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『音魔法はゴミ? いいえ、研究したら文明を揺るがす最強魔法でした』  作者: 白月 鎖
王都編

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第101話「雷雨の前」



 二十日目。作戦決行まで四日。


 準備が加速していく。昼と夜が一つの目的に向かって回り始めている。



 朝。ノーラが俺を訓練場に呼んだ。


「見て」


 訓練場の的——石で作られた人形が三体、二十歩先に並んでいる。


 ノーラが右手を上げた。十本の指から、十本の雷の糸が伸びる。金色に光る細い糸。先端がそれぞれ違う方向を向いている。


「雷の糸——昨日見たやつか」


「進化した。見てて」


 ノーラの指が動いた。


 十本の糸のうち三本が、一体目の石人形に向かって走った。糸が石人形の両腕と胴に巻きつく。ノーラが指を引くと、石人形が——分解した。腕と胴体が別々に引きちぎられる。


 同時に、別の三本の糸が二体目の石人形に巻きつき、残りの四本が三体目を包み込む。


「三体同時に、別々の動きで拘束できる。——雷鎖は一対象にしか使えなかったけど、雷の糸なら十本を個別に操れる。つまり——」


「十人を同時に拘束できる」


「そう。暗殺者が何人来ても、私一人で止められる」


 ノーラが糸を消した。指先の光が消え、訓練場が静かになる。


「すごいな。——だが消耗は?」


「十本同時に操ると、二分が限界。それ以上は集中力が切れる。五本なら五分。三本なら十分」


「十分あれば作戦には十分だ。——ノーラ。お前、本当に強くなったな」


「当然でしょ。——ミーシャを取り戻すんだから」


 ノーラの声が硬くなった。


「あの子が”蝕”に道具として使われてたなんて。ディルクって男に——幼い頃から育てられて、情報収集の技術を叩き込まれて、スパイにされて。——あの笑顔は全部、訓練された笑顔だった。人に好かれるように、情報を引き出しやすいように、計算された笑顔」


「……全部じゃない。ミーシャの笑顔には、嘘のパターンと本物のパターンがあった。学園で俺たちと一緒にいた時の笑顔は——心拍が嘘のパターンじゃなかった」


「わかってるわよ。わかってるから怒ってるの。——あの子には本物の笑顔があるのに。ディルクがそれを”道具”にした。本物の感情すら利用された。“楽しかった”という気持ちすら、任務に組み込まれた。——許せない」


 ノーラの指先に火花が散った。雷が感情に反応している。だが——暴走しない。火花は一瞬で消えた。自律制御が完璧に機能している。


 かつてのノーラなら、この怒りで雷が暴走していた。訓練場の壁を吹き飛ばしていたかもしれない。だが今のノーラは——怒りを力に変えながら、制御を手放さない。


「怒っていい。でも雷は暴走させるな」


「させないわよ。——怒りは燃料。でもハンドルは私が握る。暴走なんか、もう二度としない」


 ノーラの金色の瞳に、静かな炎が燃えている。災厄の子と呼ばれた少女は——もういない。



 昼。エルデの研究室で、ヴァンと三人で作戦の詰めを行った。


「カイラの拠点に俺が乗り込む。足止めが目的だ。倒す必要はない。——だが問題がある」


「何だ」


「カイラの氷はお前の音を歪ませるだけじゃない。空気中の水分を凍らせて、空間全体の温度を下げる。俺の火で対抗できるが——教会は石造りだ。密閉空間で氷と火をぶつけたら、蒸気で視界がゼロになる」


