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『音魔法はゴミ? いいえ、研究したら文明を揺るがす最強魔法でした』  作者: 白月 鎖
王都編

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第100話「剣と炎の帰還」


 十九日目。


 朝の講義が始まる前、学院の正門に人だかりができていた。


 赤い髪が見えた。


 ヴァン=エルフィードが、旅装束のまま正門を潜ってきた。外套に砂埃がついている。三日は歩いただろう。だが目だけは爛々と光っている。退屈の対極にある目。


「遅くなった」


「ヴァン。来たのか」


「伝言板に面白い手紙が残っていてな。“暗殺ギルドと戦う。来るか”。——来ないわけがないだろう」


 ヴァンが口の端を上げた。


「で、状況は」


「長い話になる。——飯食ったか?」


「三日歩いて何も食ってない」


「食堂に行こう」



 食堂の隅。音の結界の中。


 ヴァンがパンと汁物を三杯平らげる間に、俺は十九日間の全てを話した。


 ディルクの拠点の特定。初手斬首の潜入。音石通信での宣戦布告。三晩で十人の末端を排除。隠形の達人との戦闘。セラの聖盾完成。アルトの魔法剣の片鱗。ノーラの雷の糸。ミーシャの風の暗号。カイラの情報。そして——宮廷魔法局の「国防関連技術」指定の動議。残り九日。


 ヴァンは黙って聞いていた。四杯目のパンを齧りながら。


 全てを聞き終えた後、ヴァンが言った。


「整理する。お前は今、三つの戦線を同時に抱えている」


「三つ?」


「一つ目。“蝕”のディルクとの戦い。拠点は特定済み。ミーシャの位置も把握済み。だがまだ突入していない。理由は?」


「罠の全容がわからない。拠点の内部構造は反響定位で把握したが、ディルクが何を準備しているかがわからない。突入して返り討ちに遭えば、ミーシャも危険にさらされる」


「二つ目。“蝕”の幹部カイラ。氷属性の処刑人。お前の監視を担当している。拠点制圧時にカイラが介入すれば——お前の反響定位が氷で歪む」


「昨日の隠形の達人と同じ問題だ。音魔法へのカウンターを持っている相手」


「三つ目。宮廷。残り九日で”国防関連技術”に指定されれば、お前の全技術が宮廷のものになる。——三つの戦線を九日以内に全て片付ける必要がある」


 ヴァンがパンの最後の一口を飲み込んだ。


「結論。拠点制圧を急げ。だが急いで雑にやれば失敗する。——俺が来たのは、この矛盾を解決するためだ」


「どうやって」


「お前は情報を持ちすぎている。全てを自分で処理しようとしている。だから遅い。——俺に半分よこせ」


 ヴァンの目が光った。理論派の目。


「カイラの対策は俺が考える。氷属性のカウンターは俺の火属性が最適だ。お前はディルクの拠点制圧に集中しろ。役割を分けれた方が速い」


「……ヴァン。お前、本当に——」


「面白そうな戦いに俺を呼ばないのは水臭いと言っただろう。——さあ、拠点の構造を教えろ。全部だ」



 午後。ヴァンに拠点の情報を全て共有した。


 だがその過程で、ヴァンが一つの問題を指摘した。


「拠点の地下構造がわからないと言ったな」


「ああ。反響定位で一階と二階は完全に把握した。だが地下があるかどうかが——煉瓦造りの建物の基礎が厚くて、反響が返ってこない。地下が”ない”のか、“あるが音が通らない”のかがわからない」


