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『音魔法はゴミ? いいえ、研究したら文明を揺るがす最強魔法でした』  作者: 白月 鎖
王都編

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第99話「祈りの形」

十八日目。仲間の番だ。


 毎晩俺が夜に出ている間、アルトとノーラとセラは「昼の仕事」を続けていた。偵察、訓練、そして——それぞれの壁を超えるための研鑚。


 今日は一日、俺は夜に出ない。仲間と過ごす日にした。



 朝。セラが「王都の聖堂に行きたい」と言った。


 王都の大聖堂。王宮の隣に建つ、この国で最も大きな女神の神殿。白い尖塔が空を突き、ステンドグラスの窓が朝日を七色に砕く。学院の僧侶科の生徒なら、休暇中に参拝する理由は自然だ。


 俺とセラで出かけた。アルトとノーラは訓練場に残った。


 学院の門を出る時、ノーラが訓練場の窓からこちらを見ているのが——反響定位で「聴こえた」。ノーラの心拍が微かに速くなっている。訓練中の心拍パターンではない。もっと——名前のつけにくい感情。


「セレンさん、どうしました?」


「いや。——行こう」


 ノーラの指先に、青白い火花が散ったのが聴こえた。訓練場の窓辺で。一瞬。すぐに消えた。自律制御で。


 雷が感情に反応した。暴走ではない。だが——反応した。


 何の感情だろう。訓練の高揚感か。それとも——。


 考えないことにした。今日はセラの日だ。


 大聖堂の正面は広場に面している。信徒が列を作って参拝を待っている。だがセラは正面ではなく、裏手の小さな礼拝堂に向かった。


「こちらの方が静かです」


 裏の礼拝堂。人はほとんどいない。古い石の壁。天井が高く、声が反響する。祭壇の上に女神の石像。両手を広げた慈愛の姿。


 セラが祭壇の前に膝をついた。手を合わせる。祈りの姿勢。


 俺は後ろの長椅子に座って待つ。反響定位は使わない。聖堂の中で音魔法を使うのは、何となく気が引ける。


 五分。十分。セラは祈り続けている。


 だが——祈りの途中で、セラの肩が震え始めた。


「セラ?」


「……すみません。少し——」


 セラが振り返った。目が赤い。泣いていた。


「祈ろうとしたんです。いつもの祈り。“女神よ、私に力をお与えください”。でも——言葉が出なかった。口が動かない。心が——祈りを拒んでいる」


 セラが祭壇の女神像を見上げた。


「女神は全ての魂を等しく愛している。聖典にはそう書いてあります。でもセレンさんには祝福技が降りない。Lv20になっても何も来なかった。全ての魂を”等しく”愛しているなら——なぜですか」


「セラ。俺のことは——」


「あなたのことだけじゃない」


 セラの声が震えた。


「カイラという女の人がいると聞きました。暗殺者。でも子供を殺せない。——もし女神の愛が全ての魂に等しく注がれているなら、カイラにも注がれているはずです。なのにカイラは殺し続けている。女神の愛が本物なら、なぜカイラを救わないのですか」


「……」


「ミーシャ。嘘をつかされて、スパイにされて、自分の意志で何も選べなかった。女神の愛が本物なら、なぜミーシャを守らないのですか」


 セラの手が祭壇の縁を握った。指が白くなるほど強く。


「私は——信じたい。女神の設計が完全だと信じたい。でも現実が——現実が、聖典と合わない。セレンさんに祝福が降りないことも。カイラが子供を殺せないことも。ミーシャが選べなかったことも。全部——女神の設計の”漏れ”じゃないですか」


 石像の女神は何も答えない。両手を広げたまま、慈愛の表情を浮かべている。


 俺は立ち上がって、セラの横に膝をついた。


「セラ。俺に信仰はない。女神を信じてるかわからない。だから”女神の設計が正しい”とも”間違ってる”とも言えない。——でも一つだけ言えることがある」


「何ですか」


「お前の回復魔法は本物だ。お前の防壁は本物だ。お前がヴァイパーロード戦で俺の毒を浄化した時、それは本物の力だった。お前が暗殺者の呪毒短剣を聖盾で弾いた時、それも本物の力だった。——その力がどこから来ているかは、俺にはわからない。女神かもしれない。お前自身かもしれない。でも力が”本物”であることは確かだ」


 セラが俺の顔を見た。


「お前が信じるべきは、“女神が完全かどうか”じゃない。“自分の力が本物かどうか”だ。——お前の力は本物だ。俺が保証する。俺の耳で、お前の回復の脈動を何度も聴いた。あれは嘘じゃない」


