第18話 救えない人達
「ただいまー。ああ、疲れた!」
私は初日の労働を終え、宿泊施設に戻ってきた。
「お帰りなさい。」
レンが笑顔で出迎えてくれた。
いつも一緒に行動していたので、何だか新鮮でむず痒い。
「もうクタクタだよ!今日だけで何回事件起きるんだよってくらい。」
「大変だったんですね……怪我はないですか?」
「ありがと。大丈夫だよ。レンはどうだった?」
そう聞くとレンは困った表情をした。
「力不足を痛感しました。もっとヒーラーとして成長しないと。」
「どうしたの?」
レンから話を聞いた。
今日だけで30人近くの治療にあたり、レンが助けられたのはたった3人だったこと。
酷く疲れた様子のレンを見て、私は心配を超えて怒りがこみ上げた。
「そんな……酷すぎる。嫌がらせじゃないか。」
「そうではないと思います。」
レンは首を横に振った。
「この町にはあまりに多くの患者がいて、治癒や医療にあたる人が足りてないのはよく分かりました。……私が熟練したヒーラーだったら救うことが出来た人もいたはずです。」
「でも、レンのレベルを知ってるのに、わざわざ助からないような人ばかり当てるなんて!」
私はライエルとかいう、あの優男を許せなかった。
ボーンズはどうでもよく、私にこんなハードな仕事を振ったことについては100歩譲って許そう。でも、レンを心身的に追い詰めることは許せなかった。
「明日文句言ってやる。」
「私なら大丈夫です。エリンさん。」
「でも……。」
「自分の無力さが悔しいんです。それに、この町に来た時点で分かっていたことです。助けられない人がいるということは。」
レンの目は全く諦めていなかった。
その様子を見て私は黙った。
「心配かけてごめんなさい。きっと大丈夫です。」
無理をして笑うレンを見て心が痛んだが、私はそれ以上何も言えなかった。
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翌日からも死に瀕する患者と向き合う日が続いた。
大半は助けられず、稀にうまく治癒できても社会復帰までは程遠い。
そんな中で、自分のレベルが上がっていくことだけは実感できた。
少し高度な回復魔法も使用できるようになったからだ。
1週間ほど日が経ったある日のことだった。
病院で治癒にあたっていた私の元へ、ライエルさんがやってきた。
「素晴らしいですね。あなたに来ていただいてよかった。」
ライエルさんは感動した様子で言った。
「ほとんど、助けられていません。」
「何故そう言えます?」
「実際に……亡くなっている方ばかりですから。」
「それは少し違いますよ。レンさん。」
私の答えに、ライエルさんは薄く笑った。
「我々は、癒しているんです。」
癒す?
「この町では日々、人が死にます。劣悪な環境で生まれ育ち、あるいは、流れ着き……。いずれにしても、この町に入ったが最後、心は荒み、身体は傷つき、ただ憎しみと絶望に塗れたまま死んでいきます。私がこの町に派遣されて来たその日から、何も変わっていません。」
無力感が感じられる語り口に、少し驚きを覚えた。
「世の中に呪詛を唱えながら死んでいくことは果たして生きたと言えるのか。自分のやっていることは無駄なのではないか。そんな疑問と葛藤を持ち続けました。」
「それは、今私も少し感じています。」
「そうでしょう。ただ、そのような中で治癒を続けていった時、彼らに変化が現れました。死んでいく時に僅かながら笑顔で、良かった思い出を語ったのです。その死に顔は少し穏やかでした。」
私は黙って聞いていた。
「それが一つの答えだと気づいたのです。この地獄のような町で、命を救うことが出来なくても、傷ついた心を救済することが出来るのだと。」
そう語るライエルさんの目に迷いはなかった。
この人は、きっとこれまでに数多くの死を看取る中で、そこに残る僅かな希望を見出したのだろう。
決して間違っていない。そう思う。でも、どこかで受け入れがたい気持ちがあった。
「最初に貴女が患者に対応した時から、私は見入っていました。」
ライエルさんは私を正面から見つめた。
「凄惨な患者を目の当たりにしても揺るぐことはなかった。ひたすらに治癒魔法を唱え、死にゆく者の言葉を残そうと、その爛れた顔を両手で包み込んだ。私は正直に感動しました。多くのヒーラーは、少なくともここに来た善意の者達でさえ、そこまで寄り添ったことは出来なかった。」
ライエルさんの言葉には熱が籠っていた。
言ってしまいたかった。買い被りだと。私はただ……慣れていただけなのだから。
少し申し訳ない気持ちにさえなった。
「貴女のような人に救われる人がいるのでしょう。……私もそうかもしれません。」
ライエルさんはそう言って微笑むと、足早に去っていった。
残された私は、何故か息苦しさを感じた。
エリンさんに会いたいな。
そう思った。
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「あれ?ボーンズだ。」
