第29話 ちょっとだけ
「以上が私の知るマデリーンの最後の姿だ。」
ジュストは一しきり語った後、少し疲れた様子で椅子にもたれた。
「ありがとう。……マデリーンって不思議な人だね。」
「純粋な人だったよ。それ故に神に支配された世界をどうしても許せなかったのだな。」
「だが、人々を目覚めさせるために他国を侵略するという理屈は全く理解できんな。マデリーンがベルトリアの人間達を神の支配から解放したと言うならば、他国の者達もそうすれば良かっただけだ。」
アデルの言うことは珍しくもっともだ。この人も意外と常識人なのかもしれない。
「ベルトリアを強大にするために行ったことだ。しかし、それを責められることは否定できん。」
自分も十分に関わっていたことからジュストは反論しなかった。
「マデリーンは神の世界に行ったのかあ……。もう会えないのかな。」
「分からんな。彼女なら本当に神の世界に行けただろう。その世界がどのような場所か私達には想像もつかんな。時間の流れも違うのかもしれん。」
私は少し考えた。
マデリーンと私は本当に接点があったのだろうか。
思い返すのはあの声だ。マデリーンの名前を初めて聞いた瞬間、私の頭の中に響いた太い声。
「死ね」と言う声。
あれは誰の声なのだろう。
「ねえ、マデリーンの周辺にはどんな人がいたの?あなた以外に。」
「そうだな。側近と言える人間は二人だ。」
「一人はあなたね。」
「ああ。もう一人は……」
少しだけひんやりした空気が流れた。
「インゲイツ=ゴルドー。今の元老院の一人だ。」
その名前を聞いても、頭に何かが走ることはなかった。
この人ではないのだろうか。
「そろそろだな。」
ジュストは席から立ち上がった。アデルも次いで後を追う。
「良い返事を待っているよ。気が向いたら王宮に来てくれ。」
二人は部屋から去っていき、残された私はぼんやりと思考を巡らせていた。
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「エリン姐さん~。」
待合に戻った私の元に、治療を終えたボーンズが戻ってきた。
「大丈夫だったの?」
「軽い怪我でしたね。ヒーラーの魔法であっという間でした。」
確かにボーンズの身体は怪我一つない状態に戻っていた。
回復魔法っていうのは大したものだ。
「ところで姐さん、何かあったんスか?」
「うん。何で?」
「総合案内に呼ばれてたんで。あんな名前で。」
そうだった。「だまし討ちのエリン」はオフィシャルな場でも呼ばれる私の代名詞になってしまっていた。
正直嫌だ。「不死身のエリン」とかの方がよっぽどいい。
うん、これからはそう名乗ろう。
私は、ジュストの言っていたことをボーンズとサリーに話した。
二人は目をパチパチしながら驚いていた。
「なるほど~。マデリーンがねえ。」
「うん。益々分からなくなったよ。」
「でも姐さん。鵜呑みにしちゃダメっすよ?」
一瞬ボーンズが言っている意味が分からなかった。
「マデリーンとかなり近かった人物っスからね。自分達を正当化するために話を歪めていてもおかしくないっスから。」
「そりゃそうだ。でも……。」
それでも、その多くが嘘とも思えなかった。
まずマデリーンが消えたまま戻ってきてない、などと元老院の一人が言ったとなれば国民に知られることになれば、世界的にも大変な騒ぎになる。
そんなことは承知の上で私達に語ったということは、それなりの意図があるはずだ。
「私は大部分を信じるよ。何か考えがありそうだけど。」
その後も暫くボーンズと話していると、ヒーラーに声を掛けられた。
「だまし討ちのエリンさんですね?レンさんの治療が終わったので案内します。」
私は跳ね起きるように立ち上がった。
その様子を見てヒーラーは口に指を当てた。
「レンさんはまだ寝てますから静かに。」
はやる気持ちを抑えて、ヒーラーについていく。
離れて少ししか経っていないはずなのに、胸が痛いくらい高鳴っていた。
案内されてきたのは、綺麗な個室だった。
「レンさん、起きてますか?」
ヒーラーが声を掛けるが返事はない。私は不安になった。
「多分寝てるわね。お仲間が入りますよ。」
ゆっくりとドアが開くと、ベッドの上に横たわるレンの姿が見えた。
私は涙が溢れそうになった。
「レン……!」
慌てて近づくと、レンがもぞもぞと寝返りを打った。
良かった。元気だ……!
