第23話 ウンブラ・ノクス再び
警備隊の付き添いの元、私達はトラムに乗ってベルトリアの首都クイーンズパークに戻ってきた。
繁栄を誇る街並みと世の春を謳歌する人々の姿は、悲惨なメルトと同じ国の光景とはとても思えなかった。
「宿に行く前に旅の案内所に行きましょう。アルバイトの給料がいただけるので。」
「おー!色々あったから忘れてた!やったー!」
「俺、重労働だったから結構稼いだんじゃないっスか~!?」
実にビトーの町以来、何十日か振りに稼いだお金だ。私達はちょっと浮かれながら旅の案内所に向かった。
「1人2,500マールか……。まあ、宿泊費や交通費、食費なんかも混みだったからしょうがないけど。」
「割に合わないっスよねえ……。」
「ご、ごめんなさい。」
「これだけあれば生活はできるし、暫くクエストをこなして稼いでいこうよ。」
それなりに稼いだけど、物価の高いクイーンズパークだったら2週間程度の滞在費にしかならない。
暫くは旅の案内所に通いつめかなあ。
「あれ?」
ボーンズが何かに気づいた。
「アデルの兄さん!」
げっ。またあの人か。
ボーンズが手を振ったのは、全身を黒い鎧に包んだ巨漢……「黒豹のアデル」だった。
「む、ボーンズか。リンデールの件は解決したのか?」
「ええ。エリン姐さんとレン姐さんのお陰で!」
「ふむ。リンデールの巨木が崩壊したことは聞いた。流石エリン氏。見事だな。」
「いやあ、まあ……。」
ガイタンでぶっ飛ばされたからか、どうにもこの人苦手だ。
「つーか、兄さん、何でベルトリアにいるんスか?」
「傭兵として雇われてな。」
「ええ~?兄さん、宮仕えとかするんスか?一匹狼で売ってたのに。」
「旧知の頼みだ。断れまい。」
「俺のは断ったのに……。」
ボーンズが不満を言いたくなる気持ちもわかる。
リンデールでの時はすぐに逃げていったからね。
「当然だ。魔法を相手にはできん。」
「……どうしてそんなに魔法を避けるのですか?」
レンが恐る恐る聞いた。
「戦いたくないからだ。」
「レンはその理由を聞いてるんだけど。」
「私にとって魔法は戦うに値しないものなのだ。それがすべてだ。」
……全く意味が分からない。
まあいいや。敵ではないし、知ったところでどうしようもない。
「それはとにかく、お主達はクエストを探しているのか?」
「そうだけど……。」
「割のいい仕事があるが、どうだ?1人当たり1日3,000マール出す。」
好条件だ。とは言え、何だか嫌な予感しかしないなあ。
「北部に魔物が現れた。」
「え?ベルトリア国内に?」
「そうだ。」
ベルトリアはマデリーンの防御魔法で守られているから魔物は入れないはずでは……?
「防御魔法が崩れたんですか……?」
「いや、そうではない。外部からの侵入ではなく、おそらく、ベルトリア内で発生した魔物だ。」
「そんなことってあるの?」
「お主なら分かるだろう。」
アデルは腕を組んだまま私の方を見た。フルフェイスの兜で顔は見えないが、目が光っているように見えた。
「自然ではない、魔力の異常な流入により、変異的に現れる魔物……。」
私とレンはハッと顔を見合わせた。
「ウンブラ・ノクス……!?」
「そうだ。」
ビトーの町外れの平凡な牧草地で現れた影のような魔物。麻痺状態にしなければ物理攻撃は効かず、その時は文字どおり身を切って何とか討伐した。まさかベルトリアにも出現するなんて。
「今、世界のあちこちでウンブラ・ノクスのようなケースが見受けられる。原因はおそらく、神聖国家フルベングで起こっている魔力の異常な滞留だ。」
「魔力の滞留?」
「フルベングでは魔法実験の失敗により、貯蔵していた研究用の魔力が流出している。防壁魔法を張り、多くの魔力は国内にとどまっているが、それでも防ぎきれない相当量が外部に流れ出ていると言われている。」
魔力を使った研究……魔工兵器の開発もあるのだろうか。
「ベルトリアに現れた個体もその影響と言われている。お主達の役割はその討伐だ。」
まだやると言ってないのに、もう我々の役割になってるよ。
あの恐ろしいウンブラ・ノクスともう一度戦う気になんてなれないのだが。
「確認された個体は1体だ。お主にとっては特に問題はあるまい。1日4,000マールに上げよう。」
