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時感  作者: 黒石迩守


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最終話:進むとき

「認められない」


 研究所で、ソウの解読方法を聞いたクォルツは言った。


 ソウの肉体の各組織に分散して保存されている情報は、それ単体では役に立たないらしい。


 各組織で、情報の本体データ、表現形式、索引、目録、配置、関連といった、アーカイブの構成要素に断片化されているらしい。そして、アーカイブゲノムには、符号化されている情報を読みだすための規則情報も一緒に保存されているが、それを復元するためには、パラメータとして各組織の細胞シグナル伝達――生体状態が必要となる。


 つまり、ソウから情報を読みだすには、ソウが生きている状態で、各組織を個別に解析する必要がある。


 ですが、とリューズが言う。


「今の〈ベース〉の技術では、非侵襲的解析を行う技術はありません」


 それが意味していることは、ソウを()()()()()()()()()、ということだ。


「だが、そのあとソウは……」


 元に戻せるのか、という言葉を、隣にいるソウを見て、クォルツは呑みこんだ。


 同席していた〈代表〉が言う。


「クォルツ殿、そもそもあなたはソウの管理者であり、ソウの解読の是非を決める権限はありません」

「しかし、他に何か方法は……」

「ない、というのが研究所の結論です。そこを論じていては、話が先に進みません」


 無論、と〈代表〉は言葉を継いだ。


わたくしとしても、可能ならソウに破壊的変更を加えたくはありません。ですが仕方ありません。もし次の機会があれば、そのときは今回得た知識で、問題なく解読できるでしょう」

「〝次〟ではなく、〝今〟の話を私はしている」

「……議論は平行線のようですね」


〈代表〉は小さく首を横に振った。


「クォルツ殿、あなたの永い時間の中で、最も長く時を共にした他者は、ソウなのでしょう。それゆえ、あなたの反応も理解できます。ですが、ソウ……いえ、わたくしの立場として、こう言わざるを得ません。〈()()()()()()()()()()()()()()。ですね、ソウ?」

「はい、わたしはそのように設計されています」

「あなたは何ですか?」


 ソウは首を傾げた。


「質問の意図がわかりません。わたしは情報媒体です」

「えぇ、その通りですね。あなたは解読されないことを望みますか?」

「いいえ、それはわたしの目的に反します。どのような手段であれ、わたしはわたしの情報を解読されることを望みます」


 代表がこちらを見てくる。


 クォルツは何も言えなかった。


 長い沈黙の時間が流れた。


「……時間が欲しい」


 それは苦し紛れの言葉だった。


「ソウの維持管理を通じ、私は肉体について、かなりの知識を得ている。私ならば解体以外の代替案を提示できる可能性がある」


 しばし〈代表〉は黙ってこちらを見ていたが、やがて指を三本立てる。


「三日です」


 半ば呆れたように〈代表〉は言った。


「三日、あなたに与えましょう。これが、わたくしがあなたにできる最大の譲歩です。よろしいですね?」


 三日。少なすぎる。だがそれで何とかするしかない。


「……あぁ、問題ない。感謝する」


〈代表〉は、ソウに向かって小声で言った。


「全く、少し妬けますね、ソウ」

「何か燃焼しているのですか?」







 研究所で解析資料を受け取ったクォルツは、すぐさまそれを読みこみ始めた。


 研究所のソウの解析内容は、DNAに重点が置かれている。ソウの肉体については大して調べていないようだ。当然だ。だが、その内容は今のクォルツにとって大して役に立ちそうになかった。


 一瞬、〈中央〉は、解体される前提でソウを送りだしたのだろうか、という思考が頭を過る。違う。そんなことを考える時間は無駄だ。方法は必ずある。研究所が出した結論とは別のアプローチを考えろ。


「ソウ、すまないが、この三日間は成形食材で食事を済ませてもらえるだろうか。時間は自由に使っていていい」

「はい、問題ありません。ですが……」


 ソウにしては珍しく、言い淀んだ。


「何か気になることが?」


 クォルツの問いに、ソウは答える。


「はい。クォルツ、あなたはわたしという個体の継続を重視しているようですが、なぜでしょう」

「それは――」


 クォルツは言葉を探した。すぐに答えられると思った問いに、当てはめられる言葉は十数秒経っても見つけられなかった。


「わからない」


 率直に、そう思った。


「ただ、君がそこにいる時間は、失われてはならないと、私は思っている」


 クォルツは、自然と出てきた言葉が、自分でも意外だった。


「いや、すまない、答えになっていない。君と出会うまで抱いたことのなかった感覚だから、上手く言語化できない」


 あぁ、とソウは納得したように言う。


「あなたは、時を感じていなかったのですね」

「時を……?」

「わたしの知る限り、知的生命体にのみ、確認できている現象です」

「何だ、それは」

「心です」


 そうか、とクォルツは納得する。


 自分の心は、今まで機能せず、凍っていたのだと。


 凍っているものは、そこにあるはずなのに、動かない。


 自分の時は、ずっと止まっていたのだ。


 時間が足りないときに、自分の時が止まっていたことを知るとは皮肉だった。それならばいっそ、熱のないこの体と同じように止まっていてくれたほうがよかった。


 ふと、クォルツは自分の思考に引っかかりを覚えた。


 何か今、重大なことを考えた気がする。熱と機能と停止。無機躯体、のことではない。ソウの、肉体に関する気づきだ。つい最近あった出来事。ソウが風邪を引いたときだ。肉体に特有の熱の持ち方。


 熱を維持することで肉体は機能する。逆に、熱を失えば機能が低下していき、ある地点を超えると復帰できなくなる。ならば、その境界が存在するのではないか――?


 あぁ、そうだ、とクォルツは思いつく。


「ソウ、私に君の時を止めることを許してくれないだろうか」







〈ベース〉内の最重要区画。


 そこでクォルツが業務を始めて一四年になる。


 あの日、クォルツの問いに応じたソウは、あの時よりも少し背が伸びた。今はカプセルの中で時を止め、それ以上成長することなく眠っている。


「まさかこんな方法が実現できるとは、当時は思いもしませんでした」


 業務中に背後からかけられた声にクォルツは応じる。


「〈代表〉か」

「肉体を低温状態にし、意図的に機能低下させて保存するという発想は、確かにあなた以外では思いつかなかったでしょう。しかし、あなたが〈停眠〉したときは、ソウは予定通り解体いたします……やり遂げられますか?」

「心配ない。私は当分〈停眠〉しない」

「言いきるのですね」

「そうだな、あと一〇〇年は稼働するつもりだ」


 ほう、と〈代表〉は興味深そうに言った。


「その数値の根拠は?」

「ソウの非侵襲的解析方法を確立し、そしてその後、ソウとともに暮らすならば、それぐらいだろう」

「なるほど。では、わたくしもあと一〇〇年稼働する必要がありそうですね」

「どういう意味だ」

「いいえ、何でも」


 それだけ言うと、〈代表〉はその場を去った。


 クォルツはカプセルの表面をなでる。


「あぁ、今日も忙しくなりそうだ」

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