第21話 魔工のマリア
「魔工技師マリア・デ・ラウエレスを、テロリスト集団への武器供与の疑いで指名手配」
宿泊施設のロビーに置かれた新聞の見出しに、その名前があった。
「結局まだ捕まってないんだね。」
「ベルトリア軍が来ても見つかってないのであれば、もうメルトから逃げた可能性もありますね。」
「こいつの詳細が書いてあるよ。先月にベルトリア内の武器工房に就職。それまでの経歴は不明。腕は相当良かったって。」
2週間の短期アルバイトを終え、今日の昼にはメルトを離れる。私とレンは、色々あったこの町でのことを思い出していた。
「ライエルは無事に戻れたのかな。」
「護衛は十分でしたし、あれから物騒なニュースはないので大丈夫だと思います。」
「もったいなかったスねえ。レン姐さんがあいつに取り入ってくれたら……ぼげす!」
衝動的にボーンズの足の指を踏んだ。
「そんなのはあり得ないですよ。」
レンは苦笑いしている。
ボーンズは知らないんだな。だからと言って無知で許される発言ではないと知れ!
「メルトに来て良かった?」
「はい。想像よりもずっと大変で、力不足だと感じました。でも、来て良かったです。」
ずっと魔法を唱え続けても救えた命は数えられるほどだった。心身共に傷ついただろう。
それでもレンの言葉に迷いはない。
「そっか。なら良かったよ。」
私も多くは聞かない。そっとレンの頭を撫でるだけだ。
「ベルトリアに戻ったらどうします?クエストでもしながら情報収集っスかね?」
「そうだね。」
私個人としては知りたいことはたくさんある。ベルトリアの現状も気になるが、何より今はマデリーンのことだ。
きっと、転生前の私はマデリーンと関係があったと思うのだ。
そんな事を思いながら、コーヒーを飲んでゆったりと過ごす。
久しぶりに穏やかな時間だった。
「だまし討ちのエリン!いるか!?」
そんな至福の時は、ロビー全体に響くバカでかい声にかき消された。
「何?ミリア、ネガキャンしないでよ!」
「来てくれ!」
「バイトは終わったよ!」
ミリアが血相を変えて私に耳打ちした。
「拘束していた男が消えた。」
何だって?
「今日の朝だ。独房の監視員が巡回した時にいなくなっていた。」
「逃げられる環境だったの!?」
「バカを言え!手足は完全に拘束。24時間体制で30分おきに巡回。何よりお前にぶっ叩かれた怪我も癒えてない。全く身動きが取れなかったんだ。なのに……。」
セント・ウォールの仲間達により脱獄したのは明らかだった。
悔しそうに唇を噛むミリアを見て、不安が募る。
「とにかく、今からメルト全域を捜索する。あんたにも協力してほしいんだよ!」
アルバイトは今日で終わりだが……放っておけないよ。
「行くよ。……二人とも、ごめんね。」
「私も行きます。」
「え、ちょ、レン姐さん……俺も行きますよ!」
私の勝手は判断なのに、二人とも(ボーンズは微妙だが)立ち上がってくれた。
「ありがとう……。よし!行こう!」
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町は緊張状態だった。
至るところにベルトリアから派遣されてきた兵士達が配置され、武装に身を包んだ警備隊が建物内外も含めて徹底的に洗っている。
「それでも、まだ見つかっていない。私達は少し離れた南部を探す。」
ミリア達警備隊と共にトラムに乗り、中心部から離れた、さらにうらぶれた地域に足を踏み入れる。
治安が悪く、貧困が顕著だった。路上で行き倒れている人間もいる。
こちらを見てくる人々の視線に、レンを連れていくのに躊躇いがあったが、一緒に乗り込んできたベルトリア軍があっという間に人々を追い払った。
「よし、行くよ。各自は3人組になり、建物を一つずつ徹底的に探すこと。だまし討ちのエリン達は外を見張ってくれ。」
そう言うなり、ミリアは仲間2人とともに、今にも崩れそうな古アパートに入った。
「嫌な雰囲気だな……。」
人通りの消えた古びた道は、薄暗く寒々しい。
魔物でも出てきそうな雰囲気だ。
そんなことを思っていると、遠くに誰かの影が見えた。
「あれ?」
私達の方に向かってきている。
それは、あの時見たとおり、鍔の長い帽子を被っており、顔は見えない。全身黒づくめのドレスを着用している。
「マリア・デ・ラウエレスさんだね。」
周囲に仲間がいないことを確認しながら、女に声を掛けた。
「そうですが……誰ですの?」
「警備員だよ。」
仰々しい話し方をするマリアに拍子抜けしつつ、私は続けた。
「あらまあ。それはお疲れ様ですわね。」
「この男を見なかった?」
事件を起こした男の写真を見せる。
マリアは口元に手を持っていき……そして……
「これは、私の知っている方ですわね。」
ふふ、と笑いながら答えた。その緊張感の無さが、私達を苛立たせた。
「どこにいるの?」
「さあ。捕まったと聞きましたが。」
「居なくなったんだよ。」
「まあ。正直な人。私に漏らしていい情報だったんですの?」
敢えてこちらを挑発するように、驚いた真似をしてくる。
何を考えているのか読めない。
「どうした?だまし討ちのエリン!?」
後ろからミリアが私達に駆け寄ってくる。
「エリン?あなたが……。」
相手の空気が変わった。
こちらに対する警戒心が高まったのが分かる。
「こ、こいつはマリア・デ・ラウエレス!」
「初対面でこいつ呼ばわりとか、失礼な方。」
「指名手配が出ていることは知っているな?大人しく来てもらおうか。」
