第26話 元老院ジュスト
ベルトリア北部でのクエストを終え、首都クイーンズパークに戻ってきた私達は、レンを病院に連れて行ったあと、黒豹のアデルに報告を入れた。
「ふむ。そんな事があったとはな。軍には調査に行くよう伝えておこう。」
そう言うと、アデルは目の前にどん、と札束を置いた。
「これは報酬だ。」
「なんかめちゃくちゃ多くない!?」
どう見ても一人20,000マールはある。
「詫びの分も含まれていると思ってくれ。もちろんレンの治療代も負担しよう。」
「さっすが兄さん、太っ腹っスね!」
「ありがとう。感謝するよ。」
お礼を言うと、アデルは立ち上がった。
「レン氏のいる病院に行くのだろう?」
「そうだよ。」
「では、そこで待っていてくれ。元老院に取り次ぐ。」
「え?病院に来るの?」
「そうだ。お主達の話をしたら、すぐにでも会いたいと言っていた。メルトだけでなく、今回のことも話すといいだろう。」
私達の返事を待たずにアデルはさっさと行ってしまった。
レンだけでなく、ボーンズも負傷しているし、私も疲れた。
少しゆっくりしたいし、レンに負担掛けたくない。
「エリン姐さん、俺も一応病院掛かりますけど、今から行きます?」
「そうだね。」
レンに会いたかった。
ちょっと離れただけなのに、私も大概だ。
「レン姐さんの腕、元に戻ってるといいっスねえ。」
「そうだね。」
思い出しても恐ろしい。レンに二度とあんな思いをさせてはダメだ。
「……姐さん、前に婆さんが歩いてますが、ぶつかりますよ?」
「そうだね。」
そうだ、もしレンを傷つける奴がいたら片っ端からぶった切って……。
「ちょいちょい~!」
ボーンズが私の前に立ちはだかった。
「何!?」
「いや、こっちこそっスよ!婆さんに直撃でしたよ?」
ボーンズの後ろには、腰を曲げたお婆さんが歩いていた。ボーンズに「ども~」と挨拶を交わしながらゆっくりと道を横断している。
全く気が付かなかった。
「ああ、ありがとう。」
「エリン姐さん。レン姐さんのことが心配なのは分かるんスけど、もうちょい周りを見てくださいよ。」
「そうだね。」
次に敵が現れた時はどうしてやろうか。万が一にでもレンに怪我をさせないように回帰≪リグレッション≫で逃がしてから……
「……だめだこりゃ。」
重症だ、とボーンズは首を捻った。
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病院に着いたが、レンはまだ治療中で会うことができなかった。
ボーンズも治療を受けることになったので、暫く一人で退屈となり、待合でぼーっと過ごした。
なんとなく、行きかう人々を眺める。
どういう気持ちで病院に来たのだろうか。
いや、そりゃあ体調不良や予防などだろう。
それでも私はなんとなく病院というのは居心地が悪い。慣れない場所だと感じた。
「だまし討ちのエリン様。お連れの方がお待ちです。総合案内まで来てください。」
無粋な名前で急に呼ばれたので、慌てて総合案内に向かう。
ごつい黒の鎧と、恰幅のいい坊主の男の姿が見えた。
「エリン氏。お待たせしたな。」
「ほう。あなたが……。」
坊主の男が私に向かって右手を差し出した。
「元老院のジュストだ。この度はライエルがお世話になった。」
「あなたがライエルさんの……。」
「レンという方にも是非お会いしたいが、まだ治療中と聞いてね。少し残念だが、時間も限られる。早速話を聞かせてもらいたい。」
そう言うなり、ジュストは個室の相談室に入っていった。
悠然とのっしのっしと歩く姿は、優男風のライエルとは随分印象が異なる。
私はメルトでのことと、今回のフェンリル・テネブラのことを伝えた。
「なるほど。テロ組織はすぐに手を打つ。早速メルトに公安を送り込もう。」
「公安?」
「軍でも警察でもない、私の指揮下で独自に動ける集団だ。」
「既にベルトリア軍が入ってるのに?」
「軍では無理だろう。統率が取れすぎている。犬ではネズミ退治は向かん。鼻が利く、獰猛なネコ科でなければな。」
ぼんやりと聞いていたが、ジュストが右手を上げると、相談室に一人の男が入ってきた。
顔中が傷だらけで、ボサボサの髪、トレンチコートを着た長身の男だった。
何故室内にいたジュストの挙動が分かったのだろう。
「これが公安のトップ、レイナードだ。」
レイナードと呼ばれた男は、ぎょろりとした目をこちらに向け、不愛想に少しだけ頭を下げた。
「ども。」
「はあ、どうもエリンと言います。」
「だまし討ちのエリンさん。」
もう浸透しちゃってるから違和感ないよ。
「レイナード=ガラドリエル。」
名前だけを淡々と名乗った。
「暴風のレイナードと呼ばれている。公安なのに誰もが知る存在だ。」
アデルが口を挟むと、レイナードはぎょろりとした目をアデルに向けた。
「黒豹の。あんた、おしゃべりか?」
「行かなくてよいのか?ジュストから命が出たのであろう。」
「罠だよ。」
レイナードは聞く耳を持たなかった。
「罠?」
「俺がメルトに行けば、奴らは入れ替わりに本国に入るだろ。」
「案ずるな。こっちは私とエリン氏がいる。」
「知らないよ。」
アデルの言葉に即座に否定した。まーた勝手に巻き込もうとしているな。
「いつもいつも。いい加減にして。」
「では放っておくのか?」
「勝手に決められることに誰もが従順だと思わないで。私には命を張ってベルトリアを守る理由もなければ、あなたに巻き込まれるのもうんざり。それに、今はレンのことが第一だから戦うつもりなんてないよ。」
私は少し憤りを覚えながら捲し立てた。
「アデル。これは誰が聞いてもエリン氏が正しい。」
ジュストがアデルを制しながら言った。アデルは腕組みをして黙っていた。
「失礼した。貴女の話は既にライエルからも聞いていた。力だけではなく、意志の強い方であるとね。その上、フェンリル・テネブラのような怪物も倒したと聞いたのだ。アデルが躍起になる気持ちも少し分かっていただきたい。」
「フェンリル・テネブラね……俺なら瞬殺だけど。」
レイナードが変に張り合ってきた。
「我々は優れた人間を欲している。貴女方に力を貸してもらえるなら幸いだ。もちろん、タイミングはいつでもいい。レン氏が回復してからでも全く問題ない。報酬も、アデルが渡した金額の5倍は出す。一度考えてくれ。」
何だか不思議な感じで少し笑えて来た。
ベルトリアを倒せと言われて旅に出たのに、ベルトリアを守るように言われるとは。
「レンとボーンズに相談してみるよ。」
「じゃ、俺は。」
変なところで会話を切って、レイナードは消えた。
その場からまるで風が吹くように。
「メルトに向かった。問題ない。」
ジュストには分かっているようだった。
「ところでエリン氏。私に聞きたいことがあるそうだね?」
ジュストが笑った。
「いいの?」
「メルトのことを教えてくれた礼だ。話せる範囲ならいいだろう。」
「マデリーンがどんな人かって言うのと、今どうしてるのかってことを知りたい。出来るだけ詳しく。」
「なるほど。」
笑みを崩さないまま、ジュストは腕を組んだ。
「それは可能だ。私は物心ついた頃からマデリーン女王の近くにいたからね。」
「王族に仕えていたの?」
「まあそうだが、幼馴染のようなものだ。だからあの人のことはよく分かる。」
何かを思いだすように上を見つめた。
「知ってどうする?」
「私は記憶がないんだよ。でもマデリーンと何か関りがあったことは推測できる。だから、彼女のことを知りたい。それだけだよ。」
ジュストは面白そうに眼を輝かせた。
「そうか。では、過去のことは今から教えよう。だが、現在のことは教えることはできない。」
「それはどうして?」
「マデリーン女王はもうこの世にいないからだ。」
私の背中に、まるで雷を受けたような衝撃が走った。
今回もトーク回になってしまいました。
次回は回想?過去回?そんな感じだと思います。




