第17話 見捨てられた町メルト
首都クイーンズパークを遥かに離れ、鬱蒼とした森を抜けた後、大きな荒野を進む。
坂を下る。
魔力を動力としたトラムがゆっくりと音を立てて、沈むように坂を下る。
大きな、長い坂。
特別に高い場所でもないのに、地の底に進むように低い土地へと進む。
纏わりつくような湿気と暑さ。
何でもないはずなのに、まるで世界が沈むような印象を受けた。
下りきった後には巨大な門がある。
まるで城壁のように高く、長い。
衛兵達が一人の人間も出られないように監視している。
門が開き、トラムを通過させる。
ここからがメルトの町だ。
メルトの駅は屋根も壁もなく、むき出しだった。
行き場をなくした人々がたむろし、ギョロ付いた目でトラムから降りる人間を凝視する。
ヒーラー協会の先導と護衛に囲まれ、私達はトラムを降りると、その視線を一斉に浴びた。
その意図は全てを読み取れない。関心、嫉妬、恐怖、諦め、敵意……
「……首都とは別世界だね。」
眼前に広がるのは、木と石で作られ、シートで固定されただけの粗末な家屋が無数に立ち並ぶ、仮初の町だった。
異臭と熱気が私達を出迎える。
「こちらです。」
ヒーラー協会の人が、駅前にある(この町では最も立派な)宿に案内した。
「ここは宿泊施設でもあり、ヒーラー協会の拠点でもあります。多くのヒーラーや護衛がこの場所に滞在していますので、あなた方もここで過ごしていただきます。」
警備体制はかなりしっかりしているので、少し安心した。
それでも気を抜いてはいけないのだが。
宿泊施設に入ると、一人の青年が立っていた。
背が高く、金髪を肩まで伸ばしている。整った顔立ちをしている青年だった。
「この度はメルトまでようこそ。エリンさん、レンさん、ボーンズさん。私はこの地区の担当主任であるライエルと申します。」
ライエルは背を曲げて挨拶した。
実直そうな声だ。
「この町で行っていただくのは、主に負傷・疾病に苦しむ人の救護です。活動は多岐に渡ります。なので、私の方で事前に皆さんの業務を割り振りさせていただきました。」
「それはどうも。」
「まず、エリンさんは警備部隊に入っていただきます。」
は?
「救護じゃないんですが。」
「見回りです。集まった人間同士のトラブルもあるし、集団で強盗を働く者達もいます。腕の立つ人は重要なんですよ。もちろん一人ではなく、5、6人で行動していただきます。」
上手いこと言って、何だかがっかりだ。
「ボーンズさんは瓦礫の撤去と仮説住宅の建設の手伝いを担っていただきます。」
「ええ~?バリバリ肉体労働じゃないっスか!?」
「昨日、難民の家族が3世帯来ました。彼らの住まいを作るために南の土地の廃墟を綺麗にして仮設住宅を建てる必要があるんです。人手が足りないので助かりました。」
ボーンズは不服そうな顔をしていた。
「レンさんはヒーラーですね。ならば、我々と一緒に病院に来てください。」
「あ、はい。でも……」
レンはちらりと私を見た。
「大丈夫ですよ。基本的な治癒魔法と状態異常が回復できるだけでも十分戦力になります。それに、ここは実践の場でもありますから、ヒーラーとしても大きく成長できると思います。」
レンに対してにこりと笑いかけるライエルに、私は内心穏やかではなかった。
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「ヒーラー以外に対してぞんざいじゃない?」
ライエルから一通り説明を受けた後、私は言った。
「私は一日中町を歩き回るんだってさ。」
「全く同感っスね。俺なんて1日8時間みっちり作業ですよ?暑いし臭いしきついし、死ぬっつーの。」
「すいません。私が来ようと言ったせいで……。」
レンは私達に気を遣って頭を下げた。
「違う!レンのせいじゃないし!あのライエルって奴のせいだよ!」
「間違いないっスね!あんのスカした感じでヒーラー以外はその辺でこき使っとけ、とか思ってんスよ!」
「そんなことはないと思いますが……。」
