第3話:維持管理
自らを物資と名乗った有機躯体にどよめく群衆の中から、一人の躯体が歩み出た。
「初めまして〈ソウイング〉。私はこの〈ベース〉の統治を任されている者です。〈代表〉とお呼びください」
〈管理室〉のトップである〈代表〉が頭を下げると、応じるように〈ソウイング〉も頭を下げた。
「初めまして〈代表〉。改めて受け入れを感謝します」
さて、と〈代表〉は話を切りだす。
「我々は『物資輸送』、『活用せよ』といった、〈中央〉からの断片化された通信を、運良く受信できただけとなります。我々は、あなたをどのように扱えばいいのでしょうか」
〈代表〉の物腰は柔らかく、たおやかだ。しかし、未知の存在を牽制しているのだろう。周囲には武装した者が何人か遠巻きにいる。
それを知ってか知らずか、有機躯体は調子を変えずに言う。
「わたしの体を構成するDNAには、〈中央〉が保存した先史文明の歴史、文化、技術といった情報が保存されています。そちらを解読して活用してください」
そう言って〈ソウイング〉は、自分の髪の毛を一本、引き抜いた。
「まずはサンプルとなります。一次解析にお使いください」
突然、自損行為を行った相手に、〈代表〉は困惑した様子を見せる。
「これは、一体?」
「わたしの髪の毛です。毛根部からDNAが抽出できますので、お使いください」
〈代表〉は、ふむ、と少し考えこむ。
「どうやら、私たちの間には隔たりがあるようです。あなたを解析し、その有機躯体を維持管理する時間が必要となりそうです」
「はい、問題ありません。わたしの目的は、この〈ベース〉で情報を解読してもらうことですので」
「ありがとうございます」
〈代表〉はこちらに向き直った。
「クォルツ殿」
急に名指しで呼びかけられ、ホール中の視線がクォルツに集中した。
それを意に介さず、クォルツは平時と変わらぬ調子で応じる。
「何か」
「あなたに〈ソウイング〉の管理者を任せたい」
「……なぜ私が?」
「クォルツ殿は、通常業務以外の活動報告がないからです。端的に言えば、時間的余裕がある」
確かにクォルツは、割り当てられた業務以外の活動を行っていない。
〈ベース〉では、余った時間で、特定の事柄について追求し、同好の士と切磋琢磨したり、パートナーと〈人格素子〉内のゲノム情報を分けあい、継承体の育成を行ったりするのが普通だ。
クォルツは、そういった、いわゆる社会的な活動を一つも行っていない。
「無論、それだけではありません。〈ベース〉内で最も稼働時間の長いクォルツ殿であれば、不測の事態にも対応できると私は考えています」
合理的だ。反論の余地はなかった。
「承知した」
クォルツは〈ソウイング〉のほうへ向かう。
「君の管理者に任命されたクォルツだ。以後よろしく頼む」
碧色の目でこちらを見上げ、有機躯体は頭を下げた。
「未熟者の情報媒体ですが、よろしくお願いします」
*
〈ベース〉内のデータベースで〈大転換〉前の有機躯体について調べたところ、食事、衛生管理、休息の三つが必要とわかった。
この作業内容のあまりの非効率さに、クォルツは〈ソウイング〉と呼ぶ時間すら惜しみ、『ソウ』と呼称するようになっていた。
まず、起床したソウに朝食を用意する。造形炉には『料理』のデータがなかったため、食材を出力して手ずから調理する必要性に迫られた。有機物を大量に消費する元素変換炉への申請に、〈管理室〉は難渋しながらも承認してくれた。
一時間程度かかる調理結果を、ソウは二〇分程度で摂取し終える。あまつさえ、それを一日に三回必要とする。
そのため、クォルツは起床時間を三時間早めざるをえなかった。
「おはようございます、クォルツ」
目をこすりながらソウが起きてくる。有機躯体は八時間の睡眠が必要らしく、ソウは二三時頃に就寝し、七時頃に起床するサイクルを取っていた。
防護服を脱いだソウは、さらに一回り躯体が小さい。
ソウに〈中央〉で着ていた服を訊いたところ、データベースの中から「これが一番近いです」と『検査着』と呼ばれるもの選んだ。とりあえず、それを造形炉で出力し、着させていた。
しかし、有機躯体にとって服とは体を守るための装甲代わりのはずだが、本当にこんな薄い布だけでいいのかは疑問だった。
「おはよう、ソウ。朝食を用意してある。補給を終えたら研究所だ」
データベースによると、パン、ベーコン、目玉焼き、というのがスタンダードな朝食パターンの一つだというので、毎回それを用意していた。
他に、米、納豆、味噌汁、卵焼き、というのもあったが、納豆を前にしたソウが「大変、申し訳ありません……これは、ちょっと」と拒否反応を示したので、以後除外した。
「すみません。わたしも手伝えたら良かったのですが」
「……初日の調理工程で指を損傷した以上、遠慮させてほしい」
ナイフの刃が少し体表面を滑っただけで、ソウが体液を流し始めたとき、クォルツは有機躯体の物理強度の低さが自分の想像以上だと思い知らされた。危うく、維持管理を任された初日に業務遂行ができなくなるところだった。
「そうですね。わたしは自分の肉体を保全すべきですね」
朝食を終えたら研究所に向かう。ソウの体内にある情報を解読するための、日常業務の一つだ。そして問題なのが、研究所ではソウの食事を用意できないことだ。必然的に、クォルツは携帯可能な食事を朝のうちに作ることになった。
「ソウの状態はどうですか?」
〈ソウイング〉研究班の主任であるリューズが言った。
「変化はない。安定している。そちらの進捗は」
「えぇ、少しずつ全容が見えてきています。〈中央〉の技術はすごいですね」
リューズによると、ソウの細胞核にあるDNAは、体の組織ごとに異なっているらしい。
ソウのDNAは、肉体を維持するために全細胞で共通している生体ゲノムと、組織ごとに異なるアーカイブゲノムで構成されているそうだ。
アーカイブゲノムは、遺伝子発現の制御により、生体で使用されないようにロックされている。これにより、肉体の恒常性を維持しながら、体の部位ごとに異なる情報を保存し、情報量を増やしているそうだ。
「大体、データセンター一基分ぐらいですかね。いやはや、すごい。一つの躯体にこれだけの情報を保存できるとは」
「そこまでわかっていて、解読自体はどうなっている?」
「いえ、解読の仕方はアーカイブゲノムの冒頭に共通して、やたらと冗長な領域がありまして。それを単純にビット変換したら読みだせたんです、『ReadMe』と。どうやら、最初に解読方法を示し、残りは別の方法で符号化されているようです。今は『ReadMe』を更に解析中です」
クォルツは、何か手がかりがないかとソウに訊く。
「ソウ、君は〈中央〉から何かを聞いていないのか」
「いえ、何も。わたしは、この〈ベース〉で情報を解読してもらうのが、与えられた目的となります」
そうなると、ソウの管理業務はしばらくの間、継続することになりそうだった。
その後、研究所で新たにソウのDNAサンプルとして、採取しても問題なさそうだった皮膚と血液が採取され、その日は終わった。
帰宅すると、一日の最後の食事を用意する。
有機躯体は、同じものだけ摂取し続けると問題が生じるらしく、栄養バランスを考慮する必要があるようだった。そのため、三回の食事には、手順の異なる料理を毎回用意しなければならなかった。
そしてソウは一日の終わりにシャワーを浴びる。
どうやら躯体のメンテナンスのために、一日一回の洗浄が推奨されているらしい。
本来ならば、躯体がすべて浸かるぐらいの容器を用意し、そこに湯を溜めるらしいが、そこまでは用意できなかった。
仕方なく、シャワールームしかないが問題ないかと問うと、
「いえ、とんでもありません。お湯があるだけで十分すぎるほどです」
そういうものか、とクォルツは納得し、ソウの洗浄を行おうとしたら、
「さすがにそれは一人でできます」
と、やや強めに言われた。有機躯体特有の線引きがあるようだった。
その後、シャワーを浴びたソウは、濡れた髪を乾かす必要がある。これが一番謎だった。放置しておけば自然乾燥するものを、なぜドライヤーで急速に乾かす必要があるのか。
そしてソウの髪は長い。その分、乾かすのも時間がかかるし、ソウ一人では苦戦していたため、クォルツが手を貸す必要があった。
クォルツはソウの髪を乾かしながら訊く。
「ソウ、質問がある」
「はい、何でしょうか」
「君の髪は、短くできないのだろうか」
「わかりません。この髪は、〈ベース〉に到着するまでに自然と伸びたものです。それを切断していいのか、判断できません」
「なるほど……」
確かに、ソウの躯体は情報媒体だ。DNAに情報が保存されているとは言え、髪も解読に必要となるかも知れない。安易に手を出すのは危険だろう。
そうすると、ソウの維持管理には、ソウの躯体に手を加えずに最適化を行っていく必要があるようだ。
「ソウ、提案がある。君の維持管理作業について、効率化を図っていきたいのだが、どうだろうか」
「はい、問題ありません」
ソウは言った。
「ですが、シャワーは一人で浴びます」




