第27話 世界を壊す
「マデリーンは死んだの……?」
全身に震えが走る。落雷に会ったような衝撃だった。
「うーむ、死んだというべきなのかな。」
ジュストは首を捻った。
「天に消えた、というべきだな。」
どういうことだろうか。
「それ以上に表現がない。私が最後にマデリーンを見たのは、彼女が天に向かって去っていくところだからな。」
「死んだわけじゃないの?」
「その後、姿を見ていないから、どうなったかは分からないな。」
「天には何があるのだ?」
空に向かって指をさし、如何にも楽しそうにジュストは笑った。
「宇宙があるさ。だが、マデリーンが向かった「天」とはそうではない。」
「もったいぶらないでよ。」
「神の世界だ。」
私は転生の女神の姿を思い出した。あのような神が住む世界があるのか。
「平定の神キタイを殺し、マデリーンは世界に新たな秩序と人間らしさを取り戻させた。」
「人間らしさ……?」
意味が分からない。神を殺す事がどうして人間らしさを取り戻すことになるのか。
「その後、マデリーンは多くの戦争を起こした。人々は侵略とも言うだろう。だが、マデリーン自身は本当に……少なくとも、彼女自身だけは、本当に人間らしさを取り戻させることが出来ると信じていた。」
「戦争で人間らしさを取り戻す、などと妄想もいいところだな。」
「全くだよ。」
ジュストは溜め息を吐いた。
ライエルの話によれば、彼の父……ジュスト自身もマデリーンの近くで戦争に携わってきた人間だったと聞いた。
何を言っても、それが正当化されることはない。
「どうあっても信じられないと思うが、私が見続けたマデリーンは、確固たる善だった。」
ベルトリア国民達と同じだ。
近くで見てきたジュストからの言葉は少し説得力が違った。
「言ってよいことなのか?」
「公になれば天地がひっくり返るだろうな。だから黙っておいてくれよ。」
アデルも驚きを隠せなかった。ジュストは笑う。
「何故、私達に言ったの?」
「そうだな……。」
少し間があった後、ジュストは答えた。
「お前達には話さなくてはいけない気がしたから、ではどうかな。」
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今から500年前。
英雄バッドガイが急逝した後、人間同士の争いが激化した。
戦争で勝利した神聖国家フルベングによる他国への侵略は止まらず、魔法国家ハルバートでの虐殺、ベルトリアへの侵攻など、世界は荒廃の一途を辿った。
事態を重く見た神々は、平定の神キタイが人間の統治に直接関与するという異例の決定を行い、世界は全ての物事が「平定」された。全ての争いは消え、貧富の差はなくなり、太平の世が訪れた。
人間達は静かに、微笑ましく、進歩のない生活を続けた。
それから時は流れ、今から50年前、マデリーンはこの世に生を受けた。
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「ジュスト、今日からお仕えになるのだよ。」
まだ幼かった私は、優しい両親に連れられ、王宮へとやってきた。
「やあ、ジュスト=フォンテューヌだね。君のような明るい子が今日から王宮で働いてくれるなんて嬉しいよ。」
「はい!頑張ります!」
王はにこりと微笑んで私の頭を撫でた。王宮というにはあまりに質素で、王族と言えど傲慢さはなく、分け隔てなく慈しみの心を持っていた。
ただ一人を除いて。
「今日からマデリーンの従者を務めてもらうよ。部屋もあるし、食事も何もかも心配しなくていい。」
王の横には、私と同じ年齢程の小さな女の子がいた。
「私がマデリーンだ。」
「はい。マデリーン様。よろしくお願いいたします!」
マデリーン姫は私の方に歩いてくると、手を引っ張った。
「ゆくぞ。遊びに付き合え。」
言われるままに手を引かれ、着いた先は広い中庭だった。
一本のおもちゃの剣が渡された。
渡された理由が分からなかった。
「剣は?」
「全くたしなみはありません。」
「よい。構えろ。」
私はおもちゃの剣を持ち、両手で抱えた。
刹那、頭に鋭い痛みが走った。
「ははは。油断大敵だな。」
突然のことに座り込んだ私にマデリーンが笑った。
その後も何発も叩かれた。
全く相手にならない私に対し、マデリーンは容赦なく打ち込んだ。
「ジュスト、何故戦わぬ?」
顔を打ち付けられた私は、確かな痛みを覚えながらも、怒りも悲しみもなかった。
「戦うとは?」
私はにこりと微笑んだ。すると、頬に鋭い痛みが走った。平手で叩かれたと気づいた。
「貴様もか。何故笑うのだ。」
マデリーンは吐き捨てるように言った。
ドレスを着たままおもちゃの剣を振り回し、苛立ったように骨とう品を破壊した。
「誰も何も言わぬ。」
「姫様。どうされましたか?」
「おやおや、新しいものを用意しましょう。」
私の方を見ては、マデリーンはつまらない顔をした。
「私がおかしいのか。それとも皆がおかしいのか。」
マデリーンはやるせない気持ちを持っていた。
私達が平定により、全ての争いごとから解放されたのに対し、マデリーンは一人残り続けていたように見えた。
「おねえさま。」
舌足らずな声が聞こえ、マデリーンが振り返る。
私やマデリーンよりもずっと小さい男の子がいた。
「ゼーマン。どうしたの?」
尖っていたマデリーンの声が急に優しくなった。
「おかあさまが呼んでるよ。」
「そう。呼びに来てくれたの?ありがとう。」
ゼーマン王子はマデリーンに抱き着いた。まだ小さい王子を愛おしそうに抱きしめる姿は、さっきまでとは別人のように慈愛に満ちていた。
5歳離れた弟を、マデリーンはとても、とても愛していた。
ゼーマンは表情が豊かで、とても愛嬌のある子どもだった。
後の人々がマデリーンを語る際、必ず言われるのは魔法の力だ。
究極の魔法使いであったと。
実際はどうだったのか?
