第19話 大切な人
男の向かう方向には病院がある。
ミリアは通信機で他の警備班に応援を要請した。
ここ最近対応していた、只の暴力集団とは全く違う。
何かを起こそうとしている。
自分の命さえ顧みないような、危険なことを。
奴が病院に入っていくのが見えた。
「だまし討ちのエリン!応援が来るまで待て!」
「レンがいるんだよ!」
「仲間か!?」
私はミリアを振り切って病院に入ろうとした。
その瞬間、ドンという地鳴りのような音が響いた。
病院の1階層から爆炎が上がり、煙が立ち上った。
「レン……!」
「おい!待てってば!」
私は病院の中に駆けていった。
入口では警備員達が倒れ伏しており、悲鳴と爆発音、そして、逃げ惑う人々で狂乱していた。
ヒーラーや医療者達は、患者達を背負いながら必死に外に向かい、自力で起き上がれない者達は後回しになっていた。
燃えあがる部屋に寝たきりの老婆が取り残されているのが見えた。
「くそっ!」
私は思わず飛び込んだ。
「あ、あ……」
やせ細った老婆は怯えた声で私に手を伸ばす。
「もう大丈夫だよ!」
老婆を背負い、部屋の外に出る。
逃げようとする人々に呼びかけた。
「犯人を追うんだ!この人を外に……」
「今は無理だ!」
声を掛けても誰も応じてくれない。
動けない患者まで連れ出す余裕がない。皆逃げるのに必死だ。
「くそっ!」
止む無く一度外に出る。
「あっ!だまし討ちのエリン!」
「ミリア!頼む」
私は老婆をミリアに預けた。
「ちょっと!どういうことだよ!」
そのままもう一度病院内に入る。
「レンー!」
人々をかき分けながら叫ぶ。
誰かに文句を言われても構わない。
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「爆発音が近づいてきました!早く逃げましょう!」
私は、動けない患者の肩を担ぎ、ゆっくりと階段に向かった。
「レンさん。早く逃げないと我々も助かりません。」
「でも、これ以上早くは……。」
「この方は動けません……。重荷になる。」
「見捨てるわけにはいかないです。」
何かを言わんとするライエルさんに、私は言わざるを得なかった。
「……レンさんなら、そう言うと思っていました。」
ライエルさんは、少し困ったように笑った。
「無理強いはしません。」
「はは……。貴女はやはり素晴らしい人だ。」
ライエルさんが笑った。こんな時に笑えるのはどうしてだろう。
患者の身体は私よりずっと大きく、ずるずると患者の足が床を擦る。
ライエルさんは歩ける患者達を誘導していく。
きっと、どちらが正しいとかではない。
その時だった。
一人の男が階段を駆け上がってきた。
黒いスーツを纏い、右腕には……銃。
ライエルさんを始め、そこにいる全員が呆気に取られていた。
男は躊躇なく引き金を引いた。
「防壁≪ラウンド・パイル≫!」
防壁≪ラウンド・パイル≫ …… 物理攻撃や魔力による攻撃をある程度防ぐシールドを展開する魔法。ヒーラーがレベル9で修得。
バチンと音を立てて、男の放った弾丸がシールドに防がれる。
ヒーラーとしてのレベルが上がったことにより、使用できるようになった魔法だ。
咄嗟に唱えたが、何とか間に合った。
「レンさん、ありがとうございます!」
ライエルさんや他のヒーラー達も急いで続く。
私よりも強力なシールドを展開した。
「ちっ。」
男が右手に持った銃を取り下げ、胸元からもう一丁、銃を出した。
「あれは……?」
その銃をこちらに向ける。
砲身が大きく、緑色の光が見える。特徴的な形状に見覚えがあった。
嫌な記憶。
戦場での記憶だ。
強力なマナで敵を焼き殺す兵器。
「エーテル銃……!」
ダメだ。シールドを突き破られる。皆死んでしまう。
……暴露≪リヴィール≫を使わなきゃ。
でも、身体が震える。
まだ怖いの?