見回りをしていた私は、大きな資材を運んでいる人の群れの中にボーンズを見つけた。
「エリン姐さん!」
気づいたボーンズが、荷物を運んだ後、こちらへ駆け寄ってきた。
「お疲れ様。頑張ってるね。」
「最悪っスよ!何で俺だけこんな奴隷みたいな重労働なんスか!?」
「それはあのライエルに言ってよ。」
「言ってやりたいスよ!レン姐さんには悪いけど、早く辞めたいスよ。」
「まあ、2週間でしょ。1週間経ったし、あと1週間じゃん。」
「なんか慣れてません?」
ボーンズの言うとおり、私はちょっと慣れてきたのだ。
変な話、人間の集団を制圧する方が魔物を相手にするよりずっと楽だ。
「魔物と違って、剣で確実にぶっ飛ばせるという安心感があるからね。」
「……人間相手に躊躇いなくできる姐さんがちょっと怖いス。」
「ちょっと!躊躇ってるよ!あくまで最終手段だよ。」
現場の責任者に呼ばれ、ボーンズはぐったりした様子で踵を返した。
その時、ふと気づいたように私の方に向き直った。
「あ、そうだ。姐さん。ちょっと現場の奴らから聞いたんスけど。」
「なに?」
「あのヒーラー協会ってのは、実は結構でかい組織らしいっスよ。他のジョブよりもかなり組織立っていて、ベルトリアでは政治への影響力も強いとか。」
「へー。」
私は如何にもどうでもいい、と言った感じで聞き流していた。
「エリン姐さん~。俺の見立てでは、あのクソ優男はそれなりのエリートと見ました。ここでレン姐さんがあいつに気に入られたら、ベルトリアの中枢にも近づく機会が出来るかもしれないって事っスよ。」
私はその言葉にハッとした。
「レンが……?」
「そうっスよ!それを足掛かりにレン姐さんにベルトリアの中枢を探ってもらえれば、きっと何か見つかりますよ!」
ボーンズの提案は、相変わらず短絡的に思えたが、なるほど確かに情報を得る機会にはなりそうだ。
だが……。
「レンがあのすました坊ちゃんに気に入られるって、どういうこと?」
「え?そうっスね。レン姐さんはヒーラーとしてはまだまだっスから、その可愛さで取り入って……げぶぅし!!」
私は反射的にボーンズに回し蹴りを食らわせた。
「レンにそんなことさせるの!?そんなこと、二度と言わせないぞ。」
「いや、いや、冗談スよ!でも、実際あり得る話じゃないスか!」
「何がだよ!」
「だって、あいつ明らかにレン姐さんを気に入ってるじゃないスか!」
そうだ、すっかり忘れていた。
あの野郎、最初からレンに対しては親切だった。
それに……あれは一昨日だ。わざわざ宿泊施設を訪れて、レンにゼリーの詰め合わせなんて差し入れで持ってきやがった。
いや、その時は結構いい奴じゃん、なんて言って私もレンと一緒に食べたんだけど。
「バイト辞めるぞ!ボーンズ!」
「極端過ぎません!?」
自分の迂闊さを後悔しながら、私はボーンズを置いて立ち去ろうとした。
「だまし討ちのエリン!急いで来て!」
遠くからミリアが呼ぶ声が聞こえた。
何かあったようだ。
「来たね!だまし討ちのエリン!」
「だから、フルネームみたいに呼ばないでよ!」
「気にしなさんな。それより、あれ見なよ。」
ミリアの指さした先には、3人組の男女がいた。
女性は長身で鍔の長い帽子を被っており、顔は見えない。全身黒づくめのドレスを纏っており、この汚れた町ではかなり異質な印象だった。
男性2人もいずれも黒づくめにサングラスをかけた如何にも怪しげな連中で、それぞれ銃を持っていることが伺えた。
「ここらじゃ見ない連中。難民にしては小綺麗だ。ベルトリアから入るにはヒーラー協会の許可がいるが、あんな奴らのことは聞いていない。」
「どこから入り込んだのか……。」
「ああ。ちょっと様子を見よう。」
ミリアはベンチに腰かけてコーヒーを飲んだ。休憩する振りをして目配せをしている。
私も横に腰かけて3人を見た。
確かに町の中ではかなり浮いているが、不思議なのは町の人間が彼らに対して全く無頓着なところだった。
私達が町に初めて来たときの、あの異様な視線は忘れられない。
「元々町にいた人間なのかな?」
「かもしれんな。だが、何故あのような恰好でいるんだ?」
じっと見ていると、私はあることに気づいた。
「光ってる……。」
男の内の1人から、青白い光が発されていた。
私の能力「破綻感覚」は、壊れそうなものを感知できる能力だ。その対象は青白い光を発する。つまり、あの男は、近い内にこの世から消える。
「どういうことだろう?」
刹那、その男が突然走りだした。
「何だ!?」
私達は慌てて立ち上がった。
ミリアは警備隊のメンバーを集め、残りの二人を捕まえるように指示した。
そして、私とミリアは男を追う。
男が向かったのは……。
「病院の方だ!」
私は叫んだ。
奴は銃を持っていた。
「病院にテロを起こすつもりか!」
「レン!!」
病院にはレンがいる。
私は無我夢中で男を追いかけた。




