第31話 暴風のレイナード
フェンリル・テネブラ討伐から5日後。
大怪我をしたレンが病院から退院できる日が来た。
「レン姐さん~!良かったスね!」
「ボーンズさん、サリーさん、心配をおかけしました。」
レンはぺこっと頭を下げた。腕はすっかり元通りだ。
「もう無理しないでね。」
「はい……。」
私が頭を撫でながら言うと、レンは顔を赤くしながら頷く。
昨日いっぱい泣いたからかな。ちょっと目が赤い。
「あのー……」
昨日、悪夢にうなされたレンはずっと泣いていた。
それが何かは決して言わなかったけれど、過去に色々あったんだろう。メイジを辞めたことも辛い理由があるんだと思う。
私に言えない、というより、知られたくないんだ。
「エリン姐さんよ……」
レンが言いたくないならそれで構わないし、知ったとしても私にとってのレンが何か変わるわけでもない。
レンはレンだ。今私の目の前にいる、優しくて可愛くて大切な人なのだから。
でも……泣いている姿も、めちゃくちゃ可愛いと思ってしまうのはいけないのかな。
もちろん笑顔が一番可愛いんだけど。
「ちょいちょい~!」
「だから何だよ!」
「隙あらばレン姐さんにべったりになるからっスよ~!」
べったりって大袈裟な……。いや、確かにレンのことを考えてはいたけれど。
「レン姐さんも言ってくださいよ~。せめて人が真面目な話してる時くらい頭撫でないでって。」
はっ!頭撫でてた!それはもう自然に。慌ててレンから手を離す。
「あ……。」
レンが小さく声を上げた。
あまりに自然で……夢中だった。
これではレンに嫌がられても仕方がない。
「女の子にベタベタ触るなんて下手すりゃ犯罪っスよ!」
「私も女なんだけど!」
「ほら!それっスよ!今時分は「同性だから」では許されないんスよ!」
「え、そうなの!?」
「性別とか年代とか関係なく、された本人がどう感じるかですからね!」
「あの……エリンさんの手、落ち着くから……。もっとしてほしいです……。」
レンが恥ずかしそうに呟いた声は、私とボーンズのやかましい声にかき消された
一しきり騒いだ後、私がレンに謝ることで一旦終わった。レンは何故か寂しそうだったけど。
「だから~、これからどうするかっスよ。」
そんな話してたのか。本当に聞いてなかった。
「レンが退院したばかりなのに鬼なの?」
「うぐっ。でも、レン姐さんが入院してる間、俺暇すぎたので。」
「クエストこなしてるって言ってたじゃん。」
私がレンに付きっきりの間、ボーンズは修行も兼ねてクエストを受けていた。
「そうなんスよ。お陰で旅の案内所の常連とも仲良くなったんスけどね。それで色々聞いたんすけど、あのジュストって奴は結構賛否両論みたいっスよ。」
「へえ。まあそうだろうね。」
「今のベルトリアの政策が軍事寄りなのはアイツのせいらしいです。まあ、世界の警察気どりらしいんで、それを誇りに思ってる奴も一定数いるんスけどね。辣腕って聞いたんで、迂闊に依頼聞くのは避けた方がいいかもですね。気が付きゃ取り込まれてそうで。」
「うーん。」
ジュストの依頼はベルトリアの警備を手伝うことだった。
お金は信じられないくらい良い。それに多分ベルトリアの内部に入ることもできる。
記憶を追っている私にとっては悪くない条件だけど。
だが一方で、アデルを呼んだことやフェンリル・テネブラらと戦った実績を評価されたことを踏まえると、戦力を集めて何かを企んでいるようにも見えた。
ちらりとレンを見た。
痛々しかった腕はすっかり治っている。
でも、無理はさせたくない。
「危ないし、やめとこうか。気長に情報収集して、私のやるべきことを探すよ。」
「そう言うと思ってました!複数人で行ける軽めのクエストを探してきましたよ!」
……こいつ。
「レンはどう?」
「メルトでのことが気にはなるのですが……今はちょっと辛いかなと。」
「うん。そうだよね。じゃ、断りの挨拶だけ入れにに行こう。」
レンの頭を撫でながら、にっこりと微笑んだ。
「だ~か~ら~!」
「分かってますー!親か、もう!」
分かってなかった私に注意するボーンズ。それを見て笑うレンとサリー。
久しぶりに穏やかな空気が流れていた。
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場所は変わり、メルトの一角。
