に記していた記録のようなものだ。エリン氏の記憶に関係することもあるかもしれん。」
そんなものが存在するのか。是非見てみたい。
身体が少し震えている。武者震いのようなおかしな感覚だった。
「引き受けてくれるかね。」
私は悩んでいた。レンの方を見ると、優しい笑顔で小さく頷いていた。
もし引き受けたら、またレンを危険に晒してしまう。
レンの手をぎゅっと握った。
やっぱり断ろう……。
「引き受けましょう。エリンさん。」
「レン!?」
「いや、ちょ、ええ~?レン姐さん!?」
私は思わず大きな声を上げた。
……ボーンズも。
「マデリーンの手記なんて見る機会はありません。」
「でも……。」
私は勇気が出なかった。せめてレンだけは安全な場所にいてほしい。
「エリンさんは優しいから、私のこと気遣ってもらっているのはとても嬉しいです。……でも、これから私のせいでエリンさんが何かを躊躇ってしまうのは辛いです。」
レン……。
「本当に大丈夫です。私、エリンさんの力になりたい。」
ささやくようなレンの声に、胸がいっぱいになった。
「レン、ありがとう。」
「どうやら、結論は出たようだね。」
「うん。」
「ええ~……。まあ、しょうがないっスか。あのマリアって奴にやられっぱなしなのも癪だし。」
「うむむ。レン氏の覚悟、いたく感動した。私も力になろう。」
アデルが立ち上がった。おお、遂にこの人と一緒に戦う日が来たのか。
「君は王宮に残ってもらわなければ困る。」
「む……そうであったか。」
いや、ダメなのかよ!
「早速君達にはアラン達の潜伏先を教えよう。」
「え?そこまで掴んでいるの?」
「ああ。明朝仕掛ける。ベルトリアの部隊が奇襲を仕掛け、あるポイントに奴らを追い込む。そこで君達に叩いてもらいたい。」
何もかもジュストの手の平のような気がしたが、とりあえず黙しておいた。
「さあ、よろしく頼むよ。」
だが、事態はそれよりも早く訪れた。
ドン、と大きな音が響く。
そして僅かな地面の揺れ。
「どうした?」
「……先手を取られたようだな。距離は遠い。市街地でやった可能性が高い。」
アデルが言った。
まさかセント・ウォールが仕掛けてきたのか。
「すぐに状況を報告させろ。」
「いや、大きな音だが連続していないし、建物が崩れる気配もない。陽動の可能性が高いな。」
「距離300mの位置に魔力を感じます……。不思議な気配です。これは、覚えがあります。」
ジュスト達に割り込むようにレンが言った。
間違いなくマリアの気配だろう。
「そこまで近づいていたか。相手を侮りすぎていたな。」
「さしたる問題ではない。」
「魔法の気配もあるのに逃げないの?」
私の問いに答えるよう、アデルは剣を取った。
「つまらぬ戦いだが、やむを得まい。」
キラーバッドを持ち、強化用の薬草もストックがある。
「よし。レン、ボーンズ、サリーさん。」
3人とも頷いた。
「行こう。」
またしてもトークオンリーの回になってしまいました。