 セラの目から涙が一筋流れた。


「……セレンさんは、いつも”聴いて”答えてくれますね。祈りには返事が来ないのに。あなたの音はいつも返ってくる」


「音は物理現象だからな。何かに当たれば必ず返ってくる。——祈りが返ってくるかは知らない。でも声は返ってくる」


 セラが涙を拭いて、立ち上がった。女神像を見上げた。


「女神よ。——あなたが全ての魂を等しく愛しているのかどうか、私にはわかりません。でも一つだけ、あなたに報告します」


 セラの声が変わった。震えが消えた。


「私は——あなたの力を信じます。あなたの設計が完全かどうかは、わかりません。でもあなたが私に与えた力は本物です。この力で、私は人を守ります。セレンさんを。アルトさんを。ノーラさんを。ミーシャさんを。——あなたが守らなかった人を、私が守ります」


 最後の一言が——鋭かった。


 「あなたが守らなかった人を、私が守ります」。


 それは祈りではなかった。宣言だった。



 聖堂を出て、学院に戻る途中。商業区の広場で足を止めた。


「セラ。聖盾を完成させよう。今ここで」


「ここで?」


「理論は全部揃ってる。防壁と浄化の融合。ヴィルマ教官に”枠を超えた守りを自分で定義しろ”と言われた。さっきの宣言が——定義だ」


 広場の隅。人通りが少ない場所。俺がセラの前に立った。


「俺に向かって、聖盾を展開してくれ」


「セレンさんに?」


「ああ。聖盾は”守る相手”がいて初めて完成する。教会の祭壇の前じゃ完成しない。守るべき人の前で完成する」


 セラが杖を構えた。両手で。右肩の傷はもう塞がっているが、まだ痛むはずだ。


 目を閉じた。


 呼吸が変わった。共鳴探知でセラの体内の魔脈を聴く。聖属性の脈動。ゆっくりと、深く、温かい波。


 その波が——変わり始めた。


 防壁の脈動。硬く、薄く、広がる膜のような振動。これまでの防壁。


 そこに——浄化の脈動が重なった。柔らかく、浸透し、不浄を消す波。


 二つの脈動が混じり合う。防壁の硬さと浄化の柔らかさが、一つの波になろうとしている。だが——噛み合わない。硬さと柔らかさは矛盾する。


 練武祭のヴィルマ戦でもここで止まった。二つの性質が混ざりきらない。


「セラ。今、何を守ろうとしている?」


「セレンさんを——」


「違う。“セレンさんを”じゃない。もっと具体的に」


 セラが目を開けた。


「……右肩。暗殺者の暗器が刺さった時。あの時——もっと早く防壁を張れていたら、セレンさんの前に立てていたら——」


「その記憶で張れ。“あの瞬間に戻って、今度こそ守る”という気持ちで」


 セラが目を閉じた。


 魔脈が——変わった。


 防壁と浄化が別々ではなく、一つの感情から生まれている。「守りたい」。硬くて柔らかい、矛盾した感情。硬さは「絶対に通さない」。柔らかさは「傷ついたものを癒す」。


 その二つが——一つの脈動になった。


 セラの手から光が溢れた。防壁——だが、いつもの薄い膜ではない。厚く、温かく、光を帯びた壁。触れたものの「不浄」を消し、同時に物理衝撃を弾く。


 聖盾セイクリッド・シールド。完成形。


 俺の掌を聖盾に触れさせた。温かい。ヴァイパーロードの毒も、暗殺者の呪毒も、この盾に触れた瞬間に消える。同時に剣で斬りつけても弾かれる。守りと浄化が一体になった、セラだけの技。


「完成だ、セラ。——聖盾」


 セラが目を開けた。涙が頬を流れている。だが笑っている。


「……聖典にはこの技は載っていません」


「載ってないなら、お前が書け。新しい頁を」


「はい。——書きます」



 午後。訓練場に戻ると、ノーラが訓練場の隅で雷の糸を操っていた。俺とセラが並んで歩いてくるのを見て——手を止めた。


「おかえり。聖堂はどうだった?」


「セラの聖盾が完成した」


「へえ。……良かったじゃない」


 ノーラの声は平坦だった。だが——指先に青白い火花が散った。一瞬。すぐに消した。


「ノーラ。お前も一緒に来れば良かったな」


「別に。私は信仰ないし。聖堂とか興味ないわ。——それに、セラと二人の方が集中できるでしょ。振動治療の訓練もあるんだろうし。手を重ねて」


 最後の一言に、微かな棘があった。


「今日は振動治療はしてない。聖堂で祈っただけだ」


「ふうん」


 あの「ふうん」だ。リオの時の「ふうん」と同じ声帯振動パターン。名前のつけにくい感情。共鳴探知で心拍を聴くと——八十二拍。いつもの安静時七十より速い。怒りのパターンとは一致しない。