憤る私達をなだめながら、レンは書類に目を通した。
宿は、割と広々としていて、落ち着いていた。
「やっと来たね。」
私が声を掛けると、レンは頷いた。
「ここに来ることが出来たのもエリンさんのお陰です。」
「そんなことないよ~。」
「私だけだったら……きっと来れてなかったと思います。」
「レン。ちょっといい?」
私はレンの隣に座り、頭を撫でた。
「ちょっと疲れてる?」
レンは顔を赤くしていた。
「大丈夫です。あの、本心なんです。エリンさんといると本当に勇気が湧くんです。」
「レン……。」
「国から逃げ出して、何がしたいのかって思った時、誰かを助けたいって漠然と思ってただけなんです。一人だったら、この町の状況を知った時に心が揺らいでしまったかもしれません。」
「レンだったら、きっと来てたよ。」
髪の毛が柔らかくて、いい匂いがする。つい頭を触りたくなってしまう。
「ん……エリンさん……あの……。」
レンが顔を真っ赤にしていた。
「ああ!ごめん!」
私はパッと手を離した。
なんか最近ダメだなあ。まるでがっついてるみたいで恥ずかしい。
レンに嫌がられてないといいんだけど。
「あ、恥ずかしいだけで……。全然嫌じゃない……です。」
レンはそう言ってもじもじと両手の指を合わせた。
私は誤魔化すように自分の布団に飛び込んだ。
「明日、上手くいくといいね。」
「はい!」
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「ヒーラーの方に来ていただいたのは久しぶりで。助かりますよ。いくら手があっても足りないですから。」
翌日、ライエルさんに連れられて、私は病院内を歩いていた。
エリンさんとボーンズさんとは、朝から別行動になった。
「魔法はまだまだですが、頑張ります。」
「それじゃあ、早速お願いします。」
ライエルさんはにこりと笑って、201と書いてある病室のドアを開けた。
部屋に足を踏み入れた瞬間、一気に胸が重くなった。
ボロボロのカーテンで仕切られた幾つかのスペース。
薬品の匂いと正確なリズムを刻む電子音。
そして……うめき声。
「4人部屋に無理やり5人入ってもらってるので、狭いですが、こちらに来てください。」
狭い部屋を進む。あちこちで唸るような声が聞こえる。
ライエルさんは一番奥のカーテンを開いた。
「さ、レンさんの担当する患者です。」
目の前にいるのは、身体中が火傷に覆われ、死に瀕した患者だった。
右足がなく、両手の指もない。焼けただれた跡があまりに痛々しく、虫が湧いている。
断続的に小さく唸っていた。悲鳴のようにも聞こえた。
「動じませんね。」
私の表情を見てライエルさんは意外そうに言った。
「この方を魔法で治癒するのが私の役目でしょうか。」
「そうです。」
ライエルさんはあまりに穏やかに言った。
「さ、お願いします。あなたのやり方でいいんです。」
私は患者に近づき、手を添える。
そしてヒールの魔法を唱えた。
微弱な回復魔法では痛み止めにもならない。それでも、私の出来る唯一の魔法はこれしかない。ひたすら唱え続けた。
ライエルさんは黙って見守っている。
患者の方は皮膚の表面が少しだけ癒えてきているが、あまり変わらない。
呼吸が弱くなっていくのが分かった。
「……た……」
何かを言っている。
生命の鼓動が弱くなっていく。
最後に何かを伝えたいのか。
爛れてしまった顔と口。きっと声帯もやられている。
もう声を発することもできない。
私は両手で顔を包み込んだ。
せめて言葉だけでも。そんな思いだった。
「こえ……あ、あ」
少しだけ言葉が聞こえた。
顔を近づけて口元に耳を寄せる。
「話せますか?」
「しに……た……い。」
私は驚いて身体を離した。
「いたい……。あり……が……。」
それっきり言葉が止まった
やがて全ての活動が終わりを告げた。
「お疲れさまでした。」
ライエルさんは穏やかな声で患者に語りかけた。
「レンさん、非常に良かったです。初めてとは思えないくらい見事な対応でした。私、正直言って感嘆しています。」
感嘆?
