第16話 偉人
私達がベルトリアの首都クイーンズパークに到着したのは、夜の9時を過ぎてからだった。
「すごい町だなあ。」
まだまだ人々が活動していることを示すように明るい。
巨大な駅を出ると、町中の賑わいが私達を包んだ。
「うわあ。人が多い!どこ行けばいいんだろう。」
「まずは宿を探しましょう。」
「飛び込みで泊まれるんスかねえ。」
人々の間を縫うようにして歩く。今までの町とは比較にならないくらい道が広く、巨大な建造物が多い。レンとボーンズはあまり動じた様子はないが、私は慣れないせいで何度か人にぶつかった。
幸いにして宿はすぐに見つかった。
私とレンは相部屋で、ボーンズは(彼のお金で)1人部屋だ。
都会は宿の料金もこれまでの倍くらい高い。ビトーで薬草集めをして以来ロクに収入もなかったので、あまり悠長にはしていられない。
「とりあえず、お金を稼がないといけないね。」
「実はそれなんですが、リンデールに居る時に少し調べてたんです。」
レンが見せてきたのは、クエストではなく、求人の紙だった。
それは……。
「メルトでの短期アルバイト?交通費も出るし、現地での生活費も出る?すごい!」
「人手が足りないみたいなので、ちょうどいいと思いました。大変だとは思いますが、一週間くらいなので、まずは行ってみたいなと。」
「レンはヒーラーとして活動できるだろうけど、私はどうしよう?力も大したことないし。」
「エリンさんは草鑑がありますから、薬草の調達とか向いてるかも。」
なるほど。それなら出来そう。
メルトにも行けるし一石二鳥だ。
「ただ、治安や衛生面から申請した後も準備が色々あるとも書いてあります。旅の案内所で手続きが出来るそうなので、明日行ってみましょう。」
レンの声は少し堅かった。レンの旅にとって最初の目的地だった場所だ。
望んだ場所に行けるという期待と……不安が見えた。
「緊張してる?」
「……はい。」
レンは自信なさげに笑った。
「役に立てるのかなあって。」
「レンだったら絶対大丈夫だよ。」
「まだ使える治癒魔法だって2種類しかありません。」
基本的な治癒魔法の「ヒール」、一部の状態異常を回復する「リペア」の2つ。
確かに自信は少ないかもしれない。
「でも、レンはきっと人々を救える人になるよ!」
これは間違いないと、私は自信をもって言える。根拠は「自分の感覚」しかないけど、私にとってはそれが十分な理由だ。
「ありがとうございます。エリンさんがそう言ってくれるから不安が小さくなります。」
レンは柔らかく笑った。
そうだなあ。多分この笑顔なんだろうな。
私達はこの後も話しながら眠りについた。二人にとっての日課であり、最も心が安らぐ時間だ。
翌日、旅の案内所に行くと、巨大なフロアに多くの冒険者たちが集まっていた。
カウンターも複数あり、規模の大きさが伺える。
「どうも。ベルトリアは初めてですか?」
女性のマスターが声を掛けてくれた。
「はい。」
「登録はしていますか?」
「だまし討ちのエリンで登録されていると思います……多分。」
不本意そうに私が言うと、マスターは笑いながら手元の機械で何かを打ち込んだ。紙ではなく機械という点が、この国が発展している証拠なのだろう。
「ああ、本当ですね。だまし討ちのエリンさん……レベル3のアタッカーということですが、なかなか凄い戦果の持ち主ですね。」
「そりゃどうも。記録されてるんですか?」
「はい。神山の村ではリザードマン、ガイタンではビッグ・メイジを討伐。さらにビトーではウンブラ・ノクスをも倒し、リンデールでの民衆が洗脳された怪事件まで解決されてますね。では、適正レベルよりも高いクエストを所望ですか?」
「いや、今日はメルトの短期アルバイトに申し込みたくて来たんだよ。」
そう言うと、マスターの手が止まった。カウンターの職員達も驚いてこちらを見た。
「メルトですか?」
「そうだけど……何かあった?」
マスターは怪訝な表情を浮かべた。
「いえ、あまり冒険者が好んでいく場所ではないので。町の状況は知っていますか?」
「なんとなく。」
「最近、他の町への接続が制限されることになったんです。」
「ええ?」
私とレンは顔を見合わせた。
「どういうこと?」
「一番の要因は治安の悪化です。難民間のトラブルや犯罪行為などが増加していることが要因です。」
思っていたよりも相当危険な状況だ。正直レンを連れて行きたくはない。
「この短期アルバイトはヒーラーの正式な協会のものなので、警備などは保証されていますが、それでも確実ではないことは常に心に留めておいてください。」
レンは強く拳を握っていた。自分を奮い立たせているように見える。
私はレンの手をそっと握った。
「ちょっと様子見る?」
すると、レンは首を横に振った。