マリアは指を顎に当てて、ふふ、と笑った。
「嫌ですわ。私、縛られたくないですの。」
「それは残念だね。」
警備隊がマリアを取り囲む。
「縛りたくはないんだけどねえ!」
「無粋。」
マリアがそう言い放つと、警備隊のメンバー達が一斉に倒れた。
「な、何!?」
私は倒れ伏したミリアを抱き起こした。
命に異常はないが意識を失っている。
「だから言いましたのに。私は自由しか愛さないですの。」
「何をした!?」
ふう、と溜息をついてマリアは私達を見た。
「言うと思って?」
「僅かに魔力を感じました。サイレントブラスターを使ったと思われます」
レンが小声で私とボーンズに言った。
「何それ?」
「見えない衝撃波を起こし、敵を無力化する魔工兵器です。範囲は狭いですが、直撃すればバリア装置でも突き破ります。」
「近寄れないってこと?」
私達はマリアから少し距離を取った。
「相手はどれだけ武装を持っているか分かりません。」
「なら、俺がやってみましょうか!」
ボーンズは異空間から槍を取り出した。
「サリー!ちょっと変わったの行こうぜ……砂だ!」
守護天使のサリーが詠唱すると、槍に砂が集まりだす。
「砂塵≪ゼロ・インパクト≫!」
槍の先端から砂嵐が巻き起こり、マリアに向かっていく。
「面白いですわね。」
砂嵐に飲み込まれてもマリアは微動だにしない。
砂と衝撃波がぶつかり合い、バチバチと音を立てた。
砂嵐が収まった後、マリアは髪に付着した僅かな砂を払った。
「やれやれですわ。あまり戦うのは好きではないのだけれど。」
マリアは右手に木の杖を構えた。
そのまま無防備に私達に向かって近づいてくる。
「かかる火の粉は振り払わないとですわね。」
「舐めるな!サリー!火でいこうぜ!」
槍に燃え盛る炎を纏わせ、ボーンズはマリアに槍を突き出した。
だが、マリアは一瞬で消え、槍は空を切る。
「え……?」
そのままボーンズは地面に倒れた。
「ボ、ボーンズ!」
私とレンは、ボーンズに駆け寄る。
他の警備隊と同じようにボーンズも気を失っていた。
「衝撃波!?」
「い、今、魔力は感じませんでした!」
レンが慌てて周囲を見回す。
「まだやりますの?」
上空からマリアの声が聞こえた。
一瞬で建物の上まで跳躍したのだ。
「くそっ!」
私はキラーバッドを構えた。
「はあ、その剣ですわね。ゴードンを叩いたのは。」
「あの犯人の名前か。」
「犯人?」
マリアは眉を顰めた。
「昨日テロを起こした奴だよ!」
「勘違いではなくて?」
「エーテル銃を持っていました。あなたが渡したんですか?」
レンの言葉にマリアは首を傾げた。
「ええ確かに。でも勘違いしないで、と言うのは、そういうことではないですの。彼らの目的は悪意を撒き散らすベルトリアを正すことにあるのですから。」
「病院へのテロ行為が正当なことだと?」
「それは知らなかったですわ。そう……病院だったの……。」
マリアは本当に知らなかったようだった。かなり驚いた様子で急に杖を収めた。
「教えてくれてありがとう。お礼に、今日は見逃してあげますわ。」
「どこへ行くつもり?」
「ちょっとゴードンを問い詰めに、ですわ。そのような目的とは聞いてなかったので。」
「やっぱり居場所を知ってるんだな?」
「あら、うっかり。」
そう言いながら、マリアは悪戯っぽく笑った。
「ゴードンって奴を警備隊に引き渡して。」
「嘘つきだったら引き渡してあげたいけど、今は駄目ですわ。」
「どうしてですか?」
「彼らに聞きたいですの。病院を襲ったなら、その真意をね。」
レンと顔を見合わせた。
相手は得体がしれない。はっきり言って勝てる気がしないし、意図も全く読めない。
引くべきだろうか。
「あなた。」
マリアはレンを指さして言った。
「見えづらいけど、大量のマナを有してますわね。」
「……そんなことは……」
「少し「お借り」しますわ。」
そう言うなり、マリアの手元で何かが光った。
「あうっ!」
「レン!!」
その場に膝を着いたレンを、慌てて抱きかかえる。
「レン!しっかりして!」
「……だ、大丈夫です。身体から力が抜けて……。」
「ごめんなさいね。またお返ししますから。」
マリアはそう言って笑った。レンに何かをした。その顔が許せなかった。
「貴様あぁぁ!」
「あら、乱暴ですわね。」
トン、とその場を跳ねるとあっという間に私の眼前に来た。
「あなたはマナを全く感じないですわ。」
「この!」
キラーバッドを振り回すが、全く当たらない。
「ちょっとお返ししましょうか。」
「かはっ……!」
マリアが指を私に向けた瞬間、身体中に衝撃が走り、私は昏倒した。
「エリンさん!!」
レンが這いながら、倒れた私に縋りつく。
マリアはまた上空へと飛翔する。
「お嬢さん、一緒に来ます?」
「エリンさん!しっかりして!」
「聞いてないな。残念。」
マリアの口調が変わった。
「こっちも戦うのは好きじゃない。帰ってくれないか。」
「急に、何ですか……?」
「可愛い子を傷つけるのは嫌なんだ。」
「エリンさんを傷つけて!……テロリストも庇ってるのに、何を!」
「その子には謝るよ。でも、セント・ウォールは正義だと思ってる。」
さっきまでと全く口調が違う。
一体何だ?レンは混乱していた。
「繰り返しになるけど、俺と戦うのは止めた方がいい。」
俺?一体何を?
「チートだからさ。俺の能力。」
そう言い放ち、マリアは消えた。
残されたレンは私の身体を必死で抱えようとしていた。