死にかかってるんだけどね……。でも、ほっとくワケにもいかないし、強くもなりたいし、お金も欲しいしで、断る理由はないんだよな。
「引き受けようと思うんだけど、いいかな?」
「はい。何とかしないといけないですし、万全の準備をしていけば、きっと大丈夫です。」
「えー!もっと楽なのにしません?」
ボーンズは嫌そうだったが、サリーはそんな夫のネガティブマインドに頭を抱えていた。
「あのね、ボーンズも危機感持たないとヤバいんじゃないの?一瞬で失神させられたんだよ?」
痛いところを突かれたのか、ボーンズはうっと顔を引き攣らせた。
「わ、分かりました!俺もやりましょう!」
「どうやら何かあったようだな。」
アデルが興味深そうに顔を向けている。
私はメルトであった事の顛末を話した。
「セント・ウォールとマリア・デ・ラウエレスか。成程。危険な存在だな。」
「いつかベルトリア国内でテロを行うよ。」
「私が呼ばれたのも対策の一つかもしれんな。魔工兵器か。全く価値のないものだな。」
「兄さんがいりゃ楽勝っしょ!」
ボーンズの軽いノリには誰も特に反応しない。
「そのライエル氏からも既に上がっているかもしれないが、このクエストが終わったら、ベルトリアの元老院の1人を紹介しよう。その者にメルトの話を直接伝えれば、もっと警戒を高めてくれるはずだ。」
「元老院に繋がりがあるんですか?」
レンが驚いて言った。
「うむ。私を雇った者だからな。この国の歴史にも非常に詳しい。ついでに色々聞くとよい。」
「生きて帰ってくるつもりだから、是非お願いするよ。」
私は拳に力を込めた。
あの身体を貫かれた時の、言葉にならない痛みと恐怖、違和感。
思い出すだけでも身体が震えるが、今は進む時だと思った。
「よし!」
自分の頬っぺたを軽く叩いた。
「行こう!」
レンとボーンズも頷いた。
---------------------------------------------------
「まずは草漁りかあ……。」
私達は草地で草刈りをしていた。
私の能力「草鑑≪ヘルバリウム≫」で状態異常を起こす草や、身体能力を高める草を見つけるためだ。
「最悪、状態異常の毒草さえあれば、前みたいな戦法でいけるし。」
「あ、あんなのは絶対嫌です!」
私の身体にダメージを与えながらの道連れ技だったので、私が傷つくことを誰よりも嫌がるレンは、すぐに否定した。
「あはは。今回は大丈夫だよ。レンの考えてくれた作戦どおり、絶対上手くいくよ。」
そう言ってレンの頭を撫でた。
また薄らと頬を染めたレンは、慌てて薬草を間違えそうになった。
「エリン姐さん、最近レン姐さんを触りすぎじゃないっすか?」
ボーンズがこそっと耳打ちしてきた。
「……やっぱそう見える?」
「ってサリーが言ってるんスよ。俺は気付かなかったんスけど、いやあ、良く見てる奥さんでしょ?」
お前じゃないんかい、と心の中で突っ込むも、サリーの指摘も最もだ。最近本当にレンに触れようとしてしまう。
あからさまに嫌がったりはしていないけど、きっと困っているはずだ。
「いや、悪いなっていつも思うんだよ。控えないとレンも嫌になるって。でも、なかなか止まれなくて。」
「はあ……。」
ボーンズはサリーと目を合わせた。
「うぐっ……頑張るよ。」
「止めろって言ってるんじゃないんスけど。俺はむしろいいと思いますが。」
え?何で?と目で訴える?
「レン姐さんが嫌そうじゃないんで。」
「じゃあ何で言ってきたんだよ。」
「サリーが羨ましいって言うんで。」
そうか。サリーはボーンズに触れたくてもできないんだね。それは考えられなかった。
「サリーもレン姐さんのほっぺ触ってみたいらしいっス。……っておい!」
驚いたボーンズと共に、私も一緒に突っ込んだ。お前もレンを触りたいだけかよ!
「どうされましたか?」
レンが首を傾げた。私とボーンズは笑いながら誤魔化すだけだった。
次は頬っぺたに触りたい、なんて気持ちを必死で抑えながら。
そして翌朝、私達はウンブラ・ノクスのいる北部へ向かった。
3日ぶりの更新となった上に、説明回になってしまいました!
次は動きを入れていきたい!