使わなければ、自分も、他の人間も、誰一人助からないというのに。
分かっているのに。
それでも、言葉が、勇気が出ない。
何て情けないんだろう。
お願い、動いて。少しでも勇気を。
どうか。
……エリンさん。
「レンー!」
その人の声が聞こえた。
こっちに向かってくる声。
とても、とても大切な人の声。
「暴露≪リヴィール≫!」
湧き上がるように体に魔力が駆け巡る。
「レンさん……!?」
ライエルさんがこちらを振り向くと同時に、男が引き金を引いた。
「応報!」
エーテル銃から放たれた高熱のレーザーを全てシールドで吸収する。そして、それを相手に向けて撃ち返した。
「なっ……!?」
男は階段から飛び降りて回避しようとするが、避けきれなかった。
「ぐあぁっ!」
右半身にレーザーを受けた男はエーテル銃を落として、のたうち回った。
「レン!大丈夫!?」
エリンさんが階段を駆け上がってくる。
その姿が見えただけで、泣きそうになった。
「エリンさん……!」
「気を付けて!こいつ、何か隠してる!」
エリンさんは、倒れている男の方に向かう。
「くそっ……ダメか……。祖国に幸あれ。」
男は震える手を胸元に持って行った。
「させるか!」
エリンさんは、キラーバッドで豪快に男の頭を殴りつけた。
地面が揺れるほどの強烈な一撃。
刃の部分ではないとはいえ、流石に死んじゃうんじゃ……。
男は完全に失神した。
エリンさんが男の服をはだけさせた。
「爆弾か。」
男は胸元に爆弾を巻いていた。上手くいかなければ、周囲を巻き込んで自決するつもりだったのだろう。
エリンさんはそれを無理やり取り出して、キラーバッドで叩き潰した。……豪快だなあ。
「レン!!」
エリンさんが私に駆け寄ってくる。
嬉しくて、涙が溢れた。
「エリンさん!!」
今すぐにでも飛び込みたい。
でも、患者を肩に抱えているから、それは出来ない。
こうして会えただけでも、こんなに幸せなのだから。
「大丈夫だった?ケガはない?……焦げ臭いよね。熱かった?」
エリンさんは私を心配して、オロオロとしながら頭を撫でてくれた。
さっきまでの凛とした恰好良さが嘘のようで、小動物みたい。
「はい。大丈夫です。」
魔法を使ったのに震えが治まっている。
私の傷もエリンさんに少しずつ癒されているんだ。
見つめ合っている私達の横で、ライエルさんは苦笑いしていた。
「ありがとう。エリンさん。」
今更駆け付けた警備隊が、男の身柄を拘束している。
「こいつは何者なの?」
エリンさんは冷たい声でライエルさんに尋ねる。
「祖国に幸あれ、と言っていました。おそらくベルトリアに侵略され、故郷を失った者の末裔でしょう。」
「侵略ね。ベルトリアに来て、そう認める人は初めてだよ。」
エリンさんは少し感心したように言った。
「この町にはベルトリアを憎む者が多い。そうした人間達が過激化してもおかしくはありません。」
「でも、どうして病院を襲ったの?ここの患者は言うならば仲間じゃないか。」
「思い当たることはあります。さあ、早く避難しましょう。」
ライエルさんはそう言うと、患者達を連れて階段を下りていった。
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「あ、エリン姐さん!レン姐さん」
病院から出てきた私達に、ボーンズが声を掛けてきた。
「遅いよ!何やってたの!?」
「資材を担いでたっス……。」
項垂れるボーンズを横目に、警備隊に連れられる犯人の男が見えた。
ミリアがいたので、声を掛けた。
「仲間の2人は?」
「逃げられた。暫くは警戒態勢だな。」
そんな悠長な。
「あいつを助けに来るかもしれないよ?」
「その前に、これからみっちりと聞き出してやるさ。」
ミリアは手を合わせて、ぼきぼきと指を鳴らした。……やるつもりだな。
「レンさん、ちょっといいですか?」
ライエルがレンに話し掛けた。
「少しだけ時間をください。できれば2人で話をしたい。」
そう言うと、建物から少し離れていった。
私に気づかれないようにしても、そうはいかない。
気づかないフリをして、2人をこっそり尾行した。
何だか、物凄い嫌な気持ちになっていた。
レンとライエルは病院の裏手にある小さな公園にいた。
人は他におらず、2人だけだ。
それが益々不快に感じる。
私は木の裏に隠れながら耳を澄ました。
ダメなことだと分かってはいるけど、不安でしょうがなかったのだ。
「どうされましたか?」
レンがライエルに尋ねた。
「今回の事件のことです。」
ライエルはレンを真っ直ぐに見つめた。
「それなら、エリンさんにも……。」
「いえ、貴女だけに聞いていただきたいのです。」
レンは不思議そうに首を傾げた。
「私はもうすぐこの町を出ます。ベルトリアの本部に戻るのです。」
はあ、とレンは曖昧に返事をした。
「それが今回の事件と何か関わりが?」
「率直に言うと、彼らの狙いは私だということです。」
「ええ?」
レンが驚きの声を上げた。私も驚いた。
「私の父は、ベルトリアの元老院を務める一人です。父は若い頃からマデリーンの側近として、数多の侵略戦争に関わってきました。この町の人々はマデリーンと同じように父を憎んでいることでしょう。」
「だから、その息子であるライエルさんを標的にしたと。」
「ええ。」
ライエルは頷いた。
「何故言い切れるんですか?」
「襲われたのは今回が初めてではないからです。ただ、病院にまで攻め込んでくるとは思いませんでした。これ以上いるわけにはいきません。」
レンは複雑な表情を浮かべていた。
「……分かっていながら、ライエルさんは何故そんな危険な場所に来たんですか?」
「何でしょうね。父の罪滅ぼし、なんて言えたらいいのですが。」
ライエルは諦めに似た表情を浮かべた。
「父のことを尊敬していました。たとえ戦争に関わっていても、家族にとっては誇り高き父だった。裕福で、将来も約束されていた。でも、父と異なり、私自身には何もなかった。私は自分で道を選びたくて、色々なことをしました。ヒーラーになったのもその一つでしかなかった。」
自嘲気味に笑うライエルに、レンは悲しそうな表情を浮かべた。
「でも、結局私は……父の息子でしかなかった。ベルトリアに戻り、父の下で働くのです。ヒーラーではなく、政治家としてね。つまらない人間でしょう?」
「そうは思いません。」
レンは強く言った。
「この病院のヒーラーの皆さんも、患者の方々も、みなライエルさんのことを信頼しています。貴方自身がどう思っていても、目の前にある苦難に誠実に接していたからこそ得られる物だと思いました。」
「ありがとうございます。でも、私は助からない者は助からない、と割り切るような人間ですよ。」
「……全てが受け入れられるワケではないですが、この町では、その考えも決して間違いではないと思います。」
「ありがとう。」
ライエルは俯いて顔を覆った。一瞬、泣いているようにも見えた。
そして、すぐに顔を上げて、ほほ笑んだ。
「レンさん。」
ライエルはあらためてレンの前に立った。
「私と一緒に来てくれませんか?」
レンが驚いた表情をしている。
私は心臓が飛び出そうになった。
「患者達を癒し、人々を守る姿に、私はあらためて尊敬の念を抱きました。」
「それは、買い被りです。」
「何より、貴女の笑顔がとても好きです。」
ライエルの言葉は本気だった。
真っ直ぐな想いが、部外者である私でも分かった。
「ずっと私の傍にいて欲しいんです。」
レンは何て答えるの?まさかついていかないよね?