そう、私から言わせれば、そんな言葉では片づけられない人間だった。
生まれつき天文学的な魔力を持ち、しかもあらゆる魔法を扱い、彼女のみが扱える魔法や能力も膨大にあった。
伝説と呼ばれる魔法使いが、命を懸けて一度だけ唱えたような大魔法でも、マデリーンはまばたき一つで唱えることができる。
ある日、マデリーンは私に言った。
「ジュストよ。もし相手に魔法が通じないとすれば、お前ならどうする?」
「何のことでございますか?」
「誰かと戦うことだ。たわけめ。」
「分かりません。」
マデリーンはにやりと笑った。
「こうするのだ。」
言った瞬間、私の身体は空を舞っていた。
自らの意思で身体を動かすことはできず、思考すらままならない。
地面に戻ってきたとき、私は大量の汗をかいていた。
「マ、マデリーン様。今のは……?」
「ははは。いいではないか。よほど人間らしいぞ?」
このような悪戯をマデリーンはよく行った。
対象はもっぱら私。あとは家族を驚かせるくらいだった。
そのどれもが突拍子もなく、スケールが違った。
ある時は他国の祭りに一瞬で飛んで見せ、ある時は広大な森の木にダンスをさせて地形を変えたり、ある時は違う星にある砂をプレゼントに包んできた。
突然変異、神に選ばれし者、そんなつまらない言葉では片づけられなかった。
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マデリーンは孤独で、愛されなかった。
実際はそうではなかったのだが、彼女自身が他とは違う自分に酷い疎外感を覚えていたようだ。
さらに、彼女にとって最大のコンプレックスは自分の容姿だった。
細い目に鷲鼻、角ばった頬骨、大きな口。成長するにつれ、誰よりも長身で、腕や身体は異常なほどに細かった。
彼女の力を持ってすれば容姿など何とでもなると思うだろう。
だが、彼女の有する特殊能力の一つに、強力な自己再生能力があった。
強力と思えるその力は、あらゆることに優先し、彼女を元の姿に戻してしまう、
そのことがなおさら彼女の孤独を深めた。
「お前は自分を見て、苦しくは感じまい。」
マデリーンはよくそう言っていた。
当時の私は意味も分からず笑うしかなかった。
ベルトリア王家は代々、男系王子が継ぐこととなっていた。
それゆえ、次期皇位継承者はゼーマンであり、マデリーンに皇位は関係がなかった。
「お姉さまが皇位を継ぐべきです。」
少し成長したゼーマンは私に言った。
「マデリーン様は確かに素晴らしいですが、貴方も……。」
「いえ、私のような凡庸な人間では、お姉さまの足元にも及びません。」
ゼーマンもまた優れた才能と胆力を持つ、王にふさわしい人間だった。
自分を客観的に見て、他の人間を称えることができるのもまた然り。
だが、比較する相手があまりにも強大だった。
「私は初めて悩みというものを持っています。私ではなく、お姉さまが王となるべきだと思えてならないのです。」
「マデリーン様は、あなたが王になるのを楽しみにしています。」
実際その通りだった。マデリーンは自身が王になるつもりなどなく、おそらく ―世界で唯一愛情を注いでいる― ゼーマンを支えることを望んでいた。
「お姉さまと話をしてみます。もし王となっていただけるのであれば、法律を変えてでも、王になっていただくべきです。それが正しい道なのですから。」
話し合いは、互いに愛情を持ち合うきょうだいらしく、和やかなものだった。
マデリーンはゼーマンを優しく窘め、心優しい弟も姉の意思を尊重した。
穏やかな時間はずっと続くものだと思っていた。
だが、マデリーンが15歳になった時、突如としてすべてを変える事件が起こった。
ゼーマンが失踪したのだ。
国中がすぐに捜索に当たり、他国にも全面的に協力を依頼した。
最も大きなショックを受けたのは、言うまでもなくマデリーンだった。
王宮のテラスに立つと、彼女は右手を空に掲げた。
「私の可愛いゼーマンが……!」
右手から緑色の閃光が放たれた。
その光は猛烈な勢いで世界中を駆け巡った。世界の隅々まで行きわたり、深海の底に沈んだ宝石でも、大気の果てのチリでさえ、マデリーンから逃れることはできない。
しかし、ゼーマンは見つからなかった。
マデリーンの力を持ってしても見つからず、世界中の人間が探しても痕跡さえなかった。
マデリーンは泣いた。
数日間も自室で泣いていた。
ショックを受けたのは、国王も同様だった。
直系の男系王子がいなくなったベルトリア王家で、後継となるのは一人しかいなかったからだ。
自室から出てきたマデリーンは、顔の色を失っていた。
「マデリーン様……。」
「全てが分かった。やはり世界が間違っているのだよ。いいか、ジュストよ。私に付いてこい。」
心配で駆け寄った私にマデリーンは無表情のまま言い放った。
「私はこの世界を壊す。壊してやる。」