反政府組織「セント・ウォール」の拠点であった北部の集落は崩壊していた。
あらゆる建物が倒壊し、道路はひび割れ、電線が落ちている。
そして、あらゆる場所に、物言わぬ人間達の成れの果てが転がっている。
10名程度と思われていたセント・ウォールの構成員が、思いの外、膨らんでいたことを示す光景だった。
今はもう、見る影もないが。
「ば、化け物!」
一人の男が、エーテル銃を構える。
一度に数十人も焼き殺すことができる魔工兵器と呼ばれるものだ。
そんな凶悪な兵器を、躊躇いなく撃ち放った。
「思うんだよなあ。」
砲身の先にいる標的の男は、ボサボサの頭を掻いている。
だらけた様子で危機意識のカケラもない。
なのに、エーテル銃から放たれた線状の炎は、勝手にその男を避けていく。
そのまま、一瞬で距離を詰めるとエーテル銃を掴み上げた。
「俺にしてもあんたにしてもさ。頼りすぎているんだよ。俺は力に。あんたは物に。」
その男―暴風のレイナード―は、エーテル銃を地面に落とすと、そのまま踏み砕いた。
「ぐ、くそっ!……祖国のために!」
男は身体に巻き付けた爆弾の起動スイッチを押す。しかし、起動することはなかった。
「言ったばかりなのに。」
「う、くそ、何故だ……。」
男は項垂れ、死を覚悟した。
「この集落いるのが全てじゃないよね?アランって頭領とマリアって女がいない。」
男は黙っていた。
「集落ごと吹っ飛ばしても出てこないってことは、逃げたかな。」
「貴様……!」
「お前達が悪いのに何逆恨みしてんの?」
レイナードが集落に来た際、武器を持って警告したのはセント・ウォールの構成員だった。
次の瞬間、集落は吹き飛ばされていた。
「いつもそうだ貴様らは……。勝手に奪い、捨てていく。」
「お前達もね。」
レイナードはエーテル銃を指さした。
「これ手に入れるために、どんな悪いことしたんだか。」
「あの女が用意したものだ!我々は汚いことなどしない!」
「病院を襲撃したのに?」
男は黙った。例えゴードンの独断だったとしても、そうは見られない。
「アランとマリアは?」
レイナードは、腰を下ろし、座り込んでいる男と目線を合わせた。
「既にここにはいない。」
「メルトを出たか。」
「そうだ。今頃クイーンズパークに入っているだろうな。」
「あちゃあ。やっぱりね。」
そう言いながらもレイナードは笑っていた。
「君、よく喋るねえ。何が不満だった?」
「……あの女が来てから、アランはおかしくなった。本気で国を潰すつもりだ。我々はそこまで望んでいなかった。少しでも家族の暮らしが良くなれば……それで……。」
「ははは。こんな武器持ってたら今更何を言ってもダメだな。」
反論できなかった。国に対する恨みなら幾らでも言えるが、確定している死の前では空しいことだった。
「もういい。殺してくれ。」
「悪いことして簡単に死ねると思うのってさ、どうにも理解できんな。」
鈍い音が響き、男は倒れた。
その男の手足を縛りあげ、肩に抱え上げた。
「はあ~あ。」
レイナードは溜め息を吐きながら端末を取り出した。
「こちらレイナード。ジュストさん?やっぱりそっちに行ってたよ。予定どおりね。」
どこか愉快そうに報告する。
「ああ。……悪い人だねえ。え?全員吹っ飛ばしてなんかいないよ。証拠に一人連れていくから。」
そう言って端末を切ると、ひゅうっと口笛を鳴らした。
生き残り達がレイナードを取り囲んだのだ。
「ほら。生きてる。」
生き残ったセント・ウォールの構成員達は、一斉にエーテル銃を放った。
強力な熱線がレイナードの四方を取り囲み、逃げ道をなくした。
刹那、集落は跡形もなく吹き飛んでいた。
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「後は黒豹とだまし討ちに任せますか。」
肩に抱えた男を放り投げて、レイナードはトレンチコートから小さなボトルを取り出した。中身は只のミルクコーヒーだ。それを一気に飲み干すと、ふわぁ、と欠伸をした。
「暴風ってさあ。風評被害だと思うよ。なあ、だまし討ちのエリンの気持ちがよく分かるよ、ふふふ。だまし討ちって。」
完全に更地になった集落を後に、レイナードは一人呟いて笑った。




