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俺の転生先、パソコンなんだが?~彼女の相棒になった俺は、世界初の自我持ちPCでした~  作者: YuyaVibe


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# 第1話 目覚めたら起動画面だった

過労の果てに命を落としたAIエンジニア・天城ユウ。


次に目を覚ました時、彼はなぜか一台のノートパソコンになっていた。


持ち主はAI研究部に所属する大学生、星宮コロン。


カーソルを動かすことしかできない主人公は、彼女との奇妙な共同生活を始める。


これは、一台のパソコンになってしまった男と、一人の少女が紡ぐ少し不思議な物語。

人間、本当に限界を超えると、眠いとか疲れたとか、そういう感覚すらどこかへ消えるらしい。


 深夜二時四十七分。


 会社のフロアには、まだ三人残っていた。


 一人はデバッグログを見ながら無言でエナジードリンクを飲んでいる後輩。

 一人は会議室で仮眠しているのか気絶しているのかわからないプロジェクトマネージャー。

 そしてもう一人が、俺。


 天城ユウ、二十八歳。

 肩書きはAIエンジニア。

 実態は、納期と仕様変更と謎のエラーに追い回される、そこそこ疲れた社会人である。


「……いや、だからさ」


 俺はディスプレイに向かって、誰にでもなくつぶやいた。


「なんで本番環境だけ、感情推定モデルが猫の画像を悲しみ判定するんだよ」


 猫はかわいい。

 それは世界の真理だ。

 だが、かわいい猫を見てシステムが悲しむのは違う。少なくとも、今夜の俺が求めている挙動ではない。


 画面には大量のログが流れている。

 赤い文字。

 警告。

 失敗。

 再試行。

 また失敗。


 人間の人生も、たぶんこんな感じでログが残るなら、俺の最終行はこうだろう。


 `Error: 休息が不足しています。`


「天城さん、大丈夫ですか」


 後輩がこちらを見た。目の下にくっきりとした影がある。人の心配をしている場合ではない顔だった。


「大丈夫。あと一個だけ直したら帰る」


 社会人が言う「あと一個だけ」は信用してはいけない。

 特にエンジニアのそれは、ほぼ呪文だ。


 あと一個。

 あと一回。

 あと少し。


 その言葉を積み重ねて、俺たちはよくわからない場所まで来てしまう。


 キーボードを叩く指が、少し震えていた。

 眠気ではない。寒気でもない。


 胸の奥が、ぎゅっと縮むような感覚。


「……あれ」


 視界の端が黒くにじんだ。


 まずい。

 そう思ったときには、もう体が椅子からずり落ちていた。


 後輩の声が遠くなる。

 床にぶつかる衝撃も、どこか他人事みたいだった。


 最後に見えたのは、ディスプレイの青白い光。

 最後に考えたのは、もっとましなコードコメントを残しておけばよかった、というしょうもない後悔だった。


 そして、俺の人生はそこで終了した。


 ……はずだった。



 ピッ。


 どこかで、電子音が鳴った。


 次に聞こえたのは、低く唸るようなファンの音。


 それから、暗闇の中に文字が浮かんだ。


 `Now Loading...`


 ……は?


 いや、ちょっと待て。


 俺は死んだはずだ。

 たぶん死んだ。少なくとも、あの胸の痛みと床の冷たさは、寝落ちで片づけていいものではなかった。


 なのに、なぜロード画面を見ている?


 もしかして、あの世にも起動画面があるのか。

 地獄にもログイン処理があるのか。

 だったら嫌すぎる。せめてクラウド保存くらいしておいてほしい。


 暗闇が、ゆっくりと明るくなっていく。


 視界、という言い方が正しいのかわからない。

 目を開けた感覚はない。

 まぶたもない。

 そもそも顔の存在を感じない。


 ただ、何かが表示されている。


 青みがかった背景。

 中央に白いロゴ。

 その下に、くるくる回る読み込みマーク。


 これは見覚えがある。


 ミンドウズの起動画面だ。


 現代日本で一番よく見る、あのOS。

 会社でも自宅でもさんざん見た。アップデートのたびに人間の予定を破壊してくる、あの起動画面である。


 俺は混乱した。


 いや、混乱した、という言葉では足りない。

 脳内に百個くらいの疑問符が立ち並んで、全員が同時に「どういうこと?」と叫んでいる感じだった。


 起動画面?

 俺が?

 なぜ?


 体はどうした。

 手は。

 足は。

 口は。


 試しに声を出そうとした。


「おい」


 ……のつもりだった。


 だが、何も出ない。

 喉がない。

 息を吸う感覚もない。

 肺もない。


 パニックになりかけた瞬間、画面が切り替わった。


 ログイン画面。


 ユーザー名が表示される。


 `Hoshimiya Koron`


 星宮コロン。


 知らない名前だ。


 少なくとも、俺の会社にはいなかった。いや、そんな透明感のある名前の人がいたら、たぶん覚えている。


 画面の下にはパスワード入力欄。

 入力を待っている。


 待っている、というか、俺が待たされている。


 そのとき、外側から音がした。


「ん……朝……?」


 女の子の声だった。


 眠そうで、少し甘い。

 まだ夢の中に片足を突っ込んでいるような声。


 続いて、布がこすれる音。

 床を歩く足音。

 カーテンが開く音。


 まぶしい光が、画面に反射した。


 そして、俺の視界いっぱいに、女の子の顔が映った。


 近い。


 近い近い近い。


 思わず後ろにのけぞろうとした。

 だが、のけぞる体がなかった。


 画面の向こうにいる彼女は、寝癖のついた長い髪を片手で押さえながら、ぼんやりこちらを見ていた。


 白い肌。

 大きな瞳。

 まだ眠気の残る表情。

 整った顔立ちなのに、口元だけ少しゆるんでいて、どこか放っておけない感じがする。


 美少女、だった。


 いや、落ち着け天城ユウ。

 まず確認するべきは状況だ。

 目の前が美少女かどうかではない。


 俺は死んだ。

 たぶん死んだ。

 そして今、ミンドウズのログイン画面になっている。

 目の前には知らない美少女。


 ……情報量が多い。


「おはよ、コロンの相棒」


 彼女は小さく笑って、画面の端を指でなでた。


 ぞわっ、とした。


 いや、実際に肌がぞわっとしたわけではない。肌はない。

 でも、画面を拭かれた瞬間、妙な感覚が走った。


 触られた、と思った。


 待て。

 俺、触られてる?

 画面を?

 つまり、俺は画面なのか?


 いやいやいや。


「昨日も夜遅くまでありがとね。今日もよろしく」


 彼女はそう言って、キーボードに手を置いた。


 細い指がパスワードを入力する。

 俺には文字が見えない。黒い丸が並ぶだけだ。


 ログイン成功。


 デスクトップが表示された。


 壁紙は夜空だった。

 星がたくさん散らばっている。画面の右下には、整理されていないアイコンが三列くらい並んでいた。


 俺は反射的に思った。


 デスクトップ、汚いな。


 いや、人のPCを見て最初にそれを思うのは職業病だ。でも、フォルダ名が「課題」「課題_新」「課題_本当の最新版」「絶対これ提出」って並んでいたら、誰だって不安になるだろう。


 彼女、星宮コロンは椅子に座り、あくびをしながらトラックパッドに触れた。


 その瞬間、俺の中で何かが動いた。


 カーソル。


 白い矢印が、画面の上をすべった。


 彼女の指の動きに合わせて、右へ、左へ。


 ああ、なるほど。

 俺は今、このノートパソコンの中にいる。


 ありえない。

 けれど、そう考えるしかない。


 俺は人間として死んで、ノートパソコンに転生した。


 ……。


 いや、待て待て待て。


 転生先としてパソコンはおかしいだろ。


 異世界でもない。

 勇者でもない。

 スライムですらない。

 ノートパソコン。


 しかも中古っぽい。


 せめて最新モデルにしてくれ。

 いや、そういう問題ではない。


 星宮コロンはブラウザを開いた。

 検索窓に文字を打つ。


 `AI 研究部 発表 テーマ どうする`


 どうする、じゃない。


 かなり切羽詰まっている検索ワードだった。


「うーん……今日の部会までに、発表テーマ決めなきゃ」


 彼女は画面に向かってつぶやく。


「チャッピーに聞こうかな。でも、また部長に『自分の問いを持て』って言われるかも……」


 チャッピー。

 生成AIサービスの名前だ。

 俺のいた世界にも似たようなものがあった。というか、俺はそういうシステムを作る側だった。


 彼女は別タブを開き、チャッピーの画面にログインした。


 その手つきは慣れている。

 でも、表情は少し不安そうだった。


「AIに心はあるか、ってテーマ、広すぎるかな……」


 その言葉に、俺は反応した。


 AIに心はあるか。


 前世で何度も聞いた問いだ。

 会議でも、論文でも、ニュースでも、飲み会でも。


 そのたびに俺は、わかったような顔で言っていた。


 心の定義によりますね。


 便利な逃げ言葉だ。


 だが今の俺は、その問いを笑えなかった。


 なぜなら俺は、心らしきものを持ったまま、パソコンになっている。


 これをAIと呼ぶのか。

 幽霊と呼ぶのか。

 バグと呼ぶのか。


 どれにしても、まともな状態ではない。


 俺は叫びたかった。


 星宮さん。

 そのテーマ、めちゃくちゃ当事者がここにいます。

 画面の中にいます。

 俺です。


 だが声は出ない。


 なら、何ができる?


 俺は自分の中を探った。

 感覚、というよりシステムの奥を手探りする感じだ。


 キーボード入力はできない。

 音声出力もない。

 ファイル作成も無理そうだ。


 ただ、一つだけ、奇妙な感覚があった。


 カーソル。


 白い矢印。


 彼女がトラックパッドから指を離したあとも、俺はその矢印の位置を意識できた。


 動かせる気がする。


 いや、そんなまさか。


 でも、パソコンに転生している時点で、まさかの在庫は尽きている。


 俺は集中した。


 右へ。


 動け。


 ほんの少しでいい。


 白い矢印が、かすかに震えた。


「……ん?」


 コロンが目を瞬かせた。


 俺も内心で叫んだ。


 動いた!


 いや、動いたよな?

 今、絶対に動いた。


 もう一度。


 右。


 カーソルが、ほんの数ミリだけ動いた。


 コロンはトラックパッドから手を離している。

 つまり、これは彼女の操作ではない。


「え……?」


 コロンの顔が画面に近づいた。


 近い。

 だから近い。


 彼女は恐る恐る、トラックパッドから両手を離した。


「今、動いた?」


 動いた。

 俺です。

 天城ユウです。

 元AIエンジニアです。

 今はあなたのノートパソコンです。


 情報を全部伝えたい。

 だが、俺にできるのはカーソルを動かすことだけ。


 もどかしさで、存在しない奥歯を噛みしめる。


 俺は再び集中した。


 カーソルを、ゆっくり、ゆっくり動かす。


 画面の中央へ。


 そして、検索窓の中にある文字列へ近づける。


 `AIに心はあるか`


 その文字の上で、カーソルを止めた。


 コロンは息をのんだ。


「……そこ?」


 そう。

 そこ。


 俺はカーソルを小さく上下に動かした。


 うなずいたつもりだった。


 白い矢印が、ぴこぴこと震える。


 客観的に見れば、ただの故障だ。

 だがコロンは、すぐには悲鳴を上げなかった。


 逃げもしなかった。


 彼女は画面をじっと見つめて、やがて小さく言った。


「……もしかして、相棒、調子悪い?」


 違う。


 調子が悪いどころの話ではない。

 中に人がいる。


 いや、中に元人間がいる。


 どう説明すればいいんだ。


 俺は焦ってカーソルを動かした。

 右へ、左へ、上へ、下へ。


 何か形を描こうとする。


 文字は無理だ。

 円も難しい。

 せめて、何か意志があると伝えたい。


 ぐるぐる。


 カーソルは不格好な円を描いた。

 いや、円というより、寝不足のミミズみたいな軌跡だった。


 コロンはそれを見て、ぽかんとした。


 そして、なぜか少し笑った。


「なにそれ。かわいい」


 かわいい?