「蒸気は俺の反響定位には影響しない」


「だが俺の目には影響する。蒸気の中で俺が戦えない。——お前の音石通信で、俺に敵の位置を伝えてくれ。お前は拠点にいながら、教会の中の俺に指示を出す」


「……離れた場所にいる味方を、音石通信で指揮する。俺が耳になって、お前が拳になる」


「そういうことだ。お前と俺の最適解だ。理論派同士の」


 ヴァンが口の端を上げた。あの笑い方。知性が噛み合った時の快感。


 エルデが二人のやり取りを聞きながら、メモを取っている。


「君たち……実戦の作戦会議を私の研究室でやるのか」


「教官の研究室が一番安全です。音の結界を張れるし、誰にも聞かれない」


「それはそうだが……机の上の論文を退けてくれないか。作戦図で潰れる」



 午後。ミーシャから風の暗号が届いた。


 リッカの廃屋の窓辺で受信。いつもより長い。ミーシャの風の制御が日に日に精度を上げている。


 ——「ディルクが地下に何か運び込んでる。大きな箱。三つ。中身はわからない。でも箱から嫌な匂いがする。甘くて腐ったような。呪詛の匂いに似てる」


 呪詛の匂い。大きな箱。三つ。


 俺の背筋が冷えた。


 ディルクは何かを準備している。拠点の地下に。呪詛に関わる何かを。


 返事を送る。


 ——ミーシャ。ありがとう。もっと詳しく聴ける? 箱の大きさ、形、運び込んだ人間の数。


 風。


 ——「箱は棺くらいの大きさ。黒い木。金属の留め具。運んだのは二人。顔は見えなかった。ディルクが地下室の扉を開けて、二人を中に入れた。出てきた時、二人とも顔が青かった。地下に何があるんだろう」


 棺くらいの大きさの黒い箱。呪詛の匂い。中を見た二人の顔が青くなった。


 嫌な予感がする。


 ディルクは——拠点の地下に「罠」を仕掛けている。呪詛を使った罠。俺たちが突入してきた時のために。


 作戦を変更する必要があるかもしれない。



 夜。廃屋で緊急の作戦会議。


 ヴァンとアルトが来ている。ノーラとセラは女子棟から出られない時間だが、耳掛けの音石通信で繋いでいる。リオとガルドも石越しに参加。


「ディルクが地下に呪詛関連の何かを持ち込んだ。棺サイズの黒い箱が三つ。——罠だ」


 ヴァンが眉をひそめた。


「呪詛の罠。突入した瞬間に起動するタイプか、それとも——」


「わからない。だが”呪詛”が鍵だ。呪詛は——セラの聖盾で無効化できる」


 通信越しにセラの声。


「呪毒と呪詛は浄化の対象です。聖盾があれば——防げます。たぶん」


「“たぶん”が気になるが——」


 アルトが割って入った。


「地下の構造は俺が感じた。地下室は一階の半分の広さ。箱三つを置いたら、残りの空間は人が三人立てるくらいだ。狭い。——その狭い空間に呪詛の罠を仕掛けるなら、地下に降りた瞬間に発動する『空間全体を呪詛で満たす』タイプだろう」


「地下に降りなければいい」


 ヴァンの声。


「地下は無視しろ。脱出路さえ封じれば、地下に降りる必要はない。ガルドが廃井戸の出口を土壁で塞いで、拠点の地下室への入口をアルトが感知で特定して、そこも塞ぐ。地下ごと封じ込める」


