第28話 キタイの死とマデリーンの最期
「父上、お願いがございます。」
ゼーマンの失踪からおよそ5年後、20歳になったマデリーンは玉座の前に跪いた。
「どうしたのだ。わが娘よ。」
王は、ゼーマンを失ってからというもの、覇気を失っていた。
「今すぐ退き、私に王位をお譲りください。」
「……お前はまだ若いではないか。焦らなくてもよい。」
王は優しく言ったが、マデリーンは目を向いた。
「今すぐ退いていただけないのであれば、私は力を行使せざるを得ません。」
マデリーンの言葉に決意と狂気、そして自分の意欲の衰えを感じたのだろう。王はすぐに頷いた。
「そうか……。残念だがもう気力がない。お前の時代だ。好きにしなさい。」
王は玉座から立ち上がり、その場を後にした。
そしてマデリーンはそのまま玉座に座る。
「ジュストよ。」
呼ばれた私は、先代の女王が着用していたティアラを持ってきた。
それをゆっくりとマデリーンの髪の上に添えた。
「世界は壊れ、そして皆は夢から覚めるのだ。」
その言葉が意味することを正しく理解したものは……その場にはいなかった。
それこそが、マデリーンの最大の罪とされる平定の神キタイの排除、そして他国への侵略・併合だった。
マデリーンは大規模な軍を編成し、一方的に周辺国を侵略した。
戦うことを知らなかった多くの者達は、マデリーンの魔法によって神の意志から解き放たれた。
そして他国を一方的に蹂躙した……。
王となったその日から、マデリーンは人前に現れる時、鉄仮面を被り、華美なドレスを纏うようになった。それは自分のコンプレックスだった外見を隠すとともに、鉄の意思を表明する意味合いもあった。
「ベルトリアはますます巨大化しています。我が国の発展は目を見張るものがあります。」
私もまた、マデリーンに解放された一人だった。
それまで幸福感だけで生きていたが、それだけではない、喜び、怒り、悲しみ、嘆き、そして欲望。あらゆるものが赤子のように新鮮で、高揚感に溢れていた。
「魔法と科学の融合技術を作れ。そして速やかに実装化を進めろ。意欲的な企業には私が直々に力を貸してやると言え。」
「軍事でございますか?」
「社会実装できる技術であれば何でも構わん。民の暮らしが第一であろう。400年以上の社会的な死を取り戻すのだ。良い製品、技術を開発するものには人も環境も資金もつぎ込め。今のベルトリアならできるだろう。」
「はっ!」
「2,3年後には国中のインフラを整備し、電気も水路も魔法資源も全てを行きわたらせるのだ。期待しているぞ、ジュスト。」
マデリーンの言葉は神のようだ。
私は名前を呼ばれるたびに身体を震わせるような感動を覚えた。
ベルトリアの発展は凄まじいものだった。
潤う生活、利便性の発達、強大な軍事力、そして強大なカリスマの存在。
まさしく世界で唯一の超大国と言える存在だった。
だが、神の意志に反する行為は天に見過ごされるのか。
答えはもちろん否だ。
平定の神キタイは何度となくマデリーンの行為を「平定」しようと試みた。
しかし、そのいずれも失敗に終わった。
理由は分からない。
だが、そもそもマデリーンは生まれた時からキタイの管理から外れた存在だったのだ。
やむを得なくなった神は、遂にマデリーンの前に姿を現した。
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その夜のことは良く覚えている。
風が強く、何となく胸騒ぎがしていたのだ。
マデリーンに呼ばれ、彼女の部屋で遅くまで話し込んでいた。
「ジュスト、お前には感謝している。」
「何を今更。こちらこそだ。」
私はマデリーンと二人の時だけは、幼馴染に戻ることができた。
「おもちゃの剣で叩かれて笑っていたのが嘘のようだな。」
「その後の平手もだ。今なら剣を投げ返すね。」
そんな懐かしい過去を語り合い、笑っていた。
だが、マデリーンがそんなことを語ること自体、あり得ないことだった。
それは、きっと予感があったのだろう。