「暗殺ギルドの拠点に地下がないわけがない。脱出路は必ずある。正面と裏口だけでは——追い詰められた時に逃げられない。地下に抜け道があるはずだ」


「だが確認する方法が——」


「ある」


 ヴァンが訓練場を見た。アルトが素振りをしている。


「アルトの土の感知だ。お前の反響定位は”空気を通る音”で空間を把握する。煉瓦の基礎が厚ければ音が通らない。だが——地面を通る振動なら?」


 ——そうか。


 昨夜の隠形の達人との戦いで学んだばかりだ。「音がなくても振動がある」。空気中の音が通らなくても、固体を通る振動は別の媒質で伝わる。


 アルトの土の感知は、地面を通じて構造を「感じる」能力。反響定位が「空気の音」なら、アルトの土の感知は「大地の振動」。


 二つを組み合わせれば——空気中の音が届かない地下構造も、大地の振動で把握できる。


「アルト!」


 訓練場からアルトを呼んだ。


「お前の土の感知。地面に手を当てて、地下の空洞を感じ取れるか」


「空洞?」


「暗殺ギルドの拠点の地下に脱出路がある可能性がある。俺の反響定位では基礎の壁が厚くて聴けない。だがお前なら——地面越しに」


 アルトの目が変わった。


「やってみる」



 夕方。四人とヴァンで、ディルクの拠点の近くに向かった。


 学院から西区まで歩いて半刻。拠点の三十歩手前の路地で止まった。これ以上近づくと、尾行者や監視の目に入る。


 アルトが路地の地面に膝をつき、右手を石畳に当てた。


「……聴こえる。いや——感じる。地面の下の構造が」


「何が感じられる?」


「まず——建物の基礎。煉瓦が厚い。お前の音が通らないのはわかる。この煉瓦の下に……」


 アルトの眉間に皺が寄った。集中している。


「……空洞がある。建物の地下に。広さは——一階の半分くらい。天井は低い。人が屈んで歩ける程度」


「出口は?」


「空洞から南に——細い通路が伸びてる。石造りの通路。幅は人一人分。ずっと南に伸びて……二十歩……三十歩……」


 アルトの顔から血の気が引いた。集中の消耗だ。


「五十歩先で……地上に出てる。出口がある。——南の路地のどこか」


「五十歩南。——リッカ」


 リッカが即答した。


「五十歩南なら、廃井戸がある。使われてない古い井戸。蓋がされてるけど——あの下に通路があったのか」


 全て繋がった。


 ディルクの拠点の地下に隠し部屋がある。そこから南に五十歩の地下通路が伸びて、廃井戸に繋がっている。脱出路。


 正面と裏口を塞いでも、ディルクは地下通路から逃げられる。——逆に言えば、この脱出路を先に塞いでしまえば、ディルクは逃げられない。


「アルト。最高だ。お前の土の感知がなかったら、この脱出路は見つからなかった」


「……ちょっと頭がくらくらする。土の感知、まだ消耗が大きい」


「休め。十分だ」


 ヴァンがアルトの肩を叩いた。


「見事だ。——お前の剣に土の力が乗り始めていると聞いたが、感知の方が先に実戦レベルに達したか」


「剣の方はまだ十回に一回だからな。でも感知は——地面に触ってれば使える。便利だぜ」



 その夜。リッカの廃屋に全員が集まった。セレン、アルト、ノーラ、セラ、ヴァン、リオ、ガルド。七人。そしてリッカ。


 音の結界を展開。この中の声は外に漏れない。


「作戦会議をする」


 廃屋の壁にリッカの地図を広げた。ディルクの拠点の位置。カイラの拠点の位置。地下通路の出口。周囲の路地の構造。全てが書き込まれている。


「目的はミーシャの奪還。ディルクの拠点に突入し、ミーシャを連れ出す。ディルクを制圧する。殺さない」


「制約は?」


「時間。宮廷の動議まで残り八日。八日以内に決着をつける。——だが準備に三日はかかる。実行は五日後の夜」


「五日後。何をする?」


「二つの拠点を同時に叩く。ディルクの拠点とカイラの拠点。同時に。カイラが自由に動ける状態でディルクの拠点に突入すれば、カイラが増援に来る。俺の反響定位を氷で歪ませるカウンターを持っている。——カイラを同時に足止めする必要がある」