「だがディルクが地下に逃げ込んだら——」


「逃げ込ませない。お前が正面から行って、ディルクを一階で止める。筋弛緩波で動きを封じ、接近して震孔掌で仕留める。ディルクが地下に降りる暇を与えない」


 理にかなっている。地下の罠は「入った者」を捕らえるために作られている。入らなければ——罠は無意味だ。


「作戦を修正する。地下には入らない。地下ごと封じる。目的はミーシャの救出とディルクの制圧。地下の呪詛の箱は——作戦終了後に王国騎士団に引き渡す」


「それでいい。深入りするな。目的はミーシャだ」


 ヴァンの言葉が冷静に響いた。理論派の長所。感情ではなく論理で作戦を組み立てる。



 会議の後。リッカと二人になった。


「あと四日か」


「ああ」


「あんた、怖くないの」


「怖い。——でもやる」


 リッカが窓際に座って、月を見上げた。いつもの場所。いつもの姿勢。だが——何かが違う。


「ねえ。作戦が終わったらさ」


「うん」


「……私にも、耳掛けの石、もらえる? あんたたち四人が着けてるやつ。翡翠のイヤリング。……あの、作戦用の石じゃなくて。自分の」


「今持ってるのは掌大の石だもんな。——作ってやるよ。耳掛け型」


「ほんと?」


 リッカの心拍が速い。照れている。だが顔は月を見たまま、こちらを向かない。


「……いいよ。作ってやる」


「ほんと?」


「ほんとだ。——でも一つ条件がある」


「何」


「もう”仲間じゃない”って言うな」


 リッカが振り向いた。鋭い目が——丸くなっている。


「……それは、つまり」


「仲間だ。お前はもう仲間だ、リッカ」


 リッカが目を逸らした。唇を噛んでいる。何か言おうとして、言えなくて、代わりに窓枠を——叩いた。


 一回。


 ノーラの暗号を聞いていたのだ。一回=「行こう」。


 俺は笑った。


「その暗号、ノーラのだぞ」


「知ってるよ。でもいいでしょ。——行こう」



 学院に戻ったのは午前一時。


 耳掛けに囁く。


 ——戻った。ミーシャから重要な情報があった。地下に呪詛の罠。作戦を修正した。明日詳しく話す。


 沈黙。


 耳掛けが受信の振動を返している。ノーラの石に届いた。ノーラは起きている。——なのに返事がない。


 十秒。三十秒。一分。


 ——ノーラ? 起きてるか?


『…………起きてるわよ』


「返事が遅かったぞ。一分以上——」


『髪、乾かしてたの。手が塞がってた』


「耳掛けなんだから手は関係ないだろ。口で答えれば——」


『……うるさいわね。起きてたわよ。ずっと。ずっと起きてたわよ。あんたが帰ってくるまでずっと——』


 声が途切れた。ノーラが自分で止めた。言いすぎた、という沈黙。


『……作戦の修正。明日、朝一で話して。——おやすみ』


 窓枠。四回。「話がある」。——明日の朝、また。


 光。セラ。穏やかに、長く。


 ノーラは髪を乾かしていたのか。嘘ではないだろう。だが——「あんたが帰ってくるまでずっと」の後に続く言葉を、ノーラは飲み込んだ。


 セレンは「何を言おうとしたのか」を考えて——やめた。ノーラが飲み込んだ言葉を詮索するのは、振動読みで人の内心を覗くのと同じだ。仲間にはしない、と決めている。


 アルトはもう自分のベッドにいる。先に帰っていた。


「……セレン」


「ん」


「五日後。——俺たちは勝てるか」


「勝てる」


「根拠は」


「お前たちが強いから」


「……そういうとこだぞ、お前」


「何が」


「そういうとこが——信用できるんだよ」


 アルトが寝返りを打って、目を閉じた。心拍がゆっくりと落ちていく。安堵ではない。覚悟の静けさ。


 研究ノートを開く。


 《二十日目。作戦決行まで四日。》

 ノーラ:雷の糸が三体同時拘束を達成。二分間の持続。実戦で十分。「怒りは燃料。ハンドルは私が握る」。自律制御の完成。暴走はもう二度とない。

 

 ヴァン+セレン:カイラ戦の作戦。蒸気の中でヴァンの目が効かない→セレンの音石通信で位置を伝える。離れた場所にいても「耳と拳」で繋がる。

 

 ミーシャからの情報:ディルクが地下に呪詛の箱を三つ搬入。罠。

 → 作戦修正。地下に降りない。地下ごと封じる。目的はミーシャの救出。深入りしない。

 

 リッカが「仲間」になった。窓枠を一回叩いた。ノーラの暗号。「行こう」。

 

 あと四日。

 全員が揃った。全員が覚悟を決めた。

 

 あとは——嵐を起こすだけだ。


 ペンを置いた。窓の外に雲が広がっている。明日は雨かもしれない。


 雷雨の前は、いつも静かだ。

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