「私は覚悟していたことです。……むしろ、エリンさんを巻き込む方が怖いです。」
「言ったじゃん。レンを守るって。」
見つめ合う私達を見て、無視されていたボーンズが軽く咳払いをする。
「あのー、俺も行くんスかね?」
「いや別に。」
「そうっスか!じゃあここで待って……ぎゃああああ!」
サリーによる電撃が炸裂し、ボーンズは倒れた。
「俺も行きますよ……。レディー二人をほっとけないっスから。」
「サリーさんは何と?」
「……恥ずかしくないの、と言われました。」
流石だな。ボーンズよりも頼もしい。
「では、3名ですね。手続きを済ませた後は、感染症対策を済ませてから出発していただきます。追ってヒーラー協会の者から連絡がありますので、ここでお待ちください。」
書類を記載した後、感染症の対策を行う魔法を受ける。
防犯用にバリア発生機械を渡された。
「これって、ダークエルフが使ってたやつ?」
「大分性能は落ちそうですが、似たようなものでしょうか。」
「市販だったんスね……。」
「魔力も感じます。科学と魔法の融合技術ですね。」
レンは興味深そうに機器を見ていた。
ベルトリアはかなり科学が発展しており、魔法と上手く融合させており、様々な複合技術を社会実装させていた。
「凄いですね、これ。」
私が言うと、マスターは苦笑いした。
「はい。でも、近年は発展が停滞しているんですよ。」
「へー、そうなんだ。」
「はい。ハルバートやフルベングと言った大きな国がどんどん追いついて来ていますから。やはり魔法が基盤にある国は強いですよね。」
「ベルトリアはそうではないの?」
「30年前までは圧倒的だったんですけどね。マデリーン女王がいたので。」
「マデリーン女王……ね。」
「やっぱり凄かったんですか?」
私の表情が変わったのを見て、レンが慌てて尋ねた。
「何て言うんでしょう……。ああいう人をきっと英雄とかカリスマって言うんでしょうね。」
他の国の人とはかなり違う印象だ。
「この国を大きく発展させたことは全てマデリーン女王時代にやったことですから。魔法の大天才だったし、政治にも優れていました。」
でも、他国を侵略してたのでは、と言いそうになったがレンが目配せをしてきたので留まった。
「だからマデリーン女王が居なくなってしまった後、この国は成長が鈍ってしまったんですよね。でも、魔物が現れないのは本当にありがたいことです。マデリーン女王が残してくれた宝と言えましょうか。」
「どういうこと?」
私の言葉にマスターが逆に驚きを見せた。
「防御魔法でこの国全体を守っているんです。だから魔物も入れません。」
本当にどういうこと?って感じだ。
「……マデリーン女王は存命なのですか?」
レンが恐る恐る聞いた。
「分かりません。ずっと姿はお見せにならない。でもきっとご存命と思います。マデリーン女王の防御魔法が、30年以上前から未だにこの国を守っているんですから。」
マスターは偉人を語る国民として興奮を持って話した。私達3人は、驚愕の表情でそれを聞く以外になかった。
「防御魔法……この巨大な国全体を包み、魔物を退けるほどの魔法を、30年も前に。」
レンは身体を震わせていた。
メイジだった身であれば、その凄さがどれ程のことかよく分かるのだろう。
「そうなんですよ。あの頃は希望に満ちていたんですけどね。今は……はあ。」
「本当だよな。」
マスターが項垂れると、壮年の冒険者の1人が口を挟んだ。
「マデリーン女王は優しかったし、何より国民第一だった。俺達みたいな冒険者はそれまでならず者みたいな酷い扱いだったが、冒険者の制度や各ジョブの協会をマデリーン女王が整備してくれたお陰で社会的地位が格段に上がったのさ。」
「そうなんだ。」
「おお。旅の案内所だってそうだ。他の国の奴らは女王を悪く言うが、今じゃどこだって旅の案内所もあるし、各ジョブ協会の庇護下にあるんだ。ベルトリアの「同盟国」になった国家はどこも恩恵を受けてるし、結局良くなったくせに文句ばかりだ。」
男はそう言って肩を竦めた。「同盟国」と言う言葉には傲慢な印象を受けたが、それを指摘すると問題が生じるだろう。
ベルトリア以外の人間からは最悪な印象だが、ベルトリア国民からは国家繁栄の象徴のように慕われている。
しかも優しくて国民思いで、魔法にも政治にも優れる。
私は、マデリーンという人間に少し興味が湧いた。
「ヒーラー協会の方が見えました。」
マスターは手を振って私達の席から離れた。
ヒーラー協会の人間から簡単な説明を受けた後、私達はトラム(※ここでは魔法を使って動く路面電車のようなもの)に乗り、メルトに向かった。
だが、そこで、私達は知ることになる。
マデリーンの夢と罪、そして、今忍び寄る危機に。