 セラが隣で穏やかに微笑んでいた。何も言わない。ただ微笑んでいる。——セラはたぶん、何かに気づいている。俺より先に。



 アルトが一人で素振りをしていた。


 だがいつもの素振りと違う。剣を振り下ろすたびに——地面が微かに揺れている。


「アルト」


「おう。見てろ、セレン」


 アルトが剣を構えた。右足を踏み込み、闘気斬を放つ。


 金色の剣圧が飛ぶ——だが剣圧の「下端」に、茶色い振動が微かに混じっていた。土の色。


「今の——」


「まだ全然ダメだ。意図的にやったんじゃない。剣を振ったら、勝手に地面の何かが剣に乗った」


 魔法剣。剣聖ヴァルディスと同じ。「剣を極めた結果として自然に発現する」力。アルトの剣に、土の振動が乗り始めている。


「ガルドとの模擬戦で壁の弱点を”感じる”ことを覚えた。そこから地面の振動を感じるようになった。地下の封門の構造を感じた時に確信した。俺の土属性は——剣を通じて出てくる」


「まだ制御できていないな」


「全然。十回に一回、勝手に乗る程度だ。狙って出せない」


「出せるようになる。——お前の剣が”全部”を込められるようになった時、お前は剣聖を超える」


 アルトが剣を鞘に収めた。


「超えねぇよ。——でも、近づく」



 夕方。訓練場の隅で、ノーラが一人で雷の訓練をしていた。


 だがいつもと違った。


 ノーラの周囲に、細い雷の糸が何本も漂っている。制御された微細な雷。落雷でも雷鎖でもない。もっと——繊細なもの。


「ノーラ。それは?」


「雷の糸。共鳴制御をセレンに教わった後、自分でもっと細かい制御ができないかって試してる。雷を糸のように細く引き伸ばして、自在に操る。——名前はまだない」


 ノーラが右手を動かすと、雷の糸が蛇のようにうねった。左手を動かすと、別の糸が反対方向に走る。十本の指から十本の雷の糸。操り人形のように。


「これなら——暗殺者の武器を絡め取ったり、遠くの物を掴んだりできる。雷鎖みたいに拘束するだけじゃなくて、もっと自由に使える」


「すごいな。制御精度が格段に上がってる」


「あんたの共鳴制御がなくても、自分の雷の”音”を聴いて制御できるようになった。——自律制御の完成形。やっとここまで来た」


 ノーラの目に誇りがある。セレンの助けなしで到達した技術。「災厄の子」と呼ばれた少女が、雷を——十本の糸のように操っている。


「ノーラ。その技、ミーシャの奪還作戦で使える」


「わかってる。——だから磨いてるのよ」


 ノーラの十本の雷の糸が、夕日を反射して金色に光った。



 夜。男子棟の自室。


 今夜は出ない。仲間と過ごす日。


 耳掛けに囁く。女子棟へ。


 ——今夜は出ない。ゆっくり寝ろ。明日から、最終段階に入る。


 窓枠。二回。ノーラの「聞こえた」。


 三回。「ありがとう」。


 光。セラ。長い。——今日は特別に長い。さっき聖堂で一緒に過ごした時間への感謝か。あるいは、聖盾が完成した喜びか。


 アルトが隣のベッドで、いつものように眠りに落ちた。今夜は俺が帰ってくるのを待たなくていい。心拍が穏やかだ。


 研究ノートを開く。


 《十八日目。仲間の日。》

 セラ:聖盾完成。防壁と浄化の融合が一つの脈動になった。「あなたが守らなかった人を、私が守ります」。——セラの信仰は崩壊ではなく、再構築された。女神を否定したのではない。女神の「漏れ」を自分で補うと宣言した。

 アルト:魔法剣の片鱗。闘気斬に土の振動が微かに乗り始めた。十回に一回。制御不能。だが始まった。

 ノーラ:雷の糸。十本の指から十本の雷の糸を操る精密制御。自律制御の完成形。セレンの共鳴制御なしで到達。

 

 三人とも、学院に来た頃の自分を超えている。

 

 俺も超えなければならない。

 明日から最終段階。ディルクの拠点制圧の準備に入る。


 ペンを置いて、天井を見つめた。


 仲間がいる。全員が強くなっている。全員が覚悟を決めている。


 ——一人じゃない。


 それが、今夜わかった最も大事なことだった。

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