「救うことはできませんでした。」
「そうですね。ただ、死ぬ間際、彼は言葉を取り戻しました。そして感謝して逝くことができた。これは非常に重要なこと。助からない患者をせめて少しでも幸せな気持ちのまま次の世界に送る。これもまたヒーラーの役割ですから。」
ライエルさんは慣れたように言った。ここでは死が日常的なことなのだろう。
だが、私は納得がいかなかった。
「私ではなく、他の方であれば救えたのかもしれません。」
「でしょうね。」
特に気にした様子もなく、ライエルさんは答えた。
「では、何故そうしなかった?と言いたいでしょう。確かに私達が全力で助けようと思えばできたかもしれません。でも、これほどの患者を救おうとすれば、他の患者達を治癒する魔力がなくなってしまう。この後、何百、何千という患者がいます。一人を救った結果、何百人もの命が危機に晒されるのです。」
「……割り切れません。」
「今はそうでしょう。でもすぐに分かります。」
ライエルさんは患者に布をかぶせてカーテンにシールを貼った。
おそらく、患者が亡くなったことを他のスタッフに知らせるサインだろう。
どうせ助からないから私に対処させたのか、と思うと憤りが湧いた。
何より、力のない自分に。
「次の患者に行きましょう。あなたはレベル3と聞いていましたが、驚くくらいに体内のマナが豊富ですね。ここで必死に回復魔法を唱え続ければ、レベルが一気に上がるかもしれません。」
ライエルさんは立ち上がり、次の部屋に促した。
私は、救うことができなかったことを詫びるように両手を合わせて願った。
どうか、次の世では幸せに。
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「どうだい?だまし討ちのエリンさん。初日からしんどいだろ?」
警備隊のリーダーであるミリアという女性が言った。体が大きく筋肉質な中年の女性だった。
「しんどいですよ!」
半ば八つ当たりのように言った。
町では終始どこかで喧騒が聞こえる。
実際に喧嘩や集団暴行のような場面にも出くわし、急いで止めに入った。
魔物ならぶった切れるが、人間相手はそうもいかない。
だが……。
「あんたみたいに、豪快に剣を叩きつける人、初めて見たよ。」
そう言ってミリアさんは笑った。
そうなのだ。実際、酔っぱらった男が武器を振り回して襲ってきた時、私はキラーバッドで遠慮なく吹っ飛ばした。
刃の方ではなく、剣の側面で、だが。それでも流石に聖剣だ。相手は吹っ飛び、瓦礫に飛び込んだ。
……レンの仕事を増やしちゃったかな。
「ほんとに酷い治安ですね。」
「しょうがないよ。ここは見捨てられた町なんだ。」
ミリアが肩を竦めた。
「見捨てられた町って何ですか?」
「そのままさ。もはや元老院はこの町を隔離して、ゆっくり滅びるのを待っている状態なんだ。」
「難民が集まり続けるから?」
「そもそも、難民が集まってしまうのが致命的な政策のミスなんだ。マデリーン女王の失政だね。」
ミリアもこの国の人間に漏れなく「マデリーン信者」だ。
その人間をして失政と言わしめるとはどんなことなのか。
「あんた、マテリアデリカって知ってる?」
「何ですそれ?」
「マデリーン女王時代に始まったんだ。「同盟国」で行き場を失った人達をベルトリアに受け入れる政策さ。こちらは教育や生活を担保するし、彼らは持ちうる技術などを還元してもらう。まあ人道的な支援と言う側面が大きかったから後付けなんだけど。」
要は、ベルトリアが侵略して家を焼き払われた難民を自国民にするということだな、と私は理解した。
なのに人道的支援とは恐れ入る。
「それで入ってきた人たちなんですか?」
「厳密には彼らの祖父母世代だよ。でも、上手くいかなかったんだ。文化も違うし、社会的な摩擦が絶えなかった。何より、キャパシティを超える難民が来たのが最大の失敗だったな。」
そりゃあそうだ。受け入れる方も来る方も混乱するだろう。
何より自国を侵略した相手の国民になれって言っても感情的に上手くいくわけがない。
「マデリーンは本当にそれでよくなるって思ったんですか?」
「思っていたよ。」
まじか。
「とても喜んでいたし、力を入れていた。難民が暴動を起こした際は、自分で話し合いに臨んだと言われるくらいだ。」
一応民主的な解決を試みたんだな。
「でも、ダメだった。マデリーン女王はその一方で他国とどんどん併合していくんだから。難民は増えるばかりだったよ。で、マデリーン女王がいなくなったのを機に元老院がこの町を作り、人々を隔離したんだ。」
手に負えなくなったんだな。
「……マデリーン女王は本当に融和できると思っていたんだよ。あの方は優しかったから。」
私は叫び声が聞こえる方に目を向けた。
「またか。」
マデリーンが夢見た場所で、今日何度目かの暴力事件が起こった。