 ヴァンが手を上げた。


「カイラは俺が引き受ける」


「火属性で氷属性を。——相性は最高だが、カイラはAランク相当だぞ」


「だから引き受けるんだ。俺以外に火属性の出力で氷を相殺できる人間はこの中にいない。——それに、俺は退屈していた。三日歩いてきた甲斐がある」


 配置を決めていく。


「ディルクの拠点。正面の突入はセレンとセラ。裏口からアルトとノーラ。地下通路の出口をガルドが土壁で封鎖。リオが拠点の周囲の水路から水を引いて退路を制限」


「カイラの拠点。ヴァン単騎。足止めが目的。倒す必要はない。ディルクの拠点の制圧が終わるまで、カイラを教会から出さなければいい」


「連絡は?」


「音石通信で全員を繋ぐ。俺たち四人は既に耳掛け型を持っている。ヴァン、リオ、ガルド、リッカの分は——この数日で追加で作った」


 懐から音石通信の石を取り出した。追加で四つ。翡翠ではなく、モルヴァから持ってきた共鳴石に共鳴核を刻み込んだもの。耳掛け型ではなく掌大の石だが、通信距離は王都内なら十分に届く。


 一つずつ配った。アルト、ノーラ、セラ、ヴァン、リオ、ガルド。そしてリッカ。


「リッカにも?」


「お前は地上の目だ。拠点の周囲に”蝕”の増援が来ないか、屋根の上から監視してくれ。何か見えたら石に話しかけろ」


 リッカが石を受け取った。小さな手で、大事そうに握った。


「……あんたに雇われてるだけだからね。仲間じゃないから」


「わかってる」


 嘘だ。リッカの心拍が、石を受け取った時に速くなった。「仲間じゃない」と言った時の脈動は——嘘のパターンだ。


 だが指摘しない。


「最後に。ミーシャへの連絡」


 風の暗号で、ミーシャに作戦の日時を伝える。ミーシャには「中から動ける」態勢を作ってもらう。具体的には——作戦開始の合図と同時に、部屋の鍵を「内側から」開けてもらう。


「ミーシャに鍵を開けさせるの?」


「ミーシャは風属性だ。鍵穴に風を送り込んで、ピンを動かせるかもしれない。——俺の共鳴解錠と同じ原理を、風でやる」


「できるの?」


「ミーシャならできる。あの子は——見かけより、ずっと器用だ」



 作戦会議が終わり、みんなが散っていった後。


 リッカと二人だけが廃屋に残った。


「あんた。五日後、本当にやるんだ」


「やる」


「暗殺ギルドの拠点に正面から突っ込むんだ」


「正面だけじゃない。裏口と地下も同時に」


「……あんたたち、馬鹿だよ」


「知ってる」


 リッカが窓際に座って、月を見上げた。


「あのさ。……私さ、ミーシャって子のこと、知ってるかもしれない」


「え?」


「同い年の孤児。風属性。スラムの孤児院にいた。——私もそこにいたの。五年前。私が出た後に、ミーシャもいなくなったって聞いた。“蝕”に引き取られたって」


「……リッカ」


「覚えてないけどね、私は。でもミーシャは覚えてるかもしれない。孤児院で一緒だった子のこと」


 リッカの心拍が速い。緊張。だが恐怖ではない。もっと——切実な何か。


「だから、って言うんじゃないけど。私は雇われてるだけだから。仲間じゃないから。——でも」


「でも?」


「……あの子を、助けたいって思っても、いい?」


 俺はリッカの顔を見た。月明かりに照らされた痩せた顔。鋭い目。だが今夜は——柔らかい。


「いいに決まってるだろ」


 リッカが目を逸らした。照れ隠しだ。


「……ふん。八枚の日当に含まれてると思って」


「含まれてない。これは別だ」


「別って何よ」


「仲間がやることだ」


 リッカが黙った。そして——小さく、本当に小さく笑った。


 研究ノートに書く。


 《十九日目。ヴァン合流。八人体制。

 地下脱出路をアルトの土の感知で特定。南に五十歩、廃井戸に繋がる。

 五日後に作戦決行。ディルクの拠点とカイラの拠点を同時に叩く。

 音石通信で全員を繋ぐ。

 リッカがミーシャと同じ孤児院出身かもしれない。

 

 あと五日。

 準備は整いつつある。仲間が揃った。技も揃った。情報も揃った。

 

 足りないのは——覚悟だけだ。

 いや。覚悟はもうある。セラが傷ついた夜に決めた。

 

 あとは——実行するだけだ。》

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