聖女の反逆
独房から引きずり出されたエレナの意識は、すでに風前の灯火だった。
俺たちは彼女を、レイラの隠れ家へと連れ帰った。
ここからは、最後の「改造」の儀式だ。
「さあ、聖女様。貴方の美しい思い出を、少しだけ整理してあげましょうか」
レイラはエレナの額に優しく手を置いた。
彼女の指先から流れ込む紫色の魔力が、エレナの脳髄を、神経を、まるで粘土細工のように捏ね回していく。
エレナは虚ろな瞳でただ天井を見つめ、無抵抗のまま、自らの精神が塗りつぶされるのを感じていた。
「貴方の父はカナン王国の『魔女狩り』で焼き殺された。母も、ただ魔女の疑いをかけられただけで、街の広場で辱めを受けて処刑された……そうでしょう? 貴方はその遺児。カナンという国に、すべてを奪われた哀れな女の子」
レイラの甘い囁きが、エレナの記憶の深淵に深く突き刺さる。
かつて聖女として崇められていた光り輝く記憶は、レイラの術式によってドロドロに溶かされ、代わりに「偽りの過去」が移植されていく。
その過程で、かつての彼女が犯した「暴虐」の記憶が、フラッシュバックのように鮮明に浮かび上がってくる。
――かつて、助けを求めてきた貧しい娘を、「貴女の信仰が足りないからよ」と冷笑して追い返し、そのまま野垂れ死にさせたあの日。
――教会の献金が足りないという理由だけで、何の罪もない村の老人たちを「悪魔崇拝者」とでっち上げ、生きたまま火炙りにしたあの時の、愉しげな自分の顔。
――自分を崇める民衆を「家畜」と蔑み、彼らの犠牲の上に立つことに何の呵責も感じていなかった、あの傲慢で冷酷な日々。
今のエレナには、それらの記憶が「自分がされてきた迫害」の裏返しとして、歪んだ形で認識されていく。
彼女は自分がかつて行ってきた数々の悪行を、まるで他人の悲劇のように思い込み、そして自分を虐げてきた「カナン王国」というシステムそのものに対して、激しい憎悪を滾らせ始めた。
「……あぁ……お父様……お母様……ッ! カナン……カナン……殺してやる……!」
エレナの口から漏れるのは、慈悲の言葉ではない。
かつての聖女が吐き捨てる、呪詛と憎悪の言葉だ。
彼女の瞳から、聖なる光は完全に消えた。
代わりに宿ったのは、レイラという「救済者」を崇拝し、復讐という名の甘い蜜に溺れる、盲目的な狂信だった。
「いい子ね、エレナ。そうよ、貴方を苦しめたのはあの国よ。貴方の親を殺し、貴方を傀儡にしたのは、あの王と貴族たちよ。さあ、私を慕いなさい。私だけが、貴方の唯一の家族よ」
レイラが頬を撫でると、エレナは犬のように、その手に頬をすり寄せた。
かつての聖女は、今や俺たちの手の中で、最も忠実な「牙」へと作り変えられたのだ。
俺はその光景を、冷めた目で見下ろしていた。
あの聖女が、かつて自分が行った悪行を棚に上げ、自ら作った憎しみの渦中で狂っている。
カナン王国にとって、これ以上の絶望はない。
かつての崇拝対象が、自らの手によって地獄の番犬に成り果てたのだから。
「最高のペットだ、レイラ。これなら、カナンに解き放てば面白いことになる」
「ええ。貴方の軍略と、この子の憎悪があれば……カナンなんて、数日で灰になるわ」
俺たちは歪な笑みを浮かべ、新しい「オモチャ」をどう調教するかについて、夜通し語り合った。
かつての聖女は、今や檻の中で、レイラと俺という新しい主人にひたすら奉仕することだけを夢見る、哀れな奴隷となって膝をついている。
復讐は、ここからが本当の舞台だ。