この日が今生の別れになると。
「来客だ。」
ガタガタと揺れるテラスに、マデリーンは歩を向けた。
そして、扉を開けると、吹き荒ぶ雷雨の中に飛び出した。
「マデリーン!?」
私は慌てて身を乗り出した。
そこにいたのは……
「ようこそ。平定の神キタイ。」
薄らと見えたのは、真っ白な馬に乗った青年だった。
髪が腰まで長く、上半身は裸だった。
柔和な顔をしていた。
「ベルトリアの王女マデリーン。何故戦争を行う?」
その声は穏やかだが、従いたくもなる威厳に溢れていた。
「貴方にこそ問いたい。人間は可能性に満ちているが、平定によって阻害されている。それをどう思う?」
「かつて人間は自ら滅びに向かっていた。それは人間だけの問題ではない。」
「否定はしない。だが、乗り越えなければなるまい。そこに神の意志は不要なのだ。平定の神よ。どうか人間に委ねてはくれまいか。」
キタイは黙った。
彼(と見えた)もまた、決して戦うために来たわけではない。
「……かつて同じことを言った者がいた。」
「何?」
「私は信じた。だが、その者は虐殺を繰り返し、国を焼いた。人間だけではない。多くの生物が死に、大地は荒れ、食物もないほどに瀕した。」
今度はマデリーンが黙りこんだ。
「王女マデリーンよ。貴女は既にその者と同じ道を歩み始めている。世界に対する違和感と、愛する者を奪われた怒りで、もはや他人の痛みを忘れている。」
「平定を止めないのだな。」
「だが、そうであれば。」
「私を止めなくてはなるまい。キタイ。貴方とは戦いたくはない。」
キタイは槍を構えた。
「そうは行かぬ。私とて神だ。」
マデリーンは身体を浮遊させた。
「そうか。やむを得ぬな。」
二人の身体が消えた。
何が起こったのか確かではなかった。
遥か上空で、二人の姿がかろうじて見えた。
「あらゆる魔法も、科学も効かぬか。防ぐ様子もない。」
マデリーンは感嘆しながら言った。
あらゆる攻撃が効かず、キタイの攻撃を一方的に受けながらも、彼女は耐え抜いていた。
「人間とは思えぬ。」
一方、キタイもまた驚きを禁じ得なかった。
神に歯向かえば、その存在ごと消すこともできる。過去から存在しなかったように。
しかし、マデリーンはもはやそんな領域ではなかった。
「この次元にはいないものと見た。」
マデリーンが腕を振るうと、空に歪みが生じた。
虹色の光がキタイに降りかかると、僅かにひるんだ。
「信じられぬ。神の領域に入るとは……。」
その時だった。
「その世界にいたのか……。」
マデリーンの表情は鉄仮面で見えない。しかし、凄まじい怒りが包み込んだ。
「何だ?」
「貴様達が奪ったのだな……。ゼーマンを!!!」
キタイには理解できなかった。マデリーンの怒りが。
「平定の神キタイ。貴様に怒りはない。だが、無知が罪だと言うことを知れ!」
マデリーンの身体から発された虹色の光は巨大な剣となり、キタイを貫いた。
「まさか……」
そのままキタイは地面に落ち、そして消えていった。
マデリーンは神を殺したのだ。
「マデリーン……。」
ボロボロになったマデリーンは浮遊したまま私の元に戻ってきた。
鉄仮面は剥がれ落ちていた。
「ジュストよ。別れの時がきた。」
「何を言うのだ!」
「神は私を許さぬだろう。だが、私にはやらねばならないことがある。神の元に行かねばならぬ。」
「そんな……この国はどうなるのだ!」
「お前達は既に目覚めた。人々も目覚めるだろう。導くのだ。」
マデリーンは何かを唱えた。
一瞬、地平線が輝き、消えた。
「この国に防御魔法を張った。私が消えても永遠にこの国を守るだろう。これから起こる全てのことに立ち向かうのだ。」
「マデリーン!」
マデリーンは私の手を取った。
その時だけ、私達はいつかの少女と少年のままだった。
「ありがとう……。」
マデリーンは天へと去っていった。
「待ってくれ!行かないでくれ!」
残された私は、力なく項垂れるしかなかった。
そしてマデリーンは二度と戻ることはなかった。
次回は穏やかな回になるはず・・・・・・!