「ん……。」
レンがゆっくりと目を開ける。
「エリンさん……!?」
まだ重たそうな身体を起こして、私の方に向き直った。
「レン!」
私はレンの頭をかかえるように抱きしめた。
「わぁ……エ、エリンさん……ん。」
レンは驚いて真っ赤になっていたが、やがて安心したように私に身体を委ねてくれた。
少しだけど、私に甘えてくれるようになった気がする。
「良かった。本当に……。腕、痛くない?」
「はい。もうほとんど痛くありません。でも、まだ力を入れるのは少し怖いです。」
そうは言っても両腕に巻いた包帯が痛々しい。
私はレンを抱きしめたまま、背中を優しくさすった。
「無理しちゃダメだよ?私は不死身なんだから。レンの身体の方がずっと大事なんだから。」
でも、レンは納得していないようだった。
「不死身とか、でも……エリンさんが傷つくのなんて絶対嫌です。」
「レン……。」
「私、もっと強くなってエリンさんを守りたいです。だから……」
言いかけたレンを再び抱きしめた。
「ありがとう。幸せ。でも守るのは私の方だよ。」
「二人の世界に入りすぎでしょ。」
そう言ったボーンズを「回帰≪リグレッション≫」で部屋の入り口まで戻した。
「ほら、ちょっと強くなったでしょ?」
「あの時助けていただいた能力ですね。」
「うん。相変わらず戦闘向きの能力じゃないけど、発想次第で結構使えそうな気がするよ。」
便利な能力なのだが、どうも戻れる時間は限られるようだ。範囲も無限ではなく、ある程度近い距離しか使用できない。
その範囲を正確に把握し、うまく戦闘に使っていければ有用な能力になる。
それができなければ、ただの部屋の片づけに便利な能力だ……。
私はレンにジュストから聞いた話を伝えた。
「マデリーンの印象が大分違ってきますね……。」
「そうなんだよ。色々深掘りしたいけど、とりあえず、私の記憶のことは振り出しに戻っちゃった気がする。」
「それから、元老院の依頼を呑むかどうかですが、私は……」
レンが何か言おうとしたが、私はまたぎゅっと抱きしめた。
「レン、今はゆっくり休んで。私もずっと一緒にいるから。」
「エリンさん……。」
「今回の依頼はじっくり考えよう。報酬は大きいけど、リスクは高いし、ベルトリアに着いて戦ってばっかりだし。もうちょっとゆっくりしよう。」
そう言っていると、ふっとレンの身体から力が抜けた。
「レン……?」
安心したように私に身体を預けてくれている。
腕の怪我だけじゃなく、魔法を無理して使ったから身体が辛いんだね……。
そのままゆっくりとベッドに寝かせる。
「お休み。」
「エリンさん。」
レンは寂し気に私の手を取った。
「ん……どうしたの?」
レンはもじもじしていた。
「あの……。」
私は微笑みながらレンの頭を撫でた。
「離れたくないです……。」
小声で呟いた声に、胸が突き破られそうになった。
ずっと、ずっと一緒にいたい。
「大丈夫。寝るまで手つないでるから。」
「ほんと……?」
レンは泣きそうな顔をしていた。何だか凄く甘えたさんで、可愛すぎる。
「うん。いつもそうだよ。どうしたの?」
「だって、エリンさんが離れていくから……」
そう言いかけてハッと気づいたようにレンは手を離した。いつものレンに戻ったようで、わたわたと手を振った。
「あ、すいません!私、甘えすぎてました!……恥ずかしい。」
「滅茶苦茶嬉しかったんだけど。」
レンは顔を赤くしたまま布団に潜り込んだ。
ばさっと頭まで被る姿が子どもみたいで微笑ましかった。
その手をゆっくりと取り指を絡めると、レンの手がびくっと震えた。
「大丈夫。ずっと一緒だよ。」
「……眠れないですよ、こんなの……ずるい。」
やってる私もドキドキするよ。
でも、レンが無事でいてくれることが何よりも嬉しくて、ずっと手を繋いでいたくなる。
何でこんなに触れたくなるんだろう。
同性とはいえ、普通に考えたらベタベタしたら嫌がられるし、よくないことだと分かる。
いつも反省は……するんだけど。
ごめんね……。今はもうちょっとだけ。
「ちょっと姐さん~俺達を部屋から放り出さないでくださいよ~。」
「だから間が悪いんだよ!お前は!」