あいつ、レンのことを好きなんだ。
そりゃそうだ。レンくらい可愛くて優しくて、繊細で、柔らかくて、でも強くて。抱きしめたいくらい、素敵な子はいない。
嫌だよ。嫌だ。心がぐちゃぐちゃになる。
「お気持ちは本当に光栄です。でも……お応えはできません。」
「ええ。分かっていました。すいません、気を遣わせてしまって。」
頭を下げるレンに、ライエルは笑って答えた。
「それでも伝えたかったのです。貴女に救われたということを。」
「少し言葉を返します。……ライエルさんは素晴らしい方だと私は思っています。きっとお父さんとは関係なく、貴方自身の道を歩まれると信じています。願わくば、どうかヒーラーとして人々を導くことを忘れないでいただければ……幸いです。」
レンもまた、本心からの言葉だ。
ライエルはまた顔を覆った。
「ええ……ありがとう。」
良かった、と私は心から安堵した。
胸が締め付けられるように苦しくて、呼吸が乱れたままだ。
「レンさん。最後に一つだけ教えてください。」
少し経ってから、ライエルが尋ねた。
「貴女はどうして旅をしているんですか?」
レンが目をぱちっと瞬かせた。
「ヒーラーとして生きるにしても、故郷のハルバートが最も適した場所だと思いますが。メイジの力もそこで得たものでしょう。」
レンは少し困った様子だった。
「私は故郷から逃げたんです。貧しくて、死にかけて、弱い自分が嫌で。家族も、仕事も、何もかも放り出してきたんです。ヒーラーになりたいなんて言うのも、実はただの逃げでしかなかったのかもしれません。」
「ですが、今の貴女はとてもそうは見えません。本当に人を救う気持ちがなければ、この町で見せてくれたような心の籠った治癒は出来ないはず。」
ライエルが言うと、レンはほほ笑んだ。
「エリンさんに会えたからです。」
ドキッと心臓が鳴った。
「いつも真っ直ぐで、誰かを助けるために全力を尽くす人だから。」
「そうですか……。エリンさんが。」
「はい。私が今日、魔法を使うことが出来たのも、エリンさんの声が聞こえたからなんです。そうでなければ、身体が震えて動けなかった。」
レンの声が熱を帯びていく。
めちゃくちゃ嬉しい。それこそ、身体が震えるくらい。
「エリンさんのことを、とても尊敬しているんですね。」
「はい。」
レンはにこっと笑った。
「エリンさんとずっと旅をしていたいんです。」
うわああああ。嬉しい。嬉しすぎる。
私は木の後ろで泣きそうになっていた。
そして、こっそりその場を離れた。
もう十分すぎたから。
「あ、どこ行ってたんスか。エリン姐さん。」
「ちょっと天国へ。」
「はあ?」
戻ってきた私を見て、ボーンズが困った顔を浮かべている。
きっと私はニヤけた顔をしているんだろう。
「あ、レン姐さんも戻ってきた。お、あの優男も一緒っスよ!これは結構キテるんじゃないっスか~?」
「へへへ。残念でした~。」
「ええ?何スか、その余裕そうな感じ……。」
へらへらしている私に、ボーンズはちょっと引いている。
「エリンさん!」
レンが嬉しそうにこっちに向かってくる。
「レン。」
私は両手を広げてレンを迎え入れた。
レンは照れながらも、私の胸に収まる。
柔らかくて、温かい身体をぎゅっと抱きしめた。
「勝ち目がなかったなあ。」
ライエルは小声で呟いて笑った。
百合の間に入る隙なし!




