# 第2話 カーソルだけで会話しろとか無理ゲーなんだが?
# 第2話 前書き
第1話を読んでくださった皆さま、ありがとうございます。
主人公は無事(?)にパソコンへ転生しました。
そして今回から、持ち主であるコロンとの本格的な交流が始まります。
カーソルだけで会話しようとする無理ゲーを、どうぞお楽しみください。
# 第2話 カーソルだけで会話しろとか無理ゲーなんだが?
「じゃあ……質問してもいい?」
星宮コロンは、画面の向こうでそう言った。
俺はカーソルを上下に動かした。
はい。
質問してください。
できれば人間がパソコンに転生した場合の救済制度について聞いてください。
もちろん、そんな長文は伝わらない。
白い矢印が、ぴこ、ぴこと上下しただけだ。
「うなずいた」
コロンは小さくつぶやいた。
怖がっている、というより観察している顔だった。目は真剣で、口元だけ少しゆるい。
「えっと……まず、落ち着こう」
そう言って、コロンは自分の胸に手を当てた。
「大丈夫。相棒が動いた。相棒が見てる。相棒が返事した。うん。大丈夫」
大丈夫の範囲が広すぎる。
普通なら叫ぶか、電源を落とすか、寺に電話する。
しかし星宮コロンは違った。
彼女は机の上の紙のメモ帳を手に取り、何かを書こうとして、すぐに首をかしげた。
「紙に書いても、相棒から見えないかも」
見えます。
画面越しなら、たぶん見えます。
「あ、そうだ。画面に出せばいいんだ」
コロンはぱっと顔を明るくした。
そしてトラックパッドに触れようとして、手を止める。
「……今、わたしが操作したら、相棒と混ざる?」
混ざる?
混ざるとは。
「じゃあ合図を決めよう。わたしが操作するときは『操作します』って言う。相棒が動かすときは……気合いで」
ひどい。
俺の通信プロトコル、気合い。
前世はAIエンジニアだった。
だが今の俺に与えられた仕様は、気合いである。
「操作します」
コロンは律儀にそう言って、メモ帳を開いた。
白い画面。
まっさらな入力欄。
彼女はキーボードを叩いた。
`相棒への質問`
相棒。
文字として出ると、妙に胸の奥がくすぐったかった。
胸はないけど。
コロンは次の行に入力した。
`あなたは存在しますか?`
その下に、少し間を空けて、
`YES`
さらに下に、
`NO`
と打った。
「こういう感じなら、答えられる?」
天才か。
原始的だが、今の俺にはありがたい。
YESとNO。最強の二択。
俺は集中した。
カーソルよ。
動け。
YESへ。
その三文字に、今の俺の存在証明がかかっている。
白い矢印がゆっくりと動いた。
少し右にズレる。戻す。行きすぎる。下に震える。
カーソル移動しかできないのに、カーソル移動すら難しい。
ようやく、カーソルが`YES`の上に重なった。
「存在、してる」
コロンの目が輝いた。
しています。
天城ユウ、ここにいます。
分類は保留です。
コロンは息を吸い、次の質問を打った。
`あなたはAIですか?`
これは難しい。
俺はAIエンジニアだった。AIではない。少なくとも、元人間です。
俺は`NO`へ向かった。
途中でコロンの指がトラックパッドに伸びかける。彼女はすぐに両手を上げた。
「ごめん。手伝いたくなっちゃった」
優しさが逆に危険。
カーソルが`NO`の上で止まる。
「AIじゃない……?」
コロンは首をかしげた。
長い髪が肩からさらりと落ちる。画面の前でそんな仕草をされると、視界いっぱいに彼女がいる。
近い。
そのせいか、俺の内部温度が上がる気がした。
「ファン、ちょっと回ってる」
やめて。
そういう観察をしないで。
「緊張してるのかな」
してます。
コロンは少し楽しそうに笑ってから、次の質問を入力した。
`あなたは人間ですか?`
YES。
俺は即座に動こうとした。
即座に、のつもりだった。
実際にはカーソルが三センチくらい横にふらついた。
画面上では二日酔いの矢印。
それでも俺は`YES`へ向かった。
「人間……」
さすがに怖いか。
ノートパソコンがそう主張したら、普通は距離を置く。
だがコロンは逃げなかった。
むしろ、メモ帳に次の行を追加した。
`幽霊ですか?`
待て。
これはどう答えるべきだ。
死んだ。たぶん死んだ。肉体はない。パソコンにいる。
分類上、幽霊に近いのでは?
でも認めたら、コロンはAI研究部へ連れていきそうだ。
俺は迷った。
YESとNOの間を、カーソルがふらふらする。
「あ、迷ってる」
コロンが嬉しそうに言った。
嬉しそうに言うな。
「幽霊かどうか、本人にもわからないんだ」
そう!
そうです!
わからない!
俺はYESとNOの間でカーソルを激しく上下させた。
「どっちでもない? じゃあ……」
コロンは新しい選択肢を作った。
`わからない`
ありがたい。
人類の叡智、第三の選択肢。
俺は`わからない`へ移動した。
「そっか。大丈夫。わからないものは、いっしょに調べればいいから」
その言葉は、思ったよりまっすぐ届いた。
クリックもできないのに、「いっしょに」と言われただけで、少しだけ呼吸が楽になる気がした。
呼吸もないけど。
コロンは新しい質問を打った。
`あなたは男ですか?`
俺は迷わず`YES`へ向かった。
「男の人。相棒、男の人だったんだ」
はい。
「じゃあ、朝に寝癖のまま近づいたの、ちょっと恥ずかしいかも」
待て。
今さら?
俺は動揺した。カーソルが`YES`の上で小刻みに震える。
「あ、震えてる」
違う。
いや違わない。
コロンは画面を鏡代わりにして横髪を押さえる。
やめて。
こっちは見えてるんです。
「変じゃない?」
質問の意図が変わった。
これは検証ではない。身だしなみチェックだ。
しかし、今の俺にはYESかNOしかない。
変じゃない、はNOなのか?
かわいい、はどこにある?
いや、かわいいなんて答えたら終わる。何が終わるのかはわからないが、何かが終わる。
俺は必死に`NO`へ移動した。
「変じゃない?」
俺は`NO`の上で小さく上下に動いた。
変じゃない。
むしろ、寝癖込みでかなりかわいいです。
言えなくてよかった。
「よかった」
コロンはほっとしたように笑った。
その笑顔があまりに無防備で、俺はカーソルを画面端に逃がした。
「あれ、逃げた? 相棒、照れ屋さん?」
違います。
いや、違わないかもしれない。
コロンは楽しそうにメモ帳へ戻り、次の質問を入力する。
`年齢は?`
「あ、数字を全部並べたら大変かな。十代?」
NO。
「二十代?」
YES。
「二十代なんだ。細かく聞くの、失礼かな。答えにくい?」
YES。
彼女はメモ帳に、`年齢:答えにくい`と書いた。
違う。
サバを読みたいわけではない。入力方式が終わっているだけだ。
俺は抗議のためにカーソルをぐるぐる回した。
「怒った?」
怒ってはいない。
困っている。
コロンはすぐに、
`困ってる?`
と打った。
YES。
「ごめんね」
素直。
天然なのに、こちらの感情を拾うのは妙にうまい。
コロンはメモ帳を少し整理し始めた。
`確認できたこと`
`・存在している`
`・AIではない`
`・人間`
`・男の人`
`・幽霊かは本人も不明`
`・二十代`
`・困るとカーソルがぐるぐるする`
最後。
最後、必要か?
「かわいいから大事」
口に出した。
今、口に出しましたよね?
俺はカーソルを停止させた。
コロンも停止した。
「……今の、聞こえてる?」
YES。
コロンの頬が、ほんの少し赤くなった。
「そっか。聞こえてるんだった。独り言、気をつけなきゃ」
そのほうがいい。
「でも、相棒もずっと見てるんだよね。じゃあ、着替えるときは閉じたほうがいい?」
俺は全力でYESへ。
人生、いやPC生で一番速くカーソルが動いた。
コロンは目を丸くして、それから吹き出した。
「すごい。今日一番速い」
当たり前だ。
そこは人として、いやパソコンとして、いや元人間として絶対に守るべきラインである。
「相棒、まじめなんだね」
まじめです。
社会人でしたから。
コロンはまだ少し笑いながら、画面に向かって小さく頭を下げた。
「じゃあ、これからは気をつけます」
いい子すぎる。
この状況、だいぶ変だ。でも、安心する。
「ねえ、相棒。名前、ある?」
来た。
ついに来た。
俺の名前。
天城ユウ。
これを伝えられれば、かなり大きい。
コロンは`名前がありますか?`と打った。
俺はYESへ。
「あるんだ。知りたい。五十音表、作る?」
作ってください。
ユウなら二文字で済む。ひらがななら、ゆ、う。
いける。たぶん。
コロンはメモ帳に、ひらがなを並べ始めた。
`あ い う え お`
`か き く け こ`
`さ し す せ そ`
`た ち つ て と`
`な に ぬ ね の`
`は ひ ふ へ ほ`
`ま み む め も`
`や ゆ よ`
`ら り る れ ろ`
`わ を ん`
急ごしらえの五十音表。
俺は`ゆ`を探した。
や行。そこだ。
カーソルを動かす。
遠い。
めちゃくちゃ遠い。
数十センチが、砂漠横断みたいに感じる。
「がんばれ」
コロンが小声で応援した。
やめろ。
嬉しい。
でも恥ずかしい。
「あとちょっと」
実況しないで。
手元が狂う。
いや手元はない。
ようやく、カーソルが`ゆ`の上に重なった。
「ゆ」
コロンが読み上げる。
俺は上下に動いた。
「次?」
YES。
二文字目。
`う`。
上の段。左寄り。遠い。
俺は全神経をカーソルに集中させた。白い矢印がゆっくり動く。
「ゆ……」
コロンはメモ帳の端に、
`名前:ゆ`
と打った。
やめて、途中経過を固定しないで。
そのままだと俺の名前が「ゆ」になる。
ゆ。
二十八歳男性AIエンジニアの名前としては、だいぶファンシーだ。
俺は焦った。焦った結果、カーソルが`え`の上に行った。
「ゆえ?」
違う。
それはそれで神秘的だが違う。
俺は戻る。
`う`へ。
「ゆう?」
そう!
俺は`う`の上で全力で上下した。
「名前、ユウ?」
YES!
俺はYESの位置へ戻ろうとして、途中で力尽きた。代わりに`う`の上で激しく震える。
コロンは笑った。
「ユウなんだ。よろしくね、ユウ」
その瞬間、俺は画面の中で固まった。
名前を呼ばれた。
パソコンになってから初めて、俺の名前が誰かの声で呼ばれた。
「わたしは星宮コロン。もう知ってるかもしれないけど。大学二年生。AI研究部。相棒の持ち主です」
持ち主。
その言葉に、少し変な気持ちになった。
相棒として扱われる、くすぐったさ。
コロンは指折り確認した。
「ユウは、困ったらぐるぐる。嫌なときはNO。いいときはYES。名前はユウ。よし。会話できる」
できる、の基準が低い。
だが、今の俺たちには十分だった。
そのとき、スマホの通知音が鳴った。
コロンは机の端に置いたスマホを見て、顔を青くした。
「部会、十時……発表テーマ、決めてない」
そういえばそうだった。
忘れていたが、彼女には発表テーマがあった。
「でも、ユウのことを発表するのは……だめだよね」
全力でYES。
だめです。
絶対にだめです。
世界初の自我持ちPCかもしれない存在を、初日の午前に発表するな。
「わかってる。秘密にする。じゃあ、テーマは別にしなきゃ。ユウ、手伝える?」
手伝いたい。
元AIエンジニアとして力になりたい。
だが、俺にできるのはカーソル移動だけ。
するとコロンが、自信ありげにうなずいた。
「わたしが候補を出すから、ユウが選んで」
それだ。
コロンはメモ帳に書き始めた。
`1 AIに心はあるか`
`2 AIは相棒になれるか`
`3 生成AIと人間の共同作業`
`4 パソコンの中に人がいた場合の倫理`
四番。
四番はだめだろ。
隠す気があるのか。
俺は全力で`4`から離れた。
「あ、これはだめ? 倫理、重いもんね」
重いのはそこではない。
コロンは四番を削除した。
「ユウはどれがいい?」
俺は考えた。
AIに心はあるか。大きすぎる。
AIは相棒になれるか。コロンらしい。
生成AIと人間の共同作業。現実的で、発表にしやすい。
俺は`3`へ移動した。
「生成AIと人間の共同作業。たしかに。部長も怒らなさそう。でも、わたしは二番も好き」
彼女は`2`を指でなぞるように見た。
「だって、相棒って、便利だからそう呼ぶだけじゃないと思うんだ。いっしょに考えてくれて、間違えたら教えてくれて、こっちが変なこと言っても、ちょっとだけ付き合ってくれる。そういうのが相棒かなって」
俺は何も動かせなかった。
今の言葉は、妙にまぶしかった。
前世の俺はAIを道具として見ていた。
でもコロンは、最初から「相棒」と呼んでいた。
目覚めた先が彼女でよかったと、思った。
「……あれ、ユウ? 固まった?」
違う。
ちょっと感動していた。
俺はゆっくりカーソルを動かし、`2`と`3`の間を行き来した。
「二番と三番、合わせる?」
それだ。
俺は上下に動く。
コロンは嬉しそうにキーボードを叩いた。
`生成AIは人間の相棒になれるか`
`共同作業から考える`
「どう?」
いい。
すごくいい。
俺はYESへ向かおうとして、途中で止まった。YESの位置が遠い。
俺は代わりに、タイトルの周りを小さくぐるぐる回った。
「いいってこと? ユウ、だんだん横着してない?」
してません。
効率化です。
元エンジニアなので。
コロンはくすくす笑いながら、メモ帳を保存した。
保存名は、
`ユウと考えた発表テーマ.txt`
待て。
それは秘密では?
「あ、だめ?」
俺は全力でYESへ。
「じゃあ……発表テーマ案.txt」
よし。
それでいい。
「秘密、むずかしいね」
むずかしい以前の問題だ。
でも彼女は、ちゃんとファイル名を直してくれた。
コロンは椅子から立ち上がった。
「部会、行かなきゃ」
そして、パソコンを閉じようとして、手を止めた。
「ユウ、閉じたらどうなる?」
わかりません。
スリープするのか。意識が落ちるのか。暗闇になるのか。それとも普通に聞こえるのか。
俺は`わからない`の文字へ移動した。
「わからないか」
コロンは少し考えたあと、ノートパソコンをそっと撫でた。
画面の縁。指先が軽く触れる。
また、あの妙な感覚が走った。
「じゃあ、今日は一緒に行く?」
え。
一緒に?
部会に?
俺は一瞬、全力でNOへ行きかけた。
だが、ここに置いていかれるのも怖い。閉じられたあと何が起こるかわからない。それに、コロンが発表テーマを話すなら、俺も見届けたい。
もちろん秘密は守ってほしい。絶対に。
俺はゆっくりYESへ移動した。
「一緒に行くんだ」
コロンは嬉しそうに笑った。
その笑顔だけで、判断は正解。
「じゃあ、ユウは今日から、ほんとにわたしの相棒だね」
彼女はそう言って、画面へ小さく手を振った。
「移動中はおとなしくしててね。カバンの中でカーソル暴れたら、たぶん怖いから」
それは俺も怖い。
俺はYESの上で小さく上下した。
コロンがゆっくり画面を閉じる。
視界が狭まる。光が細くなる。
暗くなる直前、画面の右下に、またあの黒い通知が浮かんだ。
ミンドウズの通知ではない。
俺の転生にくっついてきた、意味不明なシステム表示。
白い文字が表示される。
`条件達成:意思疎通を確認しました。`
`Click Lv1 解放準備中...`
クリック。
俺の中で何かが跳ねた。
もしクリックできるようになったら。
俺は、自分で選べる。
自分で押せる。
もっと伝えられる。
画面が閉じる。
暗闇の中、ファンの音だけがかすかに響く。
俺は思った。
カーソルだけの会話は、正直かなり無理ゲーだった。
でも。
コロンとなら、少しずつ攻略できるかもしれない。
# 第2話 あとがき
第2話を読んでいただきありがとうございました。
カーソル移動だけで意思疎通を試みる二人でしたが、少しだけ距離が縮まった気がします。
そしてユウは新たな力の気配を感じ始めました。
次回、舞台はコロンの日常へ。
AI研究部には一体どんな人たちがいるのでしょうか。
それでは第3話でお会いしましょう。
※主人公はまだパソコンです。