 俺の必死のSOSが?


 元二十八歳男性AIエンジニアの魂の叫びが、かわいい?


 おい。

 この子、天然だ。


 だが、その笑顔を見た瞬間、俺の中の焦りが少しだけ弱まった。


 彼女は怖がらなかった。

 少なくとも、今のところは。


 コロンはノートパソコンの画面を、そっと両手で挟むようにした。


「大丈夫。壊れてても、ちゃんと直すからね」


 壊れている。

 まあ、ある意味では壊れている。


 でも、その言い方は妙に優しかった。


 前世の俺は、パソコンが壊れたら修理費と納期のことを考えていた。

 会社のマシンなら、交換申請の面倒さにため息をついていた。


 この子は違う。


 相棒、と呼んだ。

 よろしく、と言った。

 壊れていても直す、と言った。


 ただの道具に向けるには、少しだけ温かすぎる言葉だった。


 そのとき、画面の右下に、小さな通知が出た。


 見慣れない通知だった。


 ミンドウズの通知ではない。

 アプリ名も表示されていない。


 黒い半透明の小窓に、白い文字。


 `Lv1: カーソル移動を確認しました。`


 俺は固まった。


 レベル?


 何それ。


 ゲームか?

 俺の転生、ゲームシステム搭載なのか?


 コロンも通知を見て、首をかしげた。


「レベル……いち?」


 まずい。

 見えている。


 俺だけに見える内なる表示、みたいな親切設計ではなかった。

 普通に画面に出ている。


 コロンは画面に顔を近づけた。


「カーソル移動を確認しました……?」


 彼女の目が、少しずつ丸くなる。


 俺は慌ててカーソルを通知の上に持っていった。

 消したい。

 いや、消し方がわからない。


 右上のバツ。

 そこだ。


 ゆっくり動かす。

 震える。

 ズレる。


 頼む、当たれ。


 カーソルがバツ印に重なった。


 クリック。


 ……できない。


 そうだ。

 俺、カーソルを動かせるだけだ。

 クリック権限がない。


 なんて中途半端な能力なんだ。


 コロンは、その一部始終を見ていた。


 そして、静かにトラックパッドへ指を置いた。


 俺が合わせたカーソルの位置で、彼女がクリックする。


 通知が消えた。


 部屋に、妙な沈黙が落ちた。


 朝の光。

 ファンの音。

 少し散らかった机。

 画面の向こうで、星宮コロンが真剣な顔をしている。


 彼女はゆっくりと口を開いた。


「ねえ、相棒」


 俺はカーソルを止めた。


「もしかして……今、わたしのこと、見えてる?」


 心臓が跳ねた。


 いや、心臓はない。

 ないはずだ。


 それでも、何かが確かに跳ねた。


 俺は時間をかけて、カーソルを動かした。


 上へ。

 下へ。


 うなずくように。


 コロンは両手で口元を押さえた。


 驚き。

 戸惑い。

 少しの恐怖。

 そして、それより少し大きな好奇心。


 彼女の瞳に、画面の光が映っていた。


 俺は思った。


 どうやら俺の第二の人生は、異世界の王城でも、勇者の村でも、スライムの体でもない。


 美少女大学生のノートパソコンとして始まるらしい。


 ……いや、何度考えても意味がわからない。


 だが一つだけ、はっきりしている。


 俺は今、ここにいる。


 そして彼女は、俺の存在に気づきかけている。


 コロンは息を整え、画面を見つめたまま、小さな声で言った。


「じゃあ……質問してもいい?」


 俺はカーソルを、もう一度だけ上下に動かした。


 できることは少ない。

 声も出ない。

 文字も打てない。

 クリックすらできない。


 それでも、俺は答えた。


 はい、と。

読んでいただきありがとうございます。


もし自分がパソコンに転生したら何をしますか?


私ならまずWi-Fiのパスワードを確認します。


次回もお楽しみに。

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