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時感  作者: 黒石迩守


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第4話:呼吸

 ソウの維持管理業務を開始して二週間が経過した。


 まずクォルツが効率化に着手したのは食事だ。


 食材を攪拌し、ペースト、またはブロック状に成形する。これにより、造形炉での直接出力が可能となり、調理を省略できるようになった。そのうえ、携帯性が大幅に向上したため、いつ、どこでもソウが食事できるようになった。


 一点だけ、味の調整に難儀したが、


「ここに来るまでに食べていた、携帯食料を思いだします」


 と、最終的な成果物に、ソウから合格の判断を得られた。


 衛生管理は、シャワーは不可侵領域とされていたので、短縮化は行えなかった。だが代わりに、髪を乾かす工程が省略可能か確認したところ、


「問題ないと思います。自然乾燥しますので」


 と、ソウ自身も髪を乾かす必要性を理解していなかったので、タオルでの吸水のみとした。


 睡眠については分割法を提案した。一日の中に睡眠を分散することで、ソウの活動時間を大幅に増やせる上に、研究所の呼びだしにいつでも応えられる。この提案にソウは「睡眠を分割するという発想はありませんでした。試してみましょう」と快諾した。


 そして各施策の本格運用を始めて三日。


「素晴らしい」


 その日の夜、記録していたタイムレポートを確認し、クォルツは言った。


 今まで維持管理に占有されていた時間は、平均して六時間短縮され、活動時間を三時間増やすことに成功していた。


「ソウ、君の所感はどうだ」


 ソウは口を開き、何か言おうとしたが、なぜか途中でやめた。そして喉元に手を当てて、何かを飲みこむように喉を動かした。


「ん……はい、そうですね」


 そこまで言って言葉を切り、けほ、とソウは奇妙な呼気を出した。


「失礼しました……はい、かなりの成果が出ていると思います」

「ここからさらに最適化を試みたいが……」

「でしたら、シャワーの回数を減らすのはどうでしょう。ここの環境では、毎日浴びなくても大丈夫そうです」

「なるほど、それならば髪の水分処理も不要となる」


 そこまで話していると、室内でアラームが鳴った。ソウの睡眠開始時間の基準として定めておいたものだ。


「二三時か。今日はここまでにして、いったん就寝するといい。研究所から連絡があった場合は、私が起こそう」

「はい、わかりました。お休みなさい、クォルツ」




 翌日、朝まで研究所からの連絡は特になかった。


 ソウの有機躯体を追加で調べる必要がないということは、研究が進んでいるということなのだろう。


 ソウの起床時刻まで一時間あった。この時間があれば、今朝は成形食材ではなく、通常の食事の用意でもいいだろう。


 しかし、ソウは七時になっても起きてこなかった。


 不思議に思ったクォルツはソウの寝室に向かうと、ソウはまだ寝台の中にいた。


「ソウ、起床時刻となっている」


 呼びかけたが反応はない。


「ソウ、睡眠の時間は……」


 言いながら、クォルツが寝台で眠るソウを確認すると、明らかな異常を見せていた。


 通常時よりも高い熱を発し、発汗をしている。こちらを認識しているようだが、視点が定まらず、何かを言おうとしてすぐにやめるを繰り返している。


 すぐさまクォルツはデータベースを参照し、ソウに起きている異常の正体を探った。拍子抜けするほどあっさりと答えは出た。


 最も近いのは普通感冒、または急性上気道炎――通称、風邪。


 原因は明らかだった。免疫機能の低下、疲労などでウイルス感染により発症しやすくなるのだという。クォルツの提案した効率化は、それらを引き起こすには十分すぎるほどの条件を満たしていた。


 風邪を直接的に治療する方法はなく、対症療法での投薬治療しか手段がない、というのがデータベースから得られた情報だった。クォルツは造形炉で薬を出力し、朦朧とするソウにどうにかそれを飲ませ、寝かせた。


 完全なるクォルツの失態だった。


 しかし、今必要なのは自省ではない。


 クォルツはデータベースから有機躯体――肉体を、健康に保つために必要な記録を、片っ端から読み始めた。知れば知るほど、肉体について自分が表面的なことしか理解していなかったと思い知らされる。


 どれも、とても非効率に見えた。しかし、理由があった。無機躯体が数日の定期点検で済ませることを、肉体は毎日の細かな作業で代替していた。


 無機躯体は排熱を可能な限り除去するが、有機躯体は閾値を保った発熱が必要らしい。 高温すぎると細胞が変質してしまい、逆に低温すぎると細胞の機能が低下し、復帰できなくなる。ソウの発熱は、急冷させれば治るものではなかった。


 肉体に関する記録は膨大な量だった。しかし、それを読む時間を無駄とは思わなかった。


 時間が足らない、と稼働してから初めて思った。いや、記録を読む時間は最適化されており、期待値通りに知識を得ることができている。


 だがそれでも、時間が、あっという間に過ぎていく。


 三〇〇年近い時間の中で、抱いたことのない感覚だった。


 クォルツはソウの様子を見るために、何度か学習を中断した。


 発熱したソウの呼吸は荒い。温くなったタオルを、新しく冷やしたものと交換する。


 ソウが息を吸う。


 そして吐く。


 また息を吸う。


 吐く。


 周期は一定だ。約一秒間隔。なのに、ソウが息を吸ってから吐くまでの間が、とても長く感じる。吸って、吐く。その短い間に、ソウの呼吸が止まってしまったのではないかと錯覚する。


 クォルツはソウの寝室を出て、肉体についての学習を再開した。ソウの隣にいたときとは違い、また時間が足らないと感じる。


 気がつけば、朝になっていた。


 ソウの寝室に戻ると、ソウは寝台から体を起こしていた。


「おはようございます、クォルツ。元気になりました」

「……すまない」


 ソウは不思議そうに首を傾げる。


「何の謝罪ですか?」

「私が効率化を提案したため、君は体調を崩した。論理的に可能でも、短縮してはいけない時間があると、理解していなかった。すべて私のせいだ、管理者の交代を申し出よう」

「いえ、わたしはクォルツがいいです」

「しかし……」

「クォルツは、わたしのために効率化を提案してくれました。本来不要であるはずなのに。あなたは誠実です。だから、わたしはクォルツがいいです」


 それに、とソウは続ける。


「わたしが体調を崩したのは、わたしのせいでもあります。クォルツのしてくれた効率化に適応しようと、無理をしました」


 ソウは頭を下げる。


「自己管理も行えない情報媒体で申し訳ありません、どうかわたしの管理を継続してくれないでしょうか」

「……ありがとう。君の管理を任せてほしい」

「はい、よろしくお願いします」




 その日の昼、研究所から連絡があった。


 ソウの解読方法がわかったという報せだった。

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