第24話 私の罪
ウンブラ・ノクスが現れたのは、ベルトリア北部の国立公園だった。
トラムを降りると目の前には広大な高原と岩場が広がっている。
「切り立った岩場なので、視界が悪そうですね……。」
「国立公園って都合のいい言葉っスよねえ。」
「一瞬期待するよね。」
そんな呑気なことを言っているが、内心穏やかではない。
ウンブラ・ノクスと聞くと、ビトーで戦った時を思い出すから。
巨大な腕で身体を貫かれた時の激痛と吐き気……。
「エリンさん、大丈夫ですか?」
レンが心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「やー、いざ戦うと思うと嫌だなあって。」
「そうですよね。私も気分が重たいです。」
レンの場合は、今回彼女が考えた戦術が失敗した場合、また私の相打ち戦術しかない、という不安から来るものだった。
「場所はどのあたり?」
「もう少し北に進んだあたりに斜面になっている岩場があるそうです。その辺りがウンブラ・ノクスの出現ポイントです。」
「斜面の岩場か……。戦いにくそうだなあ。」
「でも、対策が出来るだけ前よりいいと思います。落ちないように気をつけましょう。」
「姐さん達は戦ったことあるんスよね?頼りになります~。」
ボーンズもいるし、レンもレベルがかなり上がった。変わってないのは私だけか。
気にしても仕方ない。今はやれることをやるだけだ。
自分の頬っぺたを軽く叩いた。
「よし、行くよ!」
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「ダメかも……。」
北部の岸壁地帯の急斜面は過酷だった。体力が5で固定の私にはめちゃくちゃ厳しい。
さっきまでの気合は戦う前に消えそうだ。
「勾配はキツイ、蒸し暑い、砂で足場は悪いし、死ぬっつーの!」
ほら、ボーンズだって音を上げているじゃないか。
長袖のフード付きローブという暑い恰好しているレンが一番体力があるという皮肉だ。
そのレンは私達を心配しながらも歩を進めていたが、ふと足を止めた。
「……前方200m、魔力を感じます。あの時とよく似た感じです。」
途端に緊張が走る。
「来たね。」
「はい。おそらく……。」
私とボーンズは、あらかじめ用意しておいた「竜脈草」を煎じたお湯を口に含んだ。
飲むと一定時間全ステータスを少し向上させてくれる。
「あまり飲みすぎないでくださいね。肉体に負担が掛かるので。」
「うい。おっさんには死活問題っスからね。」
そう言いながら、ボーンズは槍を取り出した。
さらに、私は剣先に「凍身草」の粉をまぶす。前にウンブラ・ノクスを麻痺状態にした毒草だ。
「よし。準備はできたよ。」
レンは頷くと、敢えて音を立てて歩き始めた。
「……こちらに気づきました。近づいてきます。距離150、130、110……」
私とボーンズはレンを挟むように両サイドに位置し、岩陰に身を潜ませた。
「50……来ます!」
急激なスピードで地面を影が這ってくる。
あの時と同じだ。
私の背にゾクリとした恐怖が走る。
「レン!無理しないでね!」
「はい!」
初撃は分かっている。
影が我々を呑みこもうと近寄ってくる。
「後ろに飛んで!」
レンの指示で後ろに飛ぶ。
地面から巨大な影の三角柱が出現したと思うと、ワニの口のように二股に裂け、バクンと閉じる。
「ま、マジっスか……!」
初見のボーンズが驚きの声を上げる。
そのまま影が集約し、一つの形を作る。
帽子を被った女性のような姿。
私とレンからすれば、数ヶ月振りの再会だ。全く嬉しくないけど。
「ボーンズさん!仕掛けて!」
レンの声で気を取り直したボーンズは、慌てて槍を構えた。
「サリー!雷で行くぜ!」
槍に雷を纏わせ、ウンブラ・ノクスに向け一気に放つと、目にも止まらぬ速さの電撃が影を打ち抜いた。
「どうだ!?」
「直撃はしていません!」
レンが言うや否や、ウンブラ・ノクスはあっという間に距離を詰め、ボーンズの目の前に現れた。
「ちょ、えぇぇ!?」
真っ黒なウンブラ・ノクスの口が大きく開いた。
「イ、デア……」
「防壁≪ラウンド・パイル≫!」
レンが咄嗟にボーンズの前にシールドを張る。だが、強力な「イデア」の前にシールドはあっという間にヒビが入り、砕かれそうになっている。
「ううぅぅっ!」
「レン姐さん!」
レンが必死でシールドで防ぐ。
その眼はウンブラ・ノクスの後ろに向いていた。
「レン、作戦どおりだよ!」
私はウンブラ・ノクスの後ろから飛びあがり、キラーバッドを突き刺した。
剣によるダメージはないが、凍身草の粉が自由を奪う。
ウンブラ・ノクスはガチガチと震えたかと思うと、動作を止めた。
「このぉ!」
そのまま突き刺した剣を真上に引き上げる。
ウンブラ・ノクスはまるで血を噴き上げるかのように、黒い身体を空へ散らした。
「や、やったあ。」
私はその場にへたりこんだ。
「レン姐さん、すんませんっした。俺、ビビっちゃって……。」
「無理もないです……。ご無事で良かった。」
頭を下げるボーンズに対し、レンは座り込んだまま微笑んだ。
「レン、大丈夫!?」
私はレンの傍に行き、顔を覗き込む。
「はい。エリンさん凄かったです。ありがとうございました。」
「レンのお陰だよ。」
レンは嬉しそうに笑った。私も釣られて笑顔になる。
「ほんとに大丈夫?」
「はい。……でも、ちょっとだけ待ってもらっていいでしょうか。」
レンは座ったまま苦笑いをした。
すぐに倒せたと言っても、あの強烈な攻撃を防ぐためには、相当無理をしてシールドを張っていたはずだ。
「衝撃で、身体がびっくりしてしまって、あの……。」
恥ずかしそうにレンが呟いた。
足腰の力が抜けてしまったようだった。
「レン、捕まって。」
私は背中を向けておんぶしようとした。
レンは顔を真っ赤にして首を横に振った。
「だ、大丈夫です。」
「心配だから。それに、早く逃げないと他にも魔物がいるかもしれないよ。」
私に言われ、おずおずとレンが背中にしがみついてくる。
ぎゅっと首に両腕が回された。そのまま足を抱えて立ち上がる。
すごく温かくて……柔らかい。
「ごめんなさい……。重たくないですか?エリンさん。」
「小枝みたい。」
「うわぁ、嘘です!」
私は冗談っぽく笑って言ったが、実際軽いので負担に感じない。
相当恥ずかしいのか、レンは私に抱き着くことなく、少し身体を離している。剣も持っているし、抱き着いてくれた方が安定するんだけど。
「んー?」
「どうされました?エリンさん。」
「いや、何か私強くなった気がしないんだけど……。」
「レベルが上がった感じはないですか?」
自分に向けて「鑑定≪アプレイズ≫」を使ってみたが、レベル3のままだった。
「俺はレベル上がった気がしますよ。」
「私もです……。」
「前にウンブラ・ノクス倒した後はレベル上がったのになあ。私はレベル上がりにくいのかなあ。」
ぽつりと呟いた。
「強くなりたいなあ。」
強くなりたいだって?
突如、私の頭の中に声が響いた。
「……何……?」
「エリンさん……?」
都合のいいことを。
さらに頭に響く何者かの声。
どこかで聞いたことのある、だが、全く覚えのない声。
そうだ、あれは、レンと出会ったガイタンの……
あがいても貴様は決して幸福になれない。
「……リンさん!エリンさん!」
思い出させてやる。
「レン姐さん、何か地面がおかしいっスよ!揺れてます!」
「何かが、地面からせり上がってくる!?魔力が、急に!?」
声が消え、私の意識が戻った。
「レン……!捕まって!」
「エリンさん!?逃げましょう!」
レンの震える声が耳元に響く。
その瞬間、地響きとともに地面が裂け、巨大な影が姿を現した。
空を見上げる程の巨体と、飲み込まれそうになる程の圧迫感。
「しゃ、洒落にならんっスよ……!こんなの見たことない……。」
「だ、ダメです!逃げて……!」
身体中が震える。
怖い。
どんな魔物より、あのマリアって奴より、ずっと。
「鑑定≪アプレイズ≫……」
フェンリル・テネブラ
・レベル:55
・物理:7056
・防御:8510
・体力:6227
・魔力:10588
・速度:420
・属性:闇
・状態異常:無効
「レベル55……!」
あまりに次元が違いすぎる。
私はレンをおぶったまま斜面を駆け下りた。
「エリンさん!エリンさん……!」
しがみつくレンの声が震えている。
すぐに魔物は私達に気づいた。巨大な手をこちらに向ける。
「メタ、ト、ロン」
その瞬間、巨大な岸壁が崩れ、大地がえぐれた。
私達は衝撃で吹き飛ばされ、地面に転がった。
「う……エリン姐さん!レン姐さん!大丈夫っスか!?」
ボーンズが必死に私達に駆け寄ってくる。
「レ、レン……。」
投げ出されてしまったレンに近づき、その身体を抱きしめる。
「エリン……さん?」
「ごめんね、レン……。ボーンズ、サリーさん。ごめんね……!」
ぎゅっとレンを抱きしめた。
あさましくも許しを請うように。
魔物はその眼を私達に向けていた。
「逃げましょう……エリンさん……。」
レンが私の服をぎゅっと掴んだ。土に塗れてしまったフードを脱ぎ、泣きそうな目をしている。
身体が動かない。どうして?全く力が入らない。糸が切れてしまったみたいだ。
せめて、せめてレンだけは守りたい。
「エリンさんってばぁ……。」
綺麗な宝石に水が伝うように、レンの両目から涙が溢れてきた。
身体が動かない。
意識が薄れていく。
夢と現実の間のような感覚の中、また、「あの声」が響いた。
償え。貴様の罪を。
次回は凄惨な話になってしまいそうです